073 - hacker.express(himself);

 強烈な印象を残して去っていったポンゴ枢機卿を見送り、僕とシスターはその場で別れた。あの分だと枢機卿は契約破棄がシスターの責任であるとして徹底的に糾弾するつもりだろう。シスターは何も語らずに微笑んでいたが、一体どうするつもりなのだろうか。


 パールと合流してオフィスに帰る途中、治療マギサービスで回復したと思われる人達を見掛けた。彼らは一様に笑みを浮かべており、看護のために走り回っていた神父、シスターらに感謝を告げている。さながら野戦病院のようになっていた教会の内部も、今ではすっかり静寂を取り戻しつつあった。

 ボスの言う通り、今回の事件は改めて治療マギサービスの重要性を浮き彫りにした。結果として、かえって運営主体のリンター教の存在感を高めたかもしれない。国は、次第に存在感を増すリンター教を目の上のたんこぶのように思っているだろう。


 シスターに呼ばれてオフィスを出た時は昼頃だったが、すでに辺りは薄闇に包まれつつあった。王都の治安はそれほど悪くないが、さすがに女の子を一人で帰すわけにもいかない。パールを自宅まで送ってから、オフィスに帰る事にした。


「ええっ? 師匠にそんなお手間をおかけするわけには……」

「はいはい。いいから、さっさと帰ろう。きっとご両親も心配してるよ」

「ううー、パパに怒られそうです」


 どうやらパールの父親はしつけが厳しいようだ。門限に遅れたのは僕の責任でもある。ちゃんと理由を説明して謝らなければならないだろう。


 パールの自宅に向かう途中の人気の少ない通りに差し掛かった時、不意にが聞こえた気がした。何を喋っているのかわからないが、ごく小さな声だ。


「……ん?」

「どうしたんですか、師匠?」

「いや、なんだか声が……」


 声は建物と建物の間の小さな隙間から聞こえてくるようだ。近づいてみると少し声がハッキリとした。か細く、今にも消えてしまいそうな弱々しい声だ。


「これは……」

「や、やだ。かわいそう……」


 隙間を覗いてみると、そこには傷ついて血を流している『鳥』が地面に横たわっていた。青と白の羽のコントラストが鮮やかな美しい鳥だ。きっと空で自由に飛んでいる姿は優雅なものなのだろうが、今は血でところどころが赤く染まっている。

 まだ息はあるようだが、かなり弱っているようだ。僕達が近づいても反応する気配はない。ピー、ピーと弱々しく助けを呼ぶように鳴いている。


「きっと他の鳥にやられちゃったんですね……」


 パールがポツリとつぶやく。鳥類は縄張り意識が強い動物だ。外からやってきたよそ者には苛烈な攻撃を加える事がある。この傷つき方を見ると、集団から寄ってたかって攻撃を受けたのかもしれない。

 この世界の一般道徳でも、こういった傷ついた小動物には哀れみを持って接するのが普通だ。しかし、人間の医療すら発達していないため、獣医というものは存在しない。畜産に携わる人が経験と勘で対処する程度だろう。こういった野鳥や野犬、野猫の類が傷ついていても、高額な治療マギサービスを使ってまで治すわけでもなく、せめて楽にしてやる程度の対応が一般的である。


 僕はおもむろにマギデバイスを取り出した。


「し、師匠? そ、その……楽にしてあげるんですか?」

「そうだね。このままだと辛いだろうから」


 パールが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。だが、彼女はきっと勘違いしている。


 理論はすでに頭に入っている。後はアウトプット書き出しするだけだ。

 真っ白なスクリーンを開いてコードを書き始めた。他人のコードを読むのではなく、自分のコードを書くというのは、やはり気持ちが良い。あっという間に没頭し、パールの声も届かなくなる。


 狭い路地裏の空間が、広くて真っ白なコードの地平へと変貌する。

 白いキャンバスに絵の具を塗っていくように、一筆加えるごとにコードは表情を変えていく。まるで一枚の絵を描き上げるように、コードに手を加え、時には視点を変え、時には描法を変える。


 『ハッカーと画家』というエンジニアの間では良く知られた名著がある。その一節では、一見共通点がなさそうなハッカーと画家がよく似ているという作者の主張が書かれている。どちらも『もの創り』という行為を行なう創作者クリエイターだというのが理由だ。

 この作者の主張には、ハッカーとは『科学者』ではなく『創作者』であるべきだ、という意味も含まれている。科学者は数式で自分の考えを表現する。しかし、果たしてそこに本当に『自分』が含まれているのだろうか。科学では、『誰がやっても同じ結果になる』という再現性と客観性を重視する。それはつまり、主観である『自分』を極力排除する事に重きを置いているという事ではないだろうか。

 コードにも客観性は必要だ。しかし、ハッカーは単にコードを書きたいから書いているのではなく、何かを創りたいからコードを書いているのだ。だからこそ、そこに『何を創るか』という自己表現が生まれる事になる。優れた画家がそうであるように、優れたハッカーも自己をコードで表現する事に長けているのだ。


 しかし僕はこの作者の主張に全面的に同意するわけではない。ハッカーの創造行為は確かに芸術に近い。だが、僕の尊敬するハッカー達が生み出した作品は、芸術作品のように高尚なものではなく、誰でも理解し、誰でも使えるような当たり前で普遍的なものが多いからだ。そういう意味で、僕はハッカーとは芸術家であり同時に科学者でもあるべきだと考えている。


 誰でも理解でき、誰でも使える作品にこそ、僕は価値を感じる。


 芸術と宗教はその長い歴史の中で切っても切れない関係がある。理由は色々とあるだろうが、芸術が人間に与える影響が、宗教にとって都合がよく便利なものだから、というのが大きいだろう。今のリンター教と治療マギサービスの関係も似たようなものかもしれない。

 布教のためにマギサービスが利用されるのは別に悪い事だとは思わない。だが僕が悲しく思うのは、治療マギサービスが『誰でも使える作品』として扱われていない事だ。ニシキさんではないが、それは本来のマギサービスのあるべき姿ではないと思う。


 だからこそ。


 僕は、書き終わったコードを【ラン】と唱えて実行する。

 マギデバイスは白く輝き、僕の『自己表現』を現実へと描き出す。


「し、師匠……!」

「実物を読んだしね。再現するだけなら、そう難しくないよ」


 倒れていた青い鳥の傷はみるみる間に癒えていき、弱々しかった鳴き声は「ピッ、ピピッ」と戸惑うようなものになった。あっという間に傷は完全に癒え、鳥はパタパタと翼を確認するように動かしている。

 そのまま羽ばたき始めて、青い鳥は空へ飛び上がった。ところどころまだ赤く染まっているが、自分で水浴びするなりして落とすだろう。鳥はそのまま二、三度僕達の頭上をぐるりと回ってから大空へ羽ばたいて消えていった。今度は縄張りに引っかからなければ良いが。


「ち、治療マギサービス……い、いえ、マギサービスではなく、治療マギ、ですね!」

「うん。きちんと動いたね。よかったよかった」

「な、な、何を言ってるんですか! いくらコードを見たからって、治療マギサービスをこんな簡単に再現しちゃうなんて……! これが世間に知られたら……」

「ははは。別に公表するつもりはないよ。いくら自分で書いたコードだといっても、どうしたって盗作を疑われちゃうからね」

「うー、でも……」


 パールは不満があるようだ。僕だってできるものなら安価な治療マギサービスとして提供したい。でも、それは創作者の端くれとしてのプライドが許さない。このコードは確かに僕がこの場で書き、自己表現したものだ。だが、その原案とも言うべき部分は教会の治療マギサービスのコードから得たものである。


 結局その場では作り上げた治療マギの扱いを保留とした。このマギの扱いはボスとも相談するべきだろう。不満そうなパールを連れ、更に暗くなってきた中パールの自宅へ急いだ。


//----


「バッカモォン!! 何時だと思っておるんだ!!」


 落雷のような大声が僕達に襲いかかる。


「ご、ごめんなさーい……」

「す、すみません……」


 僕達は平謝りするしかない。パールの父親と会うのはこれが初めてだが、この出会いはなかなか忘れられないだろう。

 パールの父親はいかにも頑固者といった雰囲気を出しながら腕を組んでいる。口元には髭を生やし、頭頂部は少し寂しくなっている。髪色が黒いが、パールのライトブラウンの髪色は母親側からの遺伝だろうか? 親子のはずなのだが、パールとは似ても似つかない。


「パパ……あのね、帰るのが遅れちゃったのは理由が……」

「それは電話で連絡のひとつもできない理由なのか?」

「う……その……連絡するの忘れちゃってて……」

「遅れるのなら連絡くらいよこさんかぁ!! バッカモォン!!」

「ひ〜! ご、ごめんなさ〜い!」


 僕も謝る事しかできない。未成年を連れて行動しているのだから、保護者に連絡の一つも入れさせるべきだった。非常勤とはいえ教師を勤めているというのに、これでは教師失格である。


「で、そちらの方はどなただ? 迷惑をお掛けしたんじゃないだろうな?」


 父親は腕を組んだまま僕にチラリと視線をやってパールに尋ねる。


「あ、あのね。マギアカデミーの先生なんだけど、私の師匠でもある、バンペイ=シライシさんだよ」

「なに? 師匠だと?」

「うん。すっごい人なんだよ。私からお願いして弟子入りしたの。マギランゲージの達人で、ほら、この前の王様の演説で『マギハッカーの再来』だって認められてた人だよ!」

「……ほう」


 父親は腕を組むのをやめて、こちらをジロリと見る。


「は、初めまして、バンペイ=シライシです。この度は大事なお子さんの帰りが遅れてしまい申し訳ありませんでした。僕が緊急の仕事の手伝いをお願いしたのです」

「仕事のために未成年の娘を連れ回すのはいかがかと思いますがな」

「全く仰る通りです。僕の配慮が足りませんでした」


 恐縮しきりである。こういう怖そうな父親とはあまり接した事がなかったのだが、プレッシャーが大きい。背後にゴゴゴゴと擬音が聞こえてきそうな威圧感を感じる。


「それに不肖の娘が仕事のお役に立つとは思えませんが」

「い、いえ。そんな事はありませんよ。お子さんは同年代の学生と比べても実力は抜きん出ています。正直、こちらに来て僕が会った中では最高のマギエンジニアです」


 おべっかではなく本音である。もちろんシィの父親やボスが出会った謎の女性は勘定に入れてないが。

 僕からの思わぬ言葉にパールは目を見開き、父親もまた驚いたようだった。


「し、師匠……!」

「ふむ……娘が人の役に立ったというのは未だ信じがたいですが……どうやら、本当のようですな」

「ええ。今日の緊急の仕事というのは、治療マギサービスが停止した問題を修正していたのです。お子さんのおかげで随分と修正までの時間が短縮できたと思います。人命が掛かった非常に重要な仕事でした」


 これも本当だ。二人で分担したおかげで自分の担当範囲に集中できた。要した時間は半分とまでは行かないが、大幅に短縮できたのは間違いない。

 今回の仕事は公式なものではなかったので守秘義務等はない。だからといってあまりペラペラと喋るべきではないが、この事実はどうせすぐに広まるだろう。


「……感心しませんな」

「は?」

「感心しない、と言ったのです。仮に娘にいくら実力があったとしても、未成年で学生の身です。けっして責任ある仕事を請け負える立場ではない。ましてや人命がかかった仕事など尚更だ。もし、娘の手違いで死人が出たらどうするつもりだったのです。娘は一生その事を悔やんでいたでしょう」

「……た、確かに……仰る通りです。完全に僕の短慮でした……」


 反省するしかない。言われてみれば完全にその通りだった。すっかり弟子として扱いながら気軽に仕事を手伝わせていたが、今回のような重い責任が発生する仕事を手伝わせるべきではなかった。どうやら僕は、まだまだ指導者として半人前のようである。


「パパ! そんな風に言わなくてもいいじゃない!」

「バカモン! まだまだ半人前のお前が、人様の命にかかわるような仕事をしていいわけがないだろう! 仕事を甘く見るんじゃない!」

「う……うう……パパのバカぁ!!」


 パールはそう叫ぶと家に飛び込んでいってしまった。

 後に残された僕と父親の間に気まずい空気が漂う。


「ふぅ……やれやれ。まだまだ子供だ」

「本当に申し訳ありませんでした。今回の件は全面的に僕の落ち度です。それに、お子さんには度々仕事を手伝って頂いていたにも関わらず、ご両親にご挨拶ができておりませんでした」

「ああ、それはもういいのです。それよりも、娘が弟子入りなどと言い出して、そちらに迷惑を掛けていないでしょうか?」

「迷惑なんてとんでもないですよ。いつも非常に助かっています」

「そう、ですか……あの娘が……」


 どうやら父親はパールが出来の悪い娘だと思い込んでいたようだ。無理もないかもしれない。上位クラスに所属しているとはいえ、成績はマギランゲージを除けばビリに近い。さらに言えば、いくら男女差別が少ない王国内でもマギランゲージ好きの女性なんて非常に珍しい。どうしても色眼鏡で見られがちだ。

 そして、親というのは意外と子供の成長に気がつかないものなのかも知れない。毎日顔を合わせていれば、どうしても緩やかな変化には気づきにくい。


「シライシさん、と言いましたかな?」

「は、はい」

「私には、その、マギエンジニアというのはよくわからんのですが、シライシさんを見る限り責任のあるしっかりとした仕事なのでしょう」

「え、ええ……。マギエンジニアは皆の生活を支える重要な仕事ですよ」

「娘がそのような大事な仕事を将来の道に選んだのであれば、私としてはしっかりと応援してやりたい。今回のような人様の命に関わる仕事だって、いつかは経験しなければならないでしょう。さすがに学生の身には早すぎるが、経験しておくに越した事はない」


 この父親は随分と仕事に対するプロ意識と責任感が強い。いわゆる『職人気質かたぎ』というやつだ。その姿勢は非常に参考にすべき点が多いだろう。ハッカーは芸術家や科学者であるとともに、職人でもあるからだ。それも、技巧に走った職人ではなく、当たり前の事を当たり前にやる職人だ。


「あの引っ込みがちな娘が自分から弟子入りを言い出していたなど思いもよりませんでしたが、きっと娘なりに考えての事でしょう。まだまだ未熟者ですが、お役に立つというのなら使ってやってください」


 そう言って父親はガシリと僕の手を掴む。


「シライシさん。娘のご指導、よろしくお願いします」

「……はい!」


 父親からの子供を思う熱い気持ちに、僕はしっかりと頷いたのだった。

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