035 - hacker.encourage(boss);

「わっ! すごい! すごいですっ!」


 我が社のオフィスの中に黄色い歓声が響く。ますます女所帯に近づいていて、男の僕は肩身が狭くなっていく一方な気がする。

 ボスに勧誘されたパールはホイホイとオフィスへやってきた。手ぐすね引いて待ち構えていたボスは、パールにあの手この手で迫っていく。傍から見ていると、無邪気な兎が猟師の仕掛けた罠に自分から近づいていくように見える。


「どうだ、我が社の最高技術責任者CEOはすごいだろう? 非常識だろう?」

「はいっ! 自分で転移マギサービスを再現しちゃうなんて……バンペイさんスゴすぎますっ! 尊敬しちゃいます!」


 猟師の猛烈なアピールに、パールがキラキラとした目で僕を見てくる。最初に電話ごしで会話した時は、少し僕に似ているかなと思ったけど、そんなことは全然なかった。グイグイと近づいてくるので非常に心臓に悪い。具体的には柔らかい感触が当たっているのだ。

 ボスはそんな狼狽える僕を見てニヤニヤと笑っている。この人はパールを籠絡するフリをして僕まで陥れようとしているのではないか。うまく働かない頭の片隅でそんな考えも浮かんだが、すぐ目の前にあるパールの顔が近すぎて脳内回路がショートサーキットしている。


「あのっ! ここはどうやって作ってるんですか!?」

「あ、ああ……えーと、ここが座標を計算してる部分なんだけど……」

「わっ……なんですか、この複雑な……マギランゲージ? あれ、マギランゲージじゃないように見えますけど……あ、これがバンペイさんが言ってた『高級言語』ってやつなんですね!」

「うん。まだ名前は付けてないけど、オリジナル言語だね」

「本当に自分で言語まで作っちゃうなんて……あ、あのっ!」


 パールは身体を僕の方に向き直すと、僕に向かって深々とお辞儀する。


「お願いします! わたしを弟子にしてくださいっ!」


 突然の弟子入り志願に困惑を深める僕だったが、パールは頭を下げたまま動かない。答えなければいつまでもこうしていそうだ。

 どう答えたものか考えていると、ボスの「しめたっ」という顔が目に入る。どうやら僕までもが猟師の罠にしっかりとハマっていたらしい。どう考えても断れる雰囲気ではないが、高校生ぐらいの女の子を弟子にするなんてぞっとしない話だ。

 そこで、僕はとっさに一計を案じる。


「……いいよ、と言いたいところだけど、弟子ともなると責任重大だからね。簡単に引き受けられる事じゃないかな」


 僕がそう切り出すと、パールは顔を恐る恐る上げて残念そうな顔を見せる。黒縁メガネの大きな目が悲しげに垂れ下がっている。恐ろしくてボスの顔は見れていない。

 僕は指を一本立てて、パールへと続きを話す。


「だから一つ条件を出したいと思う。これを君が達成できたら弟子にしてあげてもいいよ」

「本当ですかっ!? なんでもやります! 達成してみせます!」


 またしても笑顔になってグイグイと食いついてきたパールを押さえるのに苦労しつつ、ふとボスを見ると「グッジョブ!」と言わんばかりの笑顔を浮かべていた。しかし、まだ僕の条件を説明したわけではない。

 ボスの期待を裏切るようだが、そんな易しい条件を出すつもりなんて毛頭ないのだ。なにせ僕の心の平穏がかかっているのでこっちも必死である。もちろん達成できそうにない条件を出すつもりはないが、やる気がない、向上心がない相手を弟子にするつもりもない。


「僕からの条件は、僕の作ったプロトコル通信手順に従って、電話マギサービスの『自動応答サービス』をなんでもいいから一つ作り上げることだ」

「自動応答……ですか?」


 僕から出された条件に首を傾げるパール。


「うん。特定の電話番号に電話を掛けると、それは誰か人につながるのではなくて、マギデバイスが勝手に応答するんだ」

「勝手に応答……それはもしかして……」

「そうだな、例えば『時報』というものがある。そこに電話を掛けると常に現在の正確な時間が流れ続けている、というだけの簡単なものだよ。まあ僕達にはマギデバイスがあるから、時間を知るなんて簡単だけどね」


 マギデバイスには現在時刻を見せてくれる機能がついている。だから時計のようなものは発明されていない。地球では正確な時刻を調べるのに重宝する時報サービスだが、マギデバイスの時計は全て一秒の狂いもなく同期されているようなので、需要はないだろう。


「わかりました! つまり電話を使ってマギサービスのように様々なサービスを提供する事ができるんですね! あ、だからプロトコルに従って、という事なんですね?」


 相変わらずの理解力でパールが即座にこの条件の本質に気がついてみせた。

 そう、プロトコルに従って、というところが重要だ。自分で作り上げたプロトコルではあるが、コードとは違ってその品質にそこまでの自信を持っていない。地球のものを参考に過不足なく仕上げたつもりではあるが、いざプロトコルに従って通信機能を作ってみると手順が足りなかった、という事も普通にありえる。

 自動応答サービスというのは、プロトコルを策定した際に考慮に入れたつもりだが、まだ自分の手で作ってみたわけではないため、作る必要があると考えていた。

 しかし僕は現在、別の仕事で手一杯だ。そこでパールの出番というわけである。彼女は自分で通信内容を『キャプチャ』してみせるなど、どうやら通信方面に強い興味を持っており適性も高い。

 弟子入りの条件として仕事を手伝わせるようで悪いかもしれないが、別にできなくても失敗しても問題ないのだ。期日も特に決めるつもりはない。全ては彼女のやる気と向上心、そして理解力にかかっている。


「うん。プロトコルに従って、もし足りない部分や問題があったら教えてほしいな。作る自動応答サービスはパールに任せるけど、アドバイスとしてはなるべく単純なものの方が良いと思う」

「わ、わかりました! 考えて作ってみます!」

「あ、そうそう。それを作るのにぜひ、僕が作った『高級言語』を使ってみてほしい。これは別に強制ではないけど、きっとそっちの方が楽だと思うよ」

「やった! 使わせていただけるんですか!? ありがとうございます!」


 言うなればこちらもテストに近い。テストといっても学力テストのようなものではなくて、僕が作った高級言語に対する『動作試験』だ。

 プログラミング言語というのは、作ろうと思えば実は簡単に作れる。問題は作った言語がまともに動くかどうかなのである。マギランゲージとは違い、高級言語となると足し算引き算といった基本的な部分だけではなく、例えば三角関数のような応用的な機能が多数付属している。

 付属機能は多岐にわたるため、どうしても普段使うものと使わないものが出てきてしまう。もちろん自動テストによって品質は担保しているが、自動テストというのはどうしても『機能が正しく動くか』に限定されてしまい、そもそもの『機能が使いやすいか』『足りない機能がないか』といった部分には目がいきにくい。

 そのために、テスターと呼ばれる職業の人達がわざわざ人の手で確認したりするのだが、パールにそこまで求めているわけではない。あくまでも実地試験として実際に使ってもらい、使い心地を確認してもらいたいだけだ。


 ユーザーに実際に使ってもらうのも立派なテストの一つだ。ユーザーが製品やサービスを使った時に得られる満足感や経験の事を「ユーザーエクスペリエンス」と呼ぶことがあるが、これを高めるには心理学や人間工学、人類学など様々な学術分野が密接に関連してくる。

 もちろん僕にはそういった学問を修めた経験はないわけで、門前の小僧が何とか見よう見まねでお経を読んでいるにすぎない。

 よほどの大企業やユーザーエクスペリエンスを重視する企業でも無い限り、学術的な製品デザインの専門家というのはなかなかいないわけで、世の中の製品の大部分はつまるところエンジニアやデザイナの素人兵法でできていたりするのだ。


「よしっ! ではパールが条件を達成できたら、我が社に迎え入れようではないか!」

「ちょ、ボス?」


 なぜかボスまでもが僕の条件に乗っかってきた。しかも、本人に了承も得ずに会社に入れる気満々である。


「わー、本当ですか? バンペイさんと一緒に開発できるなら……」


 パールの方も満更でもない様子だった。僕の方をちらちらと見てくる。なんだか『開発』が卑猥な単語に聞こえてくる発言はやめてほしい。


「パールはまだ学生の身だったな? では、インターン研修生という事で卒業までの間はしっかりと給与もだそうではないか」

「はいっ! あ、あの、がんばります!」


 拳をグッと握りしめてみせるパール。どうやら、僕の心の平穏が失われる日は遠くないようだった。


//----


「おにーちゃん、シィね、おじちゃんのところに遊びに行ってくるね!」

「うん。気をつけて行ってきてね。何かあったら電話するんだよ」

「うんっ! いってきまーす!」


 手を振りながらバレットと共にオフィスを後にするシィを見送る。

 シィはミミックの『おじちゃん』と仲良くなったようだ。童話を読んでもらったり、歌を教えてもらったりしているらしい。ミミックの男性の方も、自分を助けるために懇願してくれたシィに感謝していて、楽しく過ごしているらしい。

 一時は誘拐犯と人質の関係だったはずなのに、不思議な縁もあったものである。こういうのもストックホルム症候群と呼ぶのだろうか? ともあれ、シィが楽しそうにしているので、『おじちゃん』には感謝したい。


 パールはここのところ毎日オフィスにやってきては、あれこれと僕に尋ねてくる。電話でいいのに、わざわざ顔を見せにくる律儀な性格をしている。しっかりと質問したい内容を事前に要点をおさえてまとめてきているので、答えるこちらも楽なものだ。

 日に日に僕の設計したものや作ったものに対する理解を深めており、僕が出した条件が達成される日もそう遠くはないだろう。もともとマギランゲージに対する理解は、他の学生や企業の社員達と比べても頭一つ抜け出ていたので、こうなる予想はついていた。


 現在の僕は一人でオフィスのソファに腰掛けて新しいマギサービスの実装を進めている。課題だったメールの仕様も決定したので、あとはコードを書いていくだけだ。ここが僕にとって一番楽しい時間でもある。


「バンペイ!! 大変なんだ!」


 しかし僕の楽しい時間は突然の闖入者によって終わりを迎えてしまった。いつも通りボスがトラブルを持ち込んできたらしい。顔面を蒼白にしたボスが、やはりいつも通り僕にすがりつく。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「それが……それが、父様が! 父様が!!」

「落ち着いてくださいよ、ボス。最初から説明してください」

「父様が逮捕されてしまったんだ!!」


 逮捕? 思わぬ物騒な単語が出てきて硬直する。


「そ、それは、なぜ逮捕されたんですか?」

「それが……父様がマギサービス会社から、お金を受け取って便宜を図っていたと……をしていたって言うんだ! そんなこと、そんなことありえないのに!」


 激しく狼狽しているボスをなだめながら、まだ会ったことのないボスの父親の事を考える。ボスの話によれば周囲からの尊敬を集める人格者で、議員という職業に誇りを持っている人物だという印象しかない。あとは、ボスに対して非常に甘い父親だというところか。


「どうしてまた、いきなりそんな話になっているんです?」

「それが……どうやら原因は、私達にある、らしい……」


 そう言って俯いてしまったボスを見ていると心が痛む。


「私達が作った電話……どうやらこれを気に食わない者達が、父様を陥れたらしい、と耳にしたんだ」

「それはまた……しかし、陥れるといってもボスのお父さんは人格者として有名な人だったのでは? 汚職に手をだすような人ではないと、みんな知っているはずですよね」

「それがその、ほら、私が新しいマギサービスを出して発表してみせるなんて、大見得を切っただろ? それもたった二週間で。それを他の議員達も聞いていて、すっかり噂になってしまっているらしいんだ」


 ボスは溜息をこぼして続ける。どうやら心から悔やんでいるようだ。

 電話マギサービスの爆発的流行は議員達の間から始まった事はすでに僕達の間で発覚していた。恐らく電話マギサービスに惚れ込んだ議員達は、僕達が新しいマギサービスを作ると聞いて大いに期待を高めているに違いない。


「私が言うのもなんだが、父様が子煩悩である事は有名だからな。常識的に考えれば二週間以内にマギサービスなんて作れるわけがない。だから、他のマギサービス会社に依頼して、既存のマギサービスを少し改修して娘に渡してやる、と。それで、その会社と裏のつながりができて、汚職につながったとか……ありえない話だ!」


 ボスは怒りをあらわにしてテーブルに拳を叩きつける。

 明らかに作り話のはずなのだが、筋が通っているようにも感じられる巧妙な話だ。実際には、例えボスのためであろうと手を汚すはずがないのに、よほどボスが家を飛び出した時の父親の弱りようが有名だったのであろう。話に説得力を増している。


「ボスはその話を一体誰から聞いたんです? 陥れた黒幕までわかっているなんて、ずいぶんと詳細ですが」

「ああ、父様の古い友人で、同じ議員のオスカー氏に聞いたんだ。彼も非常に憤っているようだった……父様に限ってそんな事をするはずがないって」


 どうやらボスの父親を助けようとするのは僕達だけではないらしい。同じ議員の友人が力になってくれるなら心強く思えた。いくら王の下での三権分立が徹底しているとはいえ、議員の影響力は馬鹿にできない。司法だって世論に多少は影響されるだろう。


 それにしても、マギ・エクスプレス社につづいてまた別の会社か。会社が出来てから続くトラブルの陰には常に他のマギサービス会社、言い換えれば『既得権益者』と呼ぶべき人達の姿がある。

 マギ・エクスプレス社の幹部たちもそうだったが、僕達の新しいマギサービスを気に食わない層というのは一定数存在している。取り調べによると、マギ・エクスプレス社前社長の息子がシィの誘拐を目論んだのも、僕達のマギサービスが自分が継ぐ予定の会社にとって脅威になると感じたかららしい。

 多少の抵抗は予想していたとはいえ、身内が誘拐されたり逮捕されてしまうほどの悪辣な罠を仕掛けられるほどの事なのだろうか。


 とはいえクヨクヨしてはいられない。ボスの父親を助けるためには、僕達が動かなくてはならないだろう。父親とマギサービス会社の間につながりがない事など一番知っているのは僕達なのだ。


「まずは動きましょう、ボス。お父さんを助けるために」

「バンペイ……ありがとう」


 ボスに悲しい表情は似合わない。この笑顔に惹かれて、僕は会社に入ったのだから。

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