第16話 不評なる援軍の到着

 帝国軍の中央砦に、鉄仮面の軍師フォウが呼び寄せた三人の武将がやってきたその日、砦内のあちらこちらで、兵士たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。


「おい、聞いたかよ。さっき到着した援軍の話」

「ああ聞いた。卑怯者で有名な双子の騎士と絶対に負けるっていう老将軍だろ。なんで天眼の軍師様はあんな奴らを呼んだんだ?」


   ***


「双月の騎士、兄のネルと弟ノートン、天眼のフォウ様のお呼びによりはせ参じました!!」


 元気のある明るいハスキーボイスが、中央砦の作戦司令室に響く。

 派手な金色の鎧を纏った小柄な騎士の名はネル。

 一房だけ残して短く刈られた金髪と溌剌とした雰囲気は少年のようである。さらにその整っている顔立ちと男にしては甲高い声から、女のようだと馬鹿にされることがあることを本人は気にしている。

 その背後に控えるのが、銀色の鎧を着る長身の騎士ノートンだ。

 兄とは違い、精悍な顔つきをした長身の騎士であり、雰囲気も対照的に実に物静かな雰囲気を醸し出している。


 この若者二人、見た目にかなりの違いがあるが、まぎれもなく同じ母胎で共に育った双子である。

 ただ一緒にいる印象としては、兄のネルの方はやんちゃな末っ子で、弟のノートンの方は落ち着いた兄のようにしか見えない。


『よく来てくれた、二人とも』


 杖を手に椅子に座る鉄仮面の軍師フォウの言葉に、双子の騎士は膝を付く。

 そしてもう一人。続けてその隣に膝で付くのは、白髪の老将。


「元気な双子と共に、バラクーダもはせ参じました」

『よく来てくださいました、バラクーダ老将。またお力をお貸しいただきたい』

「この老骨にできることでしたら、なんなりとお申し付けください、フォウ軍師」


 バラクーダは、今年で50を超える歳だが、未だ現役として前線で戦かう老将である。

 それこそ帝国が大陸制覇に向けて戦を始めた頃から戦場に立つ古参であり、それなりに地位も高い。生き残っている同世代の者のほとんどは、帝国軍の上層部として高い地位についているが、バラクーダは未だ前線に立っている。


 双月の騎士と呼ばれるネルとノートン、老将バラクーダ。

 この三人、帝国軍において、かつてより悪い意味で名が通っている。

 それ故、他の上官たちからは、うっとおしがられ敬遠されていた。

 しかしその一方で、フォウはこの双子と老将を非常に高く評価している。

 以前、采配を握っていた帝国の西のザイオン刀国との戦においても、フォウはネルたちとバラクーダを重用。

 連戦連勝を上げたフォウが不敗の軍師と呼ばれるようになった影には、この三人の活躍があったのは間違いない。


「フォウ軍師。さしあたりまずは、アルタナ軍師よりの書状をお渡しいたします」


 立ち上がったバラクーダが蝋印が押された書状を差し出す。

 フォウの隣に立つカリナがこれを受け取り、帝国四軍師の長である閃光のアルタナからの書状をフォウへと差し出す。

 白い手袋はそれを受け取ると、蝋印を割って書状を広げ、鉄仮面の隙間がその上の文章をなぞってゆき、それを見終えると、背後に控えるケイオスへと渡す。

 ケイオスはそれをそのまま懐へと仕舞う。


『三人とも長旅ご苦労だった。しばし休み英気を養ってもらいたいところだが、早速明日から働いてもらうぞ』


 杖を手に椅子から立ち上がったフォウは、この周辺一帯の地図が広げられたテーブルへと移動すると、テーブルの周囲に移動したネルたち三人に鉄仮面の隙間を向ける。


『すでに伝えてあるが此度の相手は黒狼卿である』

「お任せください、フォウ様! 皇国の英雄だかなんだか知りませんが、オレとノートンの二人でやっつけてやります!」


 少年のような笑顔を向けるネル。

 そんなネルを隣に立つノートンが兄を諌める。


「兄さん、フォウ様の話はまだ終わっていないよ。フォウ様が自分たちとバラクーダ老をわざわざ帝国領の反対側から呼び寄せたんだ。ただの相手ではないはずだよ」


 これにバラクーダも頷く。


「そうじゃぞ、ネル。黒狼卿は、不敗の軍師と謳われたフォウ様に、初めて黒星をつけた者。戦場を徘徊する黒き死神と恐れられる男だ」

「ですが、それはフォウ様が体調を崩されてのことだと聞き及んでおります! そうでなければフォウ様が負けるはずがありません!」


 そう断言しながら「おのれ黒狼卿め、フォウ様の顔に泥を塗るとは許せん!」と怒りの拳を握りしめるネル。

 ちなみに、そんなやりとりを眺めていた天眼の軍師は、その鉄仮面の下で思いっきり赤面していた。

 好きな相手に手にキスをされて恥ずかしくて気絶したとは、口が裂けても言えない話である。

 軽い咳払いをする天眼の軍師は続ける。


『では早速、明日よりの作戦を伝える』


 そして鉄仮面の奥から語られた天眼の軍師のこの度の一手を聞き終え、バラクーダは楽しそうに笑い出す。


「これはまた随分と面白い作戦ですな」


 一方でネルが腕を組んで唸り始める。


「おいノートン。つまりオレたちは誰を倒せばいんだ?」

「黒狼卿だよ、兄さん」

「しかし?」


 これに対しては、フォウが語る。


『それが目的ではない、ということを理解してほしい、という意味だ。何より侮らぬことだ。黒狼卿は、これまで貴公らが戦ってきたどの相手よりも強い。最強の騎士だ』


 フォウの念押しに、弟のノートンが拳を合わせる。


「ご安心下さい、フォウ様。兄者共々、我ら兄弟に侮りはありません。与えられた任務を果たすことこそが我らの役目であると理解しております」

「そうです! 侮っていません!」


 弟に続く兄ネルの元気な声に、フォウが頷く。


『その言葉に偽りがないことを、私は理解している。その上で、此度の策において、絶対にしてはならないことを伝えておく』


 そして天眼の軍師は、三人に向かって、それを告げる。


『それは負けることだ』


   ***


 同日。

 皇国のマルデュルク砦では、ヴィンセントたちが皇都より帰還していた。

 馬小屋に馬を繋ぐヴィンセントとルゥの元に、ロウタが出迎えにやってくる。


「ごくろうさん、皇都はどうだった?」

「変わらず平和そのものだ。俺たちが留守の間、何か変わったことはなかったか?」

「気持ち悪いくらい何もなかったよ。そっちこそ、皇王はどんなことを言ってきたんだ?」

「それについては後で話す」


 そう答えるヴィンセントの視線の先にはこちらへと向かってくる赤竜卿ブラームスの姿があった。


「ご苦労だったな、黒狼卿」

「ブラームス卿。お手間をおかけいたしました」

「なに、ロウタのおかげで久しぶりに有意義な時間を過ごすことができたよ。それで、皇王様はなんと?」


 常に皇王の傍にいる赤竜卿も、この度の召集の理由を知らされてはいないらしい。

 そう思いながら、ヴィンセントは言葉を選び、報告する。


「ただねぎらいの言葉をいただきました」


 そうとだけ答えると、ブラームスは、どこか呆れたように、それでいて納得したように「なるほど、皇王様らしい」と苦笑した。


「あい分かった。なんにしてもご苦労だったな、黒狼卿。それでは引き続き、この砦の守護、任せたぞ」

「かしこまりました、お任せください」


 そう礼をするヴィンセントは、ふと気になったことを尋ねる。


「ブラームス卿は、すぐに皇都へご帰還されるのですか?」

「ああ。ただもう数日は、山道の工事の様子を見て回るつもりだ。工事計画を幾つか見直したいのでな。上手くすれば工期を短くできるかもしれん」


  ***


 ブラームスと別れたヴィンセントたちは、早速、黒狼卿の寄宿舎へと戻る。

 そしてヴィンセントの部屋で、互いにあったことを話し始める。


 まずヴィンセントは、皇王からの召集はミカサ皇女が手をまわしたことであり、そのミカサ皇女の帝国との和平を進める為に動いているという話をした。

 これにはロウタも驚きを隠せない。


「こいつは驚いた。まさか和平とはねぇ」

「間違いなく皇王様も知らないことだ。くれぐれも他言無用で頼む」

「当たり前だ。こんなこと口が裂けても言えるか。ここにいる三人だけの秘密だ」


「もちろんなの」とルゥも頷く。


「それにしてもまさか皇女様が帝国との和平に動いているとはな。皇王もそうだが、あの様子じゃブラームス卿も知らないんじゃないか」


 皇国を動かす英雄の顔を思い出し、ロウタが楽しそうに笑う。


「だろうな。これは皇女殿下が極秘裏に勧めている計画なのだろう。俺はそれにご助力し、なんとしてもこの和平を成功させたいと考えている」


 そうヴィンセントが自らの決意を伝えたところで、続いてはロウタが先日の焔の日の夜のことを要点を掻い摘んで話した。

 それを聞き、ヴィンセントが唸る。


「ラクシュミア……いや、天眼の軍師の狙いは、マルデュルク砦ではなく、俺か」

「優先した標的って意味でだろうがな。結局、ヴィンセントたちが出立した後から昨日まで、帝国軍はまったく同じ動きしかしなかったよ。そして今日、帝国の中央砦に補給部隊が到着したという報告が≪鷹の目≫から入ってきている。100人ほどの部隊も一緒だったって話だから、恐らくそいつらが天眼の軍師の援軍だろうな」


 そう語るロウタに、話を聞いていたルゥが尋ねる。


「それにしてもどうやって、そんな情報仕入れたの? それって帝国軍にとって結構重要な情報だったと思うの?」


 この質問に、ロウタはニヤリと笑う。


「大人の情報収集ってやつだ」

「なんだか、えっちいの」

「確かにお子様には早いかもな」


 そんな二人のやり取りを横目に、ヴィンセントは本日到着したという援軍に思いを馳せる。


「なんにしても、天眼の軍師がどんな手を打ってくるか今から楽しみだ」



 そして翌日、帝国軍がさっそく動き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る