090 - hacker.rescue(hostages);
「ほら、ボス。いい加減に離れてくださいよ」
「イヤだ!」
部屋から飛び出そうとしたボスをなんとか押さえ込んでいたら、今度は僕の背中に顔をうずめたまま動かなくなった。背中にボスの暖かい体温を感じる。はたから見れば甘えているように見えるだろうが、単に恥ずかしすぎcて皆の顔を見れないだけである。
「おにーちゃんとボス、すっごく仲良しだね!」
「がう」
シィはキラキラとした瞳で僕達を見上げているが、傍らにいるバレットは「やれやれ」といった感じでソッポを向いている。夫婦喧嘩は犬も食わないというが、この場合は何と言うべきだろう。
「あの……シライシさん?」
「は、はい」
様子を伺っていたジャワール皇子が恐る恐る話しかけてくる。まさか、この緊急事態のど真ん中で男女のラブコメが展開されるとは思わなかったのだろう。僕もこんな事になるとは思っていなかったので、お互い様という事にしてほしい。
「その……仲直りできたようで、何よりデス」
「い、いえ。お騒がせして、すみません」
「それで、姉の救出なのですが……」
「あ、そうでした」
ポンと手を打つ。あまりの出来事に薔薇姫の事などスッポ抜けていた。いや、別に薔薇姫がどうでも良いとかでは断じてないぞ。
「えーと、薔薇姫のマギフィンガープリントってわかりませんか?」
「は? マギフィンガープリントですカ……?」
「救出に必要なんです」
ジャワール皇子は首をかしげつつも、質問に答えてくれる。僕の言う事を信じてくれているようだ。
「皇族のマギフィンガープリントは、皇族専用のマギサービスにのみ記録されていマス。マギデバイスは厳重に保管されていますが、私の権限であれば開けられマス」
「なるほど……」
「ですが、マギデバイスが保管されている金庫も重要拠点の一つとして襲撃を受けています。今は防御を固めている状況なので、シライシさんをお連れするのは危険だと思いますが……」
どうやら、シィと同じ手で助け出すのは時間がかかりそうだった。薔薇姫のマギフィンガープリントがわかれば直接転移させる事ができたのだが仕方ない。
「そうですか……。では、こうしましょうか。【コール・カメラ・リモート】」
マギデバイスを抜いて呪文を唱えると、目の前にスクリーンがパッと現れる。スクリーンの中には、スクリーンを見る僕の後頭部が映しだされている。相変わらず背中に顔をうずめたままのボスの頭もバッチリ映っている。
「こ、これは……」
スクリーンを覗き込んだジャワール皇子は、自分の姿がスクリーンの中に現れた事に驚いている。手を上げたり、首を回したりして、映像がリアルタイムである事を確かめている。
「これは、離れた場所の状況を見る事ができるマギです」
「な、なんですって……!」
この『遠隔ビデオカメラ』とでもいうべきマギは、マギアカデミーで授業をする時に作り出したものだ。授業風景を撮影するために、仮想的なカメラを設置する事でクラスルームの風景を俯瞰的に撮影できるようにしたのだ。その他に各種イベントでの実況中継など、地味に活躍しているマギでもある。
仮想的なカメラはあくまでも単なる座標情報であり、ドローンのような物体がカメラとして存在するわけではない。3Dゲームの中で主人公の姿を映すカメラのようなものだ。もちろん、カメラを自由に動かしたり、拡大縮小や声の録音までバッチリ対応している。
カメラが目に見えないので、相手は撮られている事に気がつかない。悪用すれば盗撮にも利用できてしまうため、マギサービスとして公開するつもりはない。
「これで薔薇姫様の様子を確認したいと思いますが、城内の地図などはあるでしょうか?」
「ハイ、それは部下が準備しています」
応接間のテーブルに、城内の地図が広げられる。他国の者に見せていいのか気になったが、この非常事態なので仕方ないのだろう。
「報告によれば、姉は他の人質達と一緒にこの食堂に連れ込まれたようデス」
「他にも人質がいるんですか?」
「ああ、他の者は姉のお付きである平民や、偶然に居合わせた貴族です。姉の安全が最優先なので、特に言及しませんでしたが」
「そ、そうですか」
ジャワール皇子にとって姉であり皇族である薔薇姫が一番重要で、そのほかの貴族や平民の事は後回しでよいということなのだろう。身分の違いによる扱いの差が自然にでてくる辺りに、カルチャーギャップを感じる。
カメラを操作して応接間を出発させる。スクリーンに映し出される映像が廊下のものとなり、ジャワール皇子や他の兵士達から驚きの声があがる。
「ここに二人……ここに五人……」
どうやら敵は見張りを立てているらしく、ところどころに敵と思われる兵士の姿が見られる。
「す、素晴らしいデス……! これなら、敵の動きが手に取るようにわかりマス!」
「あはは……」
隣で興奮するジャワール皇子は置いておいてカメラの操作を続けると、ついに目的の食堂までたどり着いた。食堂の前には多くの兵士が集まっており、敵と味方にわかれて睨み合いが続いている。敵は食堂に立てこもっており、味方の兵士達が入り口を囲っている。
「それにしても人質まで取って、敵は何が目的なのでしょうか?」
「……恐らく、王位の簒奪でしょう。まだ反乱の首謀者はわかりませんが、ここまで多くの兵士を動かせるとなると、軍の上層部や軍人系の貴族が関わっているのは間違いありマセン」
「しかし、王位に就くための大義名分がないのでは? 仮に皇都を制圧したとしても、他の貴族が黙ってはいないと思うのですが……」
ここに来るまでの道中で、薔薇姫からスタティ皇国の統治について概要を聞いていた。その中で、地方を統治している貴族達も、魔物に対抗するという名目で私兵を持っていると聞いたのだ。
例え一部の貴族が叛乱を起こしたところで、その他の貴族が大人しく従うとは思えない。そうなれば内戦になるうえに、周りの国が介入してこないとも限らない。スムーズな王位の継承には、貴族達を納得させる大義名分が必要となるはずだ。
ジャワール皇子は僕の言葉に同意してみせる。
「それはその通りです。だからこそ、姉を人質にとっているのでしょう。父、皇王陛下に王位の放棄と継承を命じるために、デス」
「皇王陛下はそれほどまでに皇女殿下を……?」
「ええ。それはもう……その……溺愛、していマス……」
まさか娘のために王位を捨てるほどとは。ボスの父親であるデイビッドさんの「子煩悩モード」が脳裏をよぎった。世の中の父親というのは、どうしてああも娘を溺愛するのだろう。僕にも子供ができたら、同じように可愛がってしまうのだろうか。
カメラを操作して食堂の中に滑りこませる。実体がないため、壁なども簡単にすり抜けてしまうのだ。
「は、ハハハ……。これでは、国家機密なども筒抜けですネ……」
「悪用はしませんし、させませんよ。できれば、このマギについてはご内密にお願いしますね」
「マギカンファレンスの解説も驚きましたが……いや、さすがマギハッカーと言うべきなのデショウ」
なんだかジャワール皇子がひいている。
このぐらい、まだまだ序の口なんだけどな。
カメラのスクリーンには、食堂の中の様子が克明に映し出されている。食堂にある大きなテーブルは隅に片付けられており、部屋の中心に人質たちが集められている。見覚えのある黒いロープで手足を縛られ、床に座らされているようだ。
人質は全部で8人、その中には一際目立つ薔薇姫の姿があった。手足を縛られているが、毅然とした表情で座っている。服装は僕達と別れた時のドレスのままだ。
「確かに皇女殿下が捕まっているようですね……」
『姉上……! くっ、おのれ、反逆者どもめ……!』
ジャワール皇子はスクリーンに映しだされた薔薇姫の様子を食い入る様に見つめて、皇国語で悪態をついている。皇王陛下の親馬鹿っぷりもアレだが、この人も結構なシスコンな気がする。
人質を囲うようにして、少し離れた位置に兵士が数人立っている。他にも数人の兵士がいるが、部屋の奥に一人、兵士達が身に着けている地味な軽鎧ではなく、黒くてゴツゴツとした甲虫を思わせる鎧を身に着けた男性が座っている。三十代後半といったところだろうか。腕を組んで、鋭い目つきで部屋の中を抜け目なく観察している。
『あれは……ビーンズ! やはり奴が関わっていたか!』
「ご存知なのですか?」
「え、ええ……。彼は軍の将軍の一人デス。非常に腕の立つ男で、人望は高いのです。奴が動いたのなら、ついていく兵士達は確かに多いでしょう……」
「腕が立つ、というと……?」
「そうですね……国内の武技を競う大会では常にトップ3に入賞しています。並の兵士ではマギを当てるのも難しく、10人がかりでもあっという間に斬り伏せるほどの実力だと聞いていマス」
「そ、それはスゴイですね」
「ええ。ですが、強者との戦いを楽しむ戦闘狂のような側面があり、使う側からしてみれば非常に扱いづらいタイプの人間ですネ。しかし、実力と人望で今の将軍位まで上り詰めたのです」
どうやら厄介な相手のようだ。マギを避けるほどの身体能力を持った相手と戦うのは、できれば避けたいところである。
「奴を倒さなければ姉の救出は難しそうですね……」
ジャワール皇子は兵士達の手前、平静を装っているが、弱気になっているに違いない。
「いえ。これなら……相手にしなくても、なんとか救出できると思います」
「ほ、本当ですか!?」
僕の言葉に、ジャワール皇子が掴みかかるようにして反応する。
「はい。人質達だけを転移させれば良いんですよ」
「て、転移ですか……? しかし、マギデバイスは奪われていると思いマスが……」
「ああ、転移するのは僕のマギで、です。僕の転移マギであれば、特定の座標にいる人達を指定の場所に転送させる事もできますから。要するに、皇女殿下達をまとめて僕達の元まで転移させるわけです」
「はぁ……」
マギフィンガープリントが必要なのは、あくまでも相手の位置がわからない時だけだ。相手の位置がわかるのなら、その座標を直接指定すれば良い。今回はカメラの座標情報をそのまま使えばいいだろう。
人質達だけを転送するようにある程度の条件付けは必要だろうが、幸い人質達と見張りの兵士達の距離は離れている。単純に範囲指定で転移すれば良いだろう。
目を白黒させているジャワール皇子に、転移先となるスペースを作ってもらうように依頼する。
『マギハッカー……敵に回すべきではないな……』
ジャワール皇子がポツリと漏らした独り言は、聞かなかったフリをした。
//----
「それでは、転移を始めます。皆さんは下がってください」
別の客間のテーブルや椅子を運び出し、スペースを作った。スクリーンには相変わらず、人質達と見張り達、そして、部屋の奥に陣取ったビーンズの様子が映しだされている。
準備の間にエディタースクリーンを開いて、カメラの位置を基点に範囲内の人間をまるごと転送するようにマギを組み立てた。簡単な実験をして準備は万端である。
ちなみに、転移先に人や物があったら単に転送に失敗するだけだ。密度の低い気体や液体のような物質は押しのけられる。映画のようにハエ男が誕生したりはしない。
「シライシさん、よろしくお願いしマス」
ジャワール皇子はそう言って、僕の後ろに下がる。背中に張り付いたままだったボスも、何とか引き剥がして下がってもらった。すると今度はバレットを標的にして抱きついているようだ。バレットは迷惑そうな、困ったような顔になって「くぅん」と鳴いている。
「【コール・アポート・エリア】」
呪文を唱えるとマギデバイスの先端が輝き、続いてスクリーンが映し出す映像の中でも、人質達が座っている範囲が白く光り始める。
「うん、大丈夫そう……なっ!」
スクリーンの中で異変が起きた。見張りの兵士達は突然の白い光に戸惑い固まっていたが、突如として黒い影が外から光の中に飛び込んできたのだ。
転移は範囲指定、つまり、範囲の中に入ってしまえば、転移の対象となる。
やがて光が収まり、僕達の目の前に人質達が転送されてきた。
「――おいおい。こりゃあ驚いたな」
人質達と一緒に転送されてきた黒い影が、低い声で言葉を放つ。
「……ビーンズ」
「よぉ、久しぶりだなぁ、皇子様?」
黒光りする甲虫のような鎧を身につけたビーンズ将軍が、ニヤリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます