【18】本堂の戦い


「ロコア! お堂の庭みたいなところで、戦闘が! でも、靄のせいでよく見えない!」


 黒煙の上がる方へ、空から先回りした晴矢はれやが声を上げる。

 眼下には、木製の大きな造りのやしろが立っている。

 これがインディラの言った『雨巫女あめみこ修験場しゅげんじょう』本堂だろう。


 ロコアやインディラたちが駆けている細道の先に裏門があり、そこをくぐると本堂の裏庭に出るようだ。

 そして裏庭から本堂左手を抜けると、正門まで広がる大きな庭になっている。

 靄に満たされたその庭では、「わああああ」という怒声と剣戟の音が入り混じり、たくさんの人影がもみくちゃになって蠢いていた。


 さらにはあちらこちらで上がる火の手と黒煙。

 パチパチと激しく炎が弾ける音と、燻すような臭いが漂ってきている。


「晴矢くん、さっきと同じように『疑心の靄』を発生させている何かがあるはずよ。それを破壊して!」

「そ、そっか!」


 サンダードラゴンボウを手に、キョロキョロと視線を彷徨わせる晴矢に向かって、靄の中からグスタフが飛び出てきた。


「靄の発生源は3つだ。裏庭に1つと、あとは正面の庭と正門前にな」

「え、もう見つけたのか?」

「ったりめーだ。自分の役割ぐらいしっかりこなせっての」


 肩に止まりながら悪態をつくグスタフに、晴矢は驚嘆するしかなかった。

 口は悪いが、確かに有能な使い魔だ。


「これは、なんたること……!」


 裏門をくぐり抜け、裏庭に足を踏み入れたインディラが唖然として足を止める。


 靄の中、同じ格好をした兵たちが互いに斬りつけ合っているのだ。

 黒地に青緑のラインが入った陣笠をかぶり、白の着流しと灰色の袴、脛から下に灰色の脚絆を着け、黒地に青緑の刺繍が入った胴鎧の兵装。


 その中で、目に紫色の怪しげな光を帯び、憎しみに燃え盛っている者たちがいる。


「おのれ……魔人の妖術か!」


 先ほど、インディラ自身がかかってしまったモノと同じ状況だろう。

 さらには、ここにもゴブリンたちの姿があった。

 手にした石斧で、地面に崩れ落ちた兵たちを、無慈悲に打ちのめしている。


 歯ぎしりするインディラの姿を認めると、ゴブリンたちは「ギャワギャワ」と喚き声を上げながら襲いかかってきた。


「除! 厄! 清! 災! ────清霊祓魔せいれいふつまの雨よ!」


 インディラの背後で、雨巫女ウズハが神楽鈴かぐらすずを振り上げる。

 するとたちまちの内に空いっぱいに雨雲がかかり、シトシト雨が落ちてきた。


「ギャワッ!?」

「ギャウギャウッ!!」

「キシシシシィ……」


 降り注ぐ雨粒に、ゴブリンたちが首をすくめ始める。

 どうやら、雨粒が痛いようだ。


「これで魔人の妖力を削げるでしょう!」

「雨巫女の加護力あらば、鬼に金棒! でやっ! はっ! せやっ!」

「ギャヒッ!」

「グヒャゥ!」

「ピギャアァ!」


 さすがに剣の腕は確かだ。

 インディラは苦もなく、ゴブリンたちを次々に切り伏せていく。


 だが、鬼の如き太刀捌きを見せるインディラに向かって、今度は紫色の目をした兵士たちが襲いかかってきた。

 こちらは、雨巫女の雨粒にも、怯んだ様子はない。


「目を覚ませ! 杜乃榎とのえの兵が同士討ちとはなんたることぞ!!」


 突きかかってくる兵士の槍を跳ね上げるインディラだが、どこかやりにくそうだ。

 そうこうしているうちにも、本堂脇の小道から次々と、ゴブリンたちが裏庭に押し寄せてきている。


「さっさと靄の元を断ちやがれ、晴矢。あれじゃロコアたちも手が出せねーだろ」

「わ、わかってるって!」


 グスタフの言葉に我に返ると、即座に弓に手をかける。


「連射モードで、一気に片付けろ」

「れ、連射モード?」

「スキル名のあとに『連射モード』っつーだけだ。弓なら基本的に使えるはずだ、やってみろ」

「わ、わかった! ────ライトニングショット、連射モード!!」


 弓を引き絞ると同時、雷矢が現れ、ゴーグルの右上に『連射モード』の文字表示が浮かび上がる。


「あとは立て続けに弓を射ればいい。だが、射程距離と命中精度のトレードオフだ。狙いはしっかり定めろよ」

「オッケイ!!!」


 なんだかんだでグスタフは頼りになる。

 照準マーカーを紫の影に合わせるが、緑のままだ。

 サンダードラゴンボウを引き絞ったまま、晴矢は少しだけ降下した。


 ピピピッと音を立てて、照準マーカーが赤に変わる。


「いけっ!!」

「えいっ! ふんっ! はっ!!」


 立て続けに3本の矢を放つ!


 シュン、シュヒン、ヒュワンッ!! ドガシャアアァァァァン!!


 雷矢は雷鳴を轟かせ、点在した紫の影を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「よし!」

「ウズハさん、浄化魔法を!」

「はい!」


 神楽鈴をシャンシャンと鳴らし、雨巫女ウズハが優雅に舞い踊る。


「除! 厄! 清! 災! ────八波厄除激水砕はっぱやくじょげきすいさい!」

「ぐあああっ!!」

「ぎやああああああっ!!」


 シャーンと神楽鈴が鳴り響くと、あちらこちらで悲鳴が上がった。

 紫の目をした兵たちが、一斉に身悶え倒れ伏していく。


「しばらく時間は掛かりますが、これで目覚めるでしょう!」

「でえええええいっ!! ムサビ殿、ムサビ殿おおおおお!!」


 インディラが一気にゴブリンたちを蹴散らして、正面の庭まで駆け込んでいく。


「おおっ、インディラ! 雨巫女ウズハは!?」


 白いひげを蓄えた筋骨隆々とした体躯の男が大きな声を上げ、インディラの背にピタリと背をつけた。

 両手用のハルバードを手にしている。

 頭はおでこから頂点にかけて禿げ上がり、横から後頭部に残った白髪を後ろでまとめている。

 深い皺の刻まれた目に、太くて白い眉が凛々しく引き締められていた。


「老ムサビ、ご無事で何よりです!」

「おお、おおおお! 雨巫女ウズハよ! そちらは……?」

「ウズハ殿がお呼び出し成されたミクライ殿の、従者殿にござる!」

「なんとミクライを!? さては、先ほどの雷鳴は……?」

「あちらにおいでの、ミクライ殿のお力に相違ござらん!」


 インディラが指差す先には、宙を舞う晴矢の姿。

 それをみとめた時、ムサビはカッとばかりに目を見開いて、顔をほころばせた。


「おおおお! 蒼き翼に、虹色の双眸! それに宙を舞っておられる! まさしく言い伝えの通りじゃ! でかしたぞ、雨巫女よ!!」

「老ムサビ、今はこの状況を打開することが先決です」

「承知!! 雨巫女は、このムサビめが命に換えてもお守りいたしましょうぞ!」


 言うなり、ブンとハルバードを大きく振るい上げた。


「心を惑わされし兵らよ、よく聞くがいい!

 あすこに御座おわされる方こそ、雨巫女が呼びかけに応えられし伝説の英雄、ミクライよ!!

 ミクライ現れたとあらば、魔人など恐るるに足りずじゃ!!!」


 ミクライ、現る────。


 ムサビの大喝が響き渡ると、正気の兵たちが見違えるほどに力強さを取り戻した。

 紫の眼をした兵の槍を跳ね飛ばし、ムサビとインディラの傍まで駆け寄ってくる。

 瞬く間に、雨巫女ウズハとロコアを守るようにして人垣ができていった。


「ムサビ殿、操られし兵は雨巫女に任せ、我らはゴブリンどもめに鉄槌を!」

「おうよ! 我が兵らよ! 一気に押し返すのじゃ!」

「3人一組となれ! 雨巫女の加護力を信じて突き進むのだ!」

「おおおおおおおおっ!!!」

「参る!」


 2人の猛将の声に、正気を保っている兵士たちの士気が、一気に上がる。


「でやああっ! はっ! ふんっ!」

「ふんがッ! おうはッ! ど、せいいいいッ!」

「除! 厄! 清! 災! ────八波厄除激水砕はっぱやくじょげきすいさい!」

「ギュワワッ!」

「ギヒャアア!!」

「ぐふっ……!」


 本堂敷地内のゴブリンたちは瞬く間に切り伏せられ、紫の眼をした兵たちが倒れ伏していく。

 杜乃榎国兵が、完全に敷地内を制圧するに見えた……その時!


 「ヒューン」と花火が打ち上がるような音が響いたかと思うと、放物線を描いて火の玉が敷地内に飛び込んできた!





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