獣人の王国と仕立て屋ドワーフ

第11話

 大迷宮地下三十層にある獣人たちの国、そこに古くから店を構えるドワーフの仕立て屋がある。【仕立て屋ジャッドゥ】この店は迷宮が出来て約二千年の間、ロロルーシェの専属と言って良い程に繊細で精巧な装備を作ってきた。

 三年前の【メイド服】と呼ばれる服もそうだ、ロロ様の従者ノル嬢とメル嬢が着る正装で近接戦闘にも十分耐えれる代物が作れたと仕立て屋ジャッドゥの十代目店主【マコチー・ジャッドゥ】は誇らしく話していた。


 だが、今回依頼された服にはどうしても納得が出来ない。リリルカ様の魔法衣は、完成している。風の魔法を編みこんだ糸で刺繍を施し、風に舞う葉を表現した緑色の魔法衣。火の魔法を編みこんだ糸で刺繍を施し、炎が燃え上るさまを表現した赤色の魔法衣。この二つに関しては、申し分ない出来だ。

  悩んでいるのはもう一つ、ロロ様曰く【防御力は要らないから破れなくて動きやすい服】だそうだ。


 「防御力が必要のない…それでも破れない服…なんだそれは……」


 冒険者が装備するなら必ずと言って良いほど、防御力があるに越したことはない。追加で指輪や首輪などを、大金を払ってでも防御力を補うなんて良く聞く話だ。

 服の寸法を聞いたが、ロロ様やリリルカ様が着るよりも一回り大きかった、従者二名でもないだろう。分からない限り作れない。これは長年の拘りでもありプライドでもある。


 「どのみち、今日来ると言っていたな…見極めねばなるまい…その服を着る者を!」



ゴウン ゴウン

 

 昇降機が三十層にゆっくりと下りて行く。


「そういえば、異世界から来たときに読んだメールの文章は絶対ルルルが書いたよな。ロロルーシェがあんな軽い書き方はしないだろう」


 ふと疑問に思ったので、イサムは増えていく数字を見ながら話す。


「恐らくそうだと思います。そのメールを私達は見れないですが、ルルルは昔から明るい性格ですが限度が過ぎる時も多々あります」


 ノルも扉上の数字を見ながら答える。


「やっと服が着れるな」


 あまりにも沈黙が続くので、脈絡の無い会話をついしてしまう。


「そういえば、こちらに来られた時は全裸でしたね。今着てるローブもリリルカのですから、かなり小さいのでは?」


 膝丈裸足のローブを着ているイサムを見てメルは言う。昨日の夜居なかったのでリリとルカの区別はないのだろう。しかし、可愛い顔をしてサラリと言われると流石にイサムも凹んでいる。


「一応、私がリリで」

「私がルカって事になってるよ」


 二人が答える。


「ホントに髪色が金と銀に完全に分かれたな、俺が同時に蘇生したばっかりに…ごめんな…」


 いくら後悔しても、蘇生してくれた事に感謝はしても、誰も責めようとはしない。


「そうですか…私にとってはどちらもリリルカで良いのですが」

「メルは本当にリリとルカを大事にしてるんだな」

「もちろんです。家族ですから」


 ノルは上を見ながらも、うんうんと頷いている。


 そして三十層に到着し扉が開くと、一面緑の草原が続いている。昼のように明るいのは魔法だろう。ノルは遠くに見える壁に指刺しながらイサムに話す。


「向こうの壁まで歩きます。その先の扉から獣人の国へ入りますので」

「そういえば直径一キロは壁に覆われていると言ってたな。楽しみだなーネコ耳とかいるんだろ?」

「ネコ耳?さぁ聞いた事ありませんが……」


 さらっと否定する。


「おいおいマジかよ…」


 楽しみが一つ減ったと思ったが、ネコと言う種族が居ないだけでそれに似た種族はいるらしい。壁まで近づくと、ノルが壁に触れる。どうやら魔法で仕掛けをしているらしく、すぅっと人が通れるほどの壁が消える。


「魔法すごいな」

「蘇生魔法使うあなたの方が凄いと思いますが?」

「いやあれは魔力じゃなく体力だし…魔法といえるのか…スキルじゃないか…」


 壁を抜けると、民家のような家の中にでる。外から出入りが分からないようにする為のカモフラージュらしい。三十層で日をまたぐ場合などは、ここで寝泊りしていると言う。


「では仕立て屋に向いましょう」


 ノルが早速と案内をする。民家の扉をでると、小路が続いておりその先に大きな繁華街が見える。


「おー随分にぎやかだなぁ」

「ここは獣人の国の中心街ですからね、それに冒険者がこの迷宮で到達する初めての街です。食べ物なども豊富に揃っていますよ。甘いお菓子などもありますから、エリュオンあとで一緒にいきましょう」

「甘いお菓子!食べたい!」


 リリも何度か来ている様で、色々面白い店も知っているみたいだ。エリュオンもワクワクしている感じが見ただけで伝わる。

 

「やはり子供だな……」

「聞こえてるわよ…」


 周りを見ると、随分と屈強そうな戦士風の人や魔法使いも目に付く。もちろん獣人も沢山居る、ネコ耳ぽいのも居るが犬耳とか色んな耳がいる。


「獣人でも獣よりと人よりがいるんだな」

「そうですよ、獣人さんたちも古い歴史があるので、その過程に分かれていったとおばあちゃんから聞きました。今はどちらの獣人さんたちも偏り無く居ますが、昔は獣型が少なかったらしいです」


 リリが教えてくれる。


「へー歴史があるんだなぁ…」

「そろそろ仕立て屋につきますよ」


 繁華街から少し入った路地に『仕立て屋ジャッドゥ』の看板が見える。


「そういえば、異世界なのに文字が読めるのは魔法の影響なのか」


 古びた看板に、その店の歴史を感じる。ノルが扉を開けると、カウンターらしき物の前に一人の小柄でボサボサな髪と髭を生やした男性が座っていた。店主のドワーフ族【マコチー・ジャッドゥ】である。


「まっていたぞ」

「イサム、こちらは仕立て屋のマコチー・ジャッドゥよ」


 ノルが丁寧に紹介してくれる。


「は…はじめまして」


 小柄ながらも伝わってくる、雄々しい威圧感に少したじろぐイサム。


「おう、マコチー・ジャッドゥだ、宜しくな青年。リリルカ様の品は出来てるぜ」

「イサムの服は出来てないのですか?」

「それだ…ロロ様からの連絡で聞いたが、どうしても着る人間を見なきゃ作れないと思ってな」

「本当に拘りますね…そこまで気を使わなくても良いと思いますが」

「ノル嬢! 俺ぁ中途半端なものを作ったことは一度も無いぜ! そのメイド服もそうだ!」

「はぁ…そんな事はわかっております。ですが、裸にローブのままでは移動に不便です」

「そんなことぁ分かってるわ! おい、俺の服もってこい!」


 マコチーは裏に居る弟子に自分の服を持ってこさせた。


「おい青年! 一応これでも着とけ!」


 そう言うと、自分の服をイサムに手渡す。


「いや…でも背丈があわないんじゃ…」

「つべこべ言うんじゃねぇ! そのまま裸でいたいのか!」

「わ…わかったよ…こえぇなドワーフ族…」

「ふん! 文句を言わずに着れば良いものを!」


 頑固ジジイとはこの人の事を言うのだろう。イサムは渋々マコチーから受け取った服を試着室に持っていく。


「あいつが着替えている間に、リリルカ様の服は渡しとくぜ。これは良い出来だ!」


 そういうと、奥から弟子が緑と赤の魔法衣を持ってくる。


「そういや、リリルカ様はいつから二人になったんだ?」

「いやぁ色々ありまして…魔法で今は二人なんです」


リリがそれとなく答える。


「そうかぁまぁ魔法は色々あるから、俺にもわからんわ! がははは!」


 まぁ二着あるから丁度良かったなと言いながら、豪快な笑い声が試着室まで聞こえる。


 試着室で着替えたイサムは案の定だと言う位の格好で、試着室から出てくる。肩幅と腰周りは問題ないが、シャツは肘までズボンは膝丈までしかない。


「イサム、ローブより良いわよ!」


 親指を立ててエリュオンが冷やかす。


「また膝丈かよ…まぁ…予想はしてたけどな…」


 着替えを済ましたイサムに、マコチーが立ち上がり近寄ってくる。


「まずはお前さんを知らん事には始まらない、今から二人で飲みにいくぞ!」

「は? 飲み?」

「飲みって言ったら酒場だろうが! 他の奴らは、そこらへんで時間でも潰しとけ!」

「ちょっおい! まだ昼間だろ、酒飲んでいいのかよ!」


 そう言うイサムの腕を掴み、店から出て行く。他のメンバーは唖然としている。


「ふぅ…頑固者のドワーフは十代目になっても変わらないのね…そう思うでしょメル?」

「そうですね、お姉様。ではどうしましょうか?」

「じゃぁお菓子食べに行きましょ!」


 エリュオンが言うとリリもルカも賛成と手を上げる。


「まぁ殺される事はないでしょ」


 イサムの後に店を出る他の五人は、そんな冗談を言いながら甘いお菓子の店に向う。

 そしてイサムは、マコチーの後ろを嫌そうに、でも離れないように付いていくのだった。

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