045 - hacker.throwAway(CommonSense);
「な、なんだこれ!?」
「スクリーン……みたいだけど、文字が書いてあるわ!」
「詳説・マギランゲージ……? 著・バンペイ=シライシって、これ先生の名前だよな?」
教室はいよいよ騒がしさを増してきた。最初のつかみはバッチリだと思ったが、どうやらちょっとやりすぎてしまったようだ。
手を鳴らして生徒達の注目を集める。
「はいはい、静かにね。今みんなの手元に出てきたのは、僕が書いたマギランゲージの解説をまとめたものです。スクリーンをマギデバイスでなぞれば、ページを進める事ができるから」
「おおっ! ほんとだ!」
「すげー、なんだこれ!?」
生徒達は自分のマギデバイスでスクリーンをあちこち触って、いちいち大げさに驚いている。いや、無理もないのかもしれない。この世界にはコンピュータもスマートフォンもないのだから、当然ながら『電子書籍』なんてものは想像すらしたことがないだろう。
どうせ授業するなら、ちょっと変わった趣向を凝らしたいと考えて、思いついたのが電子書籍による授業だった。こちら風に言うならば『マギブック』と呼ぶべきだろうか。マギデバイス上で作成した書籍を、みんなの手元に表示しているのだ。
もちろん、提供する予定のスキャナとデータベースのマギサービスを使えば、同じ事が他の人にもできるようにしてある。メールで送る事すら可能だ。一気にペーパーレス化が進むかもしれない。
「じゃあ、まず最初の目次やらは飛ばして、7ページを開いてください。というか、開かせます」
そういって【コール・セットページ・7】とつぶやくと、開かれたマギブック達は一斉に7ページを表示する。生徒達は手元のスクリーンの表示が切り替わったので、またしても驚く。
「始める前に言っておくけど、この特別授業では、恐らく君達は今まで見たことも聞いたこともないような経験や説明を多く目に耳にすると思う。いちいち驚いてたらキリがないから、早く慣れてね」
「そ、そんな無茶な……」
「ちょ、ちょっと待って下さい先生! このスクリーンは一体どういう仕組みで……」
「あ、スクリーンの仕組みに関しての説明はあとでするから、とりあえず授業に集中するように」
先ほど本当にマギハッカーと呼ばれているのかと質問してきたガリ勉タイプの真面目な生徒が、興奮した様子でスクリーンの仕組みを聞いてくる。どうやらマギブックは彼の琴線に触れたらしい。
「わからないところや質問があれば、あとでまとめて聞きます。あ、それと僕の授業はあとでいつでも見られるようにしておくから、復習したい人は見てください」
「いつでも見られる……? どういう事だ?」
「ああ、そうか。えーとね、ほら、こんな風に」
そういってマギデバイスを操作すると、新たなスクリーンが開かれる。そこには、先ほど生徒達の手元にマギブックが現れた時の様子が映し出された。
「え、あれって俺たちか……?」
「やだ、私ったら変な顔してるー!」
「さっきの僕達がスクリーンに写ってるんだ!」
授業の記録のために教室に入ってから一切を録画しているのだ。仮想的なカメラの位置は、少し離れて僕達を俯瞰できる場所にセットしてある。
そういえば僕につっかかってきた不良っぽい生徒は、今のところ大人しくしているようだ。映像の中で彼はマギブックを見て口を大きく開いている。
「こんな風に僕の授業の様子は全て記録しておきます。皆も写っちゃうけど、まあ我慢してね。こうやって記録しておけば、誰がどんな質問をして、どんな答えが返ってきたのかもわかるしね」
「すごい……」
「なんなんだこれ……ありえないぞ……ありえない……」
うーむ、いちいち驚かれてしまったら授業にならない。さっさと慣れて欲しいなぁ。
「じゃあ、7ページを読みますね。えー、マギランゲージは神秘的で謎が多く、非常に難解である。この考えをまず捨てる事から始めましょう。マギランゲージは簡単です」
「は……?」
「簡単なわけねぇだろ……」
「簡単ですよ。マギランゲージは『全てがモノに対する命令でできている』という事を理解していれば、たいていの事は難しくないはずです。簡単だけど、応用範囲が広すぎて奥が深いけどね」
首を傾げている生徒が多い。ピンと来ないという事は、よく理解していないという事だろう。視界の端にウンウンと頷いているパールが映り込む。彼女はこの辺りはしっかりと理解しているはずだ。
それにしても、こんな基本的な事を理解せずに、どうやってコードを書いているんだろうか?
「うーん、そこの君」
「は、はいっ」
先ほどから僕の授業に身を乗り出して食いついている真面目な生徒を指名する。
「君は例えばマギランゲージで『風を起こしたい』時には、どうやってコードを書いてるんだい?」
「先生、僕を試しているんですか? そんなものは簡単です。すでにある他の風を起こすコードを使って、一部だけ書き換えればいいんです」
「そ、そうなんだ……。それだと、他のコードが参考にできない場合はどうするんだい?」
「近いコードを探して、欲しい効果が得られるように見当を付けて修正します。例えば、風を起こしたいなら、火を起こすコードを使って『火』を『風』にするよう書き換えたりなどです」
それは完全に予想の斜め上、いや斜め下の回答だった。
どうりで新しいマギサービスが生まれにくいはずである。既存のコードを修正して使うという事は、既存のコードの枠を大きく外れたマギは創り出せない。
自信満々に答えてくれた彼には申し訳ないが、想定していたよりもだいぶ基礎からやり直さなくてはならないようだ。
僕の失望が顔に出てしまったのか、彼はムッとした表情になって反論してくる。
「どうやら僕の答えはお気に召さないようですね。先生はどのようにしてコードを書いてるんですか?」
「そんなもの簡単だよ。『風』に『吹け』と命令すればいいだけじゃないか。こんな事を書くのに、どうして他のコードを参考にする必要があるんだい?」
僕にとって当たり前の事を言うと、彼は呆れた表情になる。
「はあ、それは先生だから書けるのでは? あんなに長いコードを何も見ずに一から書けるはずがないじゃないですか」
「ん?? ちょっとまって。長いコード? 風を吹かすだけなら、一行、長くても二、三行あれば十分だろう? 言うほど長いかな?」
「先生は何を仰っているんですか? 知られている風を吹かすコードは確か、二百行ほどだったと思いますが」
風を吹かすだけのコードが二百行? ありえない。
いや、そういえば、最初にマギランゲージを学び始めた時に読んだ本にも、風を吹かすコードとして百行以上のコードが書かれていたな……。やたら回りくどくて無駄な記述がいっぱい入ってたから、なんでこんな冗長なコードを書いているんだろうと首をひねった記憶がある。
そのコードを参考にして、無駄を省きつつ水を生成するマギを作ったのが初めてのマギ開発だった事を思い出す。あの時のボスが驚いた顔は今でも目に焼き付いている。
その水生成のマギサービスといえば、最近作られたマギサービスだとボスが言っていたはずだ。最近のコードならまだマシなのかもしれない。淡い期待をもって尋ねてみる。
「じゃあ、水を作るのはどうだい?」
「ああ、著名なマギエンジニアが苦心の末に生み出した有名なコードですね。確か四千行を超える力作だったかと思いますが。あのコードはとにかく難解で、僕にはちっとも理解できませんでしたが……」
僕は水生成のマギを五行で書いたんだけど……。その事を彼に言ったら卒倒でもしそうだ。
「はぁ。よくわかった……。どうやら問題があるのは周りの環境のようですね。確かに何事も模倣から始まるものだけど、いつまでも模倣するだけでは何も新しいモノを生み出す事などできません。君達には、何かを『創り出す』事の楽しさを学んでもらいます」
「創り出す……マギを?」
「マギランゲージが楽しいわけないだろ……」
「せ、先生、マギランゲージというのは模倣して書くというのが常識ですよ?」
そんな声に他の生徒達も頷く。
僕はニッコリと微笑んで、ゆっくりと一語ずつ発音する。
「そんな常識は、窓から、投げ捨ててください」
//----
こうして最初の特別授業は生徒達に多大なるショックを与えて終了した。
彼らのつまらない常識を粉々に打ち砕くために、僕がこれまでに書いてきたコードを見せて一つ一つ解説していったのだ。解説の間、生徒達からは始終悲鳴にも近い声が上がっていた。恐らくノートなりメモなりとっていた生徒はほんのわずかだろう。授業を録画しておいて本当によかった。
水の生成が五行でできると知った時の生徒達の驚きようといったら、CPU使用率100%のコンピュータみたいだった。恐らく中では様々な葛藤があるはずだが、フリーズしてしまって動かなくなってしまったのだ。ありえないを連呼する様は、どこかの誘拐の黒幕を思い起こさせる。
最後にはぐったりした様子の生徒達を見回して「次の授業までに、今日解説したマギをどれか一つ、自分なりのアレンジを加えて再現してみせる事を宿題とします。オリジナリティが高いほど高得点です。得点が低かった人には罰ゲームも用意してるから頑張ってね」と告げると、今度こそ本当に悲鳴があがった。
なかなかの荒療治ではあったが、生徒達には良い刺激になっただろう。なったに違いない。期せずして学校長の期待通りの結果になったわけだ。
「ずいぶんと楽しい授業だったようですのね? 生徒達の声が絶え間なく聞こえてまいりましたけれど」
職員室に戻ってくると、デルフィさんが待っていましたとばかりに話しかけてきた。どうやら、彼女は一時限目に授業がなかったらしい。
「すみません、うるさかったでしょうか。ちょっと生徒達には刺激がある授業をしていたもので。なにぶん、初めての授業でしたので加減がわかりにくくって……」
「いいえ、いいえ。よろしいのですよ。生徒達に刺激を与えるのがシライシさんのお役目ですもの。多少大きな声が出てしまうのは仕方ありませんわ。それにしても、あの普段やる気のない生徒達があんなに騒いでいた授業の方に興味がございます。きっと素晴らしい授業に違いありませんもの」
「は、はあ……僕の授業でしたら、録画したものがありますのでご覧になりますか?」
「まあ、録画、ですか?」
首を傾げるデルフィさんに、生徒達に見せたのと同じように授業を録画した動画を見せると、デルフィさんは口元に手を当てて「んまぁ!」と驚いた様子だった。
「これは素晴らしいですわシライシさん! こうして授業を見返す事ができるのでしたら、生徒達は自分のペースで勉強ができますもの! ああ、なんという事でしょう。わたくし長い間この学校で教師を務めておりますが、マギでこのような事ができるなんて存じ上げませんでした! これは教育における革命ですわ! ああ、どうしましょう!」
怒涛の勢いでデルフィさんが大げさにまくし立ててくる。しまった、ただでさえ早口で饒舌なのに、興奮するといつもの三倍ぐらい口が動き出す。どうやらデルフィさんは教育の事となると熱くなるようだ。
一方的にペラペラと喋り続けるデルフィさんを前に、どうしたものかとオロオロとしていると、背後から笑い声が聞こえてくる。
「はっはっは! 相変わらずようけペラペラと動く口じゃのぉ!」
現れた救いの神、ニシキさんは僕の肩に手をかける。ゴツゴツとした手の感触が岩のようで、この人は一体なにをしてる人なんだっけと考えてしまった。少なくともマギエンジニアの教師には見えない。
「ほんで初めての授業はどうじゃった? わしゃあ、初めての時はぶち緊張したけぇ」
「そうですね、初めてなのでやっぱり緊張しましたけど、それよりも生徒達の現状にちょっと驚いてしまって……」
「ほー、生徒の現状たぁ一体どんなもんかのぅ?」
「なんでも、一からマギランゲージでコードを書かずに、他のコードを持ってきて、それを直して使っているとか。そんな非効率的なやり方が当たり前になっているなんて、とても信じられませんでした」
「……のう、バンペイの。そいつぁ、あんまり大きな声で言うたらダメじゃ」
「え、どうしてですか?」
「よう考えてみんさい。ここにいる先生達はみーんなそのやり方でコードを書いとるけぇのぅ。バンペイから見とると非効率なんもわかろーが、みんながみんなパッパとコードを書きおるわけじゃなかろうからのぅ。当たり前にやっとった事が非効率的だぁて言われたら気分悪ぅなるけぇ」
「あ、そ、そうですよね。すみません。無神経な発言でした」
確かにニシキさんの言う通りだった。やり方なんて人それぞれで、それが非効率的だとしても他人から指摘されるとイラつくものだ。ただでさえ職員室でも教室でも浮き気味なのに、これ以上浮きまくってしまうのはまずい。
「いいえ! バンペイさんの仰る通りですわ! 我々はそろそろやり方を見直すべきなのです!」
だというのに、空気を読まない人がここにいた。
どうやら生徒達だけではなく、教師達の意識改革にも手を着ける事になりそうだ。
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