番外編 カルと失われた王国

 大迷宮のとある階層を歩く小さな影、丸いフォルムから左右に生えた針金の様に細い腕、同じ様に下に伸びる細い脚、その先端にある小さな手足。彼の名前は卵型オートマトン】【カル】。特殊なタイプのオートマトンである。

 オートマトンは通常、心臓部とも言えるコアに閉じ込めた生前の記憶と体の魔素の影響を受けて作られ、生前の形を持つものが多い。


 しかし、この世界では生まれ変わりは存在しない。

 

 卵好きのカルは、死ぬ時まで卵の事を考えながら元の体を失った。その思いを一身に受けて、カルの願った【卵型オートマトン】として新たな生を受けたのだ。

 だが彼はここ百年、オートマトンとして必要なメンテナンスを受けていない。

 この世界で生きる存在は、必ず魔素の影響を受けて生きている。それはオートマトンも例外では無く、コアに溜まる不純物を取り除かなければ本来の与えられている目的を忘れ、いずれは魔物と化してしまう。

 しかしカルは、魔物化せずに迷宮を流離いながら己の欲求を満たすだけの存在になっていた。


 遡ること百年前。


 三千九百年前に新たな生を受けたカルは生まれ変わる前、元々勤勉な性格でオートマトンになっても迷宮の為にと努力を惜しまず働いていた。

 オートマトンは生前の能力により、甲乙丙と格付けされ甲は六十〜百階層で、乙は三十〜五十九階層、丙は一〜二十九階層の守護と整備や管理を任される。

 近所のスーパーで売られている程の小さな卵サイズであるカルも、勿論格付けされているが、見た目以上の能力の高さに乙型として五十層の巡回警備を任されていた。


 オートマトンは一年に一度は、コアに溜まる不純物を取り除く浄化を義務付けられている。もちろんカルも例外では無くそろそろ定期浄化が来る頃だなと思っていたある日の事、通路の行き止りで魔素溜まりを見つける。

 魔素溜まりとは、周辺を漂う魔素が隅などに溜まる現象で不純物魔素になりイレギュラーな魔物が出現しやすい為、浄化が必要になる。


「コチラ カル マソダマリ ヲ ミツケタ」


 十階のメンテナンス室のルルルに通信を入れる。


「イマ イソガシイカラ チョット ザヒョウダケ オクッテ マッテテ ジョウカハン オクルカラ」


 そう返答があり、いつも忙しい【ルルル】の事だからしょうがないと思いカルは座標を送った後、壁に寄りかかり器用に座って待つ。魔素溜まりを見つつ、ふと昔を思い出す。あの三千九百年前の惨劇の日を。



 【カルバトス・ダット・ロドリゲス】は、三千九百年前に光の王国と世に謳われたレイモンド王国の近衛兵副隊長として、王国の為に日夜努力を惜しまずに鍛錬に励んでいた。勤勉で知られる彼は、千年の逸材と呼ばれる王国内外で敵なしと言われた剣の天才、近衛兵隊長フィラルを尊敬し目標とする事で、カルもまた日々力をつけていった。


 そんなある日の事、王国内で良くない噂を耳にする。夜な夜な黒い影が城内を彷徨うとか大臣が謀反を企てている等だ。しかし、他国とも親密な友好関係にあり、国内の住民達誰に聞いても不満など無いと答えられる、そんな立派な国だと胸を張って答えられる。だからこそ、眉唾な噂がより濃く聞こえるのかもしれない。


「平和だと人は刺激を求めるのかねぇ」


 ふぅと溜め息を吐き、カルバトスは王宮の王室周りを部下と巡回中しながら考える。どんな事があっても、近衛兵たるもの警備を怠らず陛下とご家族をお守りするのが我が務めと、身を引き締める。

 すると通路の先より、近衛兵隊長【フィラル・シャッセ・アインバード】が歩いてくる。カルバドスよりも十も年下の女性だが侮る無かれ、出会い初めこそ侮り返り討ちにあった彼だが、いまでは彼女の右腕とされるほど力をつけた。


「巡回ご苦労、変わった様子は無かったか?」


 フィラルは凛々しい顔でカルバトスに声をかける。


「いえ!特に問題はありません!」


 両手両足を揃え、カルバトスは答える。勿論後ろの部下たちも恥をかかぬ様にしっかり教育し、ピシッと直立している。

 彼女は貴族の出身である。しかし女性の身でありながら、武の才が他の者より秀でており、特に剣に関しては国内には最早敵が居ないほどの強さであった為、陛下自ら近衛兵に引き抜いたのだった。彼女の家には兄も姉も居たし、ましてや陛下からの直々の話とあらば断れるはずも無い。


 しかもその美しさは、わが国を誇る美女姉妹】ノルファン】殿下と【メルフィ】殿下に並ぶレイモンド王国の三宝玉と言われていた。


「そうか。良からぬ噂も流れていると聞く、引き続き巡回を頼む」


「はっ!」


 通り過ぎるフィラル隊長の髪から漂う甘い花の香りに、一瞬顔がが崩れそうになるが必死に堪える。


「フィラル隊長…今日も本当にお美しい…」


 カルバトスはフィラルに恋をしていた。


 カルバドスは平民出の兵士である。だからこそ必死に努力し、今の地位まで登った。しかし彼女と初めて出会った時、彼は相手の技量も見抜けず貴族のオママゴトだと鼻で笑い、そして見事にその鼻は折られた。


地に伏した彼に剣を突きつける彼女の姿を見て、傲慢な我が身に女神が舞い降りたと心から感動したのだ。悔やむ事も怒る事も無く、その女神に目を奪われ、陛下を守る近衛兵にも関わらず、生涯をこの方に尽くしたいと思ってしまった。


 もし彼女が他の貴族と結ばれる時が来れば、近衛兵を辞め田舎へ帰る。と、ダット村のカルバトス・ロドリゲスは故郷の友と街で飲んだ時に愚痴ったらしい。


 しかしその日の午後、拝謁の間にて悲劇は始まる。


 【悠久の魔法使い】の使いだと言うローブを頭から被った男だろう人物が、魔法使いより伝言を預かっていると言い拝謁を求めてきたのだ。

 悠久の魔法使い【ロロ・ルーシェ・ノーツ】は、一万年以上前より不老不死の存在として遥かに長い時を生きている魔法使いと聞く。


 レイモンド王国とも古い付き合いらしく、時折顔を出しては陛下と世界の話をしてたり、ノルファン殿下とメルフィ殿下に魔法を指導したり、魔導機と呼ばれる物を宮廷魔法技師の【ルーシェント・ルゥイス・ルットモント】と朝までよく話し込んでいる様だ。


 カルバトスも一度陛下の自室へとご案内する際に同行したが、絶世の美女を前に緊張してガチガチに歩く様子を隊長に見られ笑われたものだ。


 そして、国が優遇するお客様の使いとなれば、大事な要事であろうとすぐさま拝謁の準備が行われた。


 拝謁の間の準備が進む中、魔法使いの使者は微動だにせずただ待ち続けている感じだった。少しだけ違和感を感じたが、今日は朝食に卵を食べれなかったから調子が今一つでないなと余計な事を考えていたら、特に気にならなくなっていた。


 玉座に陛下が座り、その横に妃殿下とお二人の殿下が座られる。その1段下に大臣が、さらに下に近衛兵達が使者の方を両脇で挟むように横に並び綺麗に整列している。ルーシェントも魔法使いの使者と言う事で私達と一緒に並んでいるようだが眠たそうだ。


 使者は、片膝をつき両手で綺麗な装飾のされた宝箱の様な物を取り出した。


『悠久の魔法使い様よりレイモンド国王陛下に届けよと言われ、本日僭越ながら参上仕った次第に御座います』


「そうか、ご苦労であったな」


 かすれ声の使者は、手まで隠れたローブより自分の頭の前まで両手を挙げ箱を手に乗せたまま微動だにしない。


 私は使者の近くに居る兵に指示を出し、宝箱を受け取らせる。そして大臣へ確認させる為にさらに指示を出す。大臣が箱の中から丸い水晶のような綺麗な玉を取り出し、大臣はその水晶に見惚れていたが、ハッと我に返った様な感じで陛下の元へ持って行く。


「ほほう、これは見事な水晶だが…余程価値があるとは思えぬし…何かの魔法の類か、優しく触ると形を変えるのに強く握ると硬くなる…不思議な…水晶じゃな」


 硬いはずの水晶が優しく握ると柔くなりグニグニと形を変える。それなのに握りつぶそうと力を入れると硬くなるらしい、そしてまた元の形に戻る。


 陛下は水晶を持ち上げ天井の魔法灯に透かして見たりもするが、悠久の魔法使いが使者を頼んでまで届けたあの水晶は何なのだろうと、直立不動のまま動かない兵達も、気になるようで目だけは釘付けだ。


 するとぼーっと眠たそうに水晶を眺めていたルーシェントの目が見開いた。


「陛下! それから手をお放し下さい! それは闇のコアです!」


 突如大声を上げるルーシェント。だが遅かった。彼女の大声と共に使者は、どす黒い靄となり消えローブだけが残る。そして陛下のもつ水晶もいつの間にか消えていた。


『うぐぐぐぐ』


 突如苦しみだす陛下。周囲の兵に隊長が指示を出す。


「陛下! 大丈夫ですか!」


 大臣がすぐさま陛下に近寄り声をかける。


「先程の使者が近くに居るかもしれん、さがせ!!」

「は!」


 フィラル隊長は、指示した兵士数名が拝謁の間から出て行くのを確認し、剣の柄に手を置きいつでも抜ける様に臨戦態勢をとっている。カルバトスもいつでも剣を抜ける様に準備する。


 妃殿下は、王の傍に駆け寄ると俯き今にも倒れそうな陛下を支える、大臣も同じように反対側で支えようとしていた。隊長が陛下の警戒をしていた為、カルバトスは他二名の殿下の元へ向う。ルーシェントもお二人の傍に来て酷く怯えた様子を見せている。他の兵たちにも周辺の警戒を指示する。


「ルーシェント! あれは何だったのだ!」


 カルバトスは彼女が叫んだ【闇のコア】の事を尋ねた。


「あれは! 闇の魔物の心臓よ!」

「なに! なんで魔法使いは、そんな物を陛下に!」

「違うわ! ロロ様は闇の魔物を滅する力を持っている! あのローブの人は【闇の王】の使いよ!」

「くっ! もっと早く気付いていれば!」


 カルバトスとルーシェントが言い合いをしているのを見て、ノルファン殿下もメルフィ殿下も酷く怯えている。


「大丈夫で御座います。たとえ何があってもお守り致します!」


 近衛兵として、今がお役に立つ時だとカルバトスは気合を入れる。

 だが彼の気合など何も役にもたたないと一瞬で思い知る。

 突如陛下が大臣の首を掴み持ち上げる。屈強な兵士でもそんな芸当はとてもじゃないが出来ない、それを陛下は軽々と見せた。


「ぐ…べ…べいか…ぐるじ…ぃ」


 大臣は陛下の手を離そうと両手で掴むが外れず、バタバタと足をバタつかせるがビクともしない。

 そして、メキッゴキャッッと言う音と共に大臣の首が異様な細さになり千切れた。大臣は一瞬ビクッと痙攣し床に落ちた。血がドクドクと大臣の首より広がっていく。


「きゃーーーーーー!」


 メルフィ殿下が叫び声をあげる。


「へ…陛下お気を確かに!」


 あまりの出来事にカルバトスの足が前に出ない、このままでは妃殿下も危ない。


「た…たすけて!」


 妃殿下も陛下より力を込められて動けないらしい。


「陛下!ご無礼失礼致します!」


 そう言葉を言い放つと、フィラル隊長は剣を鞘に納めたままで妃殿下を掴む方の肩を狙い振り下ろす。


 ガッと腕に鞘がぶつかり、脱臼、いや骨折したかもしれないと思ったが、陛下はまったく動じずそのまま大臣を掴んでいた手で鞘を掴み振り解く、横に振られそのまま鞘から剣が抜けるが、フィラル隊長は剣を手放す事無く少し離れた場所に着地した。そしてそれを見ながら陛下は、妃殿下を引き寄せ頬に噛り付き引き千切る。


「あ゛あ゛あ゛!!」


 妃殿下の顔から大量の血が溢れる。お優しくお美しい妃殿下の顔は引き千切られ、赤く染まった頬骨まで見えている。


「ひゃす…ひゃすけ…て…」


 頬を削がれた妃殿下が助けを求めるが、突然の出来事に 動けない。

 しかし陛下は、それから鞘を捨てその手を妃殿下の口に入れ上に押し上げた。妃殿下の顔は上下に切り離され血が大量に噴き出した。


「お母様!! いやーーーーー!!」

「やめて!! お父様!!」


 ノルファン殿下とメルフィ殿下が泣きながら、どうする事も出来ずその場でただ立ち尽くす。


「カルバトス副隊長! まずは殿下御二人をこの場から離れさせろ!」

「りょ…了解致しました!」


 フィラル隊長の声にハッと我に返ったカルバトスは、妃殿下をまだ叩いたり引き千切ったりしている陛下を横目にお二人の殿下の元へそばへ寄る。お二人ともペタリと床に座り腰を抜かしている。

 周囲の兵数名にも声をかけるが、腰を抜かす物や出入り口から逃げる者まで居る。


「あとで厳しく叱らねばなるまい!」

「どうして……どうしてこんな事に!」


 メルファン殿下は、涙を流しながらルーシェントに掴みかかる。


「恐らく、我が国は光だから狙われたのでしょう…ロロ様が仰っていました、闇は光を嫌いそして狙うと…」


 ルーシェントの顔も青白く、もはや諦めているようにも見える。


「グスッ…じゃぁ…私達も…このままお父様に殺されてしまうの?」


 メルフィが声を絞り出し話す。


「いえ! それは私がさせません! この近衛兵副隊長【カルバトス・ダット・ロドリゲス】の命に代えても!」


 根拠も何も無いが、とにかく今はこの場を離れる事が先決だと殿下達を立たせ、入り口へ向う。王族専用の出入り口が玉座の後ろの方にあるが、陛下が居る為そちらには移動出来ない

 ルーフェンを含め四人で急いで出入り口側へ向おうとしたが、新たな闇が直ぐそこまで近づいていた。


 出入り口まであと少しと近づいた時に、扉外より声が聞こえる。先程逃げ出した部下達の声だ。


「ひいぃぃぃぃぃ! たすてぇぇ」


バリバリバリ!


「いや…やめ…ぎぃゃーーー!」


ドン! ぐちゃ!


 理解出来るのは、この出入り口の扉を開けてはなら無いと言う事だ。だがその思いとは裏腹に、扉がガチャっと開く。生気の無い他の兵士たちがゾロゾロノロノロと入ってくる。


「くっ突破できるか…!?」


 そう思っていたが、ルーシェントが声を上げる。


「そ…そうだ! 防御障壁!…ぎょ…玉座の後ろに防御障壁の魔導機がある!」


「防御障壁…何故それを早く言わない!」

「だって、闇が近づくと自動で発動するはずだったんだよ!」

「しテテルしかし玉座とはテテル陛下がまだそちらに居られるぞ!」


 玉座にはまだ、陛下が妃殿下を弄んでいるようだ。


「では、私が動かす! ルー! 装置の起動を頼む!」


 フィラル隊長が傍に来てルーシェントに魔導機の起動を頼むと、陛下に向かって走り出す。目の前には陛下が先程捨てた鞘があった為、フィラルはそれを広い剣を鞘に納めつつそのまま陛下に一閃を放つ。先程とは打って変わって手加減せずに放った彼女の一閃は、陛下を吹き飛ばしそのままカルバトス達が初めに整列していた場所まで転げ落ちていく。


「陛下には大変失礼だが…流石はフィラル隊長だ!」


 ルーシェントは急いで玉座に駆け寄り、玉座の後ろにある箱をなにやらゴソゴソしている。


「何をしている急げ!」

「やっぱり起動しない様に細工がしてある!」

「なにっ!」


 そう言った時であった、王族専用の出入り口から従者が出てくる。


「ここは危険だ! 戻れ!」


 そう従者に怒鳴るが、聞こえていない様だ。


『べ…べ…べ…ヴァヴァハァ…』


 涎を垂れ流し目が全て黒い、陛下と同じ状態のようだ。そして突然こちらへ向ってくる。カルバトスは剣を抜き、突如襲い掛かる従者を切り伏せた。従者はそのまま倒れるが、起き上がろうとビクビク痙攣している。


「くそっどうなっているんだ!」


 カルバトスが苛立ちを隠す事無く吐き出す。その間ずっと玉座の後ろの箱を触っていたルーシェントが声を上げる。


「よし!起動するよ!」


 箱を中心に円状に障壁魔法が広がっていく、先程の従者もその円に触れると外へと押し出されていく。


「ふぅ…成功みたいね…」


 ルーシェントは溜め息を吐き一先ず落ち着いた様子を見せるが、カルバトスは何が何やら分からず怒りは今だ沈まない。


「一体どうなってるんだ! 教えてくれルーシェント!」


 障壁の中に居るのは5人のみ、あとは闇に侵食された者と闇に殺された者の様だ。するとルーシェントが手を耳に当てる。


「ロロ様! 今どちらですか! 城が…陛下が闇に…!」


 突然話し出すルーシェントを見て周りは驚く、どうやら念話と呼ばれる遠い者と話す魔法のようだ。ロロ様と言っているので、魔法使いに連絡をしているのだろう。もしかしたら助けに来てくれるのかも知れない。


『魔法障壁が作動しなかっただと…ちっ…闇の王にまんまとしてやられたな! ルーシェント! お前が居ながら何故闇の使いを見抜けなかった!』

「も…申し訳ありません…ロロ様…」

『…過ぎてしまった事を責めても始まらないな…今居る者達は、私の知る者達か? 障壁はあとどのくらい持ちそうだ?』

「ノルファン殿下とメルフィ殿下、近衛兵隊長のフィラルと副隊長のカルバトスです。障壁はあと五時間位でしょうか…ロロ様…間に合いますよね?」

『そうか…すまない…今私が居るのは大陸の北だ、最南端のそこへ向うとしても六時間はかかる…』

「ううっ…ロロ様…」


 ルーシェントが突然泣き出した。カルバトスには会話の内容がよく分からない。


『ルーシェント、私が以前君に渡した浄化を付加した布を持っているな』

「ぐすっ…はい、肌身離さず持っています」

『良かった、これから言うことを良く聞きなさい。その国で生きているのは恐らく君ら五人だけだろう。そしてもしそこで死ねば、君らもそのまま闇に侵食されて魔物に堕ちる』

「で…ではどうすれば…」

『その布を五つに分け、皆に外れない様に結び付けるんだ。そうする事で、死体が闇に侵食される事は無い』

「では、私達は…助からないと…?」

『いや、そうは言い切れないぞ。フィラルとカルバトスが居ると言ったな、あいつらなら一時間位持ち堪えられるかもしれない』

「そ…そうですよね!」

『君がノルファンとメルフィの二人を防御魔法で守り、近衛の二人が私が到着するまで戦ってくれれば、もしかしたら死なずに済むかもしれん。だが、それでも死ぬ覚悟はするんだ』

「うえっ…ぐすて…ぐすっ…ロロ様…」

『思い出せ、君は何を私と作っていた』

「お…オートマトンです…」

『そうだ。もし間に合わなければ、私は君らをコアに保管しオートマトンとして今一度蘇らせる』

「か…可能なのでしょうか?」

『私を誰だと思っている? それに、今君を失うのは闇と戦う上で痛手だ』

「うう…ロロ様…お慕い申し上げております」

『はっはっはっ、私に女性の趣味は無いが、君がオートマトンになればヒューマンの生涯よりも、長く共に過ごす事になるだろうな』

「それでも幸せで御座います!」


 なんだかまったく意味が分からないが、ルーシェントは魔法使いが好きだったんだなとカルバトスは思う。


『じゃぁ向っているから、他の四人にしっかり伝えるんだ。いいか! 悔いなく生きるんだ!』

「はい! 分かりました。お待ち致しております!」

 

 念話が切れた様で、片手で塞いでいた手を下ろす。


「ロロ様がこちらに向かっているようです」


 涙を袖で拭きながらルシェントは、これから助けに来てくれる方の言葉を伝える。四人は安堵の溜め息を吐く、しかしルーシェントの話は続く。


「でもその前に魔導機の魔法障壁が消えるでしょう」

「な…なんだと…」


 カルバトスは突き落とされた思いに、つい声が出てしまう。


「そんな…」

「魔法障壁が消えるのは、後どれ位なの?」


 ノルファン殿下とメルフィ殿下も震えながらルーシェントに話しかける。


「あと五時間程です。しかしロロ様が到着されるのは恐らく六時間はかかると仰っていました」


 そしてフィラルが口を開く。


「ならば、一時間耐え凌げればいいのね」


 さらっと答えたフィラル隊長のその言葉を聞き、カルバトスは自分自身に愕然とした。


「なんと情けない! 殿下お二人を守ると言ったのは自分ではないか!」


 カルバトスは自分の顔を両手で叩き、気合を入れる。


「お任せ下さい! 一時間でも二時間でも戦ってやりましょう!」

「ふふふ、そうでなければ近衛の副隊長は務まらないぞ」


 フィラル隊長に尻を叩かれた様な気持ちになり、カルバトスは嬉しくも恥ずかしいが気合が入る。


「それまでに伝えて置きたい事があります」


 そう言うとルーシェントは懐から1枚の布を取り出す。女性が汗や手を拭く布と何の変わりも無いように見える。それを短剣で五枚に切り分ける。


「これはロロ様が浄化の魔法を掛けられた布です、これを肌身離さず持っていて下さい。もし…死んでしまっても、この布が闇から体を守ってくれます…」


「いや…死んだら意味が無いのではないか?」


 私は本音がでるが、さらに話すルーシェントの言葉を待つ。


「闇に堕ちた体は、七日間で魔素の海に戻る事はありません。体朽ちるまで…魔素の不純物として彷徨い続け、生き物を襲い続ける魔物になります」

「それでは死んでも死に切れん!」

「私は、ロロ様とオートマトンの研究をしておりました」

「オートマトン?」


 聞きなれない言葉に、メルフィ殿下が尋ねる。


「そうです、オートマトン…魔法人形の事です。その魔法人形と、コアをに留めた魂とを組み合わさる事により死に戻りが可能になります」

「死に戻り!? 生き返るって事か?」

「いえ、蘇生魔法は未だ存在しません。オートマトンは、魔素の海から引き戻した命とこの世に残った体を一つの魔素に戻し、コアと言う物質に留め保管してまたこの世界で動けるようにする方法です」

「コアとは、陛下をあんな状態にした物ではないのか?」


 魔法障壁の向こう側で、陛下がユラユラと揺れながら佇んでいる。


「いえ、あれは闇のコア。留める方法は同じですが、中身が違います。あの中身は悪意…不純物魔素の固まりです。それを操っているのが、闇の王と呼ばれる存在です。闇の王…二千年に一度現れるこの世界の最悪、ロロ様が昔…話をしておりました」

「二千年に一度…それが今の時代って事なのか」

「そうです。浄化で滅し封じる事は出来ますが、完全ではなく二千年後に再度現れると言っていました」

「ロロ様は、そんな魔物と昔から戦ってきたのか…」


 フィラル隊長も感嘆している。


「私は、死後オートマトンになりロロ様と闇の王を打ち滅ぼしたいと、思っております。二千年後でも・・さらにその二千年後でもいつか必ず」


 ルーシェントはまた涙が込み上げて来たのだろう、我慢はしているのだろうが溢れてきている。


「話は分かったわ、死ぬのは嫌だけど、もし死んでも闇の王に必ず…この国に手を出した事を後悔させてあげるわ」

「フィラル隊長…私もお供させて下さい! この身朽ちても必ずお役に立てるよう粉骨砕身努力いたします!」

「カルバトス副隊長、実が朽ちれば魔物と変わらないわ」

「はははっそれもそうですな!」

「ぷっ…ふふふ」

「ふふふふ」

「はははは」


 まだ障壁が消えるまで時間もあり、五人の顔も少しだけ綻ぶ。

 しかし運命の時は近づく、魔法障壁の消える時間は刻々と迫っていた。それを各自が感じ、顔を引き締める。そして最後の打ち合わせをルーシェントが行う。


「いいですか、私は殿下お二人を守れるほどの魔法障壁が張れますが、どれ位持つかは分かりません。ですので殿下お二人も使える魔法で支援をお願い致します」


 ノルファン殿下とメルフィ殿下は、静かに頷いた。


「フィラル隊長とカルバトス副隊長は、あなた方が死ねば両殿下が死ぬと心得てください」

「わかったわ」

「まかせとけ!」


 カルバトスはドンッと胸を叩いた。そして魔法障壁の外を見ると、カルバトスも彼の部下たちや従者等もおり四十人から五十人位だろうか、部屋の周りをうろついたり、死んで倒れている兵士を弄んだりしている。どれも既に生は無く、魔物と呼んで当てはまる形相だ。

 隊長とカルバトスは剣を抜き構える。死を前にして精神が研ぎ澄まされている様だった、フィラル隊長も同じだろう。そして、魔法障壁が揺らめき消えていく。


『ぐぁぎゃううううううううう!!』


 一人の魔物に落ちた兵士が叫ぶ、気付かれたようだ。


「いくぞ!」

「はい!うぉぉぉぉ!!」


 フィラル隊長とカルバトスは向ってくる魔物共と殺し合いを始めた。



 殿下お二人とルーシェントを背に守りながらも、既に三十分は立っている。魔物達は力こそ強いものの、動きは遅く攻撃が当たる事はない。フィラル隊長は勿論だがカルバトスも日々の鍛錬により、この程度の訓練なら幾度と無く行ってきた。


「これならロロ様が来るまで持ち堪えられそうだ!」


 出入り口から幾度となく魔物が入ってくるが、動きが遅いので問題なく倒せた。だからだろう、カルバトスは安心していた。彼もフィラル隊長も負ける事は無いと。

 一通り倒すと死体の山が出来上がる。もちろん意図して次の敵との邪魔にならないように斬っているのも、カルバトスとフィラル隊長だからできる芸当だろう。その場で完全に斬らずに斬り飛ばす事で遠くに敵を追いやっている。倒しても動くのを先に見たおかげで、無駄に倒れた敵まで気にしなくても良いのが思いのほか功を奏した。

 だが、そこから一変してフィラル隊長の雰囲気が変わる。


「ま…まさか……アルフレッド!!」


 カルバトスは隊長の声に驚き、そちらに目を向ける。フィラル隊長と対峙していたのはアルフレッドと呼ばれる、城外警備を任されている隊長の男だ。

 いや、噂は聞いていた。フィラル隊長とアルフレッド隊長が、恋人同士であるかもと言う事を。

 彼は、位は低いが貴族の出身で、顔も整っており二人が並べばお似合いだと良く耳にしていた。いや、聞かない様にしていただけだろう。カルバトスの様な無骨な男でも副隊長という職にいれば隣で並んで戦えるし話も出来る。だから恋人は居ないと思い込んでいたのだ。


「そんな…アルフレッドまで…魔物に…!」


 隊長はいつも冷静沈着である、だからこそ焦り戸惑う姿に私も動揺を抑えられない。


「気を確かに! フィラル隊長!!」

「わ…わかっている! 分かってはいるが…!」


 隊長は涙を堪えているのだろう、声が震え剣を持つ手も震えている様に見える。


『ヴィ…ヴィラ…ル……ヴァヴァ』


 まだ意識があるのだろうか、アルフレッドは声を発した。


「アルフレッド! 気を確かに持て! 魔物になるな!」


 隊長は剣を構えながらも、説得しようとしてる。しかしそれは危険だと感じ、他の魔物達を斬りながらカルバトスは隊長に近づこうとする。


『ギミ…ヲ゛…ア゛…イジ…テイル』


 「君を愛している」そうアルフレッドに伝えられ、隊長の目から涙が溢れ出す。危険だ、危険だ、カルバトスはそう思い、必死に隊長の下に近づこうとする。


「隊長! 隊長ーー!」


 遅かった、間に合わなかった!アルフレッドの持つ剣は、あの国内外で敵無しと謳われた剣士の胸をたやすく貫いた。


「がふっ…アルフ…レッド…」


 口から血を吐き倒れるフィラル隊長を横目で見ながらカルバトスは、アルフレッドに斬りつける。


「きっさまぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アルフレッドはそのまま吹き飛び、他の死体と同じ場所に倒れる。カルバトスはすぐさま隊長に駆け寄るが、目の視点があわず、もはや虫の息という状態だった。


「そうだ、回復魔法だ! 殿下! 回復魔法を!」


 そう言い三人が居る場所を見る。カルバトスは愚かだった、衝動に駆られ隊長の元へ向ったが為に手薄になった場所から魔物達が殿下達の方に群がっていた。


「クソッ! しまった!!」


 隊長を見れば、もう呼吸をしていなかった。彼は剣を握り締め、殿下達の方へ走る。


「私のミスだ……私が持ち場を離れたから!」


 ルーシェントの防御魔法が消え、頭を掴まれているのが見える。そして兵士の一人が、ノルファン殿下を斜めに斬りつけた。


「ぎぁあああああああ!!」

「お……おねえさま!!!!」


 胸から腹にかけて深く斬られ、内臓が飛び出す。そのまま倒れるノルファン殿下の内臓を泣きながら掻き集めるメルフィ殿下、しかし複数の兵士がメルフィ殿下の背中を突き刺す。


「ぎゃふ…お゛ね゛い…さ…」

「殿下! ぎっぁ!!!」 


 ルーシェントも顔に剣を突き立てられ絶命していた。


「こんな…こんな事が…あぁ…そうかぁ…そういえば朝に卵を食べてなかったな」


 カルバトスはそこで立ち止まる。もう何も守る者も居ないこの場所に立ち尽くす。毎日のげん担ぎに朝に卵を食べなかった事を後悔しながら、剣が手から滑り落ち床に転がる。そして、彼に群がる部下達の剣を全身に受けて倒れる。

 消えそうな意識の中、眩い光が目の前を覆いつくす。これが死なのだろうと直感した、しかし突如周りの兵士達が苦しみだすのを感じる。だが、カルバトスの意識があったのはそこまでだった。


「間に合わなかったか……痛い思いをしただろう…すまなかったな」


 そこに居たのは女性、【ロロ・ルーシェ・ノーツ】』国中を覆う程の浄化魔法で、闇に侵された者達を全て浄化した。だが、拝謁の間には唯一残った五人の死体が床に倒れていた。



 カルは三千九百年立った今でも後悔していた。助けられなかった事、卵を食べられなかった事を。

 そして、立ち上がろうとした時だった、魔素溜まりが直ぐ傍まで来ていた事に気が付かなかった、そのままカルは魔素溜まりの中に引き込まれる。そして暫く経った頃、浄化班が到着した時にはカルの姿はどこにも見当たらなかった。



 百年迷宮を彷徨い続けた、欲望のままに彷徨い続けた。そう、我輩は女性に触れるのが好きだ。下着を覗くのが好きだ。今日も冒険者を探しつつ迷宮を彷徨っている、すると通路奥から女性の気配がする。


「アレハ アタラシイ オートマトン カ ドレ アイサツ ツイデニ ノゾイテヤロウ」


 彷徨い続け、辿り着いたのは皮肉な事に十層メンテナンス室フロアであった。そこから出てくる一人のオートマトンをみつける、黒いワンピースに黒リボンの少女だ。

カルは、すかさず地面に寝転び彼女が上を通るのを待つ。これが彼の最近のトレンドらしい。


 近づくのをじっと待つ、足跡が近づいてくるのが分かる。しかし次に見たのは、スカートの中では無く靴底だった。


「グ…マサカ フミツケル トハ…」


 地面にめり込み動けない。しょうがない助けを求めるしかないと、百年ぶりに通信を開いた。それがカルの誤算であった、百年間溜め込んだアップデートのデータが大量に流れ込んできたのだ。

 

 そしてカルはそのままフリーズした。

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