096 - hacker.diagnose();

「マギデバイスを失くしただとっ?」

「はい……」


 ボスが素っ頓狂な声を出したので、控えている使用人達の視線が集まった。

 魔核の摘出を終えた僕は、ボス達と合流して薔薇姫の案内で客室に待機しているところだ。お茶を飲みながら、薔薇姫とボス達に事の顛末を話している。


「そ、それでは、マギが使えないではないか……」

「いえ、それは大丈夫です」

「なんだと?」


 僕はおもむろに手を上げて、指を一本立てる。脳内でコードを展開して実行ランすると、指先に水が生成されて小さな水球が創りだされた。きちんと大きさの調整もできるな。

 これなら大丈夫でしょう、と安心させるように言おうとしたところ、ボスは大口を開けてポカンとしている。隣に座っている薔薇姫も、口は開けていないものの目を見開いている。もぐもぐとケーキに夢中になっていたシィは、フォークを放り出して手をパチパチと叩いた。


「バ、バンペイ……それは、どういうことだ?」

「まぁ……」

「おにーちゃん、すごーい!」

「あはは……それがですね……」


 そして僕は魔核と対峙して何が起こったかを説明した。黒い触手のくだりでボスは顔をしかめ、僕が危機一髪だったことを説明すると顔を俯かせてプルプルと震えている。

 てっきり怒られるかと思ったが、ボスは溜息をひとつついて「無事でよかった」とポツリと漏らす。心配をかけてしまった事に罪悪感がチクチクと刺激された。下手に怒られるより効果は抜群だ。

 目が覚めるとマギデバイスが消えていて、その代わりにマギデバイスなしでマギが使えるようになっていた事を説明すると、ボスはいつもの呆れた表情になった。


「非常識だと思っていたが……まさか人間の域を抜け出すとは……」

「いやいやいや、僕は人間ですよ」

「ふぅ。バンペイよ、安心しろ。私はバンペイが別に人間でなくても……」

「ボスッ!」


 よく見ればボスはクスクスと笑っている。どうやらボスにからかわれたらしい。だが言われてみれば、マギデバイス無しでマギを使うなど『異常』な事であり、人々の僕を見る目が変わってもおかしくない。ボスの態度が変わらない事に心から感謝した。


「それで……その魔核を撃ち込んだという襲撃者はどうなったのだ?」

「ああ……バレットが追いかけたのですが……」


 そう言いながら足元にへたり込んでいるバレットに目を向ける。バレットは耳をペタンと倒して、申し訳なさそうな様子だ。

 バレットは襲撃者を追いかけたものの、逃がしてしまったらしい。バグ魔核を悪用している組織が背景にいると思われるため背後関係を知りたいところだったが、逃げられてしまったなら仕方ない。恐らく転移マギなどで逃走したのだろう。

 足元にいるバレットを撫でながらボスにそう説明すると、腕を組んで難しそうな顔になった。薔薇姫も思案顔になっている。


「ふむ……バーレイ皇子を狙った事を考えると、今回のクーデターと無関係とも思えんな」

「お兄様は確かに普段から軍事拡張や侵略戦争を主張されており、過激な思想をお持ちです。ですが、それはお兄様にとって軍事が最大の関心事である事からくるものと思っておりました。まさか、ご自身が王位に就いてまで叶えようとされるなど私もジャワールも予想しておりませんでした。暴力で皇王であるお父様を排するなど、皇国の未来にとってはむしろ害でしかない行いです」


 薔薇姫は自分の兄であるバーレイの行為を一刀両断する。


「普段のお兄様は軍事に興味を注いでいるため、王位や政治などにはあまり関心を持たれていないように見えたのですが……あれは擬態だったという事なのでしょうか?」

「そういえば……」


 治療や魔核のドタバタで忘れていたが、バーレイ皇子が矢で射たれる寸前に口走っていた言葉を思い出す。


「確か、バーレイ皇子は倒れる寸前に『私は奴の言う通りに』という言葉を口にしていました」

「奴? 奴とは一体誰だ?」

「わかりません。その直後に矢で射たれたので……。ですが、バーレイ皇子は何者かの指示や提案に従って行動していたのではないでしょうか?」

「……いずれにしても、お兄様に聞いてみればわかる事ですね。ジャワールが尋問の手配をしているはずです。結果をお待ち下さいませ」


 バーレイ皇子は魔核を取り除いて治療マギを掛けたおかげで、無事に意識を回復している。現在はジャワール皇子による尋問を受けているらしい。この国にも警察のような治安維持機構は存在しているはずだが、今回は事が事だけにジャワール皇子自らが先導しているようだ。


 雑談を続けていると、コンコンとノック音が響く。


「お入りなさい」

「失礼いたします。陛下との謁見の準備が整いました」

「まあ……」


 薔薇姫は報告を受けて口に手を当てている。どうやら驚いているようだ。


「そうでした。色々あったので失念しておりましたわ。それに、お父様にも今回の事をご報告しなければなりませんね……」


 バーレイ皇子の暴走を父親である皇王に説明するのが憂鬱なのだろう。兄弟同士で殺し合いをしたり、父親が息子によって害されようとしていたなど、確かに報告しづらいはずだ。


「バンペイさん。レイルズさん。私と一緒にお父様……皇王とお会い頂きたいのですが……」

「はい。皇王陛下にお目通り頂けるなど、光栄の至りです」


 ボスがかしこまった口調で頭を下げる。僕も同じように頭を下げた。


「それと……バンペイさん、お父様の身体を診て頂けないでしょうか?」

「ええ、ぜひ。今回の一件で、陛下の症状にも心当たりができましたし……」


 僕がそう答えると、薔薇姫はホッとした表情で花開くような笑顔を浮かべた。相変わらずの魅力で、思わずボーッと見てしまう。すると、隣にいた人が僕の肩をポンポンと叩いた。


「バンペイ……後で話がある……」

「は、はひ」


 ニッコリと笑みを浮かべるボスに、僕は顔をひきつらせた。


//----


「お父様……お加減はいかがでしょうか?」

「うむ……マリア、そしてジャワールよ。この度は苦労をかけたな」

「そんな、お父様は何も……」

「いいや。私が不甲斐ないばかりに、バーレイの暴走を招いたのだ。あれは昔から言っても聞かない男ではあったが、まさかあれほどに思い詰めていたとはな……」


 現皇王サマロ=オラル=スタティは、ベッドに横たわったままゆっくりと目を閉じた。きっと息子の過去に思いを馳せているのだろう。そして自分の無力を悔いているのかもしれない。

 彼の娘である薔薇姫マリアは、皇王の手を取って両手で柔らかく包み込む。


「お父様は悪くありません。悪いのは平和を壊し、戦争を始めようとしていたバーレイお兄様です」

「…………」


 皇王は目を閉じたまま何も語らない。何を考えているのだろうか。

 ジャワール皇子と同じ銀髪をもつ皇王は頬こけて痩せているものの、威厳という点ではいささかの衰えも感じさせない。ダイナ王国の国王とは雰囲気は異なるが、この人も一国の王に間違いないのだ。寝室にも関わらずピンと張った空気によって、玉座を前に謁見している気分になったほどだ。


「父上。よろしいでしょうか」


 ジャワール皇子が声を掛けながら前にでると、皇王はゆっくりと目を開いた。ジャワール皇子はバーレイ皇子の尋問を切り上げて僕達の謁見に乗じる事にしたらしい。何度も謁見していたら皇王の負担になるからだろう。


「こちらが先ほどお話したダイナ王国のバンペイ=シライシさんです。この度の叛乱を食い止められたのは、ほとんどシライシさんのおかげと言ってもよいでしょう」


 すると皇王は目を動かして僕の姿を捉える。すっかり恐縮して頭を下げると、皇王は病身にも関わらず手をあげて「よい」と押し留めた。


「シライシ殿……といったかな。このような姿で失礼する」

「い、いえ……どうかお気遣いなく……」

「ふむ……話で聞いていた通り、謙虚な若者のようだな。この度のそなたの尽力、真に感謝する。そなたのおかげで、皇国の安寧は守られたのだ」

「僕は……ダイナ王国の国民として、戦火を防ぐためにすべき事をしたまでです。その結果として、叛乱が防がれたのはにすぎませんので……」

「ふふ……『たまたま』とな。我が国は『たまたま』救われたというわけか。これは愉快だ」


 皇王は目を細めて笑い声をあげた。しかし、すぐにゴホゴホと辛そうに咳をする。


「父上!」

「お父様! 無理をなさってはいけません!」


 二人が心配そうに声を掛ける。どうやら皇王の病気はだいぶ深刻のようだ。

 薔薇姫はそれを見て、思い切って提案する事にしたようだ。


「お父様。どうかシライシさんの診察を受けてくださいませ」

「なに……?」

「シライシさんは王国で公開された治療マギサービスの開発に携わったのです。マギサービスで治せなかったのは承知しておりますが、開発者の方によって直接診て頂ければ治療できなかった理由が判明するかもしれません」

「ふむ……」


 薔薇姫の説明を引き継いで、僕も自分の口で説得する事にした。


「治療できなかった理由はいくつか考えられますが、今回の事件で一つ心当たりができました。治療マギサービスが効かないというのは開発者として見過ごせません。どうか私に治療を――」

「なりませんぞ!」


 横から中年男性が口を挟んだ。


「陛下の主治医として見ず知らずの者が陛下の大事な御身に触れるなど、到底許可できませぬ! ましてや、他国の者などとんでもない事です!」


 先ほどから皇王陛下の側に控えていた彼は、どうやら陛下の主治医らしい。確かに彼の言う事には筋が通っている。他国の得体も知れない相手が「治してあげる」なんて虫がよすぎて怪しすぎる話だ。

 しかし皇王は、手をあげて主治医の男性を止める。


「よい。シライシ殿にお任せしよう」

「へ、陛下! なりませぬ!」

「よいのだ。いずれにせよ、私の身はもう長くあるまい。それにシライシ殿は救国の恩人。もしシライシ殿が動かなければ、私はバーレイによって王位継承の後に幽閉か暗殺されていただろう……。私は、シライシ殿を信じる事とする」


 皇王の宣言が重々しく部屋の中に響いた。主治医の男性はまだ不満気だったが、陛下がはっきりと宣言した以上、差し出口を挟むのは不敬となる。


「では……せめて立ち会いを……」

「うむ。好きにするがよい」


 皇王がそう言うと、主治医の男性は渋々ながら頷いた。皇子や薔薇姫、ボス達は一歩下がって僕の診察を見守る事にしたようだ。


「では、失礼いたします」


 陛下の身体、心臓が位置するあたりに手を置く。マギデバイスを使わないことが不思議なのか、陛下は少し首を傾げているものの、何も言わずに僕の診察を見守ってくれている。


 ――検索サーチ


 僕の手がボンヤリと光り、陛下は目を見開いた。周囲からも驚きの声が上がっている。僕は検索を何度か繰り返して、予想していた通りの状態である事を念入りに確認した。


「やはり……。陛下の身体には、マギによる創造物を破壊する『アンチマギ酵素』が侵入しています」

「アンチマギ……?」

「ええ。ごく一部の魔物が分泌する成分で、マギによって作られた創造物に含まれる素子を破壊する働きがある物質です。正確には、破壊するのではなくリセットすると言うべきですが……」


 頭の中に浮かび上がっていた『黒い物質』の説明を口にする。だが僕の説明に皇王陛下は首を傾げている。他の人達も同様にチンプンカンプンといった表情をしていた。


「えーと……。要するに『治療マギを阻害する毒』が、陛下の身体の中に入り込んでいる、という事です」

「ど、毒などありえん! 陛下が口に入れるものは全て毒見されている!」


 僕の所見に対して主治医の男性が大声で抗議してくる。


「そう言われましても……実際に毒が存在していますから……」

「ありえんぞ! そんな毒など聞いた事もない! そもそもマギデバイスも使わず診断するなど信じられるか! どんなトリックを使ったか知らんが、私の目は誤魔化せんぞ!」


 主治医は唾を飛ばして僕の診察が信じられないと喧伝している。身振り手振りも加えながら否定する様は、どこか必死にも見える。その狂態に違和感を感じていると、主治医の声をさえぎるように静かな声がピシャリと一喝した。


「お黙りなさい」


 普段の薔薇姫とは異なる冷たい声に、主治医は思わず口ごもったようだ。


「皇王陛下は、シライシさんの事を信じると仰ったのです。それを頭から否定するなど言語道断。一年掛けても碌な治療ができなかったあなたの出る幕はございません」

「な……な……」

「さあ、シライシさん。治療をお続けくださいな」

「え、ええ……」


 薔薇姫は笑みを浮かべて僕を促すが、その目は笑っていない。どうやらあの主治医は、皇族で一番怒らせてはいけない人を怒らせてしまったようだ。冷たい目で見られてブルリと震えながらも、僕は治療を開始する事にした。


「え、えーと。それでは、治療を始めます。陛下のお身体から毒を取り除きますね」

「ふむ……できるのかね?」

「はい。お任せください」


 陛下の身体に手をかざして目を閉じる。頭の中でスクリーンを開き、即興でコードを書き上げていく。マギデバイスを手に書くのに比べれば、その速度は圧倒的だ。気のせいか、頭の回転も速くなった気がする。いや、これはCPUの『クロック数』ではなく『コア数』が増えたという感じだ。


 元からある程度の並列的な思考は可能だったが、それはあくまでも擬似的なものだった。一つの脳内CPUコアをやりくりしているような状況であり、仕事の待ち時間に別の仕事を進める、という程度のものだ。全体的なスピードは変わらないため、仕事が増えるほど遅くなるし、仕事の数にも限界がある。

 今はそれが大幅に改善されて、まるで頭の中のコア数が増えたように並列処理が簡単になっている。一つの仕事をしながら、別の仕事をする、という事が可能になっている。しかも、それぞれのスピードを落とさずにだ。複数のコードを同時に書き進める事すら可能になった。

 本当に人間の域を超越してしまっている気がするが、その事から必死に目を背ける。


 数秒で書き上がったコードを実行ランすると、僕の手から再び光があふれだす。マギデバイスがない代わりに、僕の手がマギデバイスになってしまったようだ。

 やがて集まり始めた物質を受け止めるように、手を返して器を作る。陛下の全身に散らばっていた物質が、徐々に僕の手の上へと集まっているのだ。


「……これが、陛下のお身体を蝕んでいた毒です」


 僕の手の平の上には、黒い粉のような『アンチマギ酵素』の山ができあがっていた。

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