(3)
久しぶりに激しく酔った。頭の中がぐるぐる回ってる。僕はベッドに突っ伏して、枕を抱えてうなっていた。
酔った後の横手さんの告発。小野さんが、それをどう受け取ったのか分からない。でも、あれは横手さんの単なる恨み節ではないように思う。あちこちにぶつかって傷を作りながら生きてきた横手さんにとって、柔和で懐の深い小野さんのような存在はとても大事なんだろう。でも、そこに傾斜し過ぎて体を壊して亡くなってしまったお姉さんの二の舞いだけはしたくない。あの言葉は、本当は小野さんにではなくて、自分に向けて言い聞かせたことなのかもしれない。
横手さんは、園部さんにも梅田さんにも実力行使してる。でも小野さんに対しては、言葉で辛らつなことを言っても手は出さなかった。横手さんにとっては。お姉さんからだけではなく、小野さんからもらってきたものもとても大きかったんじゃないかと……僕は思う。
人はいいことだけでは出来てない。いいことも悪いことも折り重なって、その人を形作る。綾織りのように。
◇ ◇ ◇
翌朝。がんがん割れるように痛む頭を押さえながら、ゴミを出しに行った。そのゴミ置き場を見て、絶句した。
資源ゴミのところが凄まじいことになっていた。どんだけあったんだってくらいの大量のマンガ本。商業誌だけでなく、同人誌も。あまり見たことがない奇抜な色模様の服も、がさっとくくられて投げ出されている。一般ゴミの方も、はんぱじゃないゴミの量だ。フィギュアやグッズ。くしゃくしゃに丸められた大量の紙ゴミ。無造作にポリ袋に投げ込まれて、放り出されている。
これは……梅田さんだ。
飲めないはずの横手さんが無理に深酒したから、昨日はあれから完全に潰れてたはず。梅田さんに気合いを入れにいくことなんてありえない。つまり、梅田さん自身がやったってことだ。それが熟考の末なのか、それとも単なるぷっつんなのか、それは僕には分からない。分かっているのは……僕と同じように、後がないってこと。
僕は突然親と家を失った。でも、とりあえずバイトは続けられた。生活する最低ラインは確保出来てた。でも、梅田さんは突然職を失ったんだ。身内はあてに出来ず、住処はお金の工面が出来ない限り手放さないとならない。僕よりもずっと状況が厳しい。幻想だのプライドだのって、ごちゃごちゃ言ってる場合じゃなくなってしまったってこと。この前の横手さんの罵声で梅田さんが一番堪えたのは、もしかしたら治療費払えの一言だったかもしれない。その一言が、嫌でも現実を直視させるのだから。
売り払わないで、ゴミに出すこと。それは、梅田さんの最後のプライドのように思えた。自分が精魂込めてエネルギーと時間を注ぎ込んできたことの象徴。それを中途半端に換金したくない。値を付けて欲しくない。これからの自分に意味がないのなら、それはゼロにしかならない。ゼロ以外になっちゃいけない。そういう強い意図がこめられているように……感じた。
横手さんのど突きがあってもなくても、いずれ梅田さんはその決断をしなきゃならなかっただろうし、そうしただろう。横手さんが言ったようにもう決断はしてて、タイミングだけを見計らっていたのかもしれない。
僕は、そのゴミの山を見てほっとすると同時に、底なしの恐怖を覚えていた。園部さんも梅田さんも。なんだかんだ言って舵を切ってる。それまでの自分を精算しようとして、走り始めてる。でも僕は、まだ助走すら出来てない。これでいいわけはない。どうすれば……いいんだろう?
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