15.たんたん

「えー、みんなに伝えることがある」


 俺はリレーメンバーと夏香を集めて、後輩ちゃんが疲労骨折をしたこと、大会には出られないことをと話した。

 動揺が走ったが、また泣き出した後輩ちゃんを見て、みんなからは慰めの言葉が飛び交った。

 俺の責任であるという話もしたが、夏香に『馬鹿じゃねーんすか』と一蹴された。

 俺は馬鹿じゃなく天才なのだが、コミュニケーションが下手ではある。

 だから、急に優しくしたり臨機応変に性格を変えたりとかは出来ないし、うまく口に出せないけれど、みんなを全国に連れて行きたいという気持ちは変わってない。

 箕面みたいに純粋ではないが、カッコ悪くてもそこだけは信念として持っておきたい。


 とにかく怪我には気を付けて、俺は今後もみんなとやっていこうと思う。


「で、後輩ちゃんとも話したんだがよ」

「夏香先輩……リレー出てくれませんか」

「にゃにゃにゃ!? 私っすか!」


 尻尾しっぽをピンと張り、驚く夏香。

 いや、尻尾は付いて無いのだが、そんな様子。


「いやいや、無理っす! とんでもねえでごわす!」

「でもほれ、懇親会の時、走れてたじゃねーか」

「あらあら? そうなんですか?」

「いや、あれは、その……」

「そう。百メートル走って盛大なブイサインをかましてたんすよこいつ」

「はわっ、急に脱臼だっきゅうと知恵熱が……」

「どこ脱臼したか詳しく」


 しかも知恵熱て。

 かたくなに嫌がる夏香だが、医者の許可も出ているわけで、ここは多少強引でも構わないと思っている俺。


「じゃあ、リレーは棄権きけんするか?」

「そっ、そっすねー、しかたないっすよー」

「おい……」

「あらあら、夏香さん……」


 悲しげな顔でうつむく先輩。

 うふふ先輩は三年生、つまり今年で最後の大会だ。

 それでも夏香は棄権を薦める始末。

 こいつのトラウマを理解してあげたい気持ちはもちろんあるが、先輩にも先輩の人生があるし俺にも俺のちっちゃな信念がある。

 ここは引けないのだ。

 俺は夏香の親友に話を振る。


「織田優理、お前が甘やかしてるからこうなったんじゃねーのか? お前が夏香の不安を助長させてるんじゃねーのか?」

「う、うちですかっ!? ごめんなさい……」

「やめるっす。百瀬っち、それ以上優理を悪く言ったら殺すっす」

「だがしかし、正論だろ?」

「……ケンカ、売ってんすか?」

「……」


「……どうでもいいよ!!」


「へ? 箕面?」

「誰が正論かなんてどうでもいい!!」

「ひなた!?」


 ちっちゃい体で急に大声をあげた箕面。

 さすがの夏香も尻尾を巻いて小さく怯える。


「目標は何!? ボクらの夢は何!? 思い出してよ!」

「そりゃ、リレーで全国優勝すること……っすけど」

「そうだよね!? その夢を叶えたいの? 本気じゃないなら出なくていいよ!」

「……」

「夏香ちゃんさ……もう自分を自分で守らなくていいから! 倒れたってボクたちが支えるから! 何があってもすぐ飛んでいくから! 喜ぶ顔を見せてよ! おもっきり幸せって叫んでよ! それがボクらを心から幸せにするんだよ!」

「ひなた……」

「そうだぜ夏香。好奇心の妖精と話してみろよ。自分から攻めるのも楽しいぜ。防御スキルから攻撃スキルにチェンジだ」

「なにそれ……私オタクじゃないんっすけど……」


 はにかんだ笑顔でそう呟く夏香。

 不安と少しの希望が見えるような笑顔。


「じゃあ……みんな、背中を任せていいっすか?」

「あったりまえじゃん!」

「なっちゃん!!」

「あらあら、うふふ」

「ううっ……しぇんぱいぃぃぃ……」


 こうして夏香はリレーへの参加を決めた。

 いつも口角が上がっていて、柴犬っぽい夏香。

 嘘ついてもすぐ顔に出る、天真爛漫少女。


 こいつのためにも、みんなのためにも、俺は俺の出来ることをやっていこう。

 そう決意したとある夏の日だった。






 時は経ち、県大会当日――


「晴れてよかったぜ」


 この日までに地区大会の反省を活かした練習メニューをこなし、一皮むけたリレーメンバーたち。

 もちろん天才の俺が……いや凡才の俺が作ったスペシャルメニューをだ。



 電車とバスを乗り継ぎ、整備された区画にある大規模な陸上競技場に着く。

 外にもサブトラックが付属していて、そこで本番までにウォーミングアップしたりも出来る。

 あとでバトンパスの再確認もしていこう。

 今日は俺も頑張るぞ。


「百瀬さん、水筒とってくださる?」

「あ、はい」

「百瀬くん、うちのスパイクかして」

「はい、これ」

「百瀬っち、パムは?」

「はい、今日はカロリーメイトな」


 雑用がむばる!



 県大会は、予選、準決勝、決勝の三回に渡って勝者が決まる。

 予選と準決勝が一日目、そこで上位八チームに残れたら明日の決勝に進出だ。

 さすがに県内のりすぐりが集まっているからか、すれ違う奴らのオーラが違う……気がする。

 助っ人の華奢きゃしゃな箕面も、他校の鍛え上げられた女子選手たちを見て尻込みしているようだ。


「あー緊張するよー」

「ビビんなよ、男だろ」

「女です!」



 午前中の予選はかなりのチーム数だったが、地区大会のタイム順というのもあって、組では一位でゴールした。

 つまり軽々と準決勝にコマを進めたということだ。


「夏香、大丈夫か?」

「楽勝っす!」

「準決も頑張りましょうね」

「よし、ストレッチすっぞ」


 夏香も元気そうでよかった。

 午後からの準決勝に向けて、選手たちのケアをしてやる。

 今回は出場できなかったツインテ後輩ちゃんも、マネージャーとして手伝ってくれているので、俺の舎弟にしてやるつもり。

 じきに師匠と呼ばせよう、ふふふ。


「先輩、顔が気持ち悪いですね」

「ちょっ――」




 episode『たんたん』end...

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