【89】戦火に轟く新たな雷鳴


「ミュリエルさま、私たちが手を下すべきかと……」


 杜乃榎とのえの惨状に、サンリッドが兜の奥で声を潜めて問いかける。


「……お待ちなさい」


 ミュリエルはツンと顎を上げると、インディラを見据えた。


「あの者は、まだやる気のようですわ。あなたたちは、異世界ウォーカーの従者アシスタントらしく、補佐に徹しなさい」

「はっ!」

「御意に」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 全身をブルブルと震わせるインディラが、いきなり自分の袖口に歯を立てた。

 そして勢い良く「ビリリッ」と引き千切る。

 引きちぎった布で手早く額の傷口を右目ごと覆うと、ギュッとばかりに後ろ手に結んだ。


「────武士道とは、死することと見つけたり!」


 言い放つと同時、ギンと眼光鋭く魔人を睨めつける。


「我、ようやくにしてその道に、今こそ立たん!!!」


 ギラギラと怒りに燃えるその瞳には、あの赤い光は微塵も無い。

 その様子に、「チッ」と舌打ちする魔人。


 スックと立ち上がるインディラの手の中で、彌吼雷刀ミクライブレードがブルンと震え、その刀身に電撃が迸る。

 ダンと大きく足を踏み鳴らし、彌吼雷刀ミクライブレードを中段に堂々と構えると、迸る電撃が大きな刀身を成して輝いた!


「おおおお!」


 魔人の攻撃に及び腰になっていた将たちからも声が上がる。


「なんと! あれこそ『しん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャー』じゃ! 皇アリフに肩を並べたか、インディラよ!」

「あれが伝え聞く、ミクライの真なる力か……! インディラよ、この期に及んで更なる高みに昇るとは!」


 ムサビの驚きの声に、皇アリフの傍らで状況を見守っていた皇子アフマドですら、驚嘆の声を上げていた。


「……ほう……」


 さも気に入らないとばかりに、魔人がインディラに向き直る。

 頭上の混沌が「ヒフゥゥゥ……」とかほそく尾を引く声を上げ、火球が魔人の周囲をクルリと回った。


「今一度、拙者が相手にござる!!」

「……片目を捨てる、愚か者よ……」


 魔人は「フッ」と笑うと、烈火の速さで斬り込んできた!


「せいっ! はっ! やっ!」


 矢継ぎ早に繰り出す魔人の剣撃を、インディラが尽く跳ね返す。

 しかし今度は一方的ではない!

 みるみるうちに形勢は逆転し、インディラが上に下にと電撃の刃を繰り出していた!


 そして!


「ハアアアアッッ!!」


 下に打つと見せたインディラが、一瞬にして身を翻し、しん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャーを振り下ろした!

 炎が散って、魔人の片目に亀裂が走る!


「……ムッ!……」

「これは先の返しでござる! 次に我が剣を受けるは、死、あるのみ!!」


 怯んだ魔人にインディラがギラギラと鋭い眼光で睨めつける。

 魔人の頭上の混沌が金切り声を上げると、右目の傷がみるみるうちに塞いでいく。


「まさか……インディラ殿は、わざと仕留めなかったと……?」

「そ、そのようにござりまするな」

「今の剣筋、まったく見えなんだ……」

「なんたる剣技よ……」


 将たちは息を飲み、二人の勝負に見入っていた。


「……たわけた真似を……」


 怒りに形相を歪める魔人が両手のブレードソードを演武の如く、グルングルンと振り回す。

 その頭上で混沌が叫び声を上げ、拳大の火球が二つ三つと魔人の炎の中から飛び出してきた。

 しかしインディラは眼光鋭いまま、身動ぎもしない。


「フン……どうやら、本気を出したようですわね。ですが、それこそ諸刃の剣……」


 ミュリエルの呟きに、サンリッドとスクワイアーは油断なく、雨巫女ウズハのそばににじり寄った。


雨巫女あめみこウズハさん、万が一に備えて魔法の準備を」

「はい、おまかせくださりませ」


 雨巫女ウズハは神楽鈴ギュッと握りしめ、キリッとした視線をインディラと魔人に向けた。

 肩から血を流しながらも気丈に頷く雨巫女ウズハに、マヨリンとルナリンも大きな耳をピンと立て、表情を引き締めた。


 やがて魔人が、二振りのブレードソードを上下段にピタリと構え、静止する。

 混沌が「ヒィィィフフフゥゥゥ」と鳴き、その周囲を四つの火球がヒュンヒュンと円を描いて飛び回る。


「……有限なる生命いのちの子よ……ワレにあだなす愚かさを知るがいい……」

「我、死地しちり。なれどなお、死線しせんを超える覚悟有り!」


 お互いを射抜かんばかりに睨み合う。

 ソロリとインディラが左に踏み込むと、魔人も同じく左へと動いた。

 徐々に魔人は、将たちに背を向ける格好になっていく。


「……終わり、ですわね」


 ミュリエルが呟いた瞬間、インディラが動いた!


「……殲滅!……」


 魔人の周囲の火球から、インディラ目掛けて熱光ビームが放たれる!

 それを目にも留まらぬ速さで跳ね除けて、インディラが雷の如く、魔人の懐に飛び込んだ!


「でやああああああ!!!」


 「ブン!」と風を切り裂き、インディラがしん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャーを薙ぐ!


 魔人は左のブレードソードでそれを受け止めざまに、クルリと身を翻す!

 そして、烈火の速さで上段から右のブレードソードを振り下ろした!

 さらに混沌が金切り声を上げ、4つの火球が斜め上からインディラ目掛けて熱光ビームを撃ち放つ!


「見切った!!!」


 素早く後ろへ飛び退き、剣戟と熱光ビームを交わしたインディラが、一気に4つの火球を斬り払う!


 さらに左のブレードソードで突きを繰り出してきた魔人の一撃を、クルリと反転して避けると、斜め上に魔人のブレードソードを跳ね上げた!


 左のブレードソードを失った魔人はしかし、怯むこと無く、流れるような動きで右のブレードソードを斜め下から斬り上げた!

 上体を仰け反らせて後ろに一歩避けるインディラの首もとを炎が走り、わずかに肌を焦がす!


「……ヌウ!!?……」

「成敗!!!!」


 クルリと身を翻し、インディラがしん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャーを水平に構えると、そのまま一気に突きを繰り出した!


 「ズグッ!!!」と炎を掻き分け、魔人の身体を貫くしん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャー

 大蛇のごとく電撃が迸り、魔人の身体がガクガクと激しく震える!


「キヒィィィィアァァァァァァァァァッ!!!」


 魔人の混沌が金切り声を上げると同時、邪に染むる炎が幾筋もの蛇となる!

 そしてしん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャー伝いにインディラへと襲いかかった!


「なんと!?」


 瞬時にしん彌吼雷斬魔刀ミクライスラッシャーから手を離し、後ろに大きく飛び退るしかないインディラ!


「……罠にかかったバカモノめ……フオオオオゥッ!……」


 全身を震わせる魔人の雄叫びに、頭上の混沌が金切り声で応える!

 魔人を包む炎が「ボン」と四方に弾けると、その身体を貫く彌吼雷刀ミクライブレードが吹き飛んだ!




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