第19節
――――――――――――――――――――
学生寮を後にした新星緩菜は、独りで家路を行く。辺りは、車や歩行者が行き交う、住宅街である。
――――――――――――――――――――
強気なこと言うてはみたけど、どうしましょ。漫画やアニメみたいに魔法使いの先輩や師匠が居るわけやあらへんから、ノーヒントやもんなぁ。明日の、日の出から使えへんかなぁ。
ウチは今週の出来事を、心の中でなぞる。珠やんと出会い、珠やんと会話した、五日間。
今日は珠やんに、二回も悪いことしてしもうたわぁ。まぁ本人が気にするなって言うんやから、そっとしておきましょ。
珠やんは、絵利果と仲がええみたい。火曜日、化学室に行く時なんて、イチャつきっぷりを見せつけられたわ。何よ。あないなお澄ましおデブのどこがええのよ。ウチよりちょっと綺麗やからって。ウチより背が高くて、ウチより巨乳で、髪が直毛で……。
他の女子を妬むなんて、我ながら珍しいな。中学までは、ルックスでウチと肩を並べる人は身近に居いひんかったから、自分以外の女子がモテることに、慣れてへんせいかな。
もう、ええのよ。恋をしいひんって決めたやん。魔法使いになるんやから。大体珠やんは、只の知り合いやろ。オテント様の件で、話す機会が多いだけやん。ウチに言い寄ってきいひん童貞やから、話しやすいやんな。そいつが他の女子とイチャつくから、気に入らへんのよ。
細道を進んでいくと、大きな道との十字路に差し掛かった。信号待ちをくらう。
ふと、自転車に乗った男子高校生らしき三人が、ウチの横に止まった。皆、学ラン姿だ。彼らは小さめの声で会話しているけど、ウチにも内容が聞き取れた。
「やべーよ、おい。すげー可愛い」
「見かけない制服だね。どこのだっけ、これ」
「万葉高校だよ。今年の一年生から制服が変わったらしい。なぁ、この子、誘ってみるか」
「おう、ナチュラルな感じでな。というわけで、お前が先に言えよ」
「ええっ、俺が言うのー」
いやぁー。邪魔くさいのが来たわぁ。ウチが街中で独りになるとすぐこれや。
男子らが話し掛ける。
「ねぇねぇ君、俺たち今からカラオケに行くんだけど、一緒に来ない?」
「金は僕らが払うから、遠慮しなくていいよ」
「ドリンク飲み放題の所だから、好きなだけ飲んで歌っちゃってよ」
「お断りよ」
ウチは、赤信号を睨み付けている。その間にも、男子たちがしつこく誘いの声を掛けてくる。
うっさいなぁ。もう、嫌や、こいつら。
ウチは左右を確認すると、信号を無視して道路を横断し始めた。自転車で一気に渡る。以降も速度を落とさず、男子たちの騒ぐ声が聞こえなくなるまで、ペダルを回転させた。
ウチ、何で焦ってるんやろ。ナンパなんてよくあることやのに。魔法が使えへんから、イラついてるんかな。
後方を振り返る。何度か右左折したこともあり、誘ってきた男子たちの姿は無い。
何や、追ってくるかと思たのに。アホらし。
ペダルを止め、惰力で走りながら、進行方向に体勢を戻す。
――気づくのが遅かった。
交差点に進入していたウチ。右側数メートル先に、走行中の普通自動車が迫っていた。
ウチは回避できそうにない。今にもぶつかる。
嘘――やろ――
辺りに響き渡る、車のブレーキ音と激突音。
――――――――――――――――――――
時を同じくして、望月絵利果は、瀬良木侍狼と共に下校中だった。
――――――――――――――――――――
校門前の丁字路を越えて直進していると、不意に侍狼ちゃんが、歩みを止めた。付き添っていた私は、数歩先で立ち止まり、振り向く。
侍狼ちゃんはズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、佇んでいる。
「どうした、侍狼ちゃん」
「おい。向こうに、強い『
彼が首で示す方角は、時刻と太陽の位置を踏まえると、西。
「確かに、強い精気だな。けれども、珍しいことではないだろ」
「だってよぉ、この精気は、誰のだ? オレ初めてだぞ、こんな精気を感じるのは」
「……私もだ。新人さんの精気かもしれない」
「気になるな。挨拶しに行ってくるか」
「野暮なことを。ここからは随分と距離があるぞ。私は遠慮しておく」
「オマエに、付いてこいとは言ってねえよ。独りで帰れ」
「先方には、失礼の無いようにな」
「おう。相手がタメか年上だったら、全力で挨拶をかましてやるぜ!」
侍狼ちゃんはズボンのポケットから両手を出して、左拳と右掌を突き合わせた。彼は、来た道を逆走していく。水玉模様の肩掛け鞄を揺らして、遠ざかっていった。
私は、片手で頭を抱える。侍狼ちゃんに背を向けて、歩行を再開した。
暫く進むと、後方から、やや大きめの声で呼ばれた。
「モッチーいいい。待ってー」
振り返った先には、学校側からこちらに駆けてくる、菫さんの姿。私は足を止めた。傍に来た彼女は、荒れた呼吸を整える。
「ジローは、どげしただ? さっき、あたしとすれ違ったわ。“どこ行くだー”って聞いたら、“新参のお顔拝見だ”って言われたで。あいつ、そのまま走ってった」
私は、西の空を眺めた。太陽は、地平線よりも遥か上に位置している。まだ夕焼けにもなっていない。
「拝見するのは、顔だけで済めばいいのですが」
「えっ、何。どげな意味だ」
「他愛のないことです。帰りましょう」
私は歩き出した。菫さんが、隣を行く。
「まぁいいわ。ところでモッチー。明日、暇かいな」
「空いていますよ」
「そげか。――折り入って、頼みがあるんだわぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます