08.神居

「真夏のロックフェス! この地区予選は、たった一組のアーティストだけが勝ち残り決勝へと進める過酷な戦場! 審査員と観客の投票により決まります! まずは一番手――」


 司会の男性がアナウンスする。

 ついに始まったロックフェス予選会。


 様々なバンドが演奏を繰り広げ、例の企画バンドの番がまわってきた。


「どーもっ、みんな! Yummyだよっ!」

「うおおおおおお!!!!」

「ヤミー!!!!」

「キャー!!!」


 なんだこの声援は……

 ボーカルの子が手を振って返すと、より一層、客からの声援が増す。

 ステージ前に押し寄せる客たち。


「すげーな」

「まだ曲も始まってねーのに、これはねーよ……」

「ほとんどの客がこいつら目当てなんじゃねーの……」


 出来レース……そうリーダーが言ってた言葉が頭によぎる。

 演奏が始まると、膝でリズムをとりながら、一斉にハンズアップ。

 確かにかわいいけど。

 曲もまあ、普通に良いんじゃないかな。

 モデルをやっているという肩書きや、外見などの印象、そしてコネ。

 やはり院長の言うように、手っ取り早く信頼を得るなら、そうゆうところが重要になってしまうのか。


 企画バンド、Yummyの演奏が終わり、ああ楽しかった、と口々に言いながら出口へ向かう客たち。


「おいおい!」


 まじ、帰っちまうんだな。

 フロアにいた半数ぐらいの客が、一気にいなくなっている。


「へっ、こんだけ残ってるなら上等じゃねーか」

「私たちはやれるだけのことをやろう」

「ふぬっ」



「続いての演奏は、女性ツインボーカルロックバンド、RAGERAVE。ロックフェス予選最後のバンドとなります! さあ、最後を飾るのはどんなバンドなのか! ご覧あれ!」


 今回から妹がボーカルとして参加する、新生RAGERAVEの出番だ。

 ナオミの登場、ヴィジュアル系かと思わせるような、ごりごりのロックスタイルファッションとメイク。


「ナオミー!!!」

「大トリ期待してっぞー!!」


 もとからのファンもいるようで、ステージ前に集まってくる客たち。

 RAGERAVEの小さなコネだ。

 さて、これでどこまでいけるか。

 妹りぃもステージに登壇する。

 純白のフリルブラウスに、黒いフレアのロングスカート。

 化粧の施された美しい顔。

 今の妹は、中学生には見えない。

 大人でも子供でもない。

 ただの天使だ。

 俺たちも前に行くか。


「りぃちゃん、かわいいなあ……」

「そうだろ、箕面。あれはただの天使だ」

「あんたと違って綺麗な顔立ちだから化粧も映えるわ。似てない兄妹でよかったわね」

「そうだろ、エリカ。あれはただの天使だ」



 ボーンボーン――


 啄木の、胸に響く重たいベース音が鳴り響く。

 その上に、ドラム、ギターが乗っかっていき、徐々にグルーヴ感が産まれてくる。

 一曲目の始まりだ。

 これはヒロさんの曲にナオミ姐さんが歌詞を付けた、りぃが加入する前から演奏っていたRAGERAVEの人気曲。



「……」


 かっこいいぜ。

 ナオミ姐さんの声は迫力がある。

 男顔負けの太くてハスキー、そして日本人離れした英語の発音で歌い上げる。


「ピュー!」

「サイコー!」


 拍手とともにファンから称賛の声が飛ぶ。

 そうだろそうだろ、どのバンドにも負けてない。

 コネなんて関係なく、誰もが聴けば認める――


「っておい、なんか皆、聴いてなくね?」


 後ろを振り返った俺が目にしたのは、フロアで座って携帯いじってる奴や、違うバンドのアンケート書いてる奴。

 やっぱり完全アウェイだな……

 そこへ、ステージ前にいたRAGERAVEのファンが怒鳴る。


「お前ら、見ねーんだったら出てけよ!」

「あ? なんだテメー?」


 やばい空気。

 男はステージ前に来て、怒鳴ったファンの胸ぐらを掴む。

 ちょうど一曲目が終わったところで、ステージ上のナオミ姐さんが叫ぶ。


「おいっ! お前らやめろって!」

「そもそも、お前らの曲がしょぼいんだよ!」

「っ……!」

「こんな眠くなるようなバンドのどこを見ろっつーんだよ!」

「んだと? こら!」

「おいっ、ナオミ、やめろ!」


 ナオミがステージから降りようとするのをヒロが制止する。

 そして胸ぐらを掴まれたファンが、男を突き飛ばした。

 これは喧嘩になるな。

 案の定、他の客たちも乱闘になる。


「箕面、エリカ、離れよう」

「ええ……ほんと失礼なのがいるわね……」

「怖いね……」


 せっかく来てくれた二人を、危険な目に合わせるわけにはいかない。

 俺たちが端のほうへ向かいだした、その時だった。



 ――――キイイイイイイン!!!




「なにっ!?」


 フロアのスピーカーから耳をつんざくような音が響き渡り、エリカたちが耳を抑える。

 ハウリング……それはカラオケボックスなどで耳にしたことがあるのではなかろうか。

 スピーカーから聞こえる、キイイイイイインというアレだ。


「うるせえぞ!」

「なんだ、あいつ何してんだ!」


 怒鳴る男が指指す先には、少女がアンプにマイクを近づけてハウリングを故意に起こしていた。



 そう、そのハウらせてるあいつは――


 ……我が妹だった。

 機材にダメージがあるかもだから、良い子は真似しちゃいけませんよ。


 今回のそれはもう、騒がしい奴らの声すら聞こえない耳キーンだ。

 それはしばらく続いた。

 そして皆が黙ったころ、りぃは、マイクを口元へ持っていく。

 おいおい何をすんだ……わが妹よ……



 だが、ここからが奇跡の始まりだった。

 りぃがいきなり、アカペラで歌いだしたのだ。


 その歌は、『ゆりかごのうた』


 そう、子守唄だった――――



「……ゆーりかごーのうーたを……」



 この透明な、ウィスパーボイスの子守唄。



「カーナリヤーが……うーたうよ……」



 合宿の夜、歌ってやったやつだ。

 りぃも大好きな曲。

 見ろ!

 みんな驚きを隠せない。

 つか、状況が呑み込めてないんだろう。

 あっはっは。

 それでいいんだ。

 皆の者ども、りぃの歌を聴きやがれ。

 聴けばわかるんだ。

 これだよこれ、りぃの唄は魔性だ。

 船を惑わすローレライだ。



 一番を歌い終えると、りぃは呟いた。


「みんな五月蠅うるさいから、眠れ、なの」



 さっきまで乱闘をしていた男たちが、ポカーンと我が妹を眺めている。

 開いた口がふさがらないとは、このような光景を言うのだろう。

 と同時に、ここぞとばかりにドラムの丈太さんがカウントを始める。



「ワンツースリーフォー!」


 ジャジャ、ジャジャジャっと歪んだカッティングギターとともに始まるこの曲は――


「いくぜ、哀憐!!」


 ナオミが叫ぶ。

 一気に音の波が押し寄せてくる。

 完全に釘づけだ。

 俺も、エリカも、箕面も……そう、すべての客が釘づけだ。



「涙は枯れて 言葉はもういらなくて 目に映るすべてを 許せなくても 愛せなくても 静寂に火を灯して……」



 あいかわらずネガティブな歌詞。

 それを聴かされる客は……吹雪を受け、雷に打たれ、身を八つ裂きにされている。

 何度聴いてもかっこいいぜ。

 ライブハウスにいたはずが、一瞬でどこかシベリアか北極かにでも連れて行かれたような体験。

 見える。

 風景が見える音楽。

 肉眼で捉えられる音楽だ――



「ほう……」


 俺の横にいたグラサンのオッサンが呟いた。

 驚けグラサン。

 驚けオッサン。

 ふはは。


「ふははははは」

「……ゆーまが歌ってるんじゃないからね」

「そうでした」


 いつもの突っ込みをありがとう箕面くん。

 こうして、RAGERAVEの出番は終わり、ロックフェスの予選は幕を閉じた――



「さて、お待たせしました。集計が出ました!」

「決勝へ進むバンドは――」


 司会の男がドラムロールと共に叫ぶ。


「Yummy!!」


 くそっ……やっぱりあの企画バンドか。

 出来レースじゃないにしろ、観客投票ならまあ、納得の結果だ。

 だって、もともとファンの数が違う。

 それも一つの実力ってわけだ。

 現実はドラマのようにはいかない。


「ううっ……」

「ナオミ姐さん……」


 姐さんが涙目になってる。

 純粋少女か。

 まあ悔しいのは俺も同じだ。

 合宿までして、完璧な演奏だったのだから。


「……と!」

「と?」


 司会のアナウンスが続ける。


「RAGERAVE! こちら二組、全くの同票で決勝進出です! おめでとうございます!!」

「おぎゃあ!!!!」


 やべえ、変な声出た。

 まさかの……まさかの決勝進出だ。

 一度落としといて、あげてくるとは、あの司会者め。

 スリルとサスペンス王の称号をくれてやんよ。


「やったぜ! まあ、私らなら当然の結果だがな! はっはっは!」

「姐さん、さっきまで泣きそうでしたやん……」

「う、うるせー!」

「やったの……」

「りぃ! やっぱお前は天使だったよ! さすが我が妹!」

「えへへ」


 りぃを抱きしめ、よしよしと頭を撫でてやる。

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