【75】天使の使徒


「お行きなさい!」


 ミュリエルがサッと手を横に薙ぐと同時、ガーゴイルが白翼を大きく開き、雄叫びを上げた。

 翼が白い光を纏って、煌々とした輝きを放ち始める。


「さて、ガツーンとやりますか」

「ふっふっふっ、腕が鳴る! 行くか、サンリッド!」


 拳を突き合わせると、サンリッドは庇をパタリと落とした。


「────セイクリッドランサー、起動!!」

「────ディバインハンマー、装着!!」


 2人の声に、プラチナ鎧がそれぞれ白い光を放ち始める。

 土埃を舞い上げて、地表よりわずかに浮き上がる2人の身体。

 そして、どデカいランスと盾がサンリッドの前に現われ、スクワイアーの手には巨大なハンマーが握られていた。


「正義は我らにあり! いざ、突撃!!!」


 「ブウウウウン!!」とエンジンの唸るような音を立てると、サンリッドとスクワイアーの二人は、ホバリングをしながら突進を開始した!

 土煙を上げながら、瞬く間に連合軍の間をすり抜けていく。


「あの群衆の中を凄い勢いで……!」


 6体のガーゴイルも、白く光る翼をはためかせ、瞬く間に天空城へと辿り着いた様子だ。


「『このガーゴイルは……まさか、ミュリエルの!?』」

「ロコアちゃ~ん、ロコアちゃあぁぁぁん♪」


 いきなり、ミュリエルが晴矢に抱きついて、ヘッドセットに口元を寄せてくる。

 フワッと香水のいい香りが晴矢の鼻孔をくすぐった。


「『やっぱりミュリエル! じゃあさっき駆け抜けていった騎士は、サンリッドさんとスクワイアーさんね? みんな、来てくれたんだ……』」

「んっふふぅ~~ん♪ ロコアちゃんを驚かせようと思ってぇ、突然来ちゃってごめんなさぁ~~い」


 感動している様子のロコアの反応がよほど嬉しいのか、ミュリエルは甘ったるい声を出しながら、晴矢に押し付けるようにして身体をくねらせた。

 晴矢の頬にも、その暖かくてスベスベした頬をスリスリと擦りつけてくる。


「(……ちょっと気持ちいい)」

「あたくしが来たからにはぁ~、なんでも言って頂戴ね♪」


 思わず照れる晴矢を気にする様子もなく、ミュリエルは「ちゅっ」とばかりに唇を鳴らした。

 背中のクマのぬいぐるみも、どこか幸せそうだ。


「『アフマドさん、さっき通り過ぎて行ったプラチナ鎧の騎士2人と、飛び回っている翼の生えた石像モンスターは、わたしの知り合いなの。援軍に来てくれたみたい』」

「そのようだな、了解した」


 皇子アフマドはロコアの言葉に頷くと、集音器マイクを手にした。


「────見よ、我らに援軍あり!!」


 皇子アフマドの声が拡声器に乗って響き渡る。


「光の白騎士と、白翼の聖獣なり!! その力、とくと見るがいい!!!」


 杜乃榎とのえ兵から「おおっ!」と声が上がる中、サンリッドとスクワイアーの2人が早くも前線に到達する。


「私は悪魔術ラニギロトを制す! スクワイアーは烏合の衆を頼みます!」

「任せろ! 派手にやってくれ!」


 視線を交わすと、サンリッドとスクワイアーは二手に別れた。


「はああああ!────破魔!猪突貫通槍ちょとつかんつうそう!!」


 降り注ぐ火の玉に向かってサンリッドが跳ぶ!

 一筋の光となって、次々と火の玉に体当たりしていくたび、火の玉が「ボフ!ボフ!」と白い煙に変わって霧散した!


「ほわおおう!────剛砕!猪突破岩撃ちょとつはがんげき!!」


 皇都城門から続々と侵攻してくるオーガやギリメカラの群れに、スクワイアーがハンマーを振り回しながら突進していく!

 血しぶきとともにオーガやギリメカラの巨体を、次々と跳ね上げた!


 一方、天空城周辺では、6体のガーゴイルたちが、ギリメカラたちと交戦を開始していた。

 背に乗るゴブリンたちを鋭い爪で引き裂き、ギリメカラに光り輝くジャベリンを突き刺し引き倒す。


 まさに獅子奮迅!

 圧倒的戦闘力の前に、魔人軍は次々と黒い靄となって霧散するばかりだった。


「みんな、すげえ……!」

「プッ……相変わらずの猪武者ですわ。煩悩の塊にして脳筋な二人にはちょうどよろしくってよ。あたくしの可愛いガーゴちゃんたちのように、もっとスマートに戦えないものかしら?」


 従者アシスタントと使い魔たちの活躍にも、当然といった表情で不敵に微笑むミュリエル。

 抱きしめられるクマのぬいぐるみも、そのつぶらな瞳にどこか自信に満ち溢れた光を湛えていた。


「こいつぁすごい……! オレらも遅れを取るな!」

不惜身命ふしゃくしんみょう、雷鳴轟くが如く!」

「天空城は大丈夫なようじゃの! よし! ワシらも皇都城壁へ向かおうぞ!」


 サンリッドとスクワイアーの加勢に、杜乃榎とのえ兵たちも勢いづいた。


 一方の連合軍は、未だに混乱の中にあるようだ。

 目を紫色に光らせて、他国に罵詈雑言を浴びせる者、剣を抜いて鍔迫り合う者、防衛ラインまで勝手に逃亡を図る者……。

 その中で、赤い目を光らせた十痣鬼とあざおにたちが、まるでゾンビのごとくゆっくりと起き上がり始めていた。


「そ、そうだ! 十痣鬼とあざたちが動き始めてるんだ! 連合軍もおかしいままだし、どうしたらいいんだ!?」

「『ミュリエル、早速だけど、ひとつお願いしたいの』」

「はぁ~~い、なんですの?」


 ヘッドセットから聴こえてくるロコアの声に、ミュリエルが得意げな様子で耳を傾ける。


「『魔人のフレイミングドミネイターのせいだと思うんだけど、天空城の精霊力エネルギーがどんどん低下してるの。これを防ぎたいのと、これから天空城から発動する精霊魔術を増幅してもらいたいの』」

「うふふ、よろしくってよ。領域エンチャントの『セイクリッドレインボーパラダイス』を展開いたしますわ。そうすれば、悪魔がやっきになってフレイミングドミネイターを連発しようとも、微動だにしませんものね」

「『うん、お願い』」

「きゃぁ~~~ん、お任せくださいませ~!」


 歓喜の声をあげるミュリエルが、晴矢の首筋をギューッと抱きしめる。

 ミュリエルのすべすべで暖かな頬の感触が心地いい。


「『ウズハさん、わたしたちは天空城の精霊力エネルギー充填に専念して、120%を超えたらすぐに「抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ」を』」

「『わかりました。マヨリンとルナリンもよろしくお願いしましたよ』」

「『はいなのです!』」

「『ルナリン、俄然やる気なの……』」


 ミュリエルの加勢で、ロコアの口調にいつもの冷静さが戻ったようだった。


「晴矢、あたくしをあの城壁の上に」

「え、なんで?」

「この辺り一帯に領域エンチャントをかけるんですのよ? 見晴らしのいい場所の方が良いに決まってるじゃありませんか。それぐらいすぐに理解なさい」

「ああ、なるほどね」


 晴矢はポンと手をたたくと、すぐさまミュリエルをお嬢様抱っこに抱え上げた。

 そして城門の上へと飛翔する。


 2人が城門の上に降り立つと、そこには倒れ伏したままのグリサリの姿があった。


「この御方おかたは?」

「グリサリさん。ほら、前に言った……」

「あら、そうですの。この方が……」


 ミュリエルは、グリサリの横でそっと身を屈めると、乱れた長い黒髪を撫で付けた。

 グリサリは苦しげな呻き声を小さく漏らしている。


「たぶん今は、ウズハが発動した『抗魔誘眠こうまゆうみんさざなみ』で眠ってるんだと思う」

「そのようですわね」


 ミュリエルは頷くと、すっくと立ち上がり、皇都の方へ視線を向けた。



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