【55】鬼人解放の術


 ────翌日。


「(はぁっ……そろそろ、ウズハたちと一緒に天空城へ向かってる頃かな……)」


 机の上に頬杖をして、溜め息を漏らす晴矢はれや

 今は授業中だ。

 静まり返った教室に、英語教師の声と黒板に文字を書く音だけが木霊している。


 明日の夜にはまた、杜乃榎とのえに戻れるはずだとはいえ、落ち着いて授業を受ける気にもならない。

 心ここにあらず。

 朝からずっとそんな感じだ。


 チラリとロコアの方に視線を走らせる。

 斜め前の廊下側の席、背中だけが見えている。


 朝の登校時に、「おはよう」の挨拶を交わした程度だ。

 その時の態度がよそよそしくて、なんだかそれがとても寂しく思えた。


 異世界に発つ前までは、確かにそんな程度の関係だったが……。

 急に親しげに振る舞うのもよくない。

 クラスメートたちからすれば、変に感じるだろうし。

 そう、自分に言い聞かせてはみたものの……。


 どうにもこうにも、気が沈んでしまう。


「(夕方になれば、また仲良く話ができるさ……)」


 そんなことを思いつつ、晴矢は再び、溜め息を漏らした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ────学校が終わり、夕方。

 晴矢はれやは再び、蔦壁つたかべ神社のロコアの部屋へとやってきていた。


「……なに、これ……」


 部屋に入っていきなり、目を丸くする。

 昨日見た、殺風景で地味な部屋が一変していたのだ。


 至る所に花が飾られ、壁には揺らめくキャンドルの灯火。

 壁は白を貴重として金の刺繍の施された壁紙に替わり、床はフカフカしていそうな赤いマットが敷かれている。

 ちゃぶ台の代わりに白いテーブルクロスの敷かれた丸テーブルと、肘掛け付きの豪華な椅子が3つ。

 古びたタンスも、洋式のゴージャスなものに置き換わっている。

 天井には回転羽とシャンデリアがぶら下がっていた。

 奥に置かれていたはずの簡素な二段ベッドは無くなって、天蓋付きのベッドが2つと、間にランプテーブルのある小棚。


 まるで、ホテルのスウィートルームにでもやってきたかのような様相だ。


 今はロコアとミュリエルが2人、丸テーブルを囲んで紅茶を淹れている最中らしい。

 陶磁製の紅茶ポットセットに、クッキーを乗せた皿が並べられている。


「あたくしのインテリアコーディネートに、文句がありますの?」

「いや……いいけど……その……」


 ……これはいったい、どこから調達したのだろう?

 それに、ここにあった家具類は……?


「ミュリエルがね、どうしても落ち着かないって言うから……」


 ロコアも苦笑するしかないようだ。


「でも、とても良い部屋になったでしょう? ベッドも、とてもフカフカなの」


 微笑むロコアに、ミュリエルもどこか得意げだ。

 ギュッと抱きしめるクマのぬいぐるみもドヤ顔をしているように見える。


 こうなると、晴矢も肩をすくめるしか無い。


「とにかく、そんなところでボーッと突っ立ってないで、お入りなさい」

「……あ、ああ」


 靴を脱ぎ、部屋に上がると、晴矢はロコアの勧める椅子に腰掛けた。


「……どう? 鬼人解放について、何かいい方法は見つかったのかな?」

「うん。過去の事例で、それらしきものを幾つか」

「おお、ホントに!?」


 ロコアが言うには、霊魂の解放のためにクリアしなければならない手順は、以下の3つらしい。


 1つめは、紅瞳玉石レッドアイアダマントに接触するチャンスを作り出すこと。


 2つめは、接触してきた紅瞳玉石レッドアイアダマントに対抗するため、霊魂状態になる必要があること。


 3つめは、紅瞳玉石レッドアイアダマント念芯ニュークリアスから抜き出すこと。


「レッドアイアダマント……ニュークリアス??」


 初めて聞く単語に、戸惑う晴矢。

 クッキーをつまみながら、はてなマークを浮かべるしか無い。


「細かいことはさておき、霊魂の存在する精神レイヤーには個々の念芯ニュークリアスが存在し、その念芯ニュークリアスを維持し、そこに吸い取った霊魂を保持・管理するためのものが紅瞳玉石レッドアイアダマント、という風に理解なさいな」

「……はあ?」


 まだよくわかっていなさそうな様子の晴矢に、ロコアが苦笑する。

 そしてピッと人差し指を立てた。


「1つめの『紅瞳玉石レッドアイアダマントに接触するチャンスを作リ出すこと』に関しては、明確な方法があるの。とても、リスクが高い方法なんだけど……」

「おお、マジで?」


 身を乗り出す晴矢に対して、ロコアはどこか気乗りしなさそうだ。

 肩を落として口を閉ざしてしまう。


 チラリとミュリエルに視線を向けると、紅茶カップを置いたミュリエルが、キッとした視線を晴矢に向けた。


「────吸血器ヴァンピレーターを突き刺す、もしくは悪魔によるゼロ距離攻撃を受けること、ですわ。

 霊魂を吸い上げるために、紅瞳玉石レッドアイアダマントが接触してきた時が最大のチャンスですのよ」

「なるほどね! 相手のチャンスは、こっちにとってもチャンスってわけか!……でも、それって超危険じゃない? ヘタしたら死んじゃう、よな?」

「うん、そうだと思う」

「2つめの手順をしっかりと用意して置かなければ、普通に悪魔に霊魂を吸い取られて終わりでしょうね」

「んで、その2つめの霊魂状態になるって、どうするわけ?」


 晴矢の問いかけに、ロコアとミュリエルが顔を見合わせる。

 そしてそのまま、押し黙ってしまった。

 2人の顔色をチラチラと伺うが、どうにも言葉が出てこないようだ。


「……もしかして、そんな方法は無い、ってことかな?」

「いくら『ウォーカーズリポート』を検索しても、2つめ以降の方法に関しての報告がありませんの。どうやって霊魂状態で待ち構え、そしてどうやって紅瞳玉石レッドアイアダマントを抜き出すのか……」

「とても危険すぎるからか、何か不都合なことに繋がるからか……とにかく、意図的にデータ上から削除されているみたいなの」

「確かに、通常では人が意識的に霊魂状態になり得ることはありません。本来であれば、人の霊魂が無防備であることを利用した、悪魔の作戦なわけですから。イリーガルな方法だからこそ、天使はそれを広めることを認めなかったのでしょうね」

「そ、そうなのか……肝心の2つがわからないんじゃ、意味ないよな……」


 解決策発見の喜びに浮足立った心が、一気に萎んでいく気分だった。

 同時に、ロコアとミュリエルの表情が冴えない理由もわかった気がした。


「……でもさ、試すことは出来るよね? 確か、グリサリさんが持ってた吸血器ヴァンピレーターが、地下牢に戻ればあるはずだし」


 晴矢の言葉に、ロコアとミュリエルがチラリと視線を交わした。


「なんで二人で目配せしてんの?」


 はてなマークを浮かべながら2人の顔を見比べる晴矢に、ミュリエルはツンと澄まし顔をしてお茶をすすり、ロコアは困ったように眉を潜めた。


「……実はね、ここに持ってきてるの」

「えええっ? ここに持ってきたって……吸血器ヴァンピレーターを?」

「うん」

「なんでまた?」

吸血器ヴァンピレーターには、それを呼び出した主である悪魔の情報が内包されておりますのよ。昨夜、そのことも調べていましたの」

「へえ、さすがだね! で、弱点とか分かった?」

「弱点、ってほどではないけど、話に聞いていた通り、炎系の魔法を操る悪魔みたい」

「雷、水、氷の精霊魔術で対抗するのが良さそう、というわけですわ」

「おお、雷が効くんだ! じゃあバッチシじゃん!」

「水も効くから、ウズハさんの魔法でトドメを刺せるかも」

「いいね!」


 晴矢はグッと拳を握ると、力強い眼差しでロコアを見据えた。


「それとね、吸血器ヴァンピレーターを持ってきたのには、もうひとつ理由があって……」

「おお、なになに?」

「────吸血器ヴァンピレーターから、奪還器リヴァーサーが作れるはずなの」

「……奪還器リヴァーサー? それって……」


 どこかで聞いたことのある言葉のようだが、はっきりとは思い出せない。


吸血器ヴァンピレーターの因子反転をしたアイテムなの」

「いんしはんてん?」

「この世の全ての物質は『グァルディオール因子』と呼ばれる因子で構成されておりますの。悪魔の作り出すものは全て『グァルディオール因子マイナス』ですけど、これを天使属性の『グァルディオール因子プラス』に因子反転させると、性質や機能まで変わってしまうという代物ですわ」

「その因子反転させた奪還器リヴァーサーを悪魔に突き刺せば、鬼人たちの動きを止められるって言われてるの」

「鬼獣や鬼人に突き刺しても、その動きを止める効果がありますけれど、全ての鬼人たちの動きを止めるには、悪魔を見つけ出して突き刺すのが一番なのですわ」

「へえ、すごい秘密兵器じゃん!……もしかして、それで鬼人解放も出来るとか!?」


 ロコアとミュリエルが、揃って首を横に振る。


「わたしもそれを期待して、いろいろ調べてみたんだけど……奪還器リヴァーサーには鬼人の動きを止める効果しかなくて、鬼人を解放することまではできないみたいなの」

「……ってことは、つまり?」

「悪魔の戦力を削ぐことは出来ても、その状態で悪魔を討伐してしまうと、鬼人たちも皆死んでしまう、ということですわ」

「だからね、さっき言った方法しかないみたいなの。一応、何かの役には立つと思うけど……」

「決定的なものってわけじゃない、ってことか……」

「うん」


 なかなか、一筋縄ではいかない様子だ。

 あともう一歩のところまで来ている感じではあるが……。


「……とりあえずさ、吸血器ヴァンピレーターがあるなら、今すぐココで俺にぶっ刺して、魔人の紅瞳玉石レッドアイアダマントの接触を試してみない?」

「それは無理」

「なんで??」

「悪魔と吸血器ヴァンピレーターの存在する異世界が違いますから、吸血器ヴァンピレーターを刺しても、悪魔の念芯ニュークリアスには接続できないでしょうね」

「ああ、そういうことか。……でもまあ、手元に吸血器ヴァンピレーターがあれば、杜乃榎とのえで魔人を見つけられなくても紅瞳玉石レッドアイアダマントとの接触を図れるかもしれないよな」

「その方法は……ちょっと期待できないと思う。もし仮に、吸血器ヴァンピレーター紅瞳玉石レッドアイアダマントに接触できて、鬼人を解放できたとしてもね……」

「肝心の悪魔を倒さなければ、また同じことの繰り返しじゃありません?」

「……はっ! なるほど……」

「だからね、吸血器ヴァンピレーター奪還器リヴァーサーに因子転換しておいて、鬼人もしくは鬼獣の動きを止めるのに使う方がいいかな、って」


 晴矢は腕組みをしながら「うんうん」と頷くしか無かった。


「悪魔ってめんどくさいヤツだな、ホントに!」


 ロコアもミュリエルも、苦笑を浮かべる。

 少しだけ、その場の空気が和んだようだ。


「ねえ、晴矢くん。ひとつ聞きたいんだけど」

「ん、なに?」

「晴矢くんは、吸血器ヴァンピレーターで刺された時、どういう状態になったか覚えてない?」

「俺が刺された時……? ああ……」


 晴矢はその時の出来事に思いを巡らせた。


「えーと……『あ、死んだ』と思ったわりに、意識がやけにはっきりしてたっけ。身体はいうこと利かないんだけど、周りの景色とかはっきり見えてたよ。それで……急に真っ白な世界の中に引きこまれ……。なんかさ、真っ白な人がたくさんいる空間だったよ。俺の身体はバグ玉みたいに黄緑色に光ってて、フワフワしてて……そういえば、真っ赤な宝石が飛んでたな。俺に向かって突撃してきてさ、あ、でも、青白いシールドみたいなのに弾き返されて……その時、赤い宝石の中にさ、縦長の瞳孔の瞳が見えたっけ」

「縦長の瞳孔の瞳のある赤い宝石、ですって……?」

「それって……」


 眉を潜めたロコアが、ステータススクリーンを立ち上げる。

 そしてとあるページで手を止めると、晴矢に1枚の画像を指し示した。


「これのこと?」


 そこにはまさしく、晴矢が目にしたあの瞳を持つ赤い宝石が映し出されていた。


「ああ! それそれ!……で、これって何?」

「────それこそが、紅瞳玉石レッドアイアダマントですのよ」

「……えええええええええっ!?」


 晴矢の素っ頓狂な大声のあと、3人の間に静寂が漂った。




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