第50節

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 四月二十一日の土曜は、朝から曇り空。古森珠夜が自宅で零ちゃんねるを閲覧していると、電話が鳴った。

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 いそいそと受話器を取る。名乗った相手は、期待外れの人物だった。


「お前かよ。何の用だ」

[昨日、オマエに言い忘れたことがある]


 生徒手帳を出した時、瀬良木にも電話番号を見られたのかな。或いは望月さんに聞いたか。


[単刀直入に言うぞ。四ツ葉中の屋上に、妙な物体を見つけた]

「……。屋上の、どの辺。校舎は、幾つか棟があるんじゃないの」

[前庭側の棟だ。万葉高校みたいに、貯水タンクと架台があってな、架台のてっぺんの裏側。下からは死角になってて見えにくい箇所だ。そこに、掌サイズの、白い物体が放置されてる]

「……単なるゴミじゃないの」

[かもな。だが場所が場所だけに、気になるだろ。二十年前の件が発生した、現場付近だぜ]

「瀬良木が直接行ったのか」

[天眼で眺めただけだ。今回の騒動がひと段落した後、二十年前の件が気になって、四ツ葉中の屋上を隅々まで観察した。中学生の頃は、オテント様のことを気に留めなかったからな]

「だからって、俺に言われても。自分で行けばいいがな。母校だし。お前んちの方が近いだろ。鍵は望月さんに開けてもらえよ。彼女の都合が悪ければ、お前が天術で飛んでいけよ」

[屋上は生徒の立ち入りが禁止。卒業生が屋上に忍び込むのは、リスクがでかい。オレの水泡環は、高速では移動できねえから目立つ。よってオマエが適任だ。取ってこい]

「なぁ。それってもしや、お使い?」

[飛んでる姿や、屋上への侵入は、くれぐれも他人に目撃されるなよ。じゃあな、魔道使]


 俺が二の句を告げるよりも早く、回線が途切れた。



 俺は自転車と電車を乗り継ぎ、四ツ葉駅で降りた。よそ行きのラフな私服姿で、歩く。


 四ツ葉中に直接飛んでいったら、目立つだろうな。不用意にブルムするのも、控えよう。


 万葉市立四ツ葉中学校に到着。敷地の外から眺める限り、校舎内に人影は無い。周辺に他人が居ないことを確認し、軽く深呼吸。灰色の空を仰ぐ。

 ブルム。屋上の見渡せる高さまで、急上昇。前庭側の棟へ急接近。屋上に降り立った。辺りを見渡す。万葉高校の屋上と、構造が酷似している。

 貯水タンクの架台の、真下に来た。組まれた鉄骨を見上げていく。ハシゴも付いている。天面は塞がっており、雨天時は雨宿りできそうだ。浮上して、架台の上部を、注意深く調べる。

 鉄骨で組まれた箇所の隅に、白い物体を発見。激しい風雨も凌げそうな場所だ。

 思考よりも先に、右手が伸びた。掴み取り、両手で持つ。白いポリ袋らしき物で包まれており、口は結ばれている。掌サイズの小冊子でも入っているような形状だ。

 緩やかに下降し、着地。横棒に腰掛けた。袋を開けて、中を覗く。

 バネ付きのメモ帳が一つ。取り出すと、紐状の物で、十字に固定してある。外す際、ゴム紐だと分かった。二本で十字にとめてあったのだ。袋とゴム紐を、ポケットに突っ込む。

 メモ帳の表紙は、一般的なもの。そろりと、めくった。

 記されている文章を、黙読する。


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 あなたがこの文章を読んでいる時、私はこの世に居ないだろう。

 上記のセリフを、一度書いてみたかった。月並みな出だしだが、相応しいと判断した。

 私は、四ツ葉中の三年生の女子。無論、これを書いている当時の話だ。早速本題に入る。

 私は幼児期から、同年代の人と比べて、身長が低かった。

 十二歳の頃には、背丈が全く伸びなくなった。

 小学生までは他人との身長差を別段気にしなかった。だが中学生ともなると、他の生徒らとの差が際立つようになり、肩身の狭い思いをしている。

 先日、十五歳の誕生日を迎えた際、母親に尋ねた。私が小柄である理由を。

 以前から母に限らず、成長には個人差がある、と見聞きしてきた。確かに差がある。残酷なほどに。もう子供騙しは通用しない。私の成長が止まった、真の理由を、問い詰めたのだ。


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 次の行に記されていたのは、俺が見聞きしたことのない、病名らしき文字列。


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 それが母の告げた、読んで字の如き言葉だった。

 初めて、自身の病気を知った。母曰く、私の場合は、特発性のもの。一応、説明しよう。

 脳の中には、下垂体という器官がある。下垂体からは幾つかのホルモンが分泌されている。その一つが成長ホルモンであり、骨の成長を促進する。それの分泌される量が少ない為に、成長率が悪くなり、低身長となる病気だ。女の子一万人のうち、一人居るか否かという確率で発症する。別に女子特有の病ではない。むしろ患者の男女比は、女子より男子が三倍多い。

 尤も、治療できる病ではある。成長ホルモンを投与することで、効果が現れる。

 私が幼い頃から病気だということを、母は知っていたと明かした。なぜ治療してくれなかったのか。理由を、当然聞いてみた。

 成長ホルモンの投与は、医療費が高額であり、母子家庭で貧困な為、断念したそうだ。

 この病気の患者は、公的助成制度が適用される場合がある。但し対象は、特に著しい症状の者だけ。私の身長では、適用される条件に、満たなかった。

 支払った医療費が一定の金額を超えると、一部が後から返ってくる、高額療養費制度の利用は可能だ。それでも尚、我が家には多大な負担の掛かる費用なのだと、母は釈明した。

 しかも、治療は数年継続する必要がある。成長ホルモンを投与する方法は、注射。自宅にて、保護者や自身で行うことが、認められている。高い金を払い続け、ほぼ毎日肉体を痛めつけた末に到達する、最終的な平均身長は、健常者の数値に拳一つ分劣る。

 治療は骨年齢が十歳までに始める必要あり。それ以降は効果が出にくい。十五歳である私は、たとえ今から治療を始めたとしても、大きな成長は見込めないだろう。

 更に、私が抱えている問題は、低身長だけではない。二次性徴が、来ていないのだ。初潮も迎えていない。前述した病は、他のホルモン分泌の異常を伴う場合がある。病院で診察を受けた結果、私は、性腺刺激ホルモンの分泌が乏しい、と診断された。

 同じくホルモンの投与で、治療できる。だが……もう、疲れた。

 私は知っているのだ。毎週末、母が夜中に泥酔状態で帰宅してくることを。両親の離婚した原因が、母の浮気だったことも然り。新しい男と、遊んでいるのだろう。電話の話し声を聞けば分かる。耳触りだ。不快だ。血の繋がりを否定したいほどだ。私の顔が母親似なのが余計に腹立たしい。惨めだ。酷だ。前世で私が何をやらかした。天命か。因果か。――無念だ。

 生まれてくる際に、貧乏くじを引いたのか。己の境遇に絶望した私は、将来を悲観した。

 世の中に、私よりも恵まれない子供は大勢居るが、下を見て生きるのは嫌いだ。

 誤解を招かぬよう補足しておく。私の患っている病を取り巻く実情については、私がこの文章を書いている時代と、あなたが読んでいる時代とで異なるかもしれない。あなたの時代では医学の進歩や行政の事情により、改善されている可能性もある為だ。

 さて、長々と読ませるのも悪い。タイムリミットも迫っている。

 四ツ葉中が現存する場合、あなたは屋上でこのメモ帳を見つけただろう。となると、あなたは四ツ葉中の生徒ではなかろうか。ひいては、オテント様を知っていることだろう。

 私は先程、オテント様をした。ギザ十は消費していない。願いは、こう叫んだ。

「死にたい!」

 自殺願望はあるが、苦痛を感じない手段が望ましい。オテント様で試みることにした。

 儀式をする当初は、ギザ十を消費する予定だった。ところが搭屋に戻ると、ドアが開かない。内側から誰かに固定されている気配がする。悪戯だろうか。無理に消費する必要は無いので、相手にせず引き返した。このまま屋上で日没まで待ってみよう。私は死にたいのだから。

 遺書になるか、未遂で終わるか。はたまた想定外の結末か。私が実行したことの内容と経緯を、十代の誰かに伝えるべく、このメモ帳に託す。汚らわしい大人には、発見されたくない。隠し場所は、警察等も見落としそうな場所を、選んだ。手持ちの品で梱包し、放置する。夕焼けの中で。

 最後に、名乗っておく。よく苗字の読み方でからかわれる為、アルファベットで記す。

 SUMIRE MITARAI


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 以降のページには、何も記入されていなかった。

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