【56】霊魂状態


「……つまり晴矢はれやは、霊魂状態になって悪魔の念芯ニュークリアスの中に吸い込まれていた、と言いたいわけですのね?」

「だってそうとしか思えないよね? 俺が見たのって、紅瞳玉石レッドアイアダマントなんでしょ?」

「黄緑色の肌……それって、バグ玉みたいだよね」

「そうそう!」

「では、突進してきた赤い宝玉を弾き飛ばしたという青白い電撃はなんですの?」

「ええと……」


 ミュリエルからの鋭い指摘に、凪早なぎはや晴矢はれやが頭を掻く。


「あの時、わたしがマスター権限を発動してたの。もしかしたら、そのせいかも」


 ロコアが視線を上げて、ミュリエルを見る。


「マスター権限を? 晴矢の身体をロコアちゃんが操ろうとしたわけですの?」

「うん。悪魔に操られて、フルバレットブーストを撃とうとしたから、それを止めようと思って」

「おお、そうそう! 全部、キレイに話が繋がるじゃん!」


 抑えきれない興奮に、晴矢がガタリと立ち上がる。

 しかしミュリエルは「フン」と鼻息をつくと、目を閉じて腕組みをした。


「すべては晴矢の証言に基いての推測にすぎませんわ。その記憶が万が一、悪魔の罠だったら……」


 ミュリエルの言葉に、勢いづいていた晴矢も冷水を浴びせられたように肩を落とした。

 ゆっくりと腰を下ろすと、ポリポリと頭を掻くしかない。


「悪魔の罠、か……確かに、その可能性もあるかもしれないな」

「仮に、晴矢の記憶が正しいものだったとして、どうやって紅瞳玉石レッドアイアダマントを捕獲し、抜き出すおつもりですの?」


 ミュリエルはそっとこめかみに手を当てると、ゆっくりと首を横に振った。

 その横で頷いているロコアだが、何か考えている様子だ。


 しばらくの静寂の後、ロコアが口を開いた。


紅瞳玉石レッドアイアダマントをどうやって抜き出すかはさておき、マスター権限を発動した時に晴矢くんが霊魂状態になるかどうか、今ここで、確認しておきたいの」


 ロコアの言葉に晴矢は「おお」と声をあげ、ミュリエルは「ふむ~~」と口をへの字に曲げて視線を逸らした。


「ロコアちゃん、仮に晴矢の言うとおりの事が再現出来たといたしましても……」

「うん、ミュリエルの言いたいことはわかってるつもり。でもどうしても、試しておきたいの」


 どうやらロコアに、譲るつもりはないらしい。

 ミュリエルはギュッとクマのぬいぐるみを抱きしめると、ツンと視線を逸らした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「晴矢くん、今回確認してほしいことは2つね。まずひとつは、地下牢の時と同じように霊魂状態になるか、ということ。もうひとつは、わたしの声が聴こえるかどうか、ね」

「オッケイ、了解」

「要は、『霊魂状態でもこちらの指示に従って動けるのか?』ということですわ」

「なるほどね」

「それとね、もうひとつ覚えていて欲しいのが、マスター権限発動は24時間に1回だけ、ってことなの」

「……チャンスはそんなに多くない、ってことか」

「うん。だから、確実な方法じゃなければ使えないと思う」

「了解! その意味でも、今ここで試す価値は充分あるな!」

「うん、そういうこと。……じゃあ、やるね」


 ロコアは晴矢に頷きかけると、シャリーンと音を立てて錫杖を構えた。



「我、ロコア・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において


  汝、凪早なぎはや晴矢はれやの御霊に代わりてその肉体を操らん!


 ────マスターズ・アドミナルパワー!」



 錫杖の頭部についたプリズムが真っ白な光を放った瞬間、晴矢はに突き落とされた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……あれ? あの時とちょっと違う?」


 たしか前回は、真っ白な世界だったはずだ。

 こんなに灰色の世界ではなかったと、晴矢は首を傾げるしか無かった。


 手や腕、身体を眺め回してみる。

 身体はあの時と同じように、黄緑色だ。

 足はやはり地面についていない。

 フワフワと、宙に浮かんでいる感じだ。

 背中のサンダードラゴンウイングもついている。


 違うところがあるとすれば、ただの灰色な世界が広がっているだけ、ということだろう。

 辺りはしんとして静まり返り、物音一つ聞こえない。


「おーーーーーい」


 なんとなく、大きな声で叫んでみる。

 しかし、反応はない。

 木霊すら返ってこず、周囲は深閑として静まり返ったままだ。


「……ロコアは何か、指示を出してるのかな?」


 きっとロコアの事だから、言った通りにしているだろう。

 だが、耳を済ませても、何も聞こえない。


「えーっと……とりあえず、ライトニングショットでも打ってみるか?」


 弓がないから、それが出来るのかすらもわからないが。

 ただ、このままでは手持ち無沙汰だし、何の情報もなく帰るわけにもいかないだろう。

 手ぶらのまま、弓を構えるポーズをして、大きく息を吸い込んだ。


「────ライトニングショット!」


 その瞬間!


 「バシィッ!!」と音が響いて、晴矢の周囲で青白い電撃が迸った。


「おおおおおっ!?」


 思わずビクッとなって身をかがめる。


「び、ビックリした! でも、これもあの時と同じだ!」


 紅瞳玉石レッドアイアダマントが突進してきた時と同じ、あの電撃に間違いない。

 電撃が収まったのを確認すると、辺りを見渡してみる。

 よく目を凝らしてみると、薄く青白い光が球状に晴矢を包み込んでいるのが確認できた。


「マスター権限が発動されてるから、か……」


 従者アシスタントの霊魂と肉体の接続を断ち、異世界ウォーカーに肉体のコントロールを奪われているというミュリエルの言葉を信じるなら、そういうことになるだろう。

 となれば、マスター権限発動中は、晴矢からアクティブスキル行使ができない、ということになる。


 この空間内で自在に飛ぶことは可能なようだが……。

 そうやってしばらくボンヤリしていた時だった。


「……お?」


 突然、晴矢の周囲で青白い光がキラキラと煌めいて、灰色の世界に飲み込まれるように消えていったのだ。

 キョロキョロとあたりを眺め回して、よぉ~く目を凝らして見る。


「……青白い光が消えた?」


 黄緑色の光の外を覆っていた青白い光の膜が、消えているようにしか見えない。


「マスター権限を解除したのかな?」


 とすると、なぜ自分が霊魂状態から戻らないのか?

 疑問は募るばかりだが、晴矢はクッと口を引き締めた。


「もう一回、スキルを試してみるか!」


 グッと弓を構えるポーズを取ってみる。


「────ライトニングショット!」


 ヒュゥンと音が響いて、晴矢の目の前に雷矢が現れた。


「おおおお!?」


 右手をパッと開くと、雷矢がズガシャーンと音を立てて飛んで行く。


「よっし、イケる! これなら、紅瞳玉石レッドアイアダマントを攻撃できるぞ!」


 グッとガッツポーズで拳を握りしめ、大声を上げながら灰色の世界を飛び回る。

 邪魔するものなど何もない。

 上もなければ下もない。

 晴矢1人の世界だ。


 いったい、この世界はどこまで続いているのだろう?

 そして、この状態はいつまで続くのか……?


「……長くないか?」


 寂しさを感じるとともに、だんだん不安に駆られ始める。

 思わずバサリと翼をはためかせ、宙に静止したその時、フワッと意識が遠のいて、視界が暗闇に包まれた────。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……晴矢くん?」


 身体が揺さぶられているのを感じて、晴矢はゆっくりと目覚めた。


「お……? 俺……」


 どうやら、床の上に横になっているらしい。

 目をしぱしぱさせながら上体を起こすと、ホッとした様子のロコアと、ムスッとした表情のミュリエルの顔が目に映る。


「良かった。いきなり倒れこんで、ピクリとも動かなくなっちゃったから……」

「ああ……そういうことか」


 左肩から倒れこんだらしい。

 妙にズキズキするのはそのせいのようだ。


「いったい、何が起こったんですの?」

「ああ、えっとね……」


 晴矢は、マスター権限が発動されたあとに起こったことを説明した。

 前回と同じく、黄緑色の肌でフワフワしていたこと。

 ただし、周囲が灰色の世界だったこと。


 周囲に薄青い球体状のシールドがあったこと。

 そして、ライトニングショットを使おうとしたが阻止されたこと。

 しかし、薄青い球体状のシールドが消えたあとは、ライトニングショットを使えたこと。


 晴矢の話を聞いて、ロコアとミュリエルが顔を見合わせた。


「マスター権限を発動することで、霊魂状態にはなるのね。でも、その状態で晴矢くんがアクティブスキルを発動しようとすると、マスター権限によって阻止されてしまうと……」

「マスター権限を解除したあとはタイムラグで霊魂状態が続いていた、ということなのでしょうね。おそらく、10分ほどだったと思いますけれど」

「タイムラグ、か。なるほどね。マスター権限が発動されてるとさ、紅瞳玉石レッドアイアダマントにも近づけ無さそうだけど、そのタイムラグの間にはチャンスじゃないかな? ライトニングショットも撃てるみたいだし」


 目をキラキラさせながら晴矢が言い放つ。

 しかし、ミュリエルは渋い顔をしていた。


「ミュリエルさんは、何が気になってるのかな?」

「やはり、あと一歩、決め手が足りませんわ」

「……そうかな?」

「スキルで紅瞳玉石レッドアイアダマントを粉々に破壊してしまってはダメですのよ。多少、傷はついても問題ないでしょうけど、念芯ニュークリアスから抜き出さなければ意味が無いのです。念芯ニュークリアスから抜き出す方法……それがどうしても確定できませんでしょう?」


 破壊してはダメ、と聞いて、しょんぼりせずにはいられない。


「飛行術で、アイツを捕まえるしか無いのかな……?」

「それができるといいかも」

「だよね」


 しょんぼりしている晴矢とは対照的に、ロコアはどこか納得した様子だ。

 マスター権限なら霊魂状態にできるということに確信を得て、満足しているのだろう。


「ひとまず、今はここまでにしましょ。もしかしたらチャンスがあるかもしれない、って分かっただけでもいいと思う」


 ロコアの言葉に、晴矢は黙ってコクリと頷くしかなかった────。




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