(2)
「あの。実は……」
わたしは、これまでのことを洗いざらい全部話した。
実の母親に見捨てられて、養親に買われたこと。養親の一方的な束縛が嫌で、就職を口実にして家を出たけど、ローリーへは親に押し込まれたこと。でも、親の離婚騒動に巻き込まれて、自分だけでなくて店にも迷惑がかかっちゃった。わたしも精神的に追い詰められてて、このままじゃ耐えられない。信用できる先輩に手伝ってもらって、アパートを引き払って、仕事も辞めた。養親から離れたい。逃れたい。その一心で、後先も何も考えないで。
緊急避難で一葉館にいるけど、仕事しないとこのままじゃどうにもならない。養親に見つからないよう、できるだけ小さいこぢんまりした店で働きたい。お金のことは二の次。今いる一葉館にも、鳥羽さんに無理を言って置いてもらってる。もし養親に見つかって押しかけられたら迷惑をかけるから、出来るだけ早く出たい。隠れたい。
わたしは必死だった。
「お給料はどんなに安くてもいいです。住み込ませてもらえませんか? お願いします!」
土下座して頭を床にこすり付ける。
「ちょ、ちょっとぉ。あんたがなんか悪いことしたわけじゃないんだからさ。土下座は止めて。なんか、わたしらがいじめてるみたいだ」
ゆかりさんが、わたしの腕を掴んで引っ張り上げた。
「うーん、どうすっかなあ」
腕組みして考え込むゆかりさん。
「どうするって、来てもらえばいいじゃない。どうせ家には使ってない物置部屋いっぱいあるんだしさ」
おばさんが神様に見える。でも、ゆかりさんの表情は渋かった。
「いや、そう言うんじゃなくてさ」
ゆかりさんが、わたしにぴっと指を向けた。
「ローリーは厳しいから、あんたはまともにお客さんの髪触らせてもらえんかったんちゃうの?」
あ……。
「ローリーに限らずだけど、有名店ほど下っ端には髪ぃいじらせないよね。だからセンスのいい人しか生き残れない。必死に努力して、人ぉ出し抜いて、アピールして。それでも、残れない人の方がずっと多いよ。最初からローリーなの?」
「……はい」
「そこだけなんでしょ?」
「は、はい」
「専門行ってる間に、何かコンテストとか応募した?」
「いえ……」
「ローリーみたいなとこが、専門出たばっかの普通の子を最初っから取るってのは、ちょっと普通じゃ考えらんないよ。言っちゃ悪いけど、あんたは親の意向であそこで飼われてたんちゃうの?」
その通りだ。何も……言えない。
「まあ、わたしはいいけどさ。わたしの人生じゃない。あんたの生き方なんだし。けど、うちはほんとに使える人が欲しいの。ほんとはベテランさんが欲しい。おばちゃんでよかったんだ。冗談抜きでさ」
「ゆかり、あんた言い方きついよ」
「ママは黙ってて!」
ぴしゃっと。ゆかりさんが、視線でおばさんの口を封じた。
「うちは、ママが
ゆかりさんの眉の間に、ぎうっと深いしわが寄った。
「シニアに評判のいい店を聞きつけて、無給でいいから手伝わせてくれって言って潜り込んでは、そこで技を身に付けたの。しかもね。わたしがママの跡継いだって、わたしの腕が悪かったらそれまでだよね。ママや柚木さんはうまかったけど、ゆかりちゃんはねーって言われようもんなら、わたしは食べてけないもん。最低ラインがママ。わたしは少なくてもそれを越さないとなんない。ほんとにきつかったの」
ゆかりさんが横目でわたしを見る。わたしは間違いなく役立たずだ。冷や汗が出て来る。
「わたしはね。まだママの域には達してない。ママにない今風のセンスと技術だけはちょっぴり仕入れたけど、そんなに融通が利かないの。まだサポが欲しい。だからベテランさんの手を借りたいの。見習いを置いとく余裕がないの。分かる?」
頷くしかない。
「あんたの事情も、しんどそうなのもよく分かる。でも、わたしはあんたを家政婦兼掃除婦としてしか使わないよ。それでもいい?」
ゆかりさんの言ってること。わたしを置いてはくれるけど、美容師とは扱わない。そういうこと。それは嫌だなあと思ったけど、そんなことを口に出せる状況じゃなかった。
「それでも……お願いします」
わたしはそう言って頭を下げることしかできなかった。顔を伏せたわたしをじっと見ていたゆかりさんが、溜息混じりで頷いた。
「しゃあない」
わたしは。ママとゆかりさんの家に住み込むことになった。
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