? 卑劣、悪玉……

 保安官は手配書を壁に打ち付けるのに使ったハンマーを事務机に置き、その隣に置かれてあったウイスキーのボトルを代わりに掴んで、机の端のグラスに並々注ぎ込んだ。

 さて、一息つくかとそのグラスにまるまるとふくれた指を付けようとした時である。

 ぎいと蝙蝠のような入り口のスイングドアが、軋みを上げ、次の瞬間には事務所の床に死体が一体転げ落ちてきた。

 保安官は飛び跳ねるように下がると、腰のシングルアクションアーミーに手を伸ばした。

 そのまま視線を上げると、入り口には長身の女が佇んでいる。

 朱色のポンチョを身に纏い、その端を肩にかけてマントのようにしていた。

 ポンチョの下には胸元のはだけた白色のシャツに黒色のピッチりとしたパンツ。おまけにハイヒールのロングブーツときたもんだ。

 ああ、見覚えのある姿だよ。

 保安官は胸をなでおろし、腰から手を降ろした。


「驚かせるな、もう齢なんだ。心臓発作でも起こしたらお前を吊るしてやるからな」


 彼女は「はっ」と鼻で笑うだけで、何も言わぬまま、落とした死体をブーツの爪先で起こし、仰向かせる。

 腹部にぱっくりと散弾を至近距離から浴びたかのような銃創がある。その顔は苦悶に歪んでいるが、特徴的なつながり眉毛に保安官はピンときた。


「コイツは……『紅のジョニー』か。だろ?」


 紅のジョニーってのは、ここいらの賭博場でイカサマを続けまくった雑魚だ。なんで紅かって、いや、そりゃやつがトランプでイカサマするときは決まってハートかダイヤを使ってたからだ。そんなもんさ。

 保安官はやれやれと言った具合で紅のジョニーの賞金額を思い出していた。


「確か、二百……いや、三百だったか」


 保安官のその言葉に、女は手を差し出した。


「金か? ったく……現金な女だぜ」


 保安官は作業机の引き出しから三百ガル紙幣の詰まった袋を取り出し、それを手渡そうとした。

 ところが、後ろに彼女はいない。

 何処に行ったのかと、辺りを見回せば、事務所の奥に移動しており、いつ取ったのか、先ほど保安官が飲もうと注いでおいたグラスを手に、酒を煽っている。


「テメエ、いつの間に」


 保安官が詰め寄ろうとしたところ、彼女は人差し指を立て、その動きを制した。


「なんだよ」


 彼女はゆっくりと振り向いた。

 痛みごわついた銀色の長髪が大きく揺らぎ、赤い瞳が保安官を捉える。


「この手配書は新しいもんだね?」

「ああ、そうだぜ」


 彼女は「ふむ」と左手で先ほど保安官が──小一時間かかって──張り付けた手配書を壁から引き剥がした。


「やるのか?」

「やるさ」


 彼女は保安官とすれ違いざまに彼が手にしていた三百ガル入りの袋を取ると、プリムの平たい帽子の前方を指でつまんで礼をした。


「ったく、金のためによくやるぜ」


 彼女は微笑み、首を横に振るう。


「金のためじゃないさ」

「ほお、理由を聞きたいもんだな、シルヴェリィ?」


 シルヴェリィはリタの手配書に一瞬目を向けて、それから保安官に目線を戻した。


「私はGood善い奴なのさ」


 遠く何処かで、コヨーテの遠吠えが聞こえた……気がする。

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