【21】杜乃榎の現状
「はっ! せいぁっ!!」
「ギャワワツ……!」
ザシュッ! ズバッ!
「ふんわっ! どっ、せい!!」
ザグシュッ! ドズッ!
「ギヒャアアッ……!」
インディラとムサビの剣の前に、ゴブリンの一団が瞬く間に
すでに何度目かの、魔人軍の襲来だ。
「まるで、我らが
「ムサビ殿のおっしゃる通りでござるな」
額から噴き出る汗を拭い、刀を鞘に収めるインディラ。
陽はすでに東の空に高く昇り、焼けつくほどの陽射しを放っている。
山裾の木陰にいてさえも、うだるような熱気にやられそうだ。
兵士たちは魔人軍撃退の安堵に息をつき、水筒の水で喉を潤し、首筋や顔に水を掛けている。
それもこれも、魔人軍の襲来の前に、という目論見だったのだが……。
街道の脇のところどころにゴブリンの一団が伏せられているだけでなく、落とし穴などの罠まで仕掛けてある始末。
「ふう! これでは早発ちした意味も無いわい!」
ムサビの憤りも仕方のないところだろう。
「じゃ、俺はまた、上から見張ってるね」
「うん、お願いね、晴矢くん」
「ミクライ殿のおかげで、助かっておりまする!」
インディラに向かってビッと親指を立ててみせると、晴矢はすぐさま上空高くへと上昇していった。
上空から一行の進路を監視して、いち早く魔人軍を見つけ出すのだ。
ここまで、その効果は抜群だ。
「(……しっかし、やたらデカイ月だよな)」
東の地平線、白くて丸い、大きな星が顔を覗かせている。
おそらく月だろう。
だが、晴矢の世界の月に比べて、異様に大きい。
もっと天高くに昇れば小さく見えるのだろうか?
地平線近くでは、大きく見えるというし……。
そんなことをボンヤリ考えていると、地表からムサビの大声が響いてきた。
「全軍、前進!」
掛け声とともに、兵たちが小走りで進み始める。
だが、皆の足取りがどこか重い。
一刻も早く目的地にたどり着くためとはいえ、すでに疲労困憊だ。
────目指す先は、『天空城宿営地』。
『天空城』とは、あのバグ玉の映像で見た、墜落した浮遊城の事らしい。
その天空城の墜落地点では、
整備隊の他にも、見習い巫女2人と巫女師範も滞在しているのだとか。
なのでまずは、そこに駐留している皆と合流すべきだろうというわけだ。
雨巫女ウズハとしては、できることなら天空城を復活させたいらしい。
それが、「ミクライ様ならば可能だと思われる」だとかで……。
「天空城って、どうしても必要なの?」
上空高くを進む晴矢の耳に、ロコアの質問する声がヘッドセットから聴こえてくる。
「天空城には、2つの大きな役目がございます。1つは、魔人の妖術にも対抗しうる防衛力にございます。もう1つは、各地に
ロコアの問いかけに、雨巫女ウズハが恭しく頭を下げながら答えている。
ウズハは、昨日の白装束と違って、今は巫女服姿だ。
長い黒髪を、横だけ真っ直ぐに胸元まで垂らしている他は、後ろにキッチリと結い上げて、雨巫女の証たる綺羅びやかな『
そして腰にはあの神楽鈴。
一団の中央、ロコアと相乗りで馬にまたがり、カッポカッポと早足で歩を進めさせている。
「
杜乃榎は周囲を山に囲まれた盆地にある小国だ。
その周囲は、東に
もともとこれらの地域には雨が少なく、枯れた不毛の大地と称され、長らく人の文化が定着しなかったのだそうだ。
それが、『天空城』とそれに従う『
さらに雨巫女のもたらす雨には、魔人の魔力を封じ込め、厄災の威力を削ぐ効果があるという。
仮に魔人が現れても、その防備にも役立つというわけだ。
ただし、天空城と小廟のネットワークが存在するとはいえ、広範囲に雨をもたらすには強大な精霊力が必要とされる。
そのため、雨巫女にふさわしい人材は限られているのだと。
その雨巫女の才能を推し量り、登用を左右する役目を負っているのが、杜乃榎というわけだ。
それらはすべて、『
以来、長年に渡って、つつがなく引き継がれている。
「その天空城と雨巫女が務めに対して、杜乃榎は周辺諸国から献上品を頂いておる。食料、衣料、建築資材、その他にも生活必需品から装飾品まですべからく、じゃ。杜乃榎の
雨巫女ウズハの横から、ムサビが口を挟む。
「雨巫女の務めが、杜乃榎を支える原動力なのね」
「さようにございます」
ちなみに、今の杜乃榎の中枢を担う人物は、以下の通りらしい。
皇アリフを中心に軍事・内政が取り仕切られ、宰相サウドが外交・流通を担当。
まだ10代の若さながら皇子アフマドが皇アリフをよく支え、早くも次代の皇としての才覚を発揮しているという。
そして、雨巫女に任ぜられているのが、ウズハだ。
これを支える役目として、巫女師範のグリサリ、双子の巫女見習いマヨリンとルナリンがいるという。
「その、対魔人防備の要でもある天空城が墜ちたのはいつなの?」
ロコアの問いかけに、雨巫女ウズハは目を伏せたままそっと口を開いた。
「八ヶ月前ほどにございます。わたくしが天空城を留守にした折に……」
まるで自分の責任であるかのように、表情が重々しい。
今なお、心に深く傷を抱いているようだ。
「原因は?」
「当初は天空城機関システムの故障かと思われましたが……派遣した整備士ゴラクモの言によりますと、『機関システムに不具合はない。浮遊力の基幹を担う「アマノフナイト」がその力を失っているようだ』とのことにございまする」
晴矢は再び、バグ玉映像のことを思い出していた。
確かあの時、ロコアとミュリエルは『悪魔が呼び出されたことでバグが発生し、天空城が墜ちた』と言っていた。
そのバグとはつまり、『天空城の浮遊力が無くなった』ということなのだろう。
そして晴矢に取り憑いたバグ玉が、それと同様の浮遊力を持っているらしいことも。
どうやら、その見解で正しいようだ。
「じゃが当時、その件と魔人を結びつけて考える者自体がおらなんだわ。今まで魔人が現れた折にも、天空城が墜ちるなどという大事は無かったからのお」
杜乃榎とその周辺国の歴史は、魔人との戦いの歴史でもあるという。
前回は18年前。
東方二大国の那良門に現れた魔人に対し、ムサビは皇アリフや当時の雨巫女グリサリらとともに、魔人討伐に加わったのだという。
「ムサビさんて、この国の英雄なのね」
「ふん、さようでもない。皇と雨巫女の付き人程度の働きよ」
言葉とは裏腹に、ムサビは胸を張って誇らしげな様子だ。
そんなムサビとは対照的に、ウズハは沈んだ様子のまま言葉を続けた。
「天空城が落ちましてからしばらくののち、各地は炎天下に見まわれ、水源が干上がり始めたのでございます。ですが夏という時期もございまして、そうした年もあるだろうという程度に……この時でも、魔人の厄災によるものと疑う者は無かったのでございます……」
すぐに収まるものと思われた炎天下だが、収まるどころかますますひどくなっていく一方。
そして魔人が南方連合に出現してようやくに、「天空城が墜ちたのは魔人の仕業では?」「この炎天下も魔人の厄災『嫉妬の灼熱』では?」という話になったらしい。
今まさに、焼けつくようなこの強い陽射しも、おそらくその『嫉妬の灼熱』なのだろう。
上空にいても滴る汗を拭いながら、晴矢もそう感じずにはいられなかった。
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