第十話 ある侯爵

「敵は、なかなか面白おもしろい奴らですな」

 佐助さすけった。

 兵舎へいしゃ大食堂だいしょくどうで、幸村ゆきむら夕飯ゆうはんを食べている。南の平原へいげん偵察ていさつをしていたら遅くなってしまった。大食堂の中に人は、まばらだ。

 その向かいのせきに佐助は座った。

 

「幸村は今やウェダリアの将軍しょうぐん食事しょくじ別室べっしつ用意よういしましょうか?」

 今朝けさ、ミラナにそう聞かれたが、幸村は

「私はそもそも貧乏大名。皆と同じ場所ばしょで食べますよ」

 と言い断った。

 それゆえ、今こうして大食堂で食事をしている。


「で、どんなはなしがあった?」

 幸村はあらかた夕食ゆうしょくを食べえると、茶を喫して聞いた。どうやら珈琲コーヒーは高級品であり、庶民しょみんは茶を飲んでいるようだ。味は、ほうじ茶に似ている。

「ガイロクテイン侯爵こうしゃくについては、ご存知ぞんじで?」

 佐助は聞く。

「いや、知らん」

 幸村は首を振った。

「ジュギフって国名こくめいは、五年ほど前に名乗なのりだしたらしいんですよ。で、このジュギフを建国けんこくしたのが、ガイロクテイン侯爵です」

「ほぉ」

「ジュギフの本拠地ほんきょちである魔神島まじんとうは、魔物まもの集団しゅうだんが互いに争う状態が長くつづいていたらしいです。なんで、まわりにある国にとっては好都合こうつごう勝手かってに争ってやがるんで、無害むがい存在そんざいだったわけです」

「ふむ」

 幸村は、うなずくと茶を少し飲む。

「そこに十年前、ガイロクテイン侯爵って人が急に現れたらしいんです。シナジノア中を放浪ほうろうした冒険者ぼうけんしゃだったって話ですが、詳しい経歴けいれきはわかりやせん。で、この男がたった数年すうねんで魔神島を切りり、魔物たちを配下はいかに一つの国にまとめちまった」

 佐助も話して喉が乾いたのか、茶を一息ひといきに飲んだ。

「それがジュギフって国らしいんですよ」

「なるほどね。新興国しんこうこくというわけだ」

 幸村は言った。

 佐助は続ける。

「このガイロクテイン侯爵って男が、長年ながねんまとまらなかった魔神島をまとめちまうほどの実力者じつりょくしゃなわけでさ。そんな男がシナジノア島の国々くにぐにに喧嘩を売り出した。どこの国も平和へいわが続いて、いくさなんかしたこともない王族おうぞくばかり。そりゃあね……」

「ふむ……勝てんよな」

 幸村は言う。

「つまりは手強い相手あいてというわけだな」

「その通りです。どうやら、敵は強い」

 佐助が言う。

「ただ、こちらに向かってきているのは、ガイロクテイン侯爵率いる本隊ほんたいじゃいようです」

「ほぉ」

「本隊は、西のナギアという国を攻めています。我らがいるウェダリアには、北部方面軍ほくぶほうめんぐんばれる別部隊が向かってきているようです。ただこの部隊ぶたい古参こさん手練てれんぞろいだと言う話です。今のところ手に入った情報じょうほうは、こんなところです」

「うむ、ご苦労くろうだった。短時間たんじかんでよく調べたものだ。腕はなまってないな」

 幸村は言う。

「数日前まで、大阪でもやってましたからね。場所が知らないところに急になっただけでさ」

 佐助は笑った。

 幸村は、食べ終わった食器しょっきを返すと

「さて、明日あすはやい。オレは寝るよ。佐助は情報収集じょうほうしゅうしゅうを続けてくれ」

 言うなり、自室じしつへとかえって行った。


 翌日よくじつも、そのまた翌日も、訓練くんれんは続いた。

 一日いちにち内容ないようは、午前中ごぜんちゅうやりの素振り。槍による模擬戦。

 午後ごごには弓、クロスボウを射る訓練。

 合図あいずでの退却たいきゃく突撃とつげき

 そして行軍こうぐんで締める。

 幸村は訓練内容を絞った。あまりやることがおおくても、訓練期間が短い。覚え切れないだろうし、練度れんどが上がらない。


 召集しょうしゅうから四日目のあさ

 幸村がきると、城の廊下ろうかでミラナと会った。なにやらち着かないようすだ。

「ミラナどの、おはようございます。どうなされた?」

「幸村……北の国アズニアからの援軍えんぐんが来ないの。まったく返事へんじもなくて。アズニアのぐんが動いているという情報も無いわ……」

「そうですか。まだ数日すうじつは、魔物たちの軍勢ぐんぜいがくるまで時があります。きっと大丈夫だいじょうぶですよ」

「だといけど……」

 ミラナは心配しんぱいそうに言った。

(これは、援軍は来ないと考えておかねばならんな……)

 幸村は口では楽観的らっかんてきなことを言ったが、最悪さいあく前提ぜんていとして考えていた。

「では、ミラナどの。あまり気に病みますな。わたしは兵たちのところに行ってきます」

「うん、お願いね」

 ミラナは、なんとか微笑みをうかべて言った。


 幸村は南の平原に向かった。到着とうちゃくすると、すでに兵たちが集まっていた。

「おはよう」

 言うが、返事が無く態度たいどがよそよそしく表情ひょうじょうが曇っている。

(訓練の疲れだろうか?)

 幸村がおもうと、ポラードが口を開いた。

「幸村さま、ウェダリア騎士団きしだん壊滅かいめつし王は戦死せんしされたというのは、まことですか?」

「ほぉ、だれがそのようなことを?」

「南から来る商人しょうにんたちがもうしております。一人ひとり二人ふたりではありません。カヌマではその事、知らぬものは無いと」

「ふむ……」

 幸村は、うつむき考える。

(すでにかくし通せる話では無いな……)

 ゆっくりと顔をあげると言う。

「この目でたわけではないが、まことの事だろう」

「では魔物たちの軍勢とは我らだけで戦うということですか……」

「そうだ。そうなるな」

 兵たちは黙りこんだ。実際じっさいは、兵と呼ぶよりは「街の男たち」と呼んだほうが正確せいかくだろう。訓練を受けだしたのは数日前からだ。

「大丈夫でしょうか?」

 ポラードが不安ふあんげに聞いた。

(そんなこと、わかるわけなかろう。できるだけの準備じゅんびをして、やるしかないというだけだ)

 幸村は思うが、言う。

「大丈夫だ。わたしの下知げちに従ってくれ。今日きょうも訓練を始めよう。まずは槍の素振りからだ」

 だが、兵たちは動こうとしない。

「槍を」

 幸村は、ふたたび言った。

「……みんな、やるぞ」

 ポラードが言うと、兵たちはノロノロと立ち上がり、槍の素振りをはじめた。

(まずいな……)

 幸村はその様子ようすを見つつ思った。


 夕刻ゆうこく

 一日を締めくくる行軍訓練を終えた、ポラードの部隊は小休止しょうきゅうしをとっていた。

 南の平原の南端なんたん西側にしがわには、南の国カヌマへと続く街道かいどうが見える。日は西に傾いて来た。

 ポラードの部隊に所属しょぞくする彼の息子ダニエルは、疲れで草地くさちに座り込んでいた。年は、ちょうど十八歳になったところだ。茶色ちゃいろががったカールした髪に、そばかすができたほほ細身ほそみの痩せた体格たいかくで、体力たいりょくは無さそうだ。

 うつむき足の間から地面じめんを見ていたダニエルは、ふいに顔を上げると言う。

「父さん、あの幸村ってよそ者を信用しんようしてて大丈夫なんですかね?」

 元々は町人ちょうにんである兵たちには、過酷かこくな訓練の日々ひびが続いている。皆、疲れてきていた。不満ふまんの出る頃だ。

「やめないか。姫さまが、幸村さまの下知に従えとのことだ。幸村さまの力を見込こまれてまかされたのだ」

 ポラードは言った。ほかのの者たちもいる。息子に腐られては、部隊長ぶたいちょうとして示しがつかない。苦々にがにがしく言う。

「疲れているのはわかるが、減らず口はやめんか」

 ダニエルも疲れた表情に苦笑くしょういを浮かべると、父親ちちおやであるポラードに言う。

「ですが、あのよそ者の幸村とかいう男が、ジュギフ魔物たちに勝てるですか?王も亡くなった。騎士団もいない。同盟国どうめいこくも来ない。父上ちちうえはどう思われるのですか?」

 他の兵たちも黙って聞いている。ダニエル、つづける。

「あの方には、どういう実績じっせきがあるんですか?何かご覧になったことはありますか?」

 丁寧だが挑戦的な口ぶりで言った。

 ポラードは、ため息をつく。

(まったく……皆の目があるというのに……)

 ポラードは、ダニエルの疲れからくる感情かんじょうまかせの態度に落胆らくたんしながらも言う。

「とにかく止めよ。ワシもあの方を深く知っているわけではないが、今はそのようなことを言っている場合ばあいではない」

「ほら、言った。やっぱり父さんも知らないんでしょ?」

「まぁ、そうだな……」

「やっぱりね。どうなんですかね、あの人。我々われわれにこれだけの厳しい訓練を課すだけの実力じつりょくが、あのお方にあるんですかね?」

 ダニエルの態度は褒められたものでは無い。だが男たちの、幸村を信じて良いのかわからない気持ちを代弁している面もある。それがわかるだけにポラードも、強く叱り飛ばすのをためらった。

 だが、ここで叱らなければ、しめしが付かない。ポラードはダニエルを強い視線しせんで見た。

 

 そのポラードの目に、息子の背後はいごに迫る巨大きょだい人影ひとかげが見えた。赤い西日にしびを背に、ゆらりゆらりと片手かたてけんをぶら下げた巨大な影がこちらに向かって歩いてくる。おそらく街道からやってきたのだろう。ポラードの目は、その影に釘付けになった。


「なんですか、父さん。何か言いたいことでも?」

 ダニエルは不敵ふてきに笑って、父ポラードを見た。

 だが、おかしい。

 視線が合わない。

 父は、なにやら自分じぶん後方こうほうをじっと見ている。

 まわりにいる男たちも、ダニエルの後方を凝視ぎょうししている。その表情は凍りついている。

 ダニエルは、ただならぬ気配けはいを感じた。

げろ!」

 ポラードはさけんだ。

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