100 - hacker.view(photos);

 映画に登場するような『ハッカー』達であれば、このようなパスワードなどあっという間に突破してしまうのだろう。しかし、現実はそう上手くはいかない。

 下手に間違えたパスワードを入力すればロックが掛かってしまうかもしれないし、最悪はコンピュータの中身が消去される事さえありうる。思いつきで試してみるには、あまりにもリスクが高いのだ。そもそも、目の前のコンピュータは未知のOS、未知のアーキテクチャ仕組みで動いている。


「バンペイ、どうしたんだ?」

「この画面は、パスワード……秘密の合言葉の入力を求める画面なんですよ。要するに、このコンピュータという道具は、持ち主が設定した合言葉を知らなければ使えないわけです」

「ふむ……。マギデバイスとは違うのだな」


 マギデバイスでは、マギフィンガープリントと呼ばれる各人の固有番号によって認証が行われる。指紋認証みたいなものだ。それが当たり前になっているこの世界の住人にとっては、パスワードというのは、あまり聞き慣れない言葉だろう。


「どこかに合言葉が書かれていたりしないのか?」

「いえ……普通は本人が憶えているのみですね。メモがあったとしても、本人が持ち歩いているでしょう」


 コンピュータの中には持ち主の様々な情報が含まれているだろう。それを目の前にして手も足も出ないというのは、非常に歯がゆい。

 何とかならないものかと考えていると、部屋の中をはしゃぎながら見まわっていたシィがテクテクと僕達の元へやってきた。


「あ、パソコンだ!」

「ええ? シィちゃん、これを知ってるの?」

「うん。おとーさんも使ってたよ?」

「そ、そうなんだ……」


 シィの父親といえば、マギデバイスの製作に関わったと思われる人物だ。そんな人物もコンピュータを使っていたという事実に驚きを隠せない。そういえば、一度だけシィと父親が住んでいたという『家』に行ったことがあるが、あそこに行けばコンピュータがあるという事だろうか。今度、案内してもらおうかな。


「シィちゃんは、パソコンの使い方を知ってる?」

「うーん……。おとーさんが使ってるのを見てたけど、よく覚えてないよー」

「そっか。じゃあ仕方ないか……」


 諦めかけたその時、シィから思わぬ光明が得られた。


「あ、そういえば! あのね、おとーさん、マギデバイスを使ってたよ」

「ん? どういう事?」

「あのねー、マギデバイスをパソコンにギュッて入れてたの」


 マギデバイスを……? ハッとして、デスクの下にある黒い本体を確認してみる。本体の前面には、さきほどスイッチを入れた主電源の他に、何かの記録媒体を入れるのであろう穴がいくつか空いていたのだ。また、USBのような小さい差し込み口もいくつか存在している。

 その中に紛れて、ポッカリと空いた丸い形の穴。最初に見た時はわからなかったが、言われてみればこのサイズの丸い形には非常に見覚えがある。


「もしかして、この穴にマギデバイスを……あ」


 穴にマギデバイスを差し込んでみれば、と思ったのだが、よく考えると僕は現在マギデバイスを所持していない。マギデバイスがなくとも何の支障もなかったためだが、こんな所で障害になるとは思わなかった。僕の手がマギデバイス代わりになっていることだし、指でも突っ込んでみれば動くだろうか?

 しかしそんなマヌケな顔を晒す僕に、黒いマギデバイスが差し出される。見れば、シィがにっこりと笑って自分のマギデバイスを手渡してきていた。


「おにーちゃん、シィのを使ってもいいよ?」

「え、いいの?」

「うん。シィもパソコン見たいもん!」

「そっか。ありがとう、シィちゃん」

「えへへ」


 シィの頭を撫でてお礼を言ってから、シィのマギデバイスを丸い穴に差し込んでみる。穴のサイズにピッタリであり、奥まで差し込むとカチリと感触が返ってきた。どうやら本当にマギデバイスの差し込み口だったようだ。

 もしかしたら、マギデバイス内に記録されている情報もコンピュータで読み込む事ができるのかもしれない。こうなると、パスワードを何としてでも突破したくなる。


「あとは、パスワードだけど……あれ?」


 デスクの上にあるモニタを覗き込むと、表示が変わっている事に気がついた。先ほどまで見えていたユーザー名とパスワードの入力欄の下に、「admin」という文字が書かれたボタンが表示されていたのだ。


「もしかして……」


 キーボードの横にあったマウスを操作して、そのボタンをクリックしてみる。すると、パッと画面が切り替わり、デスクトップと思われる画面へと切り替わった。あっけなくログインに成功してしまったのだ。


「そうか……シィちゃんのマギデバイスは……」

「どうしたの、おにーちゃん?」

「そういえば、シィちゃんは『管理者権限』を持っているんだったよね?」

「うん。おとーさんがそう言ってたよ?」


 マギデバイスは通常、所有者しか利用する事はできない。だがシィは『管理者権限』を持っており、他人のマギデバイスを使う事ができるようなのだ。実際に見せてもらった事もあった。

 管理者権限というのは要するにマスターキーのようなもので、これ一つで全ての情報にアクセスが可能となる。そして、コンピュータの世界で『admin』と言えば、この権限を持つ管理者アドミニストレータを指すのだ。

 てっきりマギデバイスだけの権限だと思っていたが、どうやらシィの権限はコンピュータにまで及んでいるらしい。シィのマギデバイスによって、目の前のコンピュータは簡単に大口を開いたのだ。


「ありがとう。シィちゃんのおかげで、パソコンの中身が見られそうだ」

「そうなの? やったー!」


 シィは無邪気に喜んでいる。以前にも思ったが、このような年端もいかない子供に、この世界で重大な意味を持つ『管理者権限』を与えるなど、シィの父親は何を考えていたのだろうか。誰かに目をつけられて、悪用されてしまうかもしれないというのに。かくいう僕も、言ってみれば「他人のパソコンに不正アクセス」という悪用をしているわけで、大きな声では言えないが。

 多少の罪悪感を感じつつ、パソコンを操作してみる。デスクトップと思われる画面には、フォルダや書類を表すアイコンがいくつか並んでいる。左下にお馴染みの『スタートボタン』や、左上に林檎のマークはないが、僕の知っているOSにかなり近い。


「ふむ……何やら絵が並んでいるが、これは一体なにをする道具なのだ?」

「えーと……書類を作ったり、計算したり……」

「む、つまり仕事をするための道具というわけか」


 僕の口から出てきた説明は、かつて父親から聞いた内容そのものだった。それに対するボスの反応が当時の僕と同じだったので、懐かしさと面白さからつい吹き出してしまう。「なにがおかしいんだ」と怒り出したボスをなだめるのが大変だった。


//----


「こ、これは……」

「写真、ですね……」


 管理者権限のおかげか、特に制限される事もなくパソコンの中身を探索していくと、とあるフォルダの中に画像ファイルがいくつも収められていた。その一つを開いてみると、鮮明な写真が表示されたのだ。

 写真には、黒髪の男性と青い髪の女性が映されている。何かのパーティの様子なのか、二人はタキシードとドレスを着てグラスを持っており、背景にあるテーブルには料理が並んでいるのが見える。女性は親しげに男性に寄り添っており、男性は嬉しさ半分の照れた表情を浮かべている。どちらも二十代前半といったところだろうか。


「この人、おにーちゃんみたいだね!」

「うむ……黒髪といい、鼻の下を伸ばしているのといい、確かにバンペイに似ているな」

「べ、別に僕は鼻の下を伸ばしたりしませんよ」


 シィとボスの指摘を慌てて否定するが、内心では「確かに」と頷きつつ驚いていた。なぜなら、男性はにしか見えなかったからだ。さらに言うなら、男性の顔はイケメンとは言えない平凡なもので、気の弱そうなところは僕にそっくりだ。対照的に、隣にいる青髪の女性はかなりの美人。この画像を匿名掲示板にアップロードしたら、「爆発しろ」という書き込みが殺到するだろう。

 他のファイルを開いてみると、やはり同様に黒髪の男性が映されている。しかし、隣にいる女性は写真によってまちまちだ。いずれも美女である事には変わりないが。


「な、な、なんだ、この男は! デレデレしおって、気に入らん!」

「あはは……」


 ボスは憤慨しているが、男としては少しうらやましい状況だ。それは、匿名掲示板の紳士達も同意するところだろう。まあ、僕には隣にいる女性は一人だけで十分だけど。

 写真を開いていく内に場面が切り替わる。パーティの様子だったのが、どこかの屋外へと移動した。相変わらず男性が映されているところを見ると、この『遺跡』やパソコンの持ち主はもしかしたらこの男性なのかもしれない。日本人らしき容貌と、日本の住宅のような部屋も一本の線でつなげられる。


 とある写真が画面に映し出された時、ボスが大声を出した。


「ああっ!」

「うわっ。ど、どうしたんですか、ボス?」

「この……この人は……」


 プルプルと震える指で画面を指している。ボスの視線は画面に釘付けになっているようだ。僕も画面を見てみると、写真には黒髪の男性と一緒に、一人の女性が映されている。

 長い金色の髪、そして真っ白のゆったりとしたワンピースのような服を身に着けている。長いまつ毛の目は半分閉じられており、なんだか眠そうな顔をしているが、それでも女性の不思議な魅力は全く損なわれていなかった。


「ほら、バンペイ! 私が前に話した人だ! 帰れなくなった私を『船』で送ってくれた!」

「ああ、あの人ですか」


 幼いボスを助けたという女性。その人は『白いマギデバイス』というあり得ない物を使って、その場でコードを書き上げ『空飛ぶ船』を創りだしたという。その技術力も気になるところだったが、何よりも気になるのは、その女性が口にした言葉。


「確か、『マギデバイスという機械を普及させた』って言ってたんでしたよね」

「ああ、そうだ! なぜあの人がこの男と一緒にいるのだ!」


 マギデバイスの製作者か、またはその関係者と思われる女性。男性との関係はわからないが、知人である事は間違いがない。初めてボスの話を聞いた時は、『機械』という言葉がこの世界の住人から出てきた事に驚いたが、もしかしたら日本人と思われる彼が教えたのかもしれない。


「ん……? いま改めて見てみると……」

「どうしたんですか?」

「いや……気のせいかもしれんが、この女性の顔をどこかで見た覚えがあるのだ。それも小さい頃ではなく、つい最近……どこかで…………ああああッ!」


 突然ボスが張り上げた大声に、僕は耳に指栓をする。ボスは食い入るように画面を見つめていたが、やがてゆっくりと振り返る。そして、フラフラとボスの指が宙をさまよい、やがて一点を指し示した。


「ほえ?」


 そこには首をかしげるシィ。


「そうか……どこかで見たと思ったのは当たり前だ。この人は、

「え、そ、そうですか?」


 ボスが言った事を確かめるように、画面に映る女性と相変わらず首をかしげているシィを交互に見比べる。言われてみれば確かに、シィに似ているかもしれない。共通する長いサラサラの金髪もその印象を強くする。シィが大人になれば、こんな顔になるのかもしれない。

 薔薇姫も同じように見比べて「確かに」と同意してくれた。こういう感覚は、どちらかといえば女性の方が鋭いだろう。同じ女性のシィはよくわからないという表情だが。


「つまり……この人は、シィの母親?」

「う、うむ。確かにありうる話だな。シィ自身は母親の顔を知らないらしいしな」

「……え?」


 シィはやっと僕達の話を理解したらしい。フラフラと誘われるようにパソコンの前に移動して、画面に映る自分に似た女性をまじまじと見つめる。誰もが黙りこんでシィの姿を見守っていた。


「おかーさん?」


 画面の中の女性は、眠たげな顔のままシィを見返していた。

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