第12話
人混みを掻き分けて、背の低いマコチーを見失わない様に着いて行く。しばらくして、立ち止まった店の看板を見ると酒樽とフォークの絵が描かれていた。
「ここだ、入るぞ」
イサムの胸元位しか背のないマコチーが、西部劇で見る様なスイングドアを押し開けて入って行く。それを見て、イサムも渋々入った。
中は広く、正面にカウンターがあり白シャツ黒ベストのマスターだろう獣人の男性がコップを拭いている。その前に木の丸テーブルが並び、カウンター奥にもまだテーブルがある様だ。
昼間でも店は繁盛しているようで、冒険者やそれ以外にも沢山の獣人に紛れるようにエルフやフェアリーも居たりと、自分の世界では味わえないファンタジーな風景に、イサムはちょっと感動した。
「エルフってやっぱり耳が長いんだな」
「当たり前だろ、早くここに座れ」
空いているテーブルにマコチーが座ったのを見て、イサムも座る。もちろんマコチーの足は床についていない。
そこへネコ耳風の獣人の女性が注文を取りに来る。
「取り敢えずビールを二つくれ、あとは軽めの食べ物を見繕って貰おう」
「分かりました、少々お待ちください」
獣人の女性は、注文をメモしてカウンターに持っていく。
「語尾にニャとかは無いのか…ビール? ビールがあるのか?」
「あるに決まってるだろ」
聞き慣れた言葉を耳にして期待が膨らむ。
「お待たせしました」
ドンと置かれた小さな木で作られた樽型のジョッキに注がれている飲み物。マコチーは躊躇わずに一気に飲み干す、それを見てイサムも口を付ける。
「こっ…これは!」
ごくごくと喉を鳴らしながら、イサムもビールを一気に飲み干す。
「ぷはーまさかビールが飲めるなんて!」
お酒を飲むなど考えもしなかったイサムは、ビールの旨さに樽型ジョッキを空ける。それを見ながら、マコチーはビールを二杯追加する。
「うまいだろう」
そうイサムに言いながら、二杯目も軽く飲み干す。
「ああ! うまい!」
「二年前に、この国に普及しだしたビールと言う酒だ。これを飲んだら、他の酒が不味くて飲めたもんじゃない」
マコチーは三杯目を頼みながら、塩漬けした野菜を食べ話を続ける。
「だがこのビール、聞くところによるとロロ様が発案者らしいじゃねーか! あの方は、本当に色々な事を俺たちに与えてくれる。郊外にゃビールの工場って呼ばれる建物と麦畑が次々に出来ているらくて、働く人を沢山募集してたな!」
そして三杯目を飲み干し、ダンッと樽型ジョッキをテーブルに置く。
「だからだ! ロロ様が依頼するものには、必ず意味があるはずだ! たとえばリリルカ様の魔法衣だってそうだ、得意の風と火の魔法を底上げ出来るように魔法の糸で紡いである。ノル殿とメル殿のメイド服もそうだ!動きやすさに加えて近接戦闘にも耐えれる仕様にしてある!」
四杯目が来るのを待ちつつ話は続く。
「だがあの依頼はなんだ! 【防御力は要らないから動きやすくて破れない服】だとぅ!」
キャベツの様な野菜をフォークに刺しバリバリっと食べる。
「―――意味はあるはずなんだ。だが着るのはどう考えても青年、お前だろう?」
「ええ…まぁ…」
「言っちゃ悪いが、お前さんまだまだヒヨッ子にしか見えないぜ。それなのに防御力が要らないってのは、命が要らないってのと同じだろう!」
「それは……俺が――」
イサムが防御力が異常に高いからと言いかけた時だった、近くの席から大きな声が聞こえた。
「すげー迷宮だって言うもんだから挑戦しに来たが、大した事無いな!」
「俺らにかかりゃぁどの迷宮も目をつぶって攻略できるな! ははははは!」
酒を飲んでご機嫌なのだろう、だがロロルーシェの作った迷宮を馬鹿にされて、イサムは少し苛立ちを覚えた。そしてチラッと見たつもりだったが、どうやら目があったらしい。
モヒカンの髪形に、肩に棘が生えた防具を着ており、いかにも挑発して町の人を襲いそうな格好をしている男達だった。
ガタッと席を経つ音が聞こえる。
「おいおい、こんな軟弱そうな奴が昼から酒なんか飲んでるぜ」
「ふはははは、見てみろガルドス! こいつの服! 手足長さが足りてねぇ!」
イサムは、かなり苛々していたが面倒ごとは勘弁と思い無視をする。それを見兼ねてマコチーが口を開く。
「こいつぁ俺の弟子で、まだまだヒヨッ子の新人さ! 勘弁してやってくれ」
「ヒューマンがドワーフに弟子入りとは世も末だぜ! はははは!」
腹が立つが、酒の席だしマコチーがフォローしてくれてるとイサムも我慢してガルドスと言われた男を見て頭を下げようとした。しかしイサムの視界に表示された名前が違ったのだ。
【ポポチン・ポピー】【冒険者】
「ぷっポポチンって…」
偽名だと分かり思わずイサムは笑ってしまった、その瞬間視界が回る。|ガルドス(ポポチン)が思いっきり殴ってきたのだ。
イサムは隣の席にぶつかり倒れる。その衝撃でせっかく借りた服が破けてしまう。
「痛くは無いが、エリュオンの時は吹き飛ばされなかったよな…それに借りた服が破れたじゃないか…」
「お…おい! 青年大丈夫か!」
マコチーが声をかける。
「ここじゃ周りのお客さんに迷惑だろ、外に出よう」
イサムがそう言い、スイングドアを出ようとした瞬間、後ろから蹴られ思いっきり店の入り口に飛び出して転ぶ。いきなり飛び出して転んだ事で通行人が驚いて声を上げる。
「なんだ? 喧嘩か?」
「おいおい、どうしたんだ?」
そこに|ガルドス(ポポチン)が出てきて更にイサムを数回蹴り上げる。もちろんイサムには痛みは無い。そして考えていた。
「そうか…エリュオンの時には上から斬られたから下に力が抜けたんだ。だから吹き飛ばされなかったのか」
「何一人でボソボソ話してるんだよ!」
「やっちまえ! ガルドス!」
いつの間にか周囲は人だかりになっていた。その喧騒を聞きつけたのか、ぶらぶらと街を散策していたエリュオン達も人混みを掻き分けて中の様子をみる。
「え? イサム? なにやってんの?」
「どうやら喧嘩に巻き込まれたようですね」
「じゃぁ助けないと――」
そう言うとエリュオンは空間から大剣の柄を出すが、それをノルが止める。
「まってエリュオン、イサム様に任せましょう」
力の差もあるが、エリュオンなら男を瞬殺するだろうと言うのも止めた理由の一つである。
「いや、ガルドスじゃない。お前の名前はポポチン・ポピーだ」
「何を言ってやがる!」
「どんなに偽名を使って粋がっても、お前はポポチン以外の何者でもないな」
イサムは立ち上がりながら|ガルドス(ポポチン)の本名を言う。|ガルドス(ポポチン)は本名を言われ、ついに怒りが頂点に達したのだろう。腰の剣を抜いた。
「殺してやる!」
「あぁ出来るものならやってみろ、だがそれじゃ面白くない」
イサムは考えていた。横に斬られれば、また吹き飛ばされると。
「賭けをしよう、俺を縦に真っ二つに切ればあんたの勝ち。避ければ俺の勝ち。腕に自身があるなら、それくらい出来て当然だろう! ポポチン!」
これで話に乗らなければ、腰抜けと言われるだけだと思いイサムは鼻で笑い挑発する。
「ははははは! やってやろうじゃねぇか! お前みたいな奴を何回斬ったか覚えてないぜ!」
「はいはい、じゃぁ俺も斬れると良いなポポチン・ポピー!」
ぶちぃっと血管が切れる音がした。その瞬間、ポポチンの剣はイサムに振り下ろされる。野次馬達が死んだと思った瞬間。
ギャリィィィン!
イサムのおでこにぶつかり、ポポチンは剣を落とす。
「かってぇぇぇぇぇ! 何だお前ぇぇぇぇ!」
手が痺れたのだろう、エリュオンで経験済みだ。イサムはそのままポポチンの手首を掴み懐に入る、そして勢いよく投げた。柔道の一本背負いだ。
イサムは中学高校と部活はしていないが、体育の授業でならった柔道の一本背負いが、投げるのも投げらるのも好きで、とにかく学校で暇な時間があれば柔道部の友達と練習していた。そのおかげで組み合いにならなければ、スムーズに投げる事が出来るようになっていた。
受身を知らないポポチンは思いっきり地面に叩きつけられる。そしてイサムは、ポポチンの剣を拾い突きつける。
「以外に剣って重いんだな……鍛えなきゃな…」
「いってぇ…ま…まいった……悪かった…」
「ふぅ…」
その騒ぎを聞きつけ、兵士達が数名やってきた。それを傍で見ていたノルが上手く対応してくれたみたいで、ロロ様の知り合いならとポポチンともう一人だけを連れて行かれた。
そこにマコチーがやって来て、イサムの背中を叩く。
「がはははは! なるほどな! やっと意味がわかったぞ!」
「マコチー悪い…服を破ってしまった」
「良いって事よ! 次ぎは破けない服を俺が作ってやる! がはははは!」
イサムは店のマスターに暴れた事を謝り、マコチーが酒場でお会計を済ます。
「では、俺の店に一旦戻ろうか」
マコチーの店に全員が到着し、それを確認したマコチーが話し始める。
「どんなものを作るかやっと分かった。あとは任せてくれ」
「それじゃぁついでなんだが、この子の服も作ってくれないか?」
イサムはエリュオンを前に連れて来て、マコチーに頼む。
「えっ! そ、そんなの良いわよ!」
「別に1枚も2枚も変わらないだろう」
「お前が言うなよイサム! 問題ない! 二日後には出来上がるから、その時来てくれ」
青年からイサムと呼ぶようになったマコチーは、イサムとエリュオンの採寸を行い作業場へ消えていった。
「じゃぁ来た時の家に戻って、二日間の予定をきめましょう」
ノルがそう言うと、みんな頷いて一路家に向った。
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