【90】狂火轟沈


 カランカランと音を立てて、彌吼雷刀ミクライブレードが甲板の端へと転がっていく。


「……消し炭となるがいい!……」


 魔人が手にするブレードソードの邪火が、勢いを増して轟々と燃え上がる!

 火の粉を飛ばし、ブレードソードを再び上下段に構えると、頭上の混沌が狂喜に満ちた金切り声を上げた!


「キヒャオウゥゥゥゥゥゥゥッ!」

「インディラ、これを使うのじゃ!!!」


 ムサビがインディラに向かって彌吼雷鉾ミクライスピアを投げ上げる!


「おう!」


 素早く彌吼雷鉾ミクライスピアを手にすると、インディラはブンと大きく振り回し、即座に後ろ下段に構えた!



「────天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさず!


  天を仰ぎ、祖に学び、愛を知りて、仁に通ず!


 我が生命果てるまで、その道を進むものなり────!!」



 「ダン!」と足を踏み鳴らすと、インディラの手にした彌吼雷鉾ミクライスピアがブルンと戦慄わなないて、電撃がズンとばかりに十字の形に刀身を成す!

 さらにインディラの身体に電撃がまとわり付いて、フヒュウと風が、つむじを巻いた!


「あれは『しん彌吼雷十字槍ミクライトライブレード』に『彌吼雷羽衣ミクライオーラ』!」

「異世界ウォーカーの助力無しでこれほどまでの精霊力ですか! 素晴らしい!」

「なんと、我らをも超えたか! の者こそ────真の戦士よ!」

「やりおるわ、インディラ! それでこそ、アリフも認めた杜乃榎とのえ一の剣士じゃ!」


 インディラの変貌に、誰もが息を呑む!


「失笑を禁じえませんわ。あれこそ、天をも貫く超絶岩脳筋ちょうぜつがんのうきんですわね……」


 城壁で見守るミュリエルが嘲笑う。

 背中のクマのぬいぐるみもどこか楽しげだ。


 大きく肩を揺らしながら、苦々しげに邪火をあげる魔人が、グンとばかりに腰を落とした。


「……滅砕!……」


 瞬間、魔人が烈火の如く、突っ込んでくる!


「せやああああああっ!!!!」


 気合一閃! 雷光が煌めいて、インディラがしん彌吼雷十字槍ミクライトライブレードを横に薙ぐ!


「……ごう破弾火槍はだんかそう!……」


 魔人は見切っていたかの如く宙を飛び、ドリルのように回転しながらインディラ目掛けて突進した!


 「ズダァン!」と激しい音が響いて甲板に炎が広がる!


「インディラ!!」


 雨巫女あめみこウズハの悲鳴が響く中、炎の中心で電撃を迸らせるインディラの姿!

 右目に巻いた布が解け去り、その目は紺碧色に爛々と輝いていた!


「うおおおおおおおおおおおお!」

「……何!?……」


 剣戟を受け止められた魔人が、驚愕に目を見開く!


 紺碧の瞳から電撃を迸らせて、インディラが「ドン!」とばかりにその身体を押し返す!

 床に降り立ち、よろめく魔人の目の前で、クルリとしん彌吼雷十字槍ミクライトライブレードを持ち替えた!



「────てんちゅうざん!!!」



 ドガシャアアァァァァンッ!!!



 大雷鳴を轟かせ、インディラがしん彌吼雷十字槍ミクライトライブレードを跳ね上げる!

 魔人の首が宙に飛び、混沌が喉元を締めあげられたかのような絶叫を上げた!


「撃てえっ!!」


 サンリッドの号令に、一斉に蒼竿銃ブルーロッドライフルの銃声が轟いた!


 首を失った魔人の身体を、蒼竿銃ブルーロッドライフルの弾丸が次々と貫いていく! 振り上げたブレードソードがこぼれ落ち、混沌の絶叫に業火の炎が邪火を上げる!


雨巫女あめみこよ、浄化祓魔じょうかふつま水珠みずたまからの、八波厄除激水砕はっぱやくじょげきすいさいじゃ!!」


 ムサビの声に、雨巫女ウズハが神楽鈴を振るう!


「マヨリンも参りますなのです!」

「ルナリンも最強共鳴なの……」


 マヨリンとルナリンも同調し、3人の声が青い光を呼び寄せた。


「除! 厄! 清! 災! ────浄化祓魔じょうかふつま水珠みずたまよ!」


 「シャーン」と鈴音が鳴り響き、青い光が周囲を染める。

 「ゴボワァァン!」と大水球が魔人の身体を包み込み、業火をことごとく飲み込んだ!



「これで最後です────!!!」



 雨巫女ウズハの周囲に迸る青い光。

 シャンシャンと狂ったように鳴り響く神楽鈴を、天に向って突き上げた。


「除! 厄! 清! 災! ────八波厄除激水砕はっぱやくじょげきすいさい!」



 ドバシャァァァァァン!!!!



 魔人を飲み込んだ大水球が、轟音とともに弾け飛ぶ。

 白い煙が爆発的に広がって、辺りを白い靄が覆い尽くした。


 天空城甲板にモウモウと立ち込める白い靄。

 それはやがてゆっくりと、周囲に霧散していった……。


 すべての邪火が消えたあと、甲板には、黒い人骨がうつ伏せに横たわっていた。


 紺碧の瞳を光らせて、電撃を纏うインディラが、油断なく黒い人骨に歩み寄る。

 そして、ブンとしん彌吼雷十字槍ミクライトライブレードを横に薙ぐと、フヒュウと音を立ててつむじ風が舞い上がった。



 やがて黒い人骨は音もなく黒い靄となり、つむじ風に巻かれて霧散した────。



 溶岩の手に固定されていた天空城が、「ギギギギ……」と軋み音を立て始める。


「天空城が、浮き始めていますなのです!」


 ルナリンと抱き合うマヨリンの声に、誰もが感嘆の声を漏らした。


「────魔人討伐は、果たされましたわ!」


 防衛ラインの城壁で、ミュリエルが高らかに宣言する。


 雨巫女ウズハがインディラに駆け寄って、潤んだ瞳でその目を見つめる。

 インディラはしっかりとした表情で、黙ってひとつ頷いた。


 安堵と喜びに溢れる天空城に、防衛ラインに控える連合軍から、口々に叫ぶ声が聞こえてきた。


十痣とあざが! 十痣とあざが消えております!!!」

十痣鬼とあざおにだった王が、目覚めましてございます!!!」

「友よ、悪魔の呪いより目覚めたか!」


 あちこちから勝どきの声があがり、誰もが「魔人討伐、為る」に湧き立った。



 そんな歓喜が広がる中────。



 ロコアは、ピクリとも動かない晴矢の頭を抱きかかえたまま、その名を呟くように呼び続けていた。

 小刻みに震えるその肩に、グスタフがそっと舞い降りる。

 その傍らで、皇アリフが弱々しく身動ぎした。


「許せよ……ミクライ……」


 いつもの澄んだ表情を取り戻した夜映やはえ

 遠い空から、静かにこれを見守っていた────。






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