【35】束の間の休息
「そこでワシがこう、『
「ムサビ様、横から現れし敵兵はどうなりますか?」
「そりゃもちろんわかっておるわ、見逃すはずもない! 皇アリフがサッとばかりに『
「皇アリフに助けられたと、素直に申されれば」
周囲から「わははは」と笑い声があがる。
星空の下、酒を片手に、羊肉を焼く焚き火を囲んでいる最中だ。
────ここは、天空城甲板。
今は高度3900m付近だが、天空城の防護シールドとその内部の気候調整システムのおかげで過ごしやすい環境になっている。
「そして、えいやっ、とばかりにじゃ!」
「おおおっ! ムサビ様、一世一代の鉾裁きですな!」
「バカを申せ。ワシにとっては朝飯前! 出来て当たり前の一撃じゃわい!」
再び、兵たちからドッと笑い声が上がる。
ムサビが皇アリフとともに果たした先の魔人討伐の話を、兵たちに聞かせているところだ。
もう何度目からしく、ベテランの兵たちから横槍が入りまくっている。
インディラとゴラクモも、同じ焚き火を囲み、のんびりと酒を煽っている様子だ。
雷竜セットの防具一式は解除済みで、スリープモードになっている。
酒が注がれていた陶器製のコップはすでに
視界がゆ~~~っくりと回っている。
「満点の星空に、でっかい月~……」
呂律が上手く回らず、ぬた~とした気分だ。
天空にかかる月を見上げ、ほおっと大きく息をつく。
誰かが「今日もまた『
少し離れたところから、少女たちの笑い声も聞こえて来る。
マヨリンとルナリンだ。
たしか、
怪我をした兵たちを見回ってから、この場にやってくると、すぐに若い兵たちに囲まれていた。
だが、インディラもゴラクモも、特に気にする様子もない。
雨巫女ウズハに向かって、故郷の母がどうのとか、妹や姉がどうとかいった話を、兵たちが口々にしている。
それをマヨリンとルナリンが冷やかしては、雨巫女ウズハが微笑んでいるといった様子だ。
ロコアはというと、グリサリの案内で書物庫に行っている。
『情報集め』というれっきとした名目があるとはいえ、本が好きだからという理由もあるだろう。
「すごい威力といえば、晴矢……もとい、ミクライもなかなかのものでしたな」
つと、ゴラクモが、晴矢に話題を振ってくる。
「おお、たしかに」
「あのような技、初めて拝見致しましたぞ」
「空から何が舞い降りてきたかと思えば、あれよあれよという間に魔人軍の投石機やギリメカラ、オーガにゴブリンどもを打ち倒されましたからな!」
「天空城に乗り込まれてからも、魔人軍を一閃! オーガですら、赤子の手を捻るが如し!」
「これぞ
「え、ええ~~と……」
次々にあがる感嘆の声に、晴矢としては戸惑うしか無い。
見ると、その場に集う兵たちの晴矢に向ける眼差しが、尊敬の色を帯びている。
「あっはは~、でも撃墜されたんだよな~」
「一度退却したように見せかけて敵を油断させ、天空城に乗り込むという高度な作戦とお見受けしましたが?」
「おおお、あれにはそのような意味が?」
「なるほど、さすがはミクライ様だ!」
ゴラクモの適当フォローに、晴矢は思わず片眉を上げるしかない。
だが、兵たちが納得顔で盛り上がっているようなので、ニッと笑って放置することにした。
あばたもえくぼ、力を認められれば、単なるミスも怪我の功名に奉られるらしい。
「どこでそのような修行を?」
「天からの~、授かりものさ~。修行ってほどの事は、なぁんにも、して無いぜ~」
「おお、さすがは伝説の英雄というわけじゃの! これはほんに、心強うござりますぞ!」
「昨日も『巫女の
「おお、そちらも拝見したかったですな!」
昨晩の不評ぶりとは打って変わってこの反応。
酒と羊肉に満たされたこともあるかもしれない。
それでも、杜乃榎兵たちが晴矢のことを「ミクライである」と認めていることは十分に伺い知れた。
「でもさ~、あの赤髪の仮面男。あれは強かったよな~。ゴラクモさんがいなきゃ、どうなってたか。ねえ?」
大あくびをしながら晴矢がゴラクモを見る。
すでに首とおでこは修理済みのようだ。
「ああ、『シャムダーナ』のヤツっすね」
「シャムダーナとな!? 西方の暗殺者集団が、魔人軍にいたと?」
「そうさ、インディラ。あの衣服にあの仮面、間違いない。いたというよりも、ヤツが率いてきたというべきか」
金で人殺しを請け負う暗殺者集団『シャムダーナ』。
ゴラクモが言うには、もともと怪しい術を使いこなすという噂らしいが……。
「しかもヤツめ、右の頬に『
「なんたることじゃ……! シャムダーナめ……いつか我ら杜乃榎に牙を剥くであろうと思うておったが……」
舌打ちするムサビや、インディラの険しい顔つきを見ているだけで、あの赤髪の仮面男がどれだけ煙たがられているかが窺い知れるようだ。
「そんな危ないヤツでもさ~、ゴラクモさんが『タァーーンッ』ってやっつけたじゃん。あの長~い銃があれば、安心だね~!」
「ハハッ、ミクライにお褒めに預かり、恐悦至極っすね。しかし、あれはそもそも、ミクライがこの地にお伝えになられたモノ」
「音に聞く、天空城の『
「へええ~、そうなんだ? ミクライってヤツは、天才だね」
晴矢の言葉に、その場が爆笑の渦に包まれた。
あの仏頂面のインディラですら、口元をニヤリとさせている。
晴矢としては、ウケた理由もわからず、「みんな、ゴキゲンなんだな」と思わずにはいられなかった。
ゴラクモが言うには、天空城には”古の
それらは全て、材料に『
「この
「じゃが、己の身体を機械仕掛化するなど、ゴラクモしか思い立たんことじゃて! ゴラクモの才能なくしては実現せぬわ」
「その機械仕掛の身体も、古の彌吼雷の図面があったりするわけ?」
「ええ。実はこうした方が何かと便利でしてね。手引書に『可能ならばそうせよ』と記されているのを、実践しただけです。おかげで、オレは精霊工具を持ち歩かなくとも、こうして……ね」
ゴラクモが左手で右手首を回すと、右の手のひらから7つの工具が現れた。
「おおお」と感嘆の声が上がる。
しかもその大きさが、クイックイッと自在に変えられるようだ。
「娘のマヨリンとルナリンに、定期的に精霊力を注入してもらう必要はありますがね。代わりに、兵糧を必要としないってのは利点でしょう。10日は動けますよ」
「……もしかして、それって俺のサンダードラゴンウイングも直せる?」
「あの、背中の翼ですかい?」
「そうそう。俺もどういうモノなのかよくわかんないんだけどね」
「ふーむ……まあ、わかりませんが、見せていただけるならやってみますよ。精霊力絡みのモノなら、直せるかもしれません」
「マジで? さんきゅ~。……そんなにすごいんだったらさ、他の人もみんなアンドロイドにしちゃえば?」
晴矢の言葉に、ゴラクモは「フフフ」と笑って首を振った。
「できますがね。今は材料が足りません。オレは運が良かったんですよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「ただ、おっしゃりたいことはわかります。実はオレも、宰相サウドに『機械仕掛兵の増産』を進言してみたんですよ。皇アリフと皇子アフマドにもご同席いただいてね。天空城が墜ちたこの大事になら、西方諸国の連中も材料の取引に応じるんじゃないか、とね」
「ほう、それは初耳じゃ」
「万が一の防備のため、せめて
思い出した記憶に眉をしかめて、ゴラクモが酒を煽る。
「サウドめは『魔人が出たならいざ知らず、天空城が墜ちた如きでそのような軍備増強しようものなら、各国より批判の雨あられじゃ!』と喚き散らしてはいたものの、微動だにされぬ皇アリフのお心はまったく察しがいかない……。皇子アフマドにはご賛同いただいたのだけが、唯一の救いってもんですよ」
「さすが皇子アフマドじゃ! ご聡明であらせられる!……と言いたいところじゃが、それは逆に、皇子アフマドの身を脅かす理由に利用されかねん話じゃのぉ」
「黙っててすみません、オヤッサン。実は、それが気がかりでね。そのあとはすぐにこっちへ来ちまったもんだし……」
「三ヶ月前に拙者がウズハ殿と共に皇都を出た折には、まだ元気にしておられた。案ずるほどではなかろう」
インディラがチラリとだけ、ゴラクモに視線を向ける。
ゴラクモは「うんうん」と頷くと、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ならいいんだが……。まあ、ムカついたんで、こっちに来てから
「それはまことか、ゴラクモ」
「ああ、昼の魔人軍の戦いで、獅子奮迅の大活躍よ。弾もまだ、3千ほど残っている」
「うむ。魔人討伐の折、主力となろうな!」
インディラが引き締まった表情で、ゴラクモに向かって頷いた。
どうやら、この二人は仲が良さそうだ。
「さすがはゴラクモよ! ワシが見込んだ悪ガキじゃ!」
「ハハハ、その呼び方はやめてくださいよオヤッサン。インディラはまだしも、オレはもう三十路だ。子も二人ある身」
「ワシと二回りも違うておるのじゃ、いつまで経っても悪ガキよ!」
機嫌良さそうに笑い飛ばすムサビに、ゴラクモは肩をすくめた。
「まあ、オレだってこの国が滅びるのは忍びない。過去の歴史を見ても、魔人討伐の折に使われた実績がある。なのにオレたちが活かさずなんとする。それだけです」
「ゴラクモのその思い、我ら前線部隊は無駄にせぬぞ」
インディラの言葉に、周りの兵たちが深く頷いた。
どうもここまでの話を聞く限り、皇アリフと宰相サウドに対して杜乃榎兵の多くが不審を抱いているように感じられる。
「(何かあるんだろうな)」
部外者である晴矢も、そう思わずにはいられなかった。
明日には皇都に天空城は辿り着くだろう。
そこで、何か妙なモノが待ち構えている。
そんな予感がしていた────。
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