第2話 持ちつ持たれつ1
※ ※ ※
投身自殺をした生徒、自殺未遂をした生徒たちの写ったクラス写真、亡くなった警備員たちの写真、そして自殺の現場写真が、ローテーブルの上に並べられている。本来なら警察から持ち出されることがないはずのものだ。
写真を受け取ったのは協会から来た崇子で、最初に状況の把握をしなくてはならないのだが、彼女は直視することすらできずにいた。ちらりと目に入っただけで、見る気も失せてしまった。見るに耐えない惨状が写っていて、普通の人間が見たらトラウマになってもおかしくない。
校長たちとの話が終わって、彼らも去った後、蓮は宣言どおりに二人掛けのソファを占領して昼寝をしている。場所をとられた奏は、校長が座っていた場所に移動して、しげしげと写真を見ている。
スナップ写真のようなノリでひらひらと振りながら、奏が崇子に言う。
「お嬢さんさあ。この学校での怪奇現象とやらは、何が原因だと思ってる?」
崇子は机の上の写真を見ないように、視線を奏に向けて、少し困った顔をした。
「わたしからは今のところなんとも。今日到着したばかりですから」
「なーんだ。楽は出来ないってことか。でも見当くらいはついているだろ?」
つまらなそうに言った奏に、崇子は笑みを浮かべる。
「協会が巫女であるわたしを派遣したところを見ると、霊の類が起こしていることだともとれますね。ですが一方であなた方を指名したのですから、一概にそうとも言えない。要するに分かっていないのです」
「なんだそれー」
不満そうに、ぷうと奏が頬をふくらませる。
蓮には爺くさいと言われていたが、そんな仕草をするととても子どもっぽい。崇子は小さく笑みをこぼす。
「わたしの意見で良ければもう少し詳しく言えますが」
「なんだ、そんなものあるなら出し惜しみするなよ」
崇子は「すみません」と言ってから、続ける。
「現象と呼べるものは、この学校を中心に、結構な範囲に及んで起こっています。――一番被害の大きいのはやはり、人が多く、精神的にも霊的にも干渉されやすい年齢の子どもたちが集う
「やっぱり、霊の類ではないと思っている?」
「ええ。霊は人を食べません。人の仕業でないのならこれは魔族の仕業だと思います。自殺のようなことばかり起きていることを考えると、人を操るのが得意なものではないかと」
「ふうん」
奏はどこか楽しそうだった。唇をすうっと横に引いて、笑う。――奇妙、だった。一変した雰囲気に驚く間もなく、彼はすぐに、にこりと笑みを浮かべて崇子を見た。
「で、とりあえずどうするんだ? 計画とかたててるのか?」
年齢不詳だと思わせるのはこういうところだ。表に見せる感情がころころ変わるのが子どもっぽいようでいて、ほんの束の間見せる表情は、老成しているように感じる。
崇子はそもそも、よほど相手に慣れないと敬語が抜けない方だ。でもきっと、そうでなくたって、彼はどこかそうさせる雰囲気を持っている。校長が戸惑っていたように。
「私が地相師なら、現場から情報を読み出せるのですが。残念ながらそういった手合いの者がいないので、現場で何が起きたか分からないのは困りますね」
地相を読む、というのは通常、土地の吉凶を見ることだ。だが、この業界で地相師と呼ばれるのは、土地に強く残った記憶や情報を読み出すことができる者だ。非戦闘要員だが、事件に当たるには重要な役目だった。
「あ、悪い。俺もそういう系の能力はわからない」
「蓮さんはいかがですか?」
「俺にできないことは蓮にも出来ないと思う。同系統の能力だから」
「そうですか……」
そういえば崇子は「狩人」の二つ名を持つ彼らが、どういった能力者であるのかを知らない。協会からも知らされていない。ただ、その名だけが有名だった。
「とりあえず、元凶はいつもに校内にいるわけではないようですから、ここから完全に人がいなくなったのを確認してから、学校全体を外界から切り離そうと思います。外部から進入が可能で、出て行くことができない類の結界なら、閉じ込められるでしょう。そうすれば内部で多少のことが起きても、外に影響は出ませんし」
「学校全体を一人で?」
かなりの広範囲だ。呪符などの力を借りるにしても、一人でするには広い。
「それくらいの役にはたてるつもりですよ」
協会は、精鋭の集うところ。そうでなければ、国家権力と張り合うほどの――と言うべきか、その影響を受けずに立っていられるものではなくなる。
なるほど、と奏はしたり顔で頷き、笑った。
「俺らもできるだけ援助はするよ。サポートって言うんだっけ? 一応、協会には何かと世話になってるからね」
「やはり個人で営業するのは難しいですか?」
「まあね。俺みたいのは生きにくい世の中になったものですよ」
あっけらかんと少年は笑って見せた。
そう言えば、と、崇子は上司の言葉を思い出す。
協会は学校からの要請に、とるもとりあえず崇子を送り込んだ。
本来なら最低でも二人一組で動く。なのに、校長にも言ったように、別の大きな事件で人が出払っているせいで、人手が足りなかった。
この学校での事件は、被害が多い。放っておけば大きなものになりそうだったから、普通ならばもっと人員を整えるところだ。かといって他に手の空いている者もおらず、学校側から人員の増強を依頼されなくても、サポートを頼むつもりだった、と聞かされている。
しかし能力者で、個人で営業している者は、変わり者というか偏屈な人間が多く、協会が要請をしてもすぐ動いてくれるとは限らない。緊急の要請に応えてくれて、しかも相応の力の持ち主となると、限られてくる。
だけど、直属の上司に、彼らなら協力してくれるだろうと聞かされてきていた。やはりそれには事情があるのだろう。しかも協会は、同業者に対して高位置に構えているものなのに、「協力してくれるだろう」と、盟友に対するような言い方をした。
奏が自分の能力のことを口にしないことにも、関係あるのかもしれない。――なんとなく、彼は言い忘れているだけの気もしたが。
知っておくべきなのだろうが、崇子は突っ込んで聞けなかった。とりあえず笑みを返す。
「ギブアンドテイクですね」
「持ちつ持たれつって言おうよ。人情的でいいだろ。なんか、ギブアンドテイクだと、すげーゲンキンな感じするもん」
それなら、ウインーウインかなと思ったが、口にしない。
奏が変わらず、底のない笑顔を向けてきたから。――言ってしまえば、すっからかんの笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます