第七話 交差
(1)
クリスマスが近くなってきた。
どこの学校でも終業式が終わって学生の来店が減り、お客さんの数は減ったけど、お客さんの買い物の量が増えて単価の高いものもよくさばけてる。売り上げ的にはむしろ伸びてる。だから店長の機嫌がいい。
「おう、トシ。おまえ、クリスマスはどっかでぱっとやらんのか?」
「うーん。まだそんな余裕は全然ないっす」
「なんだなんだ、一番モテる時期だろがよ。さっさと女の子に声掛けて、楽しくやりゃあいいじゃないか」
「先立つものがねえ……」
「まったく、しけてやがんなー」
僕じゃなくて店長がぶつぶつ言うのが、なんかおかしい。
フライヤーの中のフライドチキンがいい色になった。それを保温ケースの中に並べて、声を上げる。
「クリスマス特製フライドチキン、揚げたてですよー。いかがですかー」
ああ、いい匂いだ。僕が買って帰りたい。でも、今日は弁当のさばけもいいから売れ残りはなさそうだ。お握りを買って帰るしかないなー。おかずは……なしだ。
◇ ◇ ◇
一番安い梅とおかかのお握りをちょっと温めて。インスタントの味噌汁と一緒に食べる。わびしい夕食だけど、こういう日もあるって割り切るしかない。
今月のバイト代で、家賃と光熱費を払って。わずかだけど貯金をした。体調を崩してバイトが出来ないなんてことになったら、僕はすぐに無収入になる。大家さんの信用を損ねてる今、家賃滞納なんか絶対に出来ない。これ以上失点を重ねるわけにはいかないんだ。少しでも備えておかないといけない。
ああ、本当に。まじめに職を探さないといけないんだろう。今までふわふわと、なんとなく生きてけると思ってた虚飾の部分はとっくに剥げ落ちてる。自分は素っ裸で外に放り出されているのに、その怖さがまだ身に滲みてない。これじゃ、園部さんとまるっきり同じじゃないか。
「ドブネズミ……かあ」
膝を抱えて、ヒーターの前で丸くなる。
僕の人生は、そんなもんだと思ってた。仕方ないって考えてた。でも、薄ら寒い部屋の中でぽつんと縮こまってると。自分がどこまでも惨めだっていうことを意識してしまう。自分の生活すら自力でまともに支えることができない、ひ弱な自分。店長や横手さんにがんばれって励まされてるようじゃ、どうにもなんない。それって、ほんとは僕が自分自身に言わないとならないこと。もっと、がんばれって。
ヒーターの前で首を縮めたカメみたいに固まって、うだうだと考え事をしてた僕の耳に、ノックの音が届いた。
「はい?」
小野さんかな。
「鳥羽です」
あ、大家さんだ。なんだろう? お金はちゃんと振り込んだはずだけど……。慌ててドアを開ける。
「こんばんは」
挨拶をしたけど、大家さんの表情が硬い。
「ねえ、弓長さん。あなた、三ツ矢さんのとこに行ったの?」
あ……。でも、隠してもしょうがない。正直に言うしかない。
「はい。小野さんのとこで見た新聞のチラシに三ツ矢さんが勤められてる美容室のがあって。そこに写ってる店員さんが三ツ矢さんだってことを小野さんに教えてもらったんです。偶然でしたけど」
「え?」
あ、そうか。大家さんは、僕が違法な手段で三ツ矢さんを探したと思ってたのかもしれない。
「あ、あら。そうだったの」
大家さんが、ちょっとほっとした顔を見せた。
「今日、三ツ矢さんから電話があってね。コルクボードの件、本当にごめんなさいって」
「あ、済みません。僕はそれを責めるために三ツ矢さんのところを伺ったわけじゃないので。あれは話を切り出すきっかけが欲しかったからなんです」
「……写真の?」
「はい。そうです。三ツ矢さんからは、あの写真を貼ってたわけなんかを教えてもらいました」
「そう」
大家さんが、じっと僕の顔を凝視している。ここまで話したんだ。僕はいちかばちか、全部大家さんにぶつけてみようと思った。それは僕に破滅をもたらすかもしれない。でも、僕はどこかに突破口が欲しい。このままうだうだと頭の中だけでこねくり回していても、気力が湧くこともないし何も変わらないだろう。ガス欠の僕が唯一行動しているのが、この写真に関係することなんだ。それをどうしても活かしたい。
「大家さん。外は寒いので、部屋の中で話しませんか?」
「そうね」
大家さんが、後ろ手にドアを閉めて、部屋に入って来た。ヒーターの前を勧める。
「寒い……部屋ね」
「電気代をケチらないとなんないので」
「そう」
お湯を沸かして、インスタントコーヒーを煎れる。それを大家さんの前に置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
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