muonacreous -香鳴裕人詩集Ⅰ&Ⅱ-

Take my prose if you can

まるで慰藉（いしゃ）じみている、君の爪痕。

透明な指先で抉（えぐ）り取るのは、僕の寂寞（せきばく）であり、愛でもある。

どうせなら根刮（ねこそ）ぎ奪って行って欲しい。

僕からこの閑文字（かんもじ）を奪えるのなら。

触れられない浅さの繋がりで良い。

持ち去ってくれて良いよ。

僕に残された全てを奪って行って欲しい。

そして、空っぽになった僕に、生き抜けという死刑宣告を与えてよ。

季節は梅雨に触れつつあった。

西の方では、もう雨が頭上に掛かっていると言う。

じっとりとした粘度（ねんど）の空気が、僕に思い起こさせる。

須（すべから）く生きるべきだと。

まるで不透明なベールに惑わされて、これが今であることを忘れそうになる。

そう遠くないうちに、また夏が訪れる。

向日葵（ひまわり）の下で眠るあの子に贈る詩文はもうない。

僕はただ僕のためだけに詩情で積み木をする。

どこにも出口の無い、たった独りの散文が、連れ去られるのを待ちながら。

夢を追ったことの痛み。

過ちにも似た情緒。

当（あ）て所（ど）ない色合い。

カンバスで描いてしまえば灰色になるだけの箴言（しんげん）。

悲嘆に暮れることさえ忘れて、灰色の烏（からす）の流儀で、つまらない嘘を吐く。

元気だよ、と。

死にたいよ、と。

それが虚言でなければ何であると言うのか。

遠慮なく根刮ぎ奪って行ってくれて良い。

どうせ三文の値打ちも無い。

ただの強がりと、後悔。

涙さえ流すことが出来ないほどに、根刮ぎ。

君にがらくたを押しつけて、僕は孤独を深めて、生きるよ。

それを贖罪とは言わないけれど、拠り所にはなるだろう。

見事に奪われてしまったなら、ただ生きるしかないよ。

君の爪痕にやられながら、恋文を書くだけだよ。

それさえも分捕（ぶんど）ってくれれば言うことはない。

繋がった糸に縁（よすが）を見出して、言えるさ。

生きるのに望みは要らないと。

君が奪ってくれるのなら。

兎が夜空で跳ねて、蟷螂（かまきり）が眩暈（めまい）を覚える。

湿度は命を摩耗させ、羽虫の惰弱（だじゃく）が僕を脅す。

時計は正しく巡り、死ぬための浅瀬はどこにもない。

灯りは点々と視野を救い、暗闇は粛々と眠りを迫る。

見飽きた景色の中で、息をせめて止めないでいる。

ジャスミンティーで喉を潤しながら。

僕は僕にしかなれず、貧相な生を晒し、詩文の積み木をするよ。

間引いたり積んだりを繰り返しながら、自分の傷を舐めるよ。

君に奪ってもらうのを待ちながら。

何もかも無くしてしまえば、ちょっとくらいは格好が付く。