09.落月
「お疲れっしたー!」
「お疲れ様です!!」
予選通過に喜ぶメンバーたち。
エリカや箕面も、すっごく良かったよと感激してくれていた。
もちろん
その後、打ち上げのファミレスへと移動することとなった。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「あ、ヒロさん、俺も」
ライブハウスのトイレへ連れションに行く俺たち。
「いやー、ヒロさんかっこよかったすよー」
「そうだろそうだろ! ははは」
始まる前までは不安な表情をしていたリーダーのヒロさんだが、決勝進出が決まったとあって、笑顔が戻っている。
いやほんと、自信もって勧められるバンドだと思うよ。
「――本当にそう思っているのか?」
そこへ隣で用を足していたグラサン男が、ヒロさんに問いかけた。
ヒロさんは一瞬驚くも、知り合いだったようで、軽く会釈している。
「あ、どうもビリーさん」
「……誰っすか?」
二つ隣から顔を覗かせ尋ねる俺。
「確かに曲は良かった。声も良い。ルックスも映える。ただ……」
なんなんだよ。
またYummyの回し者とかだろうか。
俺を無視するオッサンにちょっとイラつく。
そこへヒロさんが俯きながら呟く。
「……わかってます、オレのギターっすよね」
「なんでっすか? めちゃくちゃうまかったっすよ? 俺、素人だけど、他のバンドのギターと比べても一目瞭然ってくらい巧かったし」
「そうだな。だが、そのギターのせいでボーカルを台無しにしているのも事実」
「……」
「ちょ、ヒロさん、俺今ナチュラルハイなんで。キレていいっすか?」
「いいんだ……この人は間違ってない」
「……決勝、楽しみにしてるよ。優勝することは無いだろうがな」
そう言ってグラサン男は立ち去った。
言いたいことだけ言って消えるとは。
何様のつもりだ。
手を洗うヒロさんに俺は問いかける。
「どうゆうことっすか? なんであんなボロクソいわれて黙ってんすか?」
「前にな、ナオミにも言われたんだ」
「何を?」
「……色が違う、ってな」
「色? そういや合宿の時もなんか揉めてましたよね、そこはオレンジ色の音を出してだとかなんとか」
「ああ、聞こえていたか。そうなんだ。オレにはアイツの求める音の色ってのが分からない」
ヒロさんいわく、スタジオでもいつもあんな感じらしい。
もちろんナオミの感性を信頼している、だから求めている音に近づけてやりたい。
その為に出来る限りの技術を習得してきたと。
「少しでも技術でカバーしようと頑張ってみたんだがな。あの人にはバレてたようだ」
「さっきのオッサンですか」
「ビリーさんはこのロックフェスの主催者であり、大手音楽事務所の社長だよ」
「まじっすか!」
「決勝の審査員でもある。さすがだよ。やっぱり見抜かれるんだな」
「俺には全然わかんねーっすけど……まだ決勝まで時間もあるんだし、アレンジし直して間に合わせましょうよ!」
「……そうだな」
しかし、その後の打ち上げでもヒロさんの元気が戻ることはなかった――
§
翌日、興奮も冷めやらぬうちにメンバーはスタジオへ入った。
ナオミ姐さんがもっと完成度を高めたいとみんなを誘ったのだ。
決勝へ向けての練習である。
パイプ椅子で見学する俺は、
各々調節をした後、一曲目を全体で合わせる。
哀憐だ。
決勝でもこの曲は外せないと。
そこへ早速、ナオミ姐さんが音の色について言い出した。
「待て待てストップ。ヒロ! そこもっとこう……群青色に弾けよ、そのほうがりぃの声も映える」
「群青色ってなんだよ、どうすんだよ」
今日のヒロさんは少し不機嫌に見えた。
いつもならすぐに弾き直してみせるのだが、エフェクターも触ろうとしない。
「いやわかんねーけど、そのツマミとか弄ればいいんじゃねーの?」
「……」
するとヒロさんは無言でギターを肩から外し、スタンドへ置いた。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「ナオミ……オレもう、やってらんねえわ」
「え……?」
突然の言葉に驚く一同。
ヒロさんは気だるそうに言い放つ。
「これからもずっと、いちいちお前の言う色に合わせてたら一曲作るのに何年かかるんだ? これからもずっとそうやっていくのか?」
「んなこと言ってもよ……私らボーカルはギターとかと違って色変えられねーんだよ。だからなんとかしろよ!」
「なんとかしろだと? オレにだってオレの表現したいものがある。それをお前は一度だって聞いてくれたことあるか? あ?」
「でっ……でも! だって……」
ナオミはお母さんに叱られた子供のように唇を震わせる。
「わりぃ、オレ帰るわ」
「おっ、おいっ! 待てよヒロ!」
ナオミ姐さんの言葉に返事もせず、機材を片付けだすヒロさん。
俺の肩にポンと手を置き『悪ぃな』とだけ呟いたあと、そのままスタジオから去っていった。
ヒロさんのあんな顔初めて見たな。
みんな思考停止しているのか、しばらく沈黙が流れる。
りぃが俺の元に駆け寄り、抱きついてきた。
よしよしと頭を撫でる俺。
立ち尽くすナオミ姐さんの目は、真っ赤になっていた――
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