077 - hacker.prayTo(god);

「――そうでしょう、シライシさん?」


 教皇の問いかけに僕は狼狽しながら答える。


「そ、そうですね。いるかも、しれませんね」

「ふふ、マギランゲージとは違って腹芸はお得意ではないようですね?」


 どうやら完全にバレているようだ。


「まあ良いでしょう。それにしても、マギスター社は困った事をしてくれましたね。治療マギサービスが停止した事、こちらも元を正せば原因はマギスター社でしたか」

「で、ですがそれは必要があって――」

「必要があったかどうかなど、どちらでもよいのです。重要なのはあなたがコードを持ち帰ったこと。それによって多くの人々が苦しんだということです」

「く……」


 さすがにシスターと違って教皇には口答えしづらいのだろう。


「そこで、いかがでしょう。一つ提案があるのですが――」


 そう前置きして、教皇は一つの提案を口にする。


「治療マギサービスの刷新を、そこのエクマ君にお願いしたいと思います」

「……なっ!? そ、それはダメです!」


 教皇がそう口にした時、真っ先に反対したのはエクマ君の父親だった。当然だろう。エクマ君の様子を見る限り、世間のルールや一般的常識というものが著しく欠如している。これは彼が閉鎖的な環境で育てられた事を表している。


「それによって、マギスター社が治療マギサービスのコードを持ちだした事は不問といたしましょう」

「くっ……し、仕方ないですね……」


 強硬に反対するかと思われたが、教皇の一言によってあっさりと前言を翻す。不問にするといえば文句が言えるわけもない。

 『私に恥をかかせるな』と言って息子の事より世間体を重視している彼にとっては、この教皇の言葉はむしろありがたいものなのだろう。悔しがっているように見えるが、口元は少し緩んでいる。

 あれだけコンプライアンスとうるさかったのも、それがルールだからというよりも世間体のためなのだろう。そんな彼にとって、不祥事の発覚は何よりも恐れる事に違いない。


「で、ですが、教皇様。エクマさんに治療マギサービスの刷新をお任せしても大丈夫なのでしょうか?」

「問題ないでしょう。シライシさんがお認めになるほどの腕前です。それに……」


 そう言って教皇は僕を見る。


「シライシさん。いかがでしょう。エクマ君をあなたの会社で預かって頂くというのは」

「え、ええっ!?」


 僕にとっては青天の霹靂である。そもそも僕はこの件に関しては本来部外者なのだ。シスターの求めに応じて復旧には協力したし、犯人の特定にも協力したが……あれ、すでに結構関わってしまっているな。


「どちらにせよ、マギスター社との契約は破談となったのです。このままでは、一から委託先の会社を決め直すことになるでしょう。しかし、私の見る限りあなたの会社にお任せするのが一番確実だと思いました。それはシスターも同意なさるでしょう?」

「は、はい。私はシライシさんの会社に投票いたしましたから」

「それならば、シライシさんの会社にお任せする形で、エクマ君を預かっていただくのが一番ではないですか。ふふ、シライシさんと協力すればまさに百人力ですしね」

「で、ですが……」


 なおも言い募ろうとする僕を牽制するように、教皇はチラリと僕のマギデバイスに目を配る。


「それに治療マギサービスの中身も熟知されておられるようですし……ね」


 これには僕も黙るしかなくなってしまう。きっと治療マギサービスを再現した事をほのめかしているのだろう。僕としては別に公表しても構わないのだが、教会側から難癖をつけられるのは勘弁してほしい。


「ですが教皇様。そうするのであれば、なぜわざわざエクマさんにお願いするのですか? シライシさんに直接お願いした方が、より確実かと思うのですが……」

「ふふ、シスター。あなたらしくありませんね。治療マギサービスの改良によって、より多くの人々を救えるようにする。それが今回、彼が犯してしまった罪へのつぐないとなるのです」


 教皇の言葉を聞いて、ハッとシスターも気がついた顔になった。

 二人の視線がソファに腰掛けているエクマ君に注がれる。先ほど父親に叱られてからオドオドとしていたが、治療マギサービスの話が出てきてピクピクと反応している。やはり根っからのマギ好きらしい。


「彼はまだ幼い。恐らく自分がしてしまった事の意味も、まだ理解できないのでしょう。ですが、人間とは常に成長するもの。いつか自分の罪に気がつく時がやってくるでしょう。その時、彼は罪の重さに潰されてしまうかもしれません」

「だから、償い……ですね」

「ええ。償いとは、被害を被った人に対して行なうだけのものではありません。それは未来の自分への償いでもあるのです。人は重荷を背負ったままでは、前に進むこともできませんからね」


 教皇はエクマ君から視線を外し、遠くを見るように顔をあげる。


「罪を犯してしまった事、それは仕方がありません。人間とは罪深い生き物です。誰であれ、多かれ少なかれ罪は犯しているのですから。大事なのは、己の罪を認め、それと向き合う事。そうして初めて人は前を向いて歩いていく事ができるのです」


 罪を赦そうとする彼の言葉は宗教家らしいと言えるが、それ以上に何か本心が隠されているようにも思える。普通こういった言葉にはどこか『空虚さ』を感じてしまうものなのだが、教皇の言葉にはどういうわけか説得力が感じられた。まるで教皇もまた、大罪を犯した罪人であるかのように聞こえるのだ。

 だが教皇の表情に変化はない。いつも通り、彼の本心は人形じみた微笑の奥に隠されたままだ。リンター教のトップである彼が罪人であるはずもないし、説得力は恐らく彼の持つ雰囲気によるものだろう。気のせいだと思い直した。


「ふふ。ちょっと説教じみてしまいましたね。では、よろしく頼みましたよ」


 結局、最後まで教皇の思惑通りに動いていた気がしてならないのも、きっと気のせいだ。


//----


「というわけで、今日から僕達と一緒に働く事になった、エクマ君です」

「…………」


 僕が紹介してもエクマ君はぼーっと立っているだけだ。相変わらず目元は長い金髪の前髪で隠れていて、何を考えているのかわからない。無精ひげは剃られていて、以前よりも更に若々しく見えるのだが。


 ここは僕とボスの会社であるマギシード・コーポレーションのオフィスである。あれからボスとも改めて相談して了承を得たので、教皇の依頼を受ける事にしたのだ。

 僕の口下手と頼まれると断れない性格が招いた事態であったが、ボスは「むしろ優れたマギエンジニアに大きな仕事まで手に入るなんてラッキーじゃないか」とあっさりうなずいた。


 僕とエクマ君の前にはボスが腕を組んで立っている。シィは知らないエルフ族の青年に対して、好奇心で目を輝かせている。バレットは番犬として警戒しているようだ。


「ふむ。スクリーンごしではよくわからなかったが、思ったよりも大きいじゃないか。話を聞いた時はもっと子供かと思ったが」

「あー……えーと、彼はその、外見よりも、中身が子供といいますか」

「なんだ、歯切れが悪いな? あー、エクマ君。ようこそ『マギシード・コーポレーション』へ。私が社長のルビィ=レイルズだ」

「…………」


 エクマ君は聞いているんだか聞いていないんだか、ボーッとしたまま微動だにしない。


「お、おい。聞いているのか?」

「…………」

「おい!」

「あーあー、ボス、すみません。彼は人見知りみたいで、あまり人と話すのが得意ではないみたいです」

「それにしたって限度があるだろう!」


 ことごとく無視されたボスはエクマ君の態度に憤っている。

 怒るボスを何とか抑えていると、シィがテクテクとエクマ君に近づいていった。身長差が大きいので、シィは見上げるようにしてエクマ君の足元に立つ。


「ねぇねぇ。シィはシィっていうんだよ! あなたのお名前はなーに?」

「…………エクマ」

「エクマくんっていうんだね! ねぇねぇ、一緒にご本読もうよ!」


 シィがそう言って、エクマ君の手を引いていく。エクマ君は戸惑いながらもシィに連れられてソファへと誘導されていった。

 絵面としては十代後半の青年と小学校低学年の幼女の組み合わせである。しかし精神年齢は結構近いのかもしれない。むしろシィがお姉さんのようにアレコレと世話を焼いている。

 シィがスラスラと絵本を読んであげると、エクマ君は絵本の中身に熱中し始めたようだった。


 僕とボスはそんな二人の様子を眺めている。ボスはエクマ君の様子に毒気が抜かれたようだ。


「やれやれ……。まるで託児所のようではないか」

「はは。シィが弟を構うお姉ちゃんみたいですね」

「あんな様子で、本当に治療マギサービスの刷新なんてできるのか? 確かにマギゲームを攻略する様子は私も見たが、本当に同一人物なのか疑わしくなるぞ」

「間違いなく同一人物ですよ。彼のマギエンジニアとしてのスキルは群を抜いています。それは僕が保証しますよ」

「うーむ、できるマギエンジニアは、どうしてこう変わり者が多いのだ……」


 ボスが頭を抱えている。その『変わり者』のくくりには僕も含まれるのだろうか。だとすれば断固抗議するところなのだが。


 それにエクマ君が変わっているのは育った環境のせいであって彼自身の責任ではない。

 話を聞いてみれば、彼は生まれてからほとんど家から出る事なく育てられたらしい。父親がマギエンジニアであると聞いてマギに興味を持ってからは、一日中マギの事ばかりを考えて過ごしてきた。元々の適性も高かったのか、みるみる間にマギランゲージを独学で覚えてあっという間に父親を追い越した。

 最初の内は喜んでいた父親だったが、徐々に息子の才能に嫉妬を覚えるようになる。次第に疎ましく思うようになり、家に閉じ込めるようになった。マギアカデミーに通わせる事もなく、マギエンジニアになるなどもってのほかだと反対していたのもそのせいだ。

 母親はといえば、父親の言う事に逆らえない典型的な亭主関白だったらしく、エクマ君の事はかわいそうに思いながらも従っていた。先日のビンタのように父親が体罰を振るう事は珍しかったため、エクマ君自身が目に見えて傷ついているわけではない、というのも逆らう事をためらわせる要因だった。


 学習の機会を奪う。外に出る事を許さない。立派な児童虐待だ。


 後日の話であるが、この家庭には児童虐待の容疑で警察隊の調べが入る事になる。しかもなんと教皇本人による通報によってだ。

 教皇曰く「コードを持ち帰った事については不問にしましたが、そのほかの罪についても問わないとは言ってません。罪はしっかりと償うのが本人のためでしょう」との事だった。


 王国の法律では児童虐待を禁じている。虐待問題の難しいところは、しつけと虐待の線引きが難しいところだろう。多少叱って頭をはたいた程度で「虐待」となってしまうのも実態に即していないし、かといって殴る蹴るの暴行を「しつけ」と言い張る輩だって存在する。

 それでもエクマ君のケースは虐待に間違いないし、その父親と母親には罰が与えられる事になるだろう。重い罰ではないだろうが、世間体を気にする父親には「子供を虐待した父親」というレッテルが貼られる事になり、本人にとっては大きなダメージになるに違いない。

 エクマ君の親権はもしかしたら別の里親に移される事になるかもしれない。


「それにしても、治療マギサービスか……。一度はコンペに負けてあきらめたが、まさか再び我が社にお鉢が回ってくるとはな。これもかもしれん」

「はは、だとしたら、リンター教の神様もずいぶんと回りくどい事をされるものですね。最初からコンペに勝たせてくれていれば、何も問題がなかったのに」

「だがそれだと、彼はこの場にいなかった。違うか?」


 エクマ君は絵本を読み終わって、今度はシィと一緒に料理をする事にしたようだ。何もかもが初めての経験なのだろう。シィが手取り足取り野菜の切り方を教えているが、手元が非常に危なっかしい。

 とそこで、エクマ君はマギデバイスを取り出す。何をするのかと思えば、マギを使って野菜を切り始めた。空中で細切れになっていく野菜を見て、シィが笑顔で手を叩いている。


「……それはつまり、彼がここにいるのも神様の思し召しという事ですかね?」

「ああ。夢だった会社を立ち上げられたのも、そして――バンペイと出会えたのも、な」


 彼女の横顔にドキリとする。


 エクマ君とシィが戯れている様子を見て頬を緩ませるボスは、いつもの社長らしく振る舞う気張った様子のない自然体だった。彼女の柔らかい表情が、僕の心臓の鼓動を早めた。


 あと一歩、彼女に近づけば、何かが変わる気がする。


「ん? どうした、バンペイ?」

「い、いえ……」


 しかし僕には、その一歩が遠すぎるのだった。


 神様、どうせなら、僕にもう少しだけ勇気をください。

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