小動物・ミーツ・魔王後編
~魔王特製お子様ランチ~
誰でも一度は食べてみたい! 子供も大人もみんな大好き! オムライスにハンバーグ、人気メニューをお弁当のように盛り合わせた欲張りプレート!
ふわふわ卵のオムライスに、自家製デミグラスソースの中で、じっくり煮込んだ手捏ねハンバーグを添えて。肉の旨みがたっぷり詰まったハンバーグは、大人も子供も大満足の逸品!
~作り方~
微塵切りにした玉ねぎ、すりおろした人参を、バターを引いた鍋でよく炒めて冷ましておく。その間に、ミンチを用意。
最高級の牛鬼とキングオークの肉を、それぞれを塊肉で用意し、小規模爆裂魔法でミンチ肉に。間違って周囲の人間に当てないように、近くに誰もいないことをよく確認してから行うこと。
出来たてのミンチ肉に、塩とナツメグ、先ほどの玉ねぎ、人参、つなぎの卵と、牛乳に浸してふやかしておいたパン粉を加え、ようく練る。練りねりねり。挽肉に熱が伝わると肉の旨みが逃げてしまうので、氷系魔法で手を凍らせてからやるのがオススメ。
手の間でキャッチボールさせ、空気を抜きながら形を整えたら、フライパンで焼く。最初に強火で両面に焦げ目をつけたら、肉の半分が浸るぐらいまで一気にお湯を注いで蒸し焼きに。こうすることで、肉汁が漏れることなく、ふっくらジューシーなハンバーグが焼きあがります。
最後に、煮崩れしなくなるまできちんと火を通したら、自家製デミグラスソースの中で、じっくりコトコト煮込んでいく。作ったその日よりも翌日の方が、中まで味が染みていて美味しい。
凶悪さで知られるミノタウロスとオークの肉は、ミンチにしてもスタミナたっぷり! 玉ねぎと人参を混ぜてあるため、自然な甘さで子供でも食べやすい! 肉の旨みが溶けだしたデミグラスソースは、黄金色に輝くふわっふわのオムライスの上に、たっぷり贅沢にかけちゃいましょう♪ サービスでチーズも乗せて!
そして最後に半月型のオムライスに旗をさせばホラ! 誰もが喜ぶお子様ランチ(夜中だけど)の出来上がり! 大人も子供も皆んで仲良く召し上がれ!
◆◇◆◇◆◇◆◇
ついでに賄いも作ってやるというので、ミケと並んで友也も一緒に席についた。
元とはいえ仮にも経営者が一国の王の身分であったわりに、店自体はこじんまりしているので、店員が食事をするスペースなどない。普段はカウンターの裏で座って食べたり、店が混んでいない時は二階の休憩室でまったり寛ぎながら食べるのだが、ミケは厳密にはお金を払うキチンとしたお客様ではないので、一緒に食べてもいいとのお許しが頂けたのだ。
無論のこと、他のお客様がいればこんな許可は出なかっただろうが。今に限っては他に客もいないので気にする必要はない。料理やコスパ自体は決して悪くはないので、客入りが悪いのはひとえに営業時間のせいだと思う。あとあれだ。宣伝が足りないからだ。ひょっとして、最大の理由は店長が魔王だからかもしれないが、それはもう今更なのでいいっこなしだ。一応、看板で自己申告はしてるわけだし。あれで気づけっていう方が無理だけど、申告だけはしてるわけだし。絶対に気づけないけど。
一介のアルバイトの分際でありながら、友也が今後の経営計画を考えていると、ふっと目の前に影がかかり、食欲を刺激する匂いとともに、二人の前にプレートが置かれた。
「待たせたな。見よ。これが我が店のお子様ランチだ」
「おおー」
お子様ランチだ。いや、時間的にはランチどころかディナーも終わって既に夜食の時間帯に突入しているわけだが、それはそれとして、どこか得意げな響きとともに魔王が差し出してきたのは、間違いなくお子様ランチだった。
陶器製の白い大きなプレートの上に、小さなココットに分けられていろいろなメニューが乗っている。中でも、まず一番に目を引くのがふんわり黄色いオムレツだ。
プレートの半分ほどを占めるサイズで、半月型の綺麗なオムレツが乗っている。チキンライスの上からこぼれ落ちそうなとろとろの半熟卵には、ケチャップでニッコリ笑顔か描かれていた。ちなみに、友也のオムレツにはデミグラスソースが普通にかけてあるだけである。これはこれで充分ありなのだが、隣のミケと比べると、いささか手抜き感が否めない。
五つのココットにはそれぞれ、グラタン、蒸し焼き野菜、苺でほんのりピンクに染まった牛乳プリンとカボチャのポタージュ、そして自家製デミグラスソースでグツグツ煮込んだ自慢のハンバーグが入っている。さらにハンバーグの上には、竹串で作った小さな旗まで刺さっていた。相変わらず芸が細かい。でも肝心の旗は日の丸でも星条旗でもなく、なにやらひどく複雑な紋章が、ちょっとこのサイズにしてはありえないほどの精緻さで描き込まれていた。子供であるミケはともかく、日本で一般的な義務教育を受けた友也でさえ、こんな国旗はみたことがない。
……魔界の国旗?
とある可能性が落雷のように彼の脳裏に降りかかってきたが、追求しても特にメリットのある問題でもないので華麗にスルーしておいた。ここ最近、社会人としてのスルー力をバリバリ身につけている彼である。
大小二つのプレートに綺麗に盛り付けされたメニューは、ほかほかと温かそうな湯気をあげている。深夜の時間帯であっても――いや、真夜中という時間帯だからこそ、食欲を刺激する香り。思わず反射的にカトラリーに手を伸ばしかけて――ギリギリのところで思いとどまり、友也は慎重に尋ねた。
「……あの、これは大丈夫っすよね?」
「なにがだ?」
「いや、だから。この料理は別に食べても大丈夫っすよね?」
「失敬な。今までに余が毒物など出したことがあったとでも申すのか」
「いや、毒じゃないかもしれないし、別に毒のつもりで出したわけでもないでしょうけど、無自覚無意識とはいえ店長の作る料理って時々、人体への影響が半端ないじゃないっすか。ホラ、なんていうかこう、食べたら俺みたいになっちゃったりとか」
料理自体はとても美味しいのだが、なぜかここの店長は、素直に地球の食材を使えばいいところを『一流の料理には一流の素材が必要なのだ』とかいって、出自どころか生態系すら謎の材料をホイホイ使うので油断ならない。どうやらみたところ、マンドラゴラは使われてはいないようだが、魔界由来の食料はなにもマンドラゴラだけではない。美味しい料理には罠がある。僕たち私たちの魔王飯にはいつでも危険がいっぱいだ。
かつての一被害者として、しごくもっともな心配をする友也に、しかし魔王はまるで自分こそがいわれのない風評被害者であるかのように、凍てついた眼差しを向けてきた。あげく、余は決してそのような悪評に屈しぬとばかりに、王者の如き品格を漂わせながら悠然と腕を組む。
「戯け者。そのような話、客人のいる前でするものではなかろう。だいたい、そのような事実無根な事を述べようと、余にはまったくダメージもないがな!」
「いや事実無根って、でも以前ここの飯食ったら確かに――」
「そのようなことはまったくもって根も葉もない戯言ではあるが! いずれにしても、今宵のメニューにおいてはそのような懸念も一切必要ない。このメニューにはマンドラゴラは使用しておらぬからな。使っているのは邪竜をもその一瞥で石化させるというコカトリスの新鮮な卵と、ダンジョン内でもレアモンスターとして遭遇率の低さで有名な、キングオークと牛鬼のミンチ肉……」
「あ、もーいいっす。安全ならそれでいいっす。だからそれ以上はやめて下さい。せっかくの飯が不味くなるような話は聞きたくありません」
迫力あるバリトンヴォイスで得意げに浪々と語る魔王の説明をぶったぎって、さっそくフォークを手に取る。律儀にこちらの様子を窺い、お預け状態で待機していたミケに『大丈夫みたいだから、食べてよし』とハンドサインを送ると、相手も『了解』とハンドサインで返してきた。意外とノリのいいちびっ子である。
さて、どれからいくか。
食事の順番としては、最初に前菜である野菜、その次にタンパク質で最後に炭水化物、と続くのが一番理想的なのだろうが、あいにく友也は好きなものには真っ先に手を付けるタイプである。なので、迷わずオムライスにスプーンを伸ばした。
今にも崩れ落ちそうなほどに柔らかいオムレツは、驚くほど抵抗なくスプーンを飲み込んだ。ふるふると柔らかな黄色いヴェールの奥にくるまれた、ふっくらと炊き上がったチキンライスを、大きくすくってパクリと一口。
まず最初に。
口に広がるのは、バターで香ばしく焼かれたトロトロのオムレツ。まだ熱を持つそれをもぐもぐ噛めば、優しさという名のオムレツに包まれた中から、濃厚なチキンライスが出てきて、口の中で渾然一体となって混ざり合う。塩だけで味付けされたシンプルで卵の風味を生かした黄色のオムレツと、鶏とトマトの旨味が凝縮された赤いチキンライス。まったく異なる二つのメニューを同時に食べることによって、卵がチキンライスの濃厚さを中和し、チキンライスがシンプルな卵に味わいを授け、互いの味をこれ以上なく引き立てあう。
その調和を、その奇跡の互助関係を成り立たせているのは、ひとえに卵の焼き加減だ。火が強過ぎれば卵は固くなり、逆に弱過ぎれば生になってしまう。
白身と黄身にムラがでないようしっかりと、しかし空気を含め過ぎずに丁寧に混ぜることによって初めてふんわりと、口のなかでとろけるようなとろっとろのオムライスが完成するのだ。
隣を見ると、ミケもその旨さに仰天したのか、くりくりとした瞳をこれ以上なくパッチリ見開き、次の瞬間にはパクパクともの凄い勢いで食べ始めた。その食べっぷりを見るに、相当気に入ったらしい。友也もまけじと、猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。別に焦って食べる必要はまったくないのだが、一口食べればすぐまた次の一口を、それが終わればもう一口を、とあまりの旨さにスプーンが止まらなくなってしまう。
だが、お子様プレートの上に乗っているのはオムライスだけではない。友也はココットに盛り付けられた、ザク切りのポテトフライに手を伸ばした。
この店のポテトは、チェーン店によくある冷凍の細切りフライドポテトではなく、カットしたフレッシュポテトを自分で揚げて作る。これは比較的簡単な作業なので、友也も手伝ったことがあった。加熱した油にまずはニンニクと、店先で育てているローズマリー(注、地球産)を一枝。ニンニクとローズマリーが焦げる前に引き上げて、香りが移った油で今度はポテトを揚げる。高温で一気に揚げるので、表面はカリカリ、中はホクホクに仕上がり、これだけでビール一杯軽くいけそうなぐらいうまい。
かじると湯気が出るくらい熱々のポテトを食べれば、次はいよいよハンバーグだ。ぷすりとフォークで刺してみると、ジュワッと透明な肉汁が滲み出す。
デミグラスソースの中で長時間煮込まれたハンバーグは、あらかじめ表面にしっかり焼きをつけてあったせいか煮込みハンバーグなのにどこか香ばしさがある。フォークを刺すことで初めて溢れるそれを、デミグラスソースごとたっぷりと肉に絡めて口へと運ぶ。
肉。
肉、だ。
玉ねぎなどの香味野菜や香辛料を混ぜて肉独特の臭みを消してあるはずなのに、下手な焼肉やステーキよりよほどしっかり肉の味がする。肉屋で売っているミンチではなく、自分で塊肉を(魔術で)ミンチに加工したからだろうか。一口で如何にも『肉を食べてる』という満足感が得られるのに、反面その食感自体は酷く柔らかい。子供でも抵抗なく食べられる柔らかさと、大人でも充分に満足出来る肉自体の味わい。その二つが、なんの矛盾もなく奇跡のように両立していた。
(これがハンバーグだっていうなら……今まで俺が食ってきたハンバーグって一体なんなんだ……?)
三日かけて煮込んだデミグラスソースには、煮込まれた肉独特の旨みが溢れ、また弱火でコトコトじっくり煮込まれたハンバーグには、デミグラスソースの深い味わいが染み込んでいる。
その、素材の調和。
そう、カンタービレだ。
昔の彼女に借りた漫画のタイトルにあったカンタービレ。読んだ当初はなんのことかよく分からなかったが、その真の意味を友也は今理解した。別れて五年以上経って初めて。
そうだ。これこそが調和だ!
濃厚なデミグラスハンバーグを食べて少し気分を変えたくなったら、今度は蒸し野菜に手を伸ばす。色鮮やかな野菜たちは、お星様やお花の形に切り抜かれ、可愛くココットの中に並んでいた。ミケは野菜があまり好きではないらしい。ハンバーグやオムライスを食べた時に比べると、些か勢いがなかったようだが、それも一口食べるまでだ。柔らかく蒸したあと、さっとコンソメで下味をつける程度に煮込まれた野菜たちは、その潜在能力を全て発揮してとても甘い。クラスでいえばスーパーサ○ヤ人だ。
一日の――というより、人生で必要なエネルギーと栄養素を全てここの食事で補っている友也には、はなからもちろん残すなどという選択肢はないが。お子様プレートにしては、種類もボリュームもいささか多すぎるメニューのわりに、ミケもだいぶ善戦しているようだ。みるみる皿の上が綺麗になっていく。その旺盛な食欲に、彼は思わずほくそ笑んだ。
(どぉーだ!? ここの飯はうめぇだろ! こうみえてもっつーか、見かけ通りにうちの店長すげぇんだぞ! いやもう本当に、あらゆる意味で――)
と。
少女のがっつきぷりに、自分の手柄でもないのになんとなく誇らしい気持ちになって、ちらりと隣を窺って――
驚愕のあまり、彼はその場で硬直した。
一瞬にして蝋人形と化してしまった友也の手から、ポロリとスプーンが床に落ちる。だけど。そんなことには気づけない。
そんなことには気づかない。
今の彼の意識は、もっと目の前の、より切羽詰まった現実へと向けられていた。
隣でご飯を食べる、ミケのその、小さな身体が。
透けている。
まるで、立体映像のように。
椅子に座ったその更に奥。彼女の向こう側にある隣の椅子やカウンターの机、はては壁の模様まで。
少女の『身体越し』に、しっかり透けて見えるのだ。
「え? え? ええっ――!?」
意味が分からない。いや、何も分からない。
果たして俺の現実はどこへ行ってしまったのか? あるいは、これは本当に現実世界の出来事なのか。一瞬ならず動揺が走るが、目の前で存在感が希薄になっていく子供(注、比喩ではない)を見ても、さして驚いた様子もなく、どっしりと構えている魔王の姿にほっと安心する。魔王を見て現実感を得るなど、それこそ非現実的ではあるが。
そうこうしている間にも、ミケはハグハグもぐもぐと食事を続けていき、それに比例して少女の姿もどんどん薄れていった。もはや殆ど視認も出来ない。辛うじてせっせと口に運ばれていく宙に浮いたスプーンと、咀嚼音が聞こえるぐらいだ。
軽くホラーである。
やがて。
米粒一粒さえ残さずに、ペロリと綺麗に完食したミケがコトリとスプーンを置いた。当たり前の視力しか持たない(注、千里眼を除く)友也の目には、もう殆ど少女の姿は見えない。
が、偉大なる魔の王の瞳には、また別の姿が映っているのかもしれない。相変わらずの無表情、感情のまったく窺い知れない深紅の瞳で、まっすぐにミケを見下ろしている。
「――ごちそうさま、です! ご飯、とっても美味しかった! ありがとうございました!」
その一瞬だけ。
サイドに結ったツインテールを揺らしながら、ぺこりと元気におじぎをする少女の姿が、ハッキリ見えた――気がした。最初に店に来たときには見られなかった――だけど、きっと本来の彼女には相応しいであろう、弾けるような明るい笑み。
そして。
そのお礼の言葉を最後に――それまで、希薄ながらそれでも確かに彼の隣に座っていた少女の姿がかき消えた。
一瞬にして。
まるで――煙のようにかき消えた。
あるいは――それこそ真夜中の幽霊のように。
「うっ、うっ、うおえあおあああああああああ!?」
「落ち着け。このような夜中に騒がしい」
「いや落ち着けって!? 落ち着けって無理でしょうつーかこれが落ち着いてられるか!? 無理だぜ無理だろだって今!? 今人が消えたぞ確かにどうなってるんだよコレぇ!?」
興奮のあまりつい敬語ではなくなってしまったが、幸いにも客がいなかったためか、魔王は咎める様子もなかった。不思議そうに尋ねる。
「どうもなにも。何をそんなに騒ぐ必要がある?」
「むしろなんでそんなにも落ち着き払ってんすかアンタは!? なんスかそれが王者の風格って奴なんスか!? 目の前で、子供が、消えちゃったんですよ!? さっきまで、確かに俺の隣に座ってたのに! それともなんっすか!? アンタはあのチビがどこに消えたのか知ってるとでも言うんですか!?」
「消えたというより、たんに元の身体に戻っただけではないか。大袈裟な」
「!?」
あまりにもあっさりと。
あまりにも平然そうに、あまりにも当然そうにそう返されて、友也は一瞬言葉を失った。その言葉の意味をじっくりと己の中で反芻し分析し――いや、やっぱりこれ分からないのは俺のせいじゃねぇよと思い直す。
「元の……身体?」
「然り。察するに、あれは魔獣の一種であろう。本体が動けぬほどに弱っておったゆえ、ああして魄だけが外に飛び出し、回復の方法を模索しておったのであろう」
だがしかし、あの程度の魔素で力満ち足りるとやはり小動物よ、となにやらしたり顔でわけの分からぬコメントをしている魔王に、やはり理解が及ばず首を傾げる。
「魔素……? 魔素ってなんスか?」
「魔素は魔素だ。万物全てにあまねく満ちる生命の根源たる力。生き物は本来、肉体を司る魂と霊体を司る魄に分かれており、そのどちらが欠けても生きてはいけぬ。あの小動物の場合、魂を動かす力が尽きかけていた。が、余の料理を食べることで、どうやらその命を繋ぎとめたらしいな」
「ん……えっと、アレ? 魂魄って魂の方が身体で、魄の方が霊体? 的な奴なんですよね? なのに、なんで食べ物食って身体の方が元気になるんすか? いや、普通に考えればそりゃそうなんでしょうけど、さっきまでここにいたのって、その魄って奴の方なんすよね?」
自分で言っててよく分からなくなってきた。一時的な混乱によりバッドステータス状態に陥った友也に、しかし魔王は何を言っているのだこやつは、とでも言いたげに、しごく当然そうな口調で、
「知れたことよ。余の手料理は、材料としてこの世界では容易に手に入らぬ希少な魔獣を豊富に使っているため、一般的な料理と比べて非常に魔素が強い。食べるとなんとなく元気になるのはそのためだ」
「やっぱりか!?」
もしやとは思ったが、やはり魔王飯には謎のドーピング効果があったらしい。まあ、そのあたりに関してはある意味本当に今更なので、特にどうとも思わないが。
「で、でも店長……それじゃ、ミケが人間じゃないって、最初から気づいてたんスか!? だったらなんで……」
「なんでも何も、余は最初から言っておったではないか。小動物、と」
あれは子供に対する比喩表現ではなく、本気でガチにどこまでもマジなそのままの意味だったのか……。
そこから気づけという話だったのだろうが、そんなもん気づく方が無理だろうという話でもある。
「とはいえ、お主にあの小動物の姿が見えるとは驚きであったぞ。本来ならば実体を伴わぬ魄だけの状態であれば、只人には見えぬ筈なのだがな。恐らくは、余の手料理を食べる内に、体内に魔素が溜まり邪眼の威力が強くなっているのであろう。この分であればいずれ、邪眼ビームを体得するのも遠くないな」
「え゛……!?」
なぜか一人、したり顔で頷く魔王の言葉に、言い知れぬ不安を抱くが。
さらりと爆弾発言をかましやがった張本人は、反省の様子もなくふむ、と頷き、
「しかしこの地にも魔獣がいようとはな……いや、この国の古来よりの呼び名で言うのならば、妖? いや、妖怪とでも言うべきか……」
妖怪。
魔王がその名を口にすることで、改めて友也の中に先ほど見た現象の意味が染み渡ってくる。真夜中に遭遇した怪異。つまりこれは――
「……妖怪のせいなのね?」
貧弱な人間の思考容量を超えた事態に、現在大人も子供も問わず、大絶賛人気爆発中のとあるアニメの歌詞を安易に呟く。それが耳に届いたのか、あるはただの偶然か。だが、友也の耳はこの時しっかりと捉えていた。こちらに背を向け、後片付けを始める魔王が、小声で、しかしはっきりとこう呟くのが。
――そうなのね。
いつもの決めゼリフではなかった。
魔王の意外なお茶目さを発見した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、魔王カフェに『ふええ……』と奇妙な鳴き声をあげる三毛猫が、時々ふらりと訪れるようになったのだが、それはまた別の話。
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