【19】フルバレットブースト


「うわっとおおお!!」


 晴矢はれやの横をかすめた火の玉が、地面に「ドバン!」と弾けて杜乃榎とのえ兵たちに燃え移る!


「ぎゃあああああ」

「あついいい、あついいいい!!」


 敷地内に悲鳴が木霊して、足並みが乱れ始める杜乃榎兵たち。

 そこへ正門から、雪崩を打って侵入してくるゴブリンの集団!

 火傷を負った杜乃榎兵に向かって、トドメとばかりに石斧を振りかざす!


「おのれ魔人軍め!!!」

「怯むな! 押し返すのじゃ!!」

「除! 厄! 清! 災! ────鬼火消沈おにびしょうちんの滝よ!」


 雨巫女あめみこウズハの声が響くと、燃え盛る炎に向かってドバンと大量の水が降り注ぐ。

 炎はみるみるうちに白い煙と消えていくが、「ヒュンヒュン」と音を立て、続けざまに火の玉が飛び込んでくる!

 そして正面庭で弾け飛び、ゴブリンもろとも火の海と化した!


「自分たちの兵まで巻き込んじゃうって、めちゃくちゃだ……!!」

「ったりめーだ。あんな雑魚ども使い捨てだからな。こっちの兵さえ皆殺しにすりゃ、どうだっていいんだろうよ」


 グスタフの”皆殺し”という言葉に、ゾクリとした寒気を感じずにはいられない。

 押し寄せる恐怖に抗うかのように、心の底から沸き上がる怒りにも似た感情。


「『晴矢くん、火の玉の魔術を使っている一団がいるはずよ。それを探し出して、蹴散らすの』」

「わ、わかった!」

「それなら一目瞭然だ。あそこにいるヤツらに決まってんだろ?」


 晴矢はキュッと唇を噛みしめると、グスタフが顎をしゃくってみせた方向へ、ヒュウと飛んだ。

 視界の先、正門から続く幅の広い山道に、黒の一団がある。


「あれか……!」


 正門はすでに焼け落ちている。

 やぐらがあったと思しき場所には、焼け焦げた木材が散らばっていた。

 さきほどの火の玉で、魔人軍が強引に突破してきた跡だろう。

 正門付近の竹林からは黒いすすけた煙が上がり、シトシト雨にもまだ炎がくすぶっている様子だ。


 正門の向こうでは、重装備で身を固めたゴブリンの一団が構えていた。

 本堂内のゴブリンよりも身体が一回り大きく、大きな両手持ちのハンマーを担いでいる。

 その後ろでは、黒いフード付きローブに身を包み、禍々しい木の杖を振るう呪術師のような格好をした3人が、一心不乱に呪文を唱えている。

 呪術師たちの頭上には、黒い渦が浮かんでいて、時折悲鳴のような声をあげていた。


「フンッ、ホブゴブリンにダークシャーマンだな。ホブゴブリンは護衛ってとこか。しかも、デーモンゲートまで開いてやがるぜ」

「デーモンゲート?」

「ヤツらの目の前に見えるだろ、暗い穴がよ」


 グスタフの言うとおり、一団のすぐ前方の地面に、暗い穴が口を開けていた。


「……っ! ご、ゴブリンが現れた!」


 晴矢が見守る中で、穴の中からゴブリンたちが、次々と飛び出してきたのだ。

 そして5人一組で隊列を整えては、本堂の中へと突っ込んでくる。


「あれでゴブリンを次々に呼び出してるのか! これじゃキリがない!」

「キシャアアアアアッ!!!」

「こ、今度はなんだ……!?」


 ダークシャーマンたちの頭上に浮かぶ黒い渦が耳障りな悲鳴を上げると同時、上空に真っ赤な火の玉が現れて、見る見るうちに膨らんでいく!


「あいつらのせいか!」

「晴矢、ライトニングショットをフルバレットブーストで叩き込んでやれ!! 」

「ふ、フルバレットブースト……そ、そっか、なるほど!」


 ライトニングショットを残り全弾、フルバレットブーストで叩き込む……!

 グスタフの提案に、グッと心が引き締まり、全身にアドレナリンが駆け巡った。


 すぐにサンダードラゴンボウを構えると、ダークシャーマンたちに向けてギリギリと弦を引き絞った。


「────ライトニ……」

「『待って、晴矢くん!』」

「へっ!? な、なに?」


 いきなりロコアに止められて、戸惑うしか無い。

 ヘッドセットに耳を澄ませると、喧騒に混じってロコアと雨巫女ウズハの声が聞こえてきた。


「『ウズハさん、フィールド防御魔法は使える? この修験場全体を覆うような』」

「『は、はい! できまする』」

「『じゃあそれをお願い。一気に決着をつけましょう。晴矢くん、こっちの準備ができたら、お願いね。万が一に備えておかないと、何が起こるか分からないわ!』」

「わ、わかった!」


 ロコアの口ぶりからして、どうやら攻撃スキルのフルバレットブーストは、相当な威力になるらしい。


「いつでも打てるように、スキルだけは発動させておけ」

「……いいのかな?」

「問題ねーよ」

「そ、そうかな……」


 戸惑いつつも、再びサンダードラゴンボウを構える。

 そしてゴクリと生唾を飲み込むと、弦を力一杯引き絞った。


「────ライトニングショット、フルバレットブースト!!!」


 ドヒュウンと周囲の空気が弾き飛ばされ、弓にメキメキメキと大きな電撃が纏わりつく。

 晴矢の制服の裾がバタバタとたなびいて、髪の毛が風で総毛立った。


「うっひょおおおおお、なんだこれ! すっげえええええ!」


 まるで暴れ回る大蛇を押さえつけているかのようだ。

 強烈な力が雷矢に集まる感覚に、晴矢は心の底から震えた。

 ゴーグルに映る照準マークを呪術師の合わせようと試みるが、両腕がブルブル震えてなかなか定まらない。


「や、ヤバすぎる!!」

「こっちはいつでも行けるぜ、ロコア」


 無責任なグスタフの飄々とした声に、冷や汗が頬を伝い落ちる。


 その時、周囲を震わせる電撃に気づいたホブゴブリンが、晴矢を指差した。

 ダークシャーマンたちの頭上の渦が雄叫びを上げ、宙に姿を現す真っ赤な火の玉!


「気づかれた! ロコア!!」

「『まだよ!』」

「キシヒイイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!!!」


 耳をつんざく悲鳴が轟いて、巨大に膨れ上がった火の玉が晴矢めがけて飛んで来る!!


「『除! 厄! 清! 災! ────天水防壁てんすいぼうへき!』」


 ヘッドセットから聴こえる雨巫女ウズハの声!

 シャーンと神楽鈴が鳴り響き、背後で光が瞬いた。


 見る見るうちに迫り来る、真っ赤な炎と肌を焦がさんばかりの強烈な熱気!!!


「打て、晴矢!!!!」

「いっけえええええええええええええええ!!!」


 晴矢が唸る雷矢を解き放った瞬間、サンダードラゴンの大咆哮のごとく、大雷鳴が轟いた!!


 ズギャオォウッ! ズガドシャギシャアァァァァァァァァン!!!!


「うおおお!?」


 迫り来る火の玉を飲み込んで、大稲妻が迸る!

 そして大轟音とともに強風が駆け抜けて、土煙がきのこ状に巻き上がった!


 地表には大蛇の如く凶悪な電撃が這い回り、正門付近のゴブリンたちに襲いかかる!

 悲鳴を上げる間もなく、一瞬にしてゴブリンたちが黒靄と化していく。


 大蛇の如き稲妻は、本堂を覆う透明な防護シールドを伝って竜の如く天へと駆け上っていった。


 竹林が熱風の煽りを受けてざわめきたち、そしてメラメラと音を立てて火の手が上がる。


「うはあ……や、やべえええ……!!」


 すべてを解き放ち、全身が歓喜に震える。


「────鎮火の豪雨よ!」


 シャンシャンと響く鈴の音とともに雨巫女ウズハの声がしたかと思うと、シトシト雨が一気に大粒の雨へと変わった。

 滝のような豪雨は「ザアアア」と激しく竹林を打ち、瞬く間に広がった火の手を遮っていった。

 豪雨は魔にまみれた血を洗い流し、滝壺から下る渓流へと注ぎ込んでいく。


 雨巫女の加護に守られた本堂では、インディラたちが勝どきの声を上げていた────。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 雨に濡れる竹林の中、一つの黒い影が街道に姿を現した。


「……おのれミクライ、面妖なるクソガキよ……。こうなれば天空城もいらぬわ! 今すぐにでも打ち壊してくれよう……。ウズハ殿、そなたの妖艶なる肢体、必ずや我が手に……」


 憎々しげに呟いたあと、口角を上げてベロリと舌なめずり。

 「ホッホッホッ」と忍び笑いを漏らしながら、麓に向かって走り去っていった────。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る