11.落伍

 その後、ナオミからの連絡はいつまで経っても来なかった。

 ロックフェス決勝の日だけが近づいてくる。

 スタジオに入ることがなくなったので、りぃは外に出る機会が減ってしまった。

 学校から帰っても引きこもる妹。

 そこで俺は、妹に路上ライブを再開させることにした。


 りぃを連れ、いつもの公園へ向かう。

 久々に出してきたアコースティックギターを抱きかかえ、ニッコリと微笑むりぃ。

 ただの天使だ。

 りぃは自分の好きな曲を何曲か歌った。

 俺はいつものように客席サイドで聴き入り、拍手する。

 穏やかないつもの日常。

 そして今度はオリジナルを歌い出す。


「涙は枯れて 言葉はもういらなくて 目に映るすべてを 許せなくても 愛せなくても 静寂に火を灯して……」


 アコースティックバージョンも久々に聴くと凄く良いな。

 しかしラララだけで歌ってた時も名曲だと思ったけど、歌詞が付き、楽器隊のアレンジが入り、バンドになるとまた全然違う魅力がある。

 こうしてるとナオミ姐さんの声も聴きたくなるな。


 そんなことを考えながら聴き入っていると、りぃの手が急に止まった。

 表情に悲しい影が走り、眉間にしわを寄せる。


「どうした……?」


 そして両手で顔を覆い、ついには泣き出してしまった。


「りぃ!? どっか痛いのか!?」


 慌てて立ち上がり、顔を覗き込むように尋ねる。

 するとりぃは、ぽつりと呟く。


「りぃのせい……」

「……なにがだよ?」


「りぃが入ったから、ヒロさん大変になったの……りぃがこんな曲作ったせいで……」

「っ……!」


 俺はりぃの頭をぎゅっと抱き寄せた。

 肩を震わせ咽び泣く妹。


「……お前のせいな訳あるか。お前は何も悪くないぞ。何も悪くない」


 ふざけんな。

 これだから人間関係は面倒くさいんだ。

 なんで俺の妹が泣かなきゃいけねーんだ。

 くそっ。

 バンドなんて断っときゃよかったんだ。

 今までの路上ライブで十分幸せそうだったじゃないか。

 なんでこんなことに……

 ヒロさんもヒロさんだ。

 リーダーだろ。

 こんなの納得いかねえよ。

 つか姐さんの奴、今どこでなにしてんだよ。

 イライラは加速し、誰もかれも腹立たしく感じてくる。

 そして俺は、自分に対する苛立たしさを抑えられないでいた――



    §



 翌日の放課後、俺はとある学校の校門の前にいた。

 ナオミ姐さんを待ち伏せているのだ。

 一言言ってやらねば気がすまねえ。

 ただでさえ目つきの悪い俺が険相な面構えで立ってるもんだから、下校の生徒たちに避けられながら。

 ヒソヒソと悪口を言われてるっぽいのも見える。

 何見てんだコラ、いてまうど。

 威勢よく啖呵を切る俺。

 もちろん心の中で。


 するとそこへ、金髪で毛先が赤毛な女が現れた。

 こんな奇抜なJK、あいつしかいない。


「姐さん……待ってましたぜ」

「ゲッ……兄貴くん!」


 俺を見るなり踵を返し、来た道へと逃げ出すナオミ姐さん。

 ゲッとはなんだ。

 走って追いかける俺。


「ちょ、来んな! 来んなって! シッシッ!」


 柱に隠れて追い払う仕草をするナオミ姐さん。

 バイキンでも見るような声をあげやがって。

 こんなの傍から見ればイジメだぜ。

 いや、追いかけ回してるのは俺か。

 この場合俺のほうがただの痴漢に見えるな……

 他所様の学校で何やらせんだ。


 その後、観念したナオミ姐さんがやっと出てくる。

 その頃には既に変な人だかりが出来ていたのだが。


「センコー来る前に逃げるぞ」


 ナオミ姐さんは俺の手をとり、校門を二人走って出る。

 つか、先公って呼んでる奴、漫画以外で初めて見たぞ。

 レアポケゲットだな。



「はぁはぁ……じゃあなっ!」

「ちょっとお待ち」


 俺の手を振りほどくと、また逃げようとするナオミ姐さん。

 すかさずNHK二の腕引っ張って拘束する。


「なんだよ、離せよ」

「スタ練、いつになったらするんすか」

「そんなの、もう必要ねえだろ! 啄木も言ってたじゃねーか!」

「ヒロさんとはちゃんと話したんですか」

「いや……なんか、忙しくてよ……」


 その言葉に呆れて、俺はナオミ姐さんの腕を離す。


「はい嘘。……このままでいいんですか」

「それは……いいだろ! もう、ほっといてくれよ!」

「ほっといてくれ……?」


 放っておいてくれだと!?

 俺とりぃを巻き込んでおいてまあなんということでしょう!

 住み慣れた我が家が匠により哀憐な空間に!

 さすがは魔界のエゴイスト!


「あのですね! 勘違いしてるようだから言いますけど! ぶっちゃけ俺だって二人がどうなろうと知ったこっちゃねーんすよ! バンドも解散しようが知ったこっちゃねえ! むしろ俺の妹を泣かせるようなバンドなんて消えればいい! 俺は妹さえ良ければいいんだよ! りぃが大好きなんだー!!!」

「……おーい。大丈夫か、シスコンエキスが漏れてるぞ……」


 そして俺はナオミ姐さんに迫る。


「続けるか、止めるのか! ……ハッキリしてくださいよ。逃げないでください。妹はずっと姐さんからの連絡を待ってます。毎日スマホを眺めながら悲しい顔をしてます。その顔を俺には……笑顔に変えてやる力がなかった。あいつはバンドの楽しさを知ってしまったんだ……」

「……」

「約束したじゃないですか、幸せにするからって。これ以上、妹を……りぃを泣かせないでください」

「……」


 そう言って俺は背を向けた。

 りぃの顔を思い出すと、言ってる俺が泣きそうになったんだもん。

 ナオミ姐さんは少しの沈黙後、口を開いた。


「……悪かった」

「そうっす、姐さんが悪いんっす」

「だから、すまんって! 容赦ないな! ……でも本当は、私だって終わらせたくないんだ。りぃと一緒にやりたい。みんなでああだこうだ言いながらやりたい。……………………ヒロと一緒に音楽をやりたい」


 こうしてナオミ姐さんは白状した。

 まあそう言うだろうとは思ってたけどね。

 美人なくせに少年のような人だとは思ってたから。


「その言葉、今すぐ妹に言ってやってください。そして……ヒロさんにも」

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