嘘つき奇術師
僕はとびっきりの嘘をつこう
きみのためにとんでもない大罪人の大嘘つきになってやろう
僕の物語ときみの物語を重ねて
それが荒唐無稽なフィクションの中だとしても
生きていけるように
さあ、ご覧あれ
種も仕掛けもないはずのショウを
春めく宵のパーティーはたけなわ
さあ、ご覧あれ
めくるめくレトリックのトリックを
さんざめくフレーズのライトアップを
くるおしいイディオムに刺さる魔法の剣を
ご覧あれ!
窓を打つ雨滴はさほどうるさくもなく、けれど、ずっと存在を主張し続けている。厭うほどのものでなくとも、雨音は言葉の切れ目に入り込んで繋がりを阻害する。それだけのことが、いやに鬱陶しく思える時もある。桜の花びらはいくらか散っているだろう。きみはまだ生きているだろう。きみ自身さえ感知できないくらい透明な傷を作りながら、その命をやりきれない疲弊に晒しながら。
僕は嘘をつけない。
きみはまだ大丈夫だとは言えない。
前を向いて歩いて行けるとは。
だから足を止めて。
喘いで泣いて沈んで。
血を嘗めて、絶望を知りそめて、明日の方角を忘れて、昨日の帰着点をなくして、このまま生きることはできないと確信して、どんな平坦な道であっても歩けなくなって、口ずさんでいた唄を忘れて、今日という日の中で時計の針を合わせることさえ困難になって、真実でいることを諦めて、そして、振り向いてほしい。
振り向いてほしい。
嘘をつく僕の方へ。
さあ、ご覧あれ
命と傷痕がない交ぜのラヴロマンスを
後悔ばかりが責めたてるジュブナイルを
些細な幸せを怖れるピカレスクを
さながら奇術のようにつづろう
さあ、ご覧あれ
種も仕掛けもないはずの
イミテーションの愛があふれる
虚構のエンターテインメント
僕は喜んで見せ物になろう!
本当はきみだけのために
ご覧あれ!
それでもきみが往くと言うなら、僕は真っ赤な嘘をつく。軽薄で、ずるくて、救いようのない嘘を。
僕がきみにかける言葉の、だいたい二割、そのぐらいで混ぜ合わされる罪深い嘘に、どうぞ気付かないでほしい。
僕は嘘を重ねていく。
きみが生きていけるように。
願わくば僕の隣で。
墓まで持っていくから、騙され抜いてほしいんだ。
どれが嘘だなんて、わかりやすく示したりしないよ。
大罪人の名誉にあずかるのもそこそこに、きみの命に触れよう。それがもっと重い罪であることを知りながら。それに酔う間もないまま嘘を重ねよう。触れよう。
僕は嘘をつく。
けれど、きみの命は決してフィクションには隠さない。
それだけは嘘じゃないと誓おう。信じてもらえないかもしれないけれど。
そう、八割の確率で本当。
ちりばめる奇術。
種も仕掛けもないんだよ。
きみを愛してるってことも、そう、八割の確率で本当。
信じてよ。
何も気にすることはないから。
全部、本当だよって、真実だって、ちゃんと言うから。
信じてよ。
さあ、ご覧あれ
照明の消えたステージで
降り注ぐ桜の花びらを鬱陶しく思いながら
それでも続ける奇術こそがライフワーク
嘘をひらめかせて
きみの命を傷つけるよ
明日もきみが息をするためのよすが
さあ、ご覧あれ
種も仕掛けもないこの箱に入れた
きみの命を止めてしまう真実が
いちにのさんで
何にでもなる
嘘つきの僕へ振り向いて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます