第54節
「よぉ。久しぶり、新星さん」
皆が集い、傍まで寄る。俺は噛みしめた。この五人が初めて顔を揃えたことの、意義を。
「珠やん……。ウチ、あんたに、えらい世話になったみたいやな」
新星さんの顔は、様々な感情が見え隠れした。只、次第に表情が険しくなる。
「そやかて、裸を見られてもええわけやない」
彼女が右掌を振りかざす。俺は敢えてバドで迎える。直後、左頬をぶたれた。心地良さすら感じる、痛み。
新星さんは気が済んだのか、曖昧な顔に戻った。
「誤解せんといてな。ウチが透獣になったことは、別にええのよ。そやから気にせんといて。むしろ珠やんには、感謝してるんよ。要するに、あれや」
風に舞う前髪を掻き上げて、ひと言。
「おおきにな」
――二週間前の朝と、同様の仕草。今となっては、遠い記憶に感じる、二人の出会い。変わってしまった為だろうか。状勢が。或いは、己が。
続いて瀬良木にも、新星さんの右手が振るわれた。あろうことか、彼は左手で平然と受け止めた。
「ビンタをガードするなやぁ! あんたもウチの裸見たやろぉ!」
瀬良木は目を逸らし、自分の顔を左手で軽く撫でるように拭いた。掌を見る。腰で手を拭く。
「失礼な、ウチ唾なんて飛ばしてへんわよっ」
「黙れ。天パがうつる」
「なあぁんやとおぉ!」
天道使の女子二名が割って入り、新星さんをなだめる。
望月さんの提案により、話の続きは、貯水タンクの架台で行うことになった。移動する俺たち五名。俺は歩きながら、物思いにふけっていた。
今の俺も、本質的には中学生の頃と同じだ。変わったのは肉体ぐらいだ。心は成長してない。まして、ひと皮むけたなんて状態とは程遠い。けれど、この人らと接するのは、苦にならん。
到着し、横棒を跨いでいく。架台の中心に対し、塔屋がある十二時の方向に望月さん、三時に瀬良木、五時に御手洗さん、七時に俺、九時に新星さんが座る形となった。
この五人が集まったことを、一番喜んでるのは、たぶん俺だろう。
口火を切ったのは、女子三名。手拍子付きで、歌声を重ねる。
「ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデーディア――」
名前の部分は、彼女たち各自の、普段通りの呼び方で、バラバラに歌った。俺の名だ。
「はああっぴいばあああすでえええええとぅうううううううゆうううううううううううう」
手拍子が拍手へと変化した。呆気にとられる俺。内心、恥らった。
どうせなら、名前のとこは統一してほしかったです。
三人の女子から、祝福の声が寄せられる。瀬良木は俯き加減で、冷笑。
「望月さん。生徒手帳を見た時、俺の誕生日が四月二十二日だってことを、知ったんだね」
「あぁ。緩菜さんには先程、菫さんには今朝、その際侍狼ちゃんにも、伝わったことだ」
「みんな仕掛け人かよ」
「ジロー。お祝いの言葉は」
舌打ちする音が、瀬良木から漏れた。
「オレがオマエを祝ってやるのは、年に一度だけだ。ありがたく思え」
「良かったなぁ珠やん。毎年祝ってくれはるんやって」
「予告せんでもいいっての」
「……笑いすぎだぞ、望月」
和やかな雰囲気だこと。瀬良木は先日まで、始末するとか言ってた間柄だってのに。
「古森君。誕生日プレゼントだ。受け取れ」
俺は、望月さんから腕時計を手渡された。彼女に預けた、母の形見ではない。現に望月さんは今も装着している。俺が受け取ったのは、初めて見る品だ。アナログ式である。
「メビウス特製の腕時計だ。古森君が入院していた時、筧先生に頼んで、作ってもらった」
「メビウスが? これはもしや、単なる腕時計じゃないの」
「裏側の蓋を開けると、中にコインを一枚収納できる。何を入れるかは、言うまでもない」
「おお、そりゃ凄い。おい瀬良木、よこせ」
瀬良木が幻銭を俺に放り投げた。掴み取った俺は、腕時計の蓋を開けようと試みる。
「まて古森君。裏側に無彩虹を当てた時のみ、蓋が開く構造になっているのだ。当初はそのような機能を付ける予定など無かったが、魔道使が無彩虹を使えると判明した後、新たに注文しておいた」
俺は、無彩虹で腕時計の蓋を開けた。中に幻銭を仕舞う。
「今古森君の無彩虹によって、君の邪気が、その腕時計に記憶された。蓋を閉じると、今後は古森君の無彩虹を当てない限り、開かない。他の魔道使や陰獣の無彩虹では、無効なのだ」
「そうなんだ。ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「ちなみにその腕時計も、太陽電池で動いているぞ」
「優れ物だね。あ、よく見るとメビウスのロゴマークが付いてる」
「なぁ。珠やんの、例の腕時計は、どこ行ったん」
「今はこの通り、私が預かっている」
「あら、絵利果が装備してるん。ええの、珠やん」
「深い訳があってね。俺の意思で預けたんだ」
「どげな
以降は雑談が続いた。新星さんの私物を入れていた袋と、空っぽの隔離室は、俺が校内のゴミ置き場に捨ててきた。
「さて、緩菜さんは復活したのだから、長居は無用だ。帰ろう」
先に望月さんと瀬良木がフェンスを乗り越え、望月さん、瀬良木の順で飛び降りた。御手洗さんはフェンスを飛び越えて直接落下し、死角に消えた。残された俺と新星さんが、フェンスから見下ろす。三名の天道使は、無事に着地していた。
「四階建ての屋上から、よく飛び降りれるな。俺は魔道で降りよ。新星さんは」
「ウチも魔道でいいわ」
俺は浮遊し、新星さんは頭一つ分ほどの
「あんたも飛べるんやなぁ。もはやウチらは自由にオクジョ行けるな」
「但し、人目を忍ぶ必要はあるよ」
皆が前庭に立った。新星さんは、
「なぁニボシ。例えるなら風船をな、割るんじゃなくて、空気を抜いて萎ませる感じでやってみないや」
「それで消えるん。ホンマかいな。……よっ」
さすがベテラン天道使。新星さんの前では、言えんな。
校門に向かった俺たち五人は、門を乗り越え、丁字路前に来た。
「筧先生には、私が、今日のことを伝えておく。では、ここで解散しよう」
三名の天道使は、中央の道を直進していった。遠ざかる様を、俺と新星さんが眺める。
「帰ろや、珠やん」
「うん。チャリ無いから、歩きだね」
「なぁ。飛んで帰ろか」
「……いいけど、他人には、見つからんようにね」
新星さんは、再び
強めの風が、俺たちの髪をなびかせる。やがて学生寮の方角へ水平移動を始めた。速度は新星さんに合わせる。体感的には、自転車を普通に漕いでいる程度だろうか。
「俺んちにさ、君のチャリが置いてあるんだ。学生寮からは、乗って帰ってよ」
「あ、そうやんな。分かったわ」
「それにしても、すっかり魔道使だね。当たり前のように空飛んでるわ」
高校に入って、まだ二週間かぁ。目まぐるしく過ぎてったな。
「魔道を使える優越感はあるけど、人前で見せられへんのは、むなしいもんやなぁ」
「たぶん天道使も、同じこと感じてるんだろうね」
本人たちは、不老長寿となるうえ、一般的な武力に対しては無敵だ。張り合いが無いだろう。内心、力を持て余してるかもしれん。
「ウチらのことがメビウスにバレたら、戦うことになるんやろか。他の天道使らと」
「先行きは不透明だ」
「そやけど、お先真っ暗ってわけやないやろ。幻銭を持ってるのは、ウチらなんやし」
「あぁ。オテントが付いてるんだ。前途多難でも、どうにか生き抜くさ」
メビウスには、当分返さんよ――。
いつの日か、大きな夢が、叶うまで。
沈みゆく太陽は、昼間と比べて眩しくない。間もなく、学生寮の上空付近に差し掛かる。
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