【88】散る生命


「インディラ!!!!」


 インディラの頭部に炎が走り、雨巫女あめみこウズハの悲鳴が響き渡る!

 よろめく足を踏ん張って、インディラが彌吼雷刀ミクライブレードを中段に構え直す。

 その顔の右半分は焼け爛れ、血が滲み出ていた。


「……クッ!」


 踏み留まったはずのインディラだが、グラリと揺れると腰から崩れ落ち、片膝をつく。

 そしてその目に、フワリフワリと点滅する赤い光。


「……未熟者め……」


 魔人がニヤリと笑う。


「霊魂接触……やはり、そう来ますわね」


 城壁のミュリエルが、忌々しげに舌打ちをする。


「う、ウズハ殿……ウズハ……」

「いけません、インディラ! 魔人に心を委ねては!!!」


 雨巫女ウズハの声に、魔人がネットリとした絡みつくような視線を向ける。


「……すべて奪い去ろう、ワレの手で……」


 苦悶するインディラに背を向けて、雨巫女ウズハたちに一歩踏み出す。


「待て待て待てぇぇぇい! ワシが相手になろうぞ!!!」


 窮地を察したムサビが、彌吼雷鉾ミクライスピアを振り上げ、躍り出る。

 魔人はギロッとムサビを睨めつけると、ニヤッと笑った。


「……笑止……」

「ほざけこわっぱ! この歴戦の……」


 ムサビが言い終わらぬ間に、魔人が動いた!


「なんと!!!」


 ガキィン!


 炎に燃えるブレードソードを、ギリギリのところでムサビが受け止める!

 しかし今にもムサビの顔を焦がさんばかりの勢いで、邪火が燃え上がっていた。

 魔人の頭上で黒い靄が「ヒハアァァァァァァ!」と声を上げると、ムサビの腰がググっと沈み込み始める。

 押し返そうと踏ん張るムサビの額に、汗が吹き出し、その顔が苦悶に歪んだ。


「ぐぬぬぬ……!!!」

「……引っ込んでいろ、雑魚ジジイ……」


 言うなり、魔人はクルリと身を翻すと、下段回し蹴りでムサビの足を蹴りつけた。


「ぐおおおっ!!」


 「ズダン!」と音を立ててムサビがうつ伏せに倒れ伏す!

 その背中を「ゴリッ」と踏みつけると、魔人の炎がムサビの背中を焼き焦がした。


「がはぁっ!」


 苦しげな唸りを上げるムサビの頬に、魔人がブレードソードの切っ先を差し伸べる。


「……選ばせてやろう……ワレの軍門に下るは今ぞ……」


 瞬間、ムサビの瞳にも、赤い光が点滅し始めた。


「……フンッ! 阿呆が! この老体、すでにこの世の欲など微塵も無しよ!!!」


 クワッと目を見開くと、ムサビの目から赤い光が消え去った。

 魔人は憎々しげに口角を歪めると、右のブレードソードを振り上げた!


 その時!


 ターーーーーン!


 響き渡る乾いた銃声!

 魔人の右腕が貫かれ、ブワッと炎が飛び散った!


「……グヌッ!?……」


 右腕を振り上げたまま、魔人が一歩二歩と後退る。

 その背中に、「ドン!」と組み付いた人影があった!


「逃げろオヤッサン!!」


 ゴラクモだ!

 背後からゴラクモが魔人をガッシリと羽交い締めにしているのだ!

 業火に服を焦がし、肌がただれるのを物ともしない!


「ち、父上様なのです!!」

「……ワレの炎に耐えるキサマ……何者ぞ……」

「ハハハッ! オレの身体は機械仕掛よ! この程度の炎、なんともないぜ!」

「無理無茶無謀のちょいワルオヤジなの……」

「撃て! みんな撃つんだ!」


 呆気に取られていた将たちが、あたふたと蒼竿銃ブルーロッドライフルを構え直す! それに気付いた魔人の頭上で、混沌が大きなわめき声を上げた!


「キィヤァァァァァァァァァッ!!!」


 ボフンと音を立てて、拳大の火球がその頭上に舞い上がる!


「まずい! スクワイアー!」

「おう!」


 晴矢に応急処置を施していたサンリッドとスクワイアーが、異変に気づいて走り出す!

 同時に、魔人の頭上の火球が、「ヒュゥン!」と音を立てて360度に熱光ビームを放った!!


「ぎゃああああ!」

「あひいいいっ!!!」


 将たちの間から上がる悲鳴!


 将たちの前を駆け抜けたサンリッドとスクワイアーだが、その間から熱光ビームが数人の将を焼き焦がしたのだ!


「このクソ野郎おおおおおおおおおおおっ!!!」


 魔人に取り付いていたゴラクモが大声を上げると同時、その腕がギチギチと音を立て、様々な工作道具へとめまぐるしく形を変えていく!


「フンッ!!」


 気合とともに、魔人の両腕を切り落とす!!!

 「ドン、ガタン!」と音を立てて魔人の両腕が甲板に転がった!


「これでどうだ!!!」


 勝ち誇るゴラクモに、両腕を無くした魔人が憎々しげな表情で振り返る。

 顎をクイッとあげ、両目を見開きゴラクモを睨めつける。


「……小賢しい……」

「ヒィィィィフウゥゥゥゥゥゥ!!!」


 頭上の混沌が雄叫びを上げると、魔人の肩口から炎がドンと弾けて、ブレードソードを持った両腕が即座に伸びてきた!


「クッ……ハハハハ!! 一瞬にして回復か、バケモンめ! さすが魔人だ!!」

「……死ね……」


 ニヤッと笑い返すゴラクモに、目にも留まらぬ早業で、一閃二閃三閃四閃とブレードソードを振るう魔人!

 次の瞬間には、ゴラクモの首が飛び、両腕が飛び、腰から下が真っ二つに切り裂かれていた……!


「……鉄屑め……」


 魔人の嘲笑を受け、焼け爛れたゴラクモの首がゴロンゴロンと甲板に転がって、インディラの足元でピタリと止まった。


「ハハハッ! さすがのオレもここまでだ! あとは頼んだぜインデ……」


 言いかけて、ゴラクモの顔がピクリとも動かなくなる。


「ゴラクモ……!」


 未だその目が赤く点滅するインディラが、ゴラクモの生首に絶句する。


「父上様の捨て身の攻撃が、完全無駄骨に終ったの……」

「立派な最期だったなのです……」


 マヨリンとルナリンが大きな耳をペタリと伏せ、雨巫女ウズハの腰に顔を埋めた。


「ゴラクモよ……立派であったぞ……!」


 脂汗を浮かべながらようやくに上体を起こしたムサビが、彌吼雷鉾ミクライスピアを手元に引き寄せ、声を震わせた。



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