第48節

 四日ぶりの登校となった、四月二十日の金曜。俺の肉体に、痛みは残っていない。

 一年五組の教室に、前側のドアから入る。窓際に、望月さんの姿が見えた。直後、阿部の声。


「おぉっ、珠夜君。ケガで入院してたそうだけど、何があったんだい」

「ラストダンジョンの最上階で、死闘を繰り広げてたんだよ」

「……君、さては頭でも打ったんだね」


 机の中を覗くと、授業で配られたと思しき物や、課題らしきプリントが、多数入れてあった。



 昼休憩。俺は、阿部に告げておいた。彼の反応を、最後まで聞く。


「なーに、僕のことは気にしないでくれ。他の男子と食べるから。行ってきなよ」


 俺は教室を出て右折。戦地へ赴く兵士さながらの、奮い立つ気分で、学食を目指した。

 一階に下りて、昇降口側の渡り廊下を進む。左手側に設置されている、飲料の自動販売機に到達。その隣に位置するドアが、学食の出入り口だ。初めて足を踏み入れる。

 教室より一回り広い程度のスペースに、幾つもの、テーブルや椅子。談笑しながら食事する生徒たち。カウンターに並ぶ生徒の列。受け付ける者。厨房で調理する者たち。それぞれの姿。

 人の流れを観察。室内にある、専用の券売機で食券を購入し、注文する方式だ、と理解した。

 俺は、食券を購入する列に並ぶ。自分の番が来て、メニューを決めあぐねていると、背後の生徒から急かされた。振り向くと、学ラン姿の生徒。速やかに謝罪。直感でメニューを決定。カウンターに並び、食券を渡してから一分も経たないうちに、カレーライスを差し出され、受け取った。お茶を汲んだコップと共に、トレイに乗せて運ぶ。

 順番待ちの間に、知人二名の居場所を把握してある。両者が着いている、小さなテーブルへ歩み寄った。


「お二人さん。相席、いいかな」

「えっ。古森君、今日から学食か。私は、構わないぞ。侍狼ちゃんは」

「好きにしろよ」


 望月さんと瀬良木は一旦手を止めた後、食事を再開した。俺は新鮮な心地で、椅子に座る。


「古森君。幻銭は、出たのか」

「生憎、まだ」

「望月。メシ食ってる時にその話すんな」

「するなと言われてもだな。幻銭がなければ、私たちは、次なる行動を起こせないぞ」

「“私たち”って、もしやオレも含まれてんのか」

「てことは、俺も、かな」

「そうだ。もはやこの三名には、連帯責任がある。戒めに反してしまったのだからな」

「未着帯者への、組織情報の漏洩。及び幻銭の所持と隠蔽。更には、着帯者のヒューマンが、幻銭の力で不老長寿に。メビウスが聞いたら腹抱えて笑うぜ」

「新星さんと筧先生を含めれば、関係者は五人か」


 その人数について、望月さんは若干、言葉を濁した。

 三人共、食べながら雑談する。望月さんはトンカツ定食。瀬良木は焼きそば。俺たちの声は、学食内のざわめきによって、周囲に届かないだろう。


 クラスが別々の生徒同士にとっては、学食って、案外貴重な場所だな。


 ――――――――――――――――――――

 モノクロの世界にて。放課後、瀬良木侍狼が帰り際、望月絵利果に断って四階の男子トイレに入った。

 ――――――――――――――――――――


 奇遇にも、小便中の古森が居た。背にはリュック。他の男子は見当たらない。便器を一つ空けて並ぶ。


「なぁ古森」


 短く返事をされた。古森が小便を済ませ、洗面所へ。手を洗う音が聞こえてくる。

 オレは前方の便器に視線を落としたまま、問い掛ける。


「オマエ、有彩虹は撃てるか」

「撃てんよ。試したけどダメだった」


 オレも終わり、二つある洗面所の、もう片方で手を洗う。済ませると、古森が尋ねてきた。


「コツでもあるの?」

「特にねえよ。ブルんで構えて吹くだけだ。こんなふうにな」


 ブルムしてフルカラーの世界へ。壁に向けて有彩虹をはなった。突き刺さるように途切れる先端。


「ほら、ブルんでやってみろ」


 古森をブルムさせ、行う様を見つめる。

 彼は大きく息を吸い込み、構えた手の隙間に吹いた。しかし有彩虹は出現しない。


「やっぱり出んわ。構え方が悪いのかなぁ」


 彼は、構えの角度や距離を変え、顔をしかめる。左まぶたを閉じた。

 刹那。古森の作った枠から、灰色の光線が発射した。壁側を見ると、水道の上にあった鏡に反射している。そして古森の手や顔に直撃していた。


 これは――無彩虹じゃねえか!


 直後、古森は透獣化した。抜け殻となったブレザーが、リュックに引っ張られる形で落下する。潰れゆく制服。締めたままのネクタイ。強い邪気を、足元から感じだした。

 床に現れた陰獣。制服から露出している、頭部と両手が、もがき始める。 

 オレは、ドアを僅かに開けて、廊下を覗いた。付近に立つ望月の姿が見える。オレは、表情で緊迫感を出しつつ、小声で彼女を呼ぶ。

 男子トイレなので、ためらう様子の望月。招き入れると、オレはすぐにドアを閉めさせた。


「む……。侍狼ちゃん。何だ、これは」


 先刻からの状況を説明した。望月の色白な顔が、青ざめていく。彼女の精気が上昇。


「どうしてくれるのだ! 古森君まで透獣になったではないか!」

「怒る前にな、他の奴が入れねえように、ドアのノブを掴んどけ」


 望月は怪訝な顔つきで、従った。オレたちは、転がっている物体を見下ろす。


「まさか魔道使が無彩虹を撃てるとはなぁ。驚いたぜ。……あ、そうだ」


 オレはしゃがんだ。床に落ちている制服の、ボタンを、ブレザー、Yシャツの順で開いていく。内側にTシャツがあったので、裾をめくって中を覗く。


「どうだ、侍狼ちゃん。あるか」


 Tシャツの中に、十円玉を発見した。手に取り、縁や刻印されている文字を確認して、望月に見せる。


「幻銭だ。他に、胃の中の食べたもんは残ってねえのによ」


 望月は若干安堵した様子になった。しかしながら、まだ表情は硬い。

 オレは空を透視する。現在、オテント様をするには問題無い天候だ。


「望月。今、太陽が出てる。バイオロイドでも条件を満たせるかは知らねえがよ、オマエがやってこい。ひとまず古森を復活させろ。ノブを掴んどくのは、男子であるオレの方がいい」


 幻銭を望月に託した。彼女は、受け取ったコインを凝視する。


「分かった。キャッチしたら、またここに来る」

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