デュラハンは告げる

 カラ・バークリーはデュラハンである。

 首から上は、まるで引き千切られたかのように存在せず、雑な断面だけがある。生首の方はいつも、首から下が、黒い髪を指でからめるようにして持っている。

 まるで首と胴は、昔、繋がっていたかのように存在しているけれども、首と胴が繋がっていたことは、人間に足が四本あった時期がないように――そういう風にデザインされていないように、彼女が世界に認知されたその時から、彼女の首は胴と離れている。人間の足が二本にデザインされているみたいに。

 デュラハンは人の目を嫌っている。

 それには深い理由はなく、きっかけというものもなく、そういう設定だから、人の目を嫌っている。

 ただ、カラ・バークリーはそうではない。

 人にじっと見られると、その目を潰しにくるぐらい人の目を嫌っているデュラハンでありながら、彼女は人の目を好いている。

 それも、過剰なほどに。

 ぽーん。ぽーん。と。

 生首が夜空を舞っている。

 生首は空中で笑顔を振りまいている。

 笑顔で死後硬直している生首ではない。ころころと表情を変え、今は周りに群がっている観客に、舌をべっとだしている。

 観客はその異様な光景に若干引き気味になりながらも、視線を離そうとしない。彼らはこういう光景を見に来たのだから。

 カラ・バークリーはフリークショー『クンストカメラ』で働いている。

 人の目を嫌うデュラハンでありながら、人の目を好いている彼女にとっては、天職と言ってもいいものだった。

 ぽーん。ぽーん。

 ぽーん。ぽーん。

 カラはいつものように自分の首を投げる。

 それだけで観客は自分を見てくれる。

 カラは恍惚で顔を歪める。幸せそうに、欲望に忠実に。

 ――もっと見たい。もっともっと。

 ぽーん。ぽーん。

 ぽーーん。ぽーーん。

 カラは自分の生首をもっと高くまで放り投げた。

 数ヶ月ぐらい前に放り投げられたような、雲と同じぐらいの高さというわけではないけれども、それでも、自分を囲うように立っている観客たちの顔が全員見えるぐらいだ。

 観客は空高く舞うカラの生首を見上げている。自分のことを見ている。

 カラは幸せそうに笑い――そして、気づいた。

 じっ。

 と。

 観客の中の、自分が見ていた。

 脇に生首を抱えたカラ・バークリーが、カラ・バークリーの生首を見ていた。

 カラの生首は地面に落ちる。突然のことに受け止めることができなかったのだ。観客の視線が落ちた生首に集まる。失敗したということはさすがに理解できた。いつもならば集まる視線に体を悶えさせていたところだったが、今はそんな状態ではなかった。

 カラは地面に落ちた自分の生首を拾い上げて、キャラバンの方へとひたすら走った。


***


「――ってことがあってさ。私もう驚いて驚いて!」

 敬語のカラ。というのも気持ち悪かったので、いつものように喋ることを許可したルーミアは、彼女の説明を頬杖をつきながら聞いていた。

 後ろで直立している不楽は、特になにも思ってなさそうな顔でカラを見下ろしている。くてん。と首を傾げた。

「カラは双子だったの?」

「『双子の奇っ怪なるもの』とかそういう設定がない限り、それはないわね。デュラハンには、そういう設定はないはずよ」

「じゃあ、カラの見間違い?」

「見間違いかもしれないし、そうじゃあないかもしれない」

「どういうこと?」

 不楽は首を傾げた。ルーミアは彼の顔を見上げる。

「あなた、この世にゾンビが自分だけしかいないとでも思ってるの?」

「…………ああ」

 不楽は納得したように頷いた。

 それは、単純な事実だった。この世に『ゾンビ』が不楽一体だけではないように、『デュラハン』もカラ・バークリー一体とは限らない。『世界に一体しか存在しない』という設定があるならともかくだけれども。

「じゃあルーミアさんもたくさんいるってこと?」

「いえ。私は一人よ」

「?」

 不楽は再び首を傾げる。言ってる意味が分からないという風に。

「『吸血鬼』はこの世にたくさんいるけれども『ルーミア・セルヴィアソン』は私一人。『ゾンビ』はこの世にたくさんいるけれども『不楽』はあなた一人でしょう?」

「それだと『デュラハン』はこの世にたくさんいるけれども『カラ・バークリー』は一人だ。とも言えない?」

「『カラ・バークリー』は見た目の描写がされていないから、多分『デュラハン』としての見た目そのままなんでしょう。デフォルトと違うのは、性格だけ。みたいな」

「ああ」

 つまりはそういうことだった。

 彼女が見たのは、カラ・バークリーのそっくりさんでも、ドッペルゲンガーでも幻覚でもなく、別のデュラハンだった。

 それだけの話。

 満足したようにうんうん。と頷く不楽だったが、しかし、ルーミアが唇の下に手を添えながらなにやら考え込んでいるのに気づいた。

「どうかしたの、ルーミアさん」

「いえ……ねえ、カラ」

 ルーミアはカラの顔を見ないようにしながら尋ねる。

「デュラハンは死期が近い人の前に現れる存在なのよね?」

「まあ、そうかな。それがどうかした?」

「それってつまり。デュラハンが現れたというのはつまり。誰か『死期が近い人』がいるってことじゃあない?」


***


 同時刻。

 もう一つのキャラバン。

 そこで、一つ目の団長が固まっていた。

 後ろにいるクンストカメラの面々も、驚きの表情のまま、動けないでいる。

 燕尾服とシルクハットといういつもの格好で、一つ目の団長は、ドアの前に立っている。真っ黒な燕尾服とシルクハットは、しかし、今は真っ赤に染まっている。

 彼の血ではない。突然、頭の上から血を浴びせかけられたのだ。

 彼に血を浴びせかけた本人は、ドアの前で、すまし顔で立っている。

 すまし顔の生首をぶら下げるように持って、立っている。

 片手には生首。もう片手には綱手を持った首無しの女は、表情を崩すことなく、一つ目の団長に告げた。

「あなた。一週間後の今。死にます」

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ヴぁんぷちゃんとゾンビくん 空伏空人 @karabushi

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