第六話 女王の決断

 ミラナは幸村ゆきむら椅子いすを勧めると、自分じぶんも座った。幸村は椅子に座ると、ミラナがはなしし出すのを待つ。

 ミラナは机の一角いっかくに目を落とすと、押し黙り──やがて口を開いた。

「父が……戦死せんししました」

「……なんと……」

 ミラナは意を決したように幸村に視線しせんを向けると、言葉ことばつづけた。

「ウェダリア騎士団きしだん壊滅的かいめつてき打撃だげきを受けたということです。損害そんがい全容ぜんようはわかりませんが、かなりの戦力せんりょくが失われたことは確実かくじつのようです」

「……」

 幸村は黙って、うなずいた。

「さらに悪いことに、ウェダリア騎士団を打ち破ったジュギフの軍勢ぐんぜいが、この街に向かっています。おそらく到着とうちゃくは七日後」

「ジュギフ?」

「ジュギフは、シナジノア島の南にある魔神島まじんとう本拠地ほんきょちとする国よ。人外じんがい魔物まものおおく住む島で、ジュギフぐんも多くが魔物によって構成こうせいされています」

「ふむ」

「ジュギフは近年きんねん、シナジノア本島ほんとうへの侵略しんりゃくを繰り返すようになったの。我が国の南にある同盟国どうめいこくカヌマにもジュギフ軍が侵攻しんこうしてきて、父はカヌマからの要請ようせい応援おうえんに行っていたのです」

(南から侵攻してくる敵が、自国じこく南側みなみがわの同盟国に攻め入ったならば、共に戦ったほうが兵力へいりょくも多くなり有利ゆうり。そこは賢明けんめい判断はんだんだが……)

 幸村はおもうと聞く。

「そのカヌマの地にて、ウェダリア軍は敗れ、父上ちちうえは戦死なされたということですか?」

 ミラナはうつむき、答える。

「……そうです……父が亡くなったことは悲しいことです……ですが、悲しんでばかりはいられないの……」

 顔をあげた。

問題もんだいは、ジュギフを迎え撃つ軍勢が今このウェダリアには、いないのです。父と共にいた騎士団は、我が国のほとんどの兵力でした。敵が迫っています。なんとかしなければなりません」

「敵の兵力は?」

「一万という話です。魔物達の戦力は人間にんげんを上回ります。実際じっさいの戦力は人の一万人を、遥かに超える軍です」

「軍勢無しで戦える相手あいてではありませんな。お考えはありますか?」

「まず北の同盟国アズニアに使いの者を出しています。アズニアに出兵しゅっぺいをお願いする文をたせいてます」

「ふむ。ウェダリアとしては、どうなさいます?」

非常時ひじょうじです。十八歳から四十歳の動ける男たちに兵として来ていただきます。三千人は集められるはずです」

「三千……」

(少ない……)

 幸村は思った。

 ミラナは姿勢しせいを正すと、厳しい表情ひょうじょうう。

「問題はもう一つあります。ウェダリアにはこの三千の兵を指揮しきできる人物じんぶつがいないのです。騎士団の主だった者達は、父に同行どうこうしておりました。生き残ったものは、もどってくるでしょう。ですが、いつになるかわかりません。敵は迫っています。すぐにでも迎撃げいげき準備じゅんびを始めなければなりません」

 ミラナは、まだなみだの跡が残る緑色りょくしょくひとみで、まっすぐに幸村をた。

「幸村、これは私には出来できないことです……助けていただけますか。兵たちを率いてジュギフ軍の魔物たちから、この街を。ここに生きる民を。守っていただけますか」


 幸村は視線を落として、考えだした。

 即席そくせきの軍勢で兵力比が三倍を超える敵を相手にする。この勝手かってのわからない異国いこくの兵を率いて、そんな離れ業がやれるのだろうか。

 迷いがある。


 ミラナは言う。

「父は国を出る時、私に言いました。『民を頼む』と。きっと、いくさに敗れれば私は殺されます。ジュギフ軍は敗れた国の王族おうぞくは、すべて殺害さつがいしています」

 幸村は、落としていた視線を上げてミラナを見る。覚悟かくごを決めているのであろう。彼女かのじょの表情には、澄み切った美しさがあった。ミラナは言う。

「でも、私は父にまかされました。だから、なんとかするしかないのです。私が今、この国の女王じょうおうなのですから。幸村、助けてくれる?」

 幸村は静かにうなずくと、口を開いた。

「わかりました。私を頼っていただけるなら、やってみます。かならず……必ず、勝ちます」

「フフ、幸村、私に気を使って無理むりしてるわね。いくさは『必ず勝てるとは言えません』って言ってたでしょ?私も、そういうものだと思うわ」

 ミラナは笑って言った。

「ハハハ……かないませんな……気丈きじょうな方だ」

 幸村は姿勢を正すと言う。

「では言いなおします。私におまかせいただけるのであれば、全力ぜんりょくでやれるだけのことをやってみます」

 ミラナは安心あんしんしたのか、微笑んだ。

かった……お願いします。臨時りんじの女王ですが、期限付きで幸村を将軍しょうぐん任命にんめいします。軍にかんすることは、あなたにお任せします」

 幸村も微笑み返すと言う。

「つつしんでお引き受けします。私も臨時の将軍というわけですか」

「アハ……うん……そうね」

 二人ふたりは笑った。

「では幸村、時間じかんいわ。やれることから始めましょう」

「そうですね。そうしましょう」

 二人は椅子から立ち上がると、足早あしばや執務室しつむしつを出て行った。

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