第二章

2-1 大義ある追跡

 逃れた雷撃のリタリタ・ザ・ライトニングとその手下を追い、一昼夜夜通しでマリアとローエンは熱砂の丘を馬車で進んでいた。

 真上から容赦なく降り注ぐ陽射しが二人の体力を容赦なく奪っていく。

 忌々しいあの二人に追いついた時のために常に装備は身につけていることもあって、体力の消費も尋常ではないし、それに伴って気も張っておかねばならないので、なおさらだ。


「お嬢様、休憩しましょう」


 御者台のローエンが振り向いてそう言った。幌付きの荷台ですらこれだけ辛いのだ、日差しの無い御者台はすさまじい熱気が襲っている事だろう。

 今、私がこの休憩を拒否したならば、ローエンはそれに従うだろう。彼女は自分の体のことなど二の次に私の事を優先する節がある。

 まったく、どっちが面倒を見ているのやら。

 マリアはやれやれと言った具合に頷いて見せた。


「そうだな。休憩を取ろう」

「少し行ったところに、岩場が見えます。そこで休みましょう」


 二人はしばらく馬車で進み、その岩場に到着すると、馬車の荷台から荷を下ろしはじめた。

 マリアが水を飲もうと馬車の側面に吊るしてある樽に触れた時、背後から声が向けられた。


「お嬢様、こちらへ」


 水には手を付けずに、背中に負ぶっていた盾を左手のガントレットにつけ、駆けてローエンの方に向かった。


「何事だ!」


 盾を構えて、叫ぶが、ローエンは両手を振って危険ではないと表現してみせる。


「痕跡があっただけです。奴ら、昨夜はここで寝たみたいですね」


 マリアは盾を背中に戻すと、地面に目を向ける。

 手ごろな大きさの小石を環状に並べ、その中心に黒ずんだ跡が残っている。焚火の後のようだ。

 マリアはしゃがみこみ、その石の上に落ちていたベーコンを一枚持ち上げ、それを口に放り込む。

 それはまだかすかに脂の味があった。つまり、まだそんなに時間は経っていないという訳だ。

 彼女が「ふむ」と誰にするでもなく一人頷いたのを見て、ローエンがうろたえた。


「お嬢様!? 料理は私が用意しますから、そんな物を食べなくても……」

「べ、別に腹が減っていたから食したわけではないぞ! そんなわけないじゃないか!」

「そ、そうですか……なら、良いのですが」


 途端、思い出したように彼女の腹が鳴った。

 思えば昨日の朝から何も食してない。


「お嬢様……言って下されば」

「だから、違うと言っているのに!」

「……まあ、分かりましたから。とりあえず料理にします」


 ローエンはそう言って馬車の方に歩き出した。その様子はどう見てもマリアを意地汚い奴であると認識している風だ。


「ちがうぞ。だんじて、腹が減ったからさっきのベーコンを拾って食したわけではないぞ」

「分かってます、分かってますよ」


 やさしい言葉であった。その表情もどこか赤子をあやす乳母のように穏やかだ。

 マリアは、この誤解は当分の間解けそうにもないな、と肩を落としてローエンの後ろをついて行くのであった。

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