第10話
イサム達が食事を終えると、ロロルーシェが寝る部屋を用意している間に明日の予定を話すと言ってくる。
「明日は十層のメンテナンス室にメルを迎えに行ってくれ、その後三十層の獣人の国に住んでいる仕立屋ドワーフ族の店に行ってイサムの服を用意して貰おう」
「そいつは助かる、流石に全裸にローブじゃ今後の行動に支障が出そうだ…」
「ははは、確かにそうだな」
すると、ノルが各部屋の準備が出来たと言いに来る。
「そろそろ準備が出来たようだ。今日は色々あっただろうし疲れただろう、あとは明日の朝に話をしよう」
エリュオンがイサムと寝ると騒いでいたが、イサムの説得によりロロルーシェと寝る事で話がついた。
「子供と言っても男女が寝るのは、さすがにダメだな」
気に入られているのはわかるが、あの殺意をもし寝てる時に出されたらと、恐怖を感じるのもあった。
イサムは部屋に入ると、疲れていたのだろう。すぐさまベッドに入って深い眠りに落ちた。
●
朝日が窓から降り注ぎ、イサムは清々しい気持ちで目が覚める。しかし、何かモゾモゾとシーツの中で気配がするなと感じ、シーツを捲るとエリュオンが丸まって寝ていた。
「おいおい、どうやって抜け出したんだ?」
すると部屋をノックする音が聞こえる。
トン トン
「イサム様、朝食の準備が整いますのでそろそろ起床をお願い致します」
「あ…ああ…りょ…了解」
タイミング良くドアをノックされたので、少しびっくりして声が詰まってしまった。
「なにか御座いましたか?」
「いや、特に何にも無いよ。準備して直ぐ向かう」
「かしこまりました」
そうノルが言うと、スタスタと移動していった。そこでようやくエリュオンの目が覚める。
「んう~~~ん、おやようイサム、ふぁぁああぁぁ」
両手を上に挙げながら、大きなあくびをするエリュオン。昨日は、左右に髪を二つに分けてツインテールと呼ばれる髪型だったが、今は髪を下ろしている。出会った頃より少し成長しているからか、小さな膨らみがワンピースの上から強調されている。
「ロロルーシェと寝てたんじゃないのかよ」
「だってイサムと寝たかったんだもん」
「おいおい、子供が言うセリフじゃないぞ」
見た目が子供なので、どうしてもそんな言葉と態度に出てしまったイサムにエリュオンが返す。
「子供じゃないわ、少なくともイサムよりは年上よ。たぶん…」
「それはそれでまずいだろう……それより朝食が出来てるらしいぞ、早く起きないと」
他の人が来るとまずいと思い、イサムは先に行くからと部屋をでる。昨日食事した部屋に着くと、他の三人は既にテーブルに座っていた。
「おはよう、ごめんなー待たせた」
「おはようございます」
「おはようー」
「おはよう、ふふふっ余程気に入られたみたいだな」
ロロルーシェがイサムを冷やかす。
「蘇生魔法の影響じゃないのか?違いすぎるぞ」
「蘇生は心を癒す魔法の効果もあるのかもな、使えなかったから確実な効果の検証が出来ずに分からなかったんだ」
「よくそんな魔法使わせたな…」
「いや待てよ……まぁ後でルルルに調べさせよう」
「ロロルーシェも使えば分かるタイプの人らしいな……まぁ気持ちは分からなくもないが」
その後エリュオンが眠たそうに出てきたのを座らせ、五人で食事をする。
●
朝食を終え、六人で昇降機の所まで来る。ロロルーシェは見送るだけだ。
「この昇降機で九十層まで降りれるが、まずは十層のメンテナンス室でルルルに話してメルを迎えに行ってから、エリュオンの様変わりも聞いてくれ。あー途中でカルの回収を忘れずに」
「問題ありません」
「了解って言っても、着いてくだけだが」
「行って来るねー」
「行って来ます」
「まさかこんな形で、また下に降りるとわね」
それぞれがロロルーシェに話しかけながら、昇降機は地下へと向い動き始める。
ゴウン ゴウン
五人が昇降機内の入り口上部にある数字が変わるのを見ながら、無言のまま十階に到着する。
「エレベーターって何で無言になるんだろうな……」
「……」
ガゴン
昇降機が十階に到着し外に出ると、イサムも周りを見ながら「ほあぁ~」と声が出る。近未来的な青いラインが通路の壁に上下左右に広がり、その中を濃い光が流れている少し薄暗い場所だ。
「ブルーライトか?」
ノルがエリュオンに尋ねる。
「カルはどのあたりで踏み潰したんですか?」
「えっとね…こっちかな」
そう言うと、エリュオンはスタスタと歩いていく。しばらく進むとエリュオンは立ち止まり、地面を指差しながらノルに話す。
「ほら、あそこの小さなくぼみの中に居るかもね、動いてなければだけど」
イサム達も指を指した場所を見ると確かにくぼみが見える。ノルが近づくと、まるで汚い物を摘む様に親指と人差し指で挟み持ち上げる。
すると白い卵がくぼみの中から出てくる。ノルが摘んでいるのは卵の腕だろうか。
「カル、起きなさい」
キューーーン
音が鳴り、卵が動きだす。
「これはこれはノル姫様、ご機嫌麗しゅう存じ上げます」
カルと呼ばれた卵は、ノルを姫様と呼び機嫌を伺っている。
「姫と呼ばないでと言ってるでしょ」
昔からの知り合いなのだろう、ノルのカルに対しての態度は少し冷たい。
「百年ぶりに出会えた喜びに、我輩…感無量で御座います、感謝の証に是非ともその双丘の間に我が身を挟ませて頂きたく…」
バシッ
「ふけつ!」
「ぶひゃい!」
ノルの目にも止まらない速さのビンタでカルは叩かれ、思いっきり地面に転がる。
転がりながらやっと壁にぶつかりカルは止まる。立ち上がろうとするカルの足はガクガクと震えている。
「よく割れないな……てか卵なのに足にきてるぞ…」
「ぐふぅふぅ…姫に触れて頂き、我輩…幸せで御座います…」
「タフな卵だな…」
すると、カルはノルの後ろに見えるリリに気付く。
「おおぉぉ、あなた様はロロ様のご子息であられましょう。是非とも我輩の感謝の抱擁をお受け取りくださいませ」
そう言うと一気に駆け出す。それを防ごうとノルが体を張って防ごうとしたが、軽くかわしてリリに飛びついた。
カルはその膨らみに手足を大きく広げ、しがみ付きながらスリスリと左右に動いている。
「我輩、この上ない喜びで御座います」
カルが感触を確かめる様に、なかなか腕を放そうとしない。
「おい卵」
突如上から声がする。ぶっきらぼうに卵と呼ばれ、少し頭にきたカルは声がする上を見上げる。
「それは私のおいなりさんだ」
イサムは生涯絶対に言う事が無いだろうと思っていた言葉が、自然に口から出た。
そしてカルは二秒ほど動かなくなり、その後両足で足場をターンと蹴り後ろに飛んだ。
パン
パン
パン
と、右に左にと空中で爆発を起こしながら地面に落ち動かなくなった。
「さ、メンテナンス室に向いましょう」
ノルは汚い物を掴む様に、二つ指でカルを拾い上げると手をそのまま下げずに進みだす。
しばらく進むと、壁と同じようなツヤのある黒い建物が何棟もある場所に到着する。すると到着を待っていたかのように、メガネをかけ白衣を着た女性が駆け寄ってくる。髪が緑色で少しウェーブがかかったような髪形の女性で、ロロルーシェよりも胸が大きい。
「ノル様お待ち致しておりました! メル様も無事に修復出来ております!」
そう言うと、その女性はノルに抱きついた。
「ちょっとルルル止めなさい! ほら、カルを見つけてきたわ」
ノルがずいっとカルを突き出すと、ルルルと呼ばれた女性はもの凄く嫌そうな顔をして、掛けているメガネの前に虫眼鏡のような物を取り出して観察している。
「うわぁ不純物汚染率が九十%超えてるわ……よく魔物化してないわね」
そういうと、同じく汚い物を触るように二つ指で摘むと部下のオートマトンを呼びカルを渡す。
つぎにルルルはリリとルカを見る。
「本当に二つに分かれてしまったのですね、お可愛そうに。ロロ様と必ず元に戻せるように精一杯頑張らせて頂きます!」
いつもの事なのだろうが、ルルルは勢いよく二人に抱きついているが強引過ぎて、二人とも少し引いているみたいだ。つぎにエリュオンを見る。
「あの…色々とごめんなさい」
モジモジと素直に謝るエリュオンを、ルルルは素早い動きで抱き上げ、頰ずりしながら抱きしめる。
「可愛いわぁーー! 本当に闇の魔物だったのーーー?」
エリュオンは固まってされるがままだ。
そしてイサムを向くと、エリュオンを抱いたままジロジロ見ている。
「な…何だよテン」
「異世界の男性って奇抜な格好してるのね」
「断じて違う!」
イサムは即座に否定した。
「それより、エリュオンの様変わりの事だが」
「ロロ様から聞いているわ、ちょっと待ってて」
ルルルはそう言うと、エリュオンを抱きかかえたまま、黒い建物の中に入って行った。
しばらく経ち奥の黒い建物からエリュオンを抱きかかえたルルルと、ノルとそっくりなメルが出てくる。ノルと違うのは、青い髪が少し濃いくらいだろうか。
「ご迷惑をお掛け致しました」
ノルの様に丁寧な挨拶をしてくる。
「イサムだ、よろしくな」
「メルと申します。宜しくお願い致します」
メルは深くお辞儀をする。
エリュオンはルルルに下ろされと、すぐさまメルに謝りながら頭を下げる。するとメルはエリュオンの頭を撫でながら、問題ないと答える。
「問題ないです。ただ、怪我をしたのがノルお姉様だったら少し怒ってたかもしれません」
そう言うメルの笑顔の裏に少しヒヤリとしたものをイサムは感じたが、姉妹愛以上のものは無いだろうと思うようにした。
そしてメルはイサムに向きなおす。
「イサム様、リリルカを救って頂き誠に有難う御座います」
「いやいや、ロロルーシェの魔法だし…別に俺の力じゃないよ…」
頭を下げるメルに戸惑うイサム。
(家族同然なんだろうな)
「ルルル、それでエリュオンの状態はどうだったんだ?」
「そう! それよ! 大変な事がわかったわ」
少し興奮気味にルルルが分かったと言う事を話す。
「パーソナルコードが書き換えられていたわ、あなたのコードにね」
「ん? 闇の王じゃ無かったのか?」
「そうよ、そのはずだったの」
「じゃぁもしエリュオンが死んでしまってもコアは…?」
「ええ、あなたの元に戻って来るわ。メニューを開けるかしら?」
イサムは昔のゲームと同じメニュー画面を開く。他人には見えない視覚魔法で作られているらしい。
そこに新しいカテゴリーが追加されていた【コア】である。
「コアが増えてるな」
「コード書き換えられた事で、あなたにコアの所有権が移ったみたいなの。だからメニューに新しく項目を追加してあげたわ」
「この画面はルルルが作ったのか、すごいな」
「ええそうよ、基本は三年前にロロ様から異世界の【おんらいんげいむ】っていうシステムを【はっきんぐ】してそれを独自に魔法加工したものよ」
「ハッキング…?」
「そう、異世界のデータを見るときにするんでしょ?」
「いや…それは間違ってるぞ。俺たちの世界では犯罪だよ…ん? まてよ三年前のハッキング事件…まさか…そのゲームって…」
「ん? あなたが遊んでいた【おんらいんげいむ】じゃないの?」
「おまえらかーーーーー!」
三年前の就職するまでの六年間やり続けたオンラインゲーム【ドラゴン サーガ オンライン】様々な竜が冒険を繰り広げるMMO-RPGだ。
主人公は、竜人で相棒の竜にまたがり世界を冒険する物語で、三年前に大規模なハッキングを受けてデータがごっそり無くなっていたらしく、犯人が特定出来ないまま、サービスが終了した伝説のオンラインゲーム。
海外でもニュースになるくらいの事件だった。イサムはそれ以降オンラインゲームを引退し就職して今に至る。
「犯人はここに居ましたよ……まぁ三年前の事だし、気にしてもしょうがないな…ははは……」
それにその事件の後に出したオンラインゲームが大ヒットしたらしく、その会社にとっては棚ぼただったのかもしれない。
「エリュオンちゃんがあなたを気に入っているのは、あなたがエリュオンちゃんの所有者になったからでしょうね。無意識に主従関係が出来てるのかな?」
「そうなのか…死んでも闇の王に戻らないってのは良いな、まぁ見殺すつもりも無いが…」
「ま…まぁ…イサムがそれでいいなら、私も一応家来になっても良いわよ」
「家来って言うか、仲間だな」
上から目線でエリュオンが言うか、嬉しそうだ。
「ふふふ、あなたもロロ様と同じでコアを物扱いしないのね。気に入ったわ!」
「いや…コアがどうだかは知らないが、目の前で動いて話してるなら俺自身と変わらないだろ」
「ロロ様が蘇生適合者に選ぶはずね、これからもよろしく頼むわね」
「こちらこそ宜しく頼む」
イサムとルルルは、がっちりと握手をした。
「ではメンバーが揃いましたし、取りあえず三十層へ向いましょう」
ノル達は先程の道を引き返して昇降機に向う。ルルルがエリュオンを名残惜しそうに見ていたが、ノルの「仕事に戻りなさい」の一言で渋々戻って行った。
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