最終話
自分の涙の向こうにいる智樹を一ノ瀬は必死に見ていた。
何度繰り返しても同じだ。どんなに頑張っても智樹は同じ日に命を落とす。
変えられない現実なんだ。数えられないほどの繰り返しは、ただ現実を変えることが不可能だという真実を思い知らされただけだった。
一ノ瀬はしゃくり上げながらそれでも必死に智樹に伝えた。
伝えなければならないと思った。智樹はもう繰り返しに気づいている。真実を知りたいと願っている。それを隠すことなんてできない。
だから、途切れ途切れになりながらも、懸命に一ノ瀬は伝えた。
一ノ瀬佳代は山橋智樹のことが好きだった。
一ノ瀬が引きこもっていたときに智樹は一ノ瀬を学校へと誘った。智樹は優しくて親切だった。一ノ瀬を無理に学校に連れ出すことはせず、ただ純粋な関心を示してくれた。
それが嬉しかった。
智樹と一緒にいる時間が何よりも楽しかった。
けれど、そんな時間が続いたある日のこと、智樹は死んだ。自殺だ。
生きる価値が見いだせなくなった。そう遺書を書いて自分の家で首をつった。
第一発見者は一ノ瀬だった。部屋からのぞき込んだ時に偶然発見したのだ。
頭がおかしくなるほどの悲しみに押しつぶされた。そして実際に発狂した。
気が狂って意識が遠のいたあと、意識を取り戻したら時間が巻き戻っていた。
巻き戻った世界で智樹は生きていた。一ノ瀬は必死に智樹が死を選ばないように行動した。しかし、何をどう選んでも、同じ日の同じ時刻に智樹は必ず死んだ。
自殺を選ばなくても、あるいは事故死で、あるいは人に殺されて死んだ。
どうしようもならない現実。
そこで一ノ瀬は考えた。誰かが必ず死ぬ必要があるのではないかと。
智樹の代わりに誰かが命を落とせば智樹が救われるのではないかと。
繰り返しが行われるたびに、一ノ瀬の身の回りで不自然なことが起こり始めた。
まず身体にあざが増えだした。内出血のようなあとは全身に広がっていった。そして、優しかった母親がおかしくなり始めた。さらに、いたはずに父親がいないことになっていた。
繰り返せば繰り返すほど歪みが大きくなっていくのだ。
だから、一ノ瀬は虐待されてそれを苦にして死ぬ少女を演じようと思った。
そして実際に演じきった。
けれど、自分が死のうとしても必ず智樹が一緒に死んでしまう。
何度試してみても状況が変わることはなかった。
ついには大好きだった猫も死んだ。
一ノ瀬自身も頭がおかしくなりそうだった。
しかも、何度も繰り返していくうちに徐々に繰り返しに気づき始めていた智樹が、ついにそれに気がついた。その瞬間、終わったんだと思った。
結末が近づいたんだと思った。
智樹が思い出し、気づき、悟ったあとに取る行動は容易に想像がついたからだ。
智樹を救うことができなかった。
なんで。
どうして。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
一ノ瀬は何度も何度も震える声で謝った。
死ぬべきなのは智樹でなく自分のはずなのに、どうして智樹が死ななければならないのだろう。一ノ瀬は全てを語り終えた後、もう一度智樹を強く抱きしめた。
大泣きし、涙が涸れたころ、智樹がゆっくり立ち上がった。
「ありがとう」
優しくそう言って智樹は一ノ瀬の頭を撫でた。
そしてそのまま智樹は家を出て行った。
呆然とした日々が過ぎていく。
智樹はその日から行方不明となった。
父親が警察に連絡して捜査が始まった。
けれど、捜査に進展がないまま、智樹が死ぬ日になった。
そして一ノ瀬はニュースで智樹が死んだことを知った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
一ノ瀬はそのニュースを見ながら何度も何度も涙を流して謝った。
* * *
繰り返しの世界。そう一ノ瀬に説明されても理解できなかった。けれど理解できていないのに、身体が勝手に納得して消化してしまっていた。
自分は自殺したんだ。自分で自分を殺した。一ノ瀬が自殺しようとしたのを止める権利なんてそもそもなかったんだ。
智樹は人気のない山を登りながら今までのことを思い出す。
なぜ自分は自殺したのだろう。いや、自分の弱い部分は嫌というほどわかっている。
結局この世界に耐えられるだけの力がなかったということだ。
それでも。それでも死んだ後にこんな幸福を得られてよかった。一ノ瀬が死を悲しんでくれた。智樹が死ぬことを受け入れられない人物がこの世界にいたんだ。
それがわかっただけでも生きていてよかった。
誰かから愛されるということはこんなにも嬉しいことなんだ。
それに一ノ瀬が死ななくて本当によかった。
もう何も思い残すことはない。
目の前が暗くなっていく。
ああ、そうだ。これが死だ。
<了>
あなたの定規で測らないで 山橋和弥 @ASABANMAKURU
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