第15節 野望! 不老長寿の魔法使いになろう

 その日の終礼にて。教室の檀上で話す筧先生。俺は彼女の胸を重点的に観察していた。

 ブラウスの胸元が、確かに、大きく隆起している。背筋をピンと伸ばして立っている為、一層強調されているように見える。スーツを着たシルエットから、胸の形を想像する。


 お見それしました。スーツ脱いでくれんかね。脱がぬなら、脱がせてみせよう、夏までに。……失恋のショックでおかしくなったのか俺は。筧先生はせっかくの巨乳なのに、ラフな服装になる機会は少なそうだな。俺に彼女の門を開く術は無い。オッパイへ続く道のりの。


 艶やかな黒髪が背中まで伸びており、時々前側に垂れると手で後ろに払いのける。


 筧先生を見てると、女子とは違ったトキメキを感じるわ。いけない恋、みたいな。やっぱり黒髪ロングが真価を発揮するのは、髪を下ろしてる時だよなぁ。

 即ち望月さんは、あと一回、変身を残してるわけだ。どこぞの幼女もだな。



 放課後、俺は廊下に出ると、掛けてある傘を手に取った。生徒らの行き交う中、階段へ向かう。六組の教室前を通過する際、聞き覚えのある話し声が漏れてきたので、歩みを止めた。


「あんたら全員童貞なん? ホンマにぃ。いやぁ、気色悪いわぁ。キスしたこと、あるん? そう、良かったなぁ。近い将来、おもろいことが起こるかもしれへんよ。楽しみにしてたらええわ。え、何でって言われても。そないな気がするんよ」


 ドアから覗くと、声の主は新星さん。相手は、鼻の下を伸ばして屯している男子ら五人。六組の生徒たちだ。その中に瀬良木の姿は無い。新星さんは俺に気づいていない様子で、雑談中。


 新星さん、うちの高校でも人気のようだ。余計なことは口走らんでくれよ。


 声を掛けず、その場を後にした。はたと、疑問が浮かぶ。七組の教室前で立ち止まった。


 妙だな。新星さんは、童貞の男を羨んでたんじゃないのか。俺と初めて出会った時もそうだった。阿部の話でも然り。だけどさっきは、単に嫌がってたな。まぁ俺の場合も、バカにされつつ羨望されてたような感じだった。

 あぁ、オテント様のことを知った影響か。都市伝説の童貞云々じゃなくて、実際に、新星さんも魔法使いになれる可能性があるんだもんな。ごく僅かだけど。


 一歩踏み出したところで、後方から女子の声が。


「コモリン」


 振り返ると、リュックを背負った御手洗さんが、傘を持って寄ってきた。俺に付けたあだ名らしい。


「一緒に帰らいや」


 図書室での一件があり、断るのも悪いかと思い、快諾した。歩きながら会話する。


「御手洗さんは、どこに住んでるの」

「四ツ葉町だで」

「じゃあ四ツ葉中出身で、望月さんや瀬良木と、知り合いってことか」

「うん。コモリンは」

「学生寮で独り暮らし。学校からは多少離れてるから、チャリ通学だよ。一緒に帰れるのは、校門前までだ。俺の通学路は、右手側の道だから」

「そげ。あんた、何で学生寮に住んどるだ」

「実家を出て自立したかったし、独り暮らしを満喫したかったから」


 実家の場所を尋ねられた。三ツ葉町と答える。


「マリリンの心を射止めたのは、どげな人だったか、見てみたかったわ」


 校舎を出ると、雨は止んでいた。御手洗さんは駐輪場まで同行してきた。俺が自転車に乗り、小柄な彼女の歩行速度に合わせて、のっそりと進む。校門に向かう途中、俺は両足を地面に置いた。


「御手洗さん」


 左腕を、彼女の眼前に差し出す。手首に装着している、アナログ式の腕時計を見せたのだ。


「この腕時計に、見覚えは、あるかな」

「いーや。知らんで。どうかしただ」

「昔、俺の父さんが購入して、俺の母さんにプレゼントした物。つまり母さんの形見の品だ」

「あらぁ……。大事にしなさいや、その腕時計」


 御手洗さんは、俺の左腕を掴み、腕時計に頬ずりしながら、目を閉じて呟く。


「マリリン……」


 俺は、御手洗さんに疑念を抱いていた。


 どう考えても不自然だ。十五年前に死んだ母さんの、知人だとしたら、俺より幾つも年上のはず。けれど、この幼さ。いくら顔が似てるからって、俺を母さんと見間違うのも、年齢的に無理がある。……しかし。


 ふと俺は、昇降口の方に目が行く。望月さんと瀬良木が一緒に歩いてきたのだ。

 瀬良木は肩掛け鞄派のようだ。黒地に白の水玉模様。背は望月さんより拳一つ分ほど低い。彼に対して親しそうに話し掛けている幼馴染。御手洗さんは依然として頬ずり中。気まずい俺だった。

 望月さんは俺と視線が合い、歩きながら、ニコリともせず手を振った。瀬良木もこちらを向く。俺は小さく手を振り、二人を見送った。

 目を開けた御手洗さんは、墓に花でも手向けるかの如く、丁重に俺の腕を下ろした。

 俺たちが校門を通り抜けた際、彼女に小声で尋ねてみる。


「御手洗さんは、四ツ葉町の小中学校で噂になってる、あの儀式を、知ってるかな」

「……オテント様か。誰から聞いただ」

「望月さんから。君も知ってるんだね」

「――忘れもせんよ」


 遠い目の彼女。外見とは裏腹に、大人びた雰囲気を感じた。


「御手洗さんってさ、今、何歳なの」

「フフ、幾つに見えるかいな」

「大変若々しいですよ」

「あたしは永遠の十五歳だけん」


 それ以下に見えるんですけど。


 愛想笑いをしてみる俺だが、無表情に戻した。


「実際は、お幾つなんですか」

「レディーに歳を聞くもんじゃないで」

「重々承知しておりますが、そこを何とかお願いします」

「あたしのことが、そげに気になるだか」

「え、別にそういう意味じゃなくて」

「じゃあ教えてやらん」

「あっ、凄く気になるよ! 俺、御手洗さんのこと、もっと知りたいなぁ」


 彼女は溜息をつく。表情から、困惑する様子が見て取れた。


「マリリンの息子なら、あたしの素性は、余計に教えられんわ。ごめんな」


 別れを告げ、交差点を渡っていく御手洗さん。てくてくと。とぼとぼと。歩む様が、可愛らしい効果音を鳴らしそうな光景だ。桃色のリュックが遠ざかる。


 まぁいいさ。謎があるってのは、嫌いじゃない。今は、深く追求する気も起こらん。


 俺は独り、帰路に就いた。御手洗さんのことはさておき、かつてない落胆が、後を引く。


 三日目が終わろうとしています。今日はとても辛いことがありました。

 望月さん、瀬良木と付き合っちゃうのかな。悔しいな。瀬良木は望月さんの、心も体も独り占めできちゃうのか。羨ましいわ。俺は黙って見てるだけなのか。

 ……。

 いいだろ、別に。どうせ望月さんも歳をとれば――


 その瞬間、俺の心に、担任教諭の言葉が響き渡った。



《私の夢はね、不老長寿になること》



 不老長寿……。そうか、その手があったか!

 オテント様で、望月さんを不老長寿にすればいいじゃないか! 何で今まで思いつかなかったんだ俺は。永遠に劣化しない、黒髪ロング色白むっちり巨乳美少女にしてしまえばいいがな。老化せん望月さんなら、付き合うに値する。もちろん、オテント様に効果があればの話だ。

 まて、落ち着け。望月さんを今勝手に不老長寿にしていいんだろうか。歳の割に大人びてるとはいえ、まだ高一だぞ。将来社会に出るようになった時、今の姿では違和感があるかもしれん。何十年、何百年と同じ容姿で生きることになるだろう。どうせなら、二十歳頃になってからの方が、本人の為じゃないだろうか。成熟した大人の肉体になってから、不老長寿にするのがベターではなかろうか。あ、俺も不老長寿になろう。彼女と同時期にな。

 となると、俺たちは今後もすくすくと成長しよう。望月さんは、もっともっと巨乳になればいいさ。問題は、オテント様で不老長寿になれるかどうかだ。儀式の実効性すら定かじゃないのに、不老長寿の実現性なんて分からんよな。

 ……誰かを実験台にするってのは、どうだろう。

 大人の女性がいい。俺の身近に居る、若さと美しさを兼ね備える人。一人しか思い浮かばん。

 筧先生、不老長寿になりたいんだよな。その願い、叶えてあげようじゃないか。実験台ってのは言葉が悪いかもしれんけど、本人が希望してるんだから、構わんよね。

 めでたく願いが叶えば、五年後に俺と望月さんを……あれ? そん時は俺も二十歳だよな。学校卒業してるから屋上に行けんがな。どうしよ。

 あ、新星さんの願いの件もあるよな。二十歳になってから俺たちを不老長寿にするなんて、ナンセンスだな。魔法が使えるに越したことはないだろう。叶えるなら十代のうちだな。

 つまり、不老長寿の黒髪ロング色白むっちり巨乳美少女魔法使いにするのがベストだろう。

 但し望月さんが、処女で、キス未経験だという前提だけどな。そうであってくれ、頼む。

 んー、十代のうちに、且つ高校在学中に、できるだけ歳とってからがいいよな。じゃあ俺たちを不老長寿にするのは、高三の時でいいか。十八歳の望月さんなら、充分大人顔負けの成長を遂げてるだろう。お色気たっぷりの食べ頃になってから、俺が美味しく頂くって寸法だ。

 ……まてよ。俺と望月さんでAかCを経験したら、二人とも魔法使えなくなってしまうんだよな。うわー、Bだけで我慢しろってのか。出したいっ。精を出したいっ。

 おっと興奮しすぎた。俺は、健全なお付き合いをしたい。恋愛に、精を出すんだ。恋愛に。

 一番の課題は、高校卒業するまでに、望月さんを振り向かせることだな。おのれ瀬良木め。

 まずは新星さんの願いで、オテント様の真偽を確かめてからだ。

 希望の光が見えてきたぞ。晴れの日が待ち遠しいわ。

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