もしも、安芸くんが、気づいてしまったら。④

「加藤、俺は大変なことに気づいてしまったんだよ!」


「うん。どうでも良いことだと思うけど、一応言ってみてくれるかな」


「あぁ。日常系のアニメと、ギャルゲーの共通ルートの部分って、基本的な構成がそっくりなんだよ……」


「いつもながら、なにを言っているのか分からないよ」


「いいだろう。解説しよう」


「別にいいよって言っても、解説するんだよね」


「これだからオタクは困るなぁ……っていう顔するなよ」


「あきらめてるよ。もう」


 諦観の表情だった。いつもの様に、フラットに痛いところを突いてくる。


「いいか、加藤。日常系のアニメっていうのはな。それが最終回を迎えてしまうと、ある種、途方もない虚脱感に襲われてしまうんだ」


「でも翌月には、また新しいアニメが始まるんでしょう?」


「まぁ、そうなんだけどさぁ!」


「どのアニメが覇権になるか、ネットで盛り上がって、わくわくしながら録画するんだよね。DVDにも焼くんだよね。HDDにも予備を取っておくんだよね。その上で円盤も買うんだよね。それで、虚脱感がどうしたの?」


「ごめん。なにか良く分からないけど、俺が悪かった……っ!」


「うん。それで、日常系アニメが終わった時の虚脱感と、オタクが好むギャルゲーの共通ルートのなにが似てるの?」


 加藤、最近ツッコミ厳しくない?

 なんなの? オタに対して、やたら冷たくない?

 

 いや分かってるけどさ。オタの社会的地位が低いのは。


「えーとさ。ギャルゲーの共通ルートっていわば、主人公とその仲間たちが、なんらかの関係性を築いて〝だいたい仲良くやってる〟のを楽しむわけじゃん」


 ……だいたいのあたりに、他意はないんだよ?


「そうだね。一体なんで、こんな没個性の男子に、大勢の女の子が惹かれるんだろうっていうのを、後付けで説得力を持たせるために補完していくわけだよね」


「……加藤?」


「なに?」


「いや……うん、正しいんだけど、さ」


 やっぱ、なんかトゲがないか?

 よくわかんないけど、俺、なんか地雷ふんだ?


「この話、やめた方がいいか?」


「語りたがりのオタク男子が、途中で話を打ち切るなんて。ちょっとどうかと思うなぁ」


「え、えぇーと……」


 おこなの? 加藤さん、激おこなの?


 そりゃね、確かに俺が一方的に喋ってるよ? いつもの如く、相手の気持ちなんて考えないで、自分の考えを一方的に押し付けて、二次元がどんなに素晴らしいのか、一般的な女子に延々と喋ってるよ?


 ――うん。最低だな俺。


「じゃあ、結論からズバリ言わせてもらうぞ。ぶっちゃけ、ギャルゲーってさぁ、共通ルートを終わらせるのがツラいんだよ」


「そうなの? そこから、お気に入りの女の子の話に進めるのに?」


「ほら、部活やらなんやらで、みんなでわいわい、時々に血反吐吐いて、楽しく徹夜してオタクやってる時間が楽しいんだよ。個別ルートに突入して、その時間が終わってほしくないんだよっ!! わかるだろ!? 俺の気持ちが!!」


「ちっともわからないよ」


 ――いや、わかってくれる奴はいるはずだ。


 そう。これはギャルゲー(特に学園もの)をやった事がある奴なら、絶対にわかる感覚なんだ。だってみんな、一週目は絶対にバッドエンド直行するよな? 


 それが、誰かの個別ルートには繋がらないと分かっていて。

 半端にヒロインたちの好感度あげた結果……俺たちは辿り着くんだよ。



 ――そうして、また、俺のなんでもない日常が始まった……。



 時間の無駄だとわかっていても、俺たちは、やるんだよ。


 オープニングに戻って、クイックロードして。

 それで、最初の選択肢からやり直して、テキストすっ飛ばす作業。アレを、なんて呼べばいいんだろうな。……え、俺だけ? 違うよな?


「そう! その時だ!! テキストを『既読メッセージスキップ』で吹っ飛ばすという、まったく〝ゲームしてない時間〟をすごしている時に、俺は気がついたんだよ!! これ、日常系のアニメを見終わった、あの瞬間に似てるって!!!!」


「安芸くん、それってつまり、安芸くんは、いわゆる〝ハーレムルート〟を望んでるってことだよね」


「えっ?」


「だってそうでしょう? 終わって欲しくないんでしょう? 居心地の良い、自分に都合の良い毎日が」


「……いや、そういうわけじゃ、ないだろ?」


「じゃあ、設定をひとつ付け加えてみたらどうかなぁ」


「設定?」


「うん。たとえば少子化の影響で、男性は重婚を許された。あるいは兄妹でも許可された。みたいな世界観だったら、安芸くんが望む『終わらない日常系』はやってくるわけだよね?」


「いや、それは……確かに、うーん……」


「どうせなら、異世界に行っちゃえば? 難聴系の主人公の周りに、特異な才能を持った女の子をたくさん配置して、主人公は王族的な英雄に成り上がるから、別にみんな食べちゃってもいいや。ってなれば、いいよね?」


「加藤!? いったいどうした、なんか珍しくダークモード入ってないか!?」


「べつに。ただ、安芸くんの言ってる『喪失感』ってつまり、誰も不幸にならない、傷つかない、やさしい、永遠の世界が終わってしまうってことでしょ」


「……う、まぁ、だいたい、あってる、ような……」


「安芸くんは、後悔してるのかな?」


「後悔?」


「うん」


 加藤が笑った。


「私を選んだこと。他の人を選ばなかったこと。居心地の良かった場所が無くなったこと。関係が変わってしまったこと。『加藤恵のルートに入った今』を、後悔してるんじゃないのかなぁ」


「っ、ちがっ!」


「違わないよ」


 ウェットに、湿っぽく、加藤が微笑んだ。


「……ワガママだよね、安芸くんは……」


 色濃い悲しみと、寂しさと、それから、ほんの少し。



「 バイバイ。さよなら。倫也くん 」



 あきれたような、深い吐息を解き放った。



 ――そうして、また、俺のなんでもない日常が始まった……。





「加藤おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおううううううううううわああ!!!!!????????」


//SE:

 どたーん。がしゃーん。


//画面効果(振動):

 かなりはげしめ。


//画面効果(暗転レイヤー解除):


//イラスト挿入。

 俺の部屋。


//テキスト挿入:

 問1.俺の身に何が起きたか、次の中から選べ。


//選択肢挿入:


 A. 優秀普段の俺は、彼女にフラれてしまったんゴ……


 B. ギャルゲーに胃が痛くなるシーンとかありえないですよねー。


 C. しかし、まさかの夢オチだった。


 D. 俺はシナリオを書いていたと思ったら、気がついたら寝落ちしていた。何を言っているかはわかると思うが、なにかとんでもない悪夢を見た挙句、そのまま床に転げ落ちて身悶え苦しむという、他人から見れば「倫也ざまぁないんゴww」と草生える飯ウマな状況に陥っている。俺が何をしたって言うんだよ……。


 正解はCMの後って。今の時代も通じるのかな。


「う、うおォン……っ!」


 俺は人間火力発電所じゃないし、肉を食ってるわけじゃないけれど、今はそれぐらい苦しんでいた。


「どうしたの、安芸くん」


「か、加藤……?」


「なんで床に倒れてるの? もしかして、寝落ちしたの?」


「に……二重の意味でな……」


「面白くないよ」


 俺のメインヒロインは、いつもの様にフラットだった。

 そこにいてくれた。


「加藤、ごめんな……」


「なんで謝ってるのか、ぜんぜん分からないよ」


「いや、ほら、俺……ヘタレだから……ヘタレじゃなかったら、あんな悲劇(2016年3月1日までの最新刊を参照)なんて起きなかったのかなって……」


「うん。後半だけは同意しておくね。アレは、安芸くんが悪かったよね」


「……ヘタレって、どうやったら治るんだろうな……」


「うーん」


 床に転がる俺に向かって、加藤は言った。


「メガネを、コンタクトに変えてみたらどうかなぁ」


「…………ふ、ふふ、ふはは、ははははは…………!!」


 加藤はマジメに言っていた。これが俺のメインヒロイン。

 俗に言う『加藤クオリティー』である。


「もういいや。俺、ヘタレでいいわ……」


 だって、コンタクトとか、怖いじゃん……。


「うん。安芸くんから、ヘタレを取ったら、本当になにも残らないよ」



 ――そうして、俺のなんでもない日常は再開した……。



「安芸くん、シナリオは?」

「……書きます……」


 これが、俺の選んだ、日常系。


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