リリィになりたくて



言葉の流通経路は確保したくない

けれど

魂の流通経路なら

確保してもいいような気がする

そんな考えがよぎる

どちらにしたってきみにしてみれば

たいした差はないんだろうけど


ただの憧憬でしかなくて

今まで映してきたものと大差ないじゃないか

いつでもいつまでも

憧憬が誘う

鼓動と拍動

ところで赤貝のことはどう思う?


タイガーになりたくて

でもなれなくて

煙草もやめられなくて

なんとなく音楽に支えられて

息をしている

タイガーになれずに

ところで赤貝のことはどう思う?


祖父さんみたいになりたくもある

けれど僕は全然もっと根性なしだから

なれない

もっともきみにしてみれば

なれない方が喜ばしいんだろうけど


ただの逃避でしかなくて

今まで言ってきたことと同じじゃないか

今日も明日もきっと明後日も

不安と揺らぎ

宛先不明の

ところで無賃乗車のことはどう思う?


きみのために何ができるかを考えた

僕自身のために何ができるかを考えた

結局

息をすることが全てなのではないかと思った

体温をはかったりしながら

呼吸を忘れないことが大切なのではないかと思った

そして

そんなの全然つまんないなって思った

ちっともリリィじゃないよ


タイガーになりたい

でもなれなくて

なれずに

ふるえながら息をする

ところで蟹はどうやって食べる?

魂が人に宿るというなら

タイガーのそれがいいけど

結局

僕はきみの魂を迎え入れる

僕は僕でしかないから

全然つまんないな

ところで無賃乗車のことはどう思う?

きみのこと全然嫌いじゃないんだけどな

いっそ愛してやまないけど

ねえ

赤貝のことはどう思う?

じゃあ

タイガーになりたい僕のことは?


新月の晩に

近道だったから森の中を抜けた

一応だけど道があるし

パンクしたりもするけど車だって通る

前に歩いた時より

ずっとずっと暗かった

月明かりは思ったより世界を変える

今までずっと太陽ばかりを見てきたよ

そんな自分を悲劇の客体にせずに

どうにか思いを伝えようとしていたよ

月に反射された光が

それに一番近いんだと知った

それだけで十分だったんだと思う

いつもより怖がりながら森を歩いた

いつもよりずっと暗い世界の道を

東京からの帰り

慣れない路線は思ったより疲れる

早く明日の朝になればいい

無賃乗車なんてしてないよ


魂の流通経路が

そこにあったら素敵だね

天に浮かぶあの星に

宇宙人がいたら素敵だね

真実の愛ってやつが

本当にあったら素敵だね

適当に買った駄菓子が

おいしかったら素敵だね

蟹がもっと

食べやすかったらいいのにね

きみと僕が

重なれたらいいのにね

タイガーになりたい僕が

きみの好きな僕だったらいいのにね


思い出の数だけ命が加算されるなら

僕はそろそろ猫になってもいい頃だけどね

あのさ

駄菓子の中で一番おいしいのはなんだと思う?


赤貝のことはどう思う?

無賃乗車のことはどう思う?

蟹はどうやって食べる?

タイガーになりたい僕のことは?

駄菓子の中で一番おいしいのはなんだと思う?


僕はきみを探している

いつでもいつまでも

目の前にいたって

きっとやっぱり探しているから

それでタイガーになろうだなんて

触れる指の温かさを求めている

きみの声を聞くだけでよくて

内容なんか気にしちゃいない

相づちを打ちながら

不意に問いかけてみるんだ

雨は嫌い?

雷は怖い?

雪が降ると元気になるタイプ?


雪の夜に

はしゃいで遠くまで歩いたことがある

今の僕にはできない

体温が上がっちゃうからね

きみに触れることなく体温が上がるのは

なんだか悔しい気がするよ

ところで

雪だるまと雪うさぎだったらどっちが好き?

野球とサッカーだったらどっちが好き?

目玉焼きと卵焼きだったらどっちが好き?

タイガーになりたい僕とそうでない僕はどっちが好き?

赤貝のことはどう思う?

無賃乗車なんてしてないよ


タイガーになりたくて

リリィになりたくても

煙草を吸うのがせいぜいで

きみに問いかける

煙草の値上げについてどう思う?

なんだっていいんだよ

息をするついでに

タイガーになりたい僕とそうでない僕はどっちが好き?




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