第五話 涙

(何がきているのかわからぬが、何をしたものかな)

 幸村ゆきむら自室じしつもどったはいが、勝手かってのわからぬ世界せかいに一人来てしまった身。基本的きほんてきには、やることがない。まったくもって暇である。

 マーサのところに行って、布と筆記用具ひっきようぐを借りてきた。

 愛刀あいとう千子村正せんじむらまさの手入れを始める。さやや鍔、柄の汚れ、ほこりを拭きっていく。鞘からかたなき、刀身とうしんの状態に問題もんだいいことを確認かんにんすると刀をおさめ、その作業さぎょうわりにした。

 次に、紙にペンで今日見た街の様子ようす構造こうぞうを、絵、図、文字もんじで書き出していった。

(ミラナどのは、いくさの時は力を貸してほしいとわれたな)

 幸村はその言葉ことばおもい出す。いくさには、まず正確せいかく情報じょうほう必要ひつようだ。もし、いくさとなった時、自分じぶんの目でた情報は強い武器ぶきになる。今日見たのは、わずかな情報であるが幸村は紙に書き出していった。

 そんなことをしているうちに、夕刻ゆうこくになった。窓から差し込む陽光ようこうが赤みをびている。

「幸村さま、ご夕食ゆうしょく支度したくが整いました」

 マーサがこえをかけに来た。

「ありがとう。今行きます」

 幸村は部屋へやを出て、食堂しょくどうへと向かった。


 食堂に行くと、ミラナが座っていた。

 マーサがテキパキとした動作どうさでテーブルに料理りょうりを並べていく。昨日きのうと同じく豪華ごうか食卓しょくたくだ。

「いやはや、今日きょうは外に出たので腹も減りましたな。いただきます」

 またも幸村は猛然もうぜんと食べだした。二日目ともなると、食材しょくざいの見た目にもれてきて、より美味びみく感じる。

 ふと、ミラナの様子が目に入った。あまり食が進んでいない。食べる手を停め、幸村は聞いた。

「ミラナどの、どうなされました?」

「いえ……なんでもないの。どうぞ、お食べになって」

 ミラナは力無く微笑びしょうした。

(きっと、あの若い騎士きしの知らせがミラナを悩ませているのであろう。そのことには触れないようにしよう)

 幸村は、今日一緒に見た街のはなしをしようと決めた。

「ウェダリアの街は、美しい街ですね。民も皆良い人そうだ。お父上ちちうえ名君めいくんなのでしょう。よくお治めになっている」

 ミラナは、うなずいた。

「そうね……ウェダリアの人たちはみんな良い人……父上は……ウェダリアの民を……ウッ…ウッ…ウッ」

 ミラナの眼から、大粒おおつぶなみだが溢れた。

 幸村はおどろき困った。

「ミラナどの、どうしました?何か悪いことを聞いてしまったろうか?」

 ミラナはうつむき、首を振った。嗚咽おえつが止まらない。幸村は言う。

「もし何かお困りならば、拙者せっしゃで良ければ力になりたい。何処どこから来たかもわからぬよそ者であるが、良ければ話してもらえないだろうか」

 ミラナはハンカチで涙を拭いながら思う。

(三十数年ぶりにウェダリアに現れた『転生者てんせいしゃ真田幸村さなだゆきむら。この人は、わたしが困り果てたこの時のためにウェダリアの守護神しゅごしん地母神ちぼしんアテラナスが遣わした者なのかもしれない……そして、この問題を解決かいけつできそうな人は今、幸村しかいない……)

 なんとか泣き止むと、言った。

「わかりました。相談そうだんさせて。一緒いっしょに私の執務室しつむしつへ」

 ミラナは先導せんどうして歩きだした。幸村がつづく。マーサも心配しんぱいして、その後について来た。執務室に着くとミラナが言う。

「マーサは外して。幸村と話します」

 ミラナと幸村は、執務室へ入るとドアを閉めた。

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