そのよん 首無しの同人関係

生首は、驚く

 く。く。く。と体を伸ばす。

 腕を天井まで伸ばし、体を三日月みたいにそらす。

 背骨の方からこき。こり。と音がする。更に曲げる。へし折れた音がした。しかし彼は特に気にすることなく、ばね仕掛けのおもちゃみたいに

 不思議な少年だった。

 長身痩躯という言葉に手足が生えているような、針金細工のように長い手足。

 目にかかるかかからないかぐらいで切り揃えられた白髪交じりの黒髪。青白い肌。目の下には濃いクマがあるが、どうも寝不足と言った雰囲気はない。

 まあ。

 彼にはそもそも、睡眠というものが必要ないのだから、睡眠不足もなにも存在しないのだけれども。

「なんだろう」

 天井に向かって伸ばしていた腕をおろす。

 首をかくん。と横に倒す。頭の重さに首が耐えれなかったみたいな倒し方で、首が折れてしまったかと、彼の目の前にいる少女は思った。

 少女も少女で、不思議な風貌をしていた。

 歳は二桁に達しているかも怪しいぐらい。

 銀色の髪に青白い肌。

 血よりも赤い、ルビーのような瞳が特徴的な少女だ。 

 彼女は眉間にしわをよせながらめんどくさそうに尋ねる。彼の疑問は聞くだけでも大変なのだと表情で語っていた。

「どうしたの?」

「なんだか体がかたいんだ」

「死体なんだから、死後硬直が始まったんじゃあないの?」

「一年と三ヶ月ぐらい放置されていたような気分だよ」

「それは私も感じてるわね」

「放置されすぎて自分のキャラを忘れている気がするよ」

「あなたの個性キャラ性個性キャラ性がないことだから肯定も否定もしづらいわね」

「名前も思いだせない」

「一章全否定しないで」

「もっと僕に『僕』を教えてよ、ルーミアさん」

「web版にないセリフで遊ぶな」

 というか忘れるなよ。名前を。

 ルーミアと呼ばれた少女は、呆れたようにため息をついた。

「あなたの名前は『不楽』。私がつけてあげた名前。あなたが一番忘れてはいけないことよ」

「そうだった」

 少年――不楽はにこり。となにもこもっていない、口角が吊り上がっているだけの表情を浮かべる。まるで一度も忘れてなんかいない。と言わんばかりの表情に、ルーミアは片眉をつりあげた。

「こんなノリじゃあなかったことだけは確かだね」

「次回までには思いだすことにしましょう」

 閑話休題。

 それで。とルーミアは言う。

「ここはどこ?」

 彼女は布団の上に座っている。さっきのさっきまで眠っていた。

 時計は十一時を指している。人としての生活リズムとしては昼夜逆転というか、不健康そのものな感じではあるが、彼女の場合、それは正常な生活リズムだと言えた。

 ルーミア・セルヴィアソンは吸血鬼である。

 四百年という長い月日を生きてきた吸血鬼である。

 吸血鬼にとって太陽の光は猛毒以外のなにものでもなく、彼女が寝ていたキャラバンの窓は全てカーテンが閉められていた。

 しかしこのキャラバンの持ち主であるところの――フリークショー、『クンストカメラ』の面々は――開演時を除けば――昼型の生活を送っている。だからルーミアは眠っている間に知らない場所にいるときがたまにある。そんな感じで大丈夫なのだろうか。とは思われるだろうけれども、どこにいるのかは不楽が教えてくれる手はずになっている。

「ごめんね、分からないや」

 ただ不楽は自分がどこにいるのか大体興味ないので情報は入らない。

 いつものことなので、ルーミアは特に文句は言わない。

 げしげしと足を蹴るような音がするが、気のせいだろう。

「他のがいないってことは、フリークショーは始まっているの?」

「そうだね」

 不楽は閉まっていたカーテンを開いた。窓の向こうには大きなテントが建っていた。そのてっぺんからロープが八方に広がっていて、提灯が規則的に並んでいる。

 窓越しにも分かるぐらい、人が多かった。大盛況と言っていいだろう。

 すん。と鼻を鳴らす。ほのかに血の匂いがした。人ごみの中で誰か足でも擦りむいたのだろうか。それぐらいの微かな匂い。

 しかし、ルーミアの腹を刺激するには充分な匂いだった。ぐぅぅ。と腹が鳴る。ルーミアは首だけを傾げる。

「そういえば、最近飲んでなかったわね」

「誰か誘う?」

「そうね。これだけ人がいるんですもの。美味しい血を貯めこんでいる人も、一人ぐらいいるでしょう」

 ルーミアは立ち上がり、ハンガーにかかっているドレスを手に取った。

 ところで。

「うっひゃああああああああああ!!」

 という声とともに、キャラバンのドアが開かれ、生首が投げ込まれた・・・・・・・・・

 黒髪の女の生首だった。

 首の断面からは、チューブみたいなものがはみ出ていて、そこから赤い液体が漏れている。ごとん。と床に落ちた音。二回転してから、生首はルーミアと不楽の方を向いて、驚愕の顔を露わにした。

「驚いた!!」

「驚いたのは私たちの方よ」

「え、不楽って驚けたっけ?」

「驚きは反射だからね。感情は反応だ。僕の場合、驚くことはあっても、その先がない」

「なるほどね。解説お願い、ルーミアちゃん」

「さん」

 ルーミアはその赤い目で生首を睨みつけた。さっきまでペラペラと喋っていた生首はまるで度数の高い酒を一気に呷ったかのような、とろんとした表情を浮かべて、黙りこくった。

「私のことをちゃんづけすることは許さない。何度も言ってるでしょう?」

「はい……ルーミアさん」

 生首は言った。

 吸血鬼の眼には魅了の力がある。

 見たものの意志を奪い、自分の言う通りに行動させることができる力がある。ルーミアはその力が、嫌いだ。誰も自分と向き合ってくれなくなるこの力が、嫌いだ。

 ――その割には結構乱用している気もするけど。

 嫌いだが、しかし、便利な力であることは間違いないから仕方ないとはいえ、その便利さが、また、憎たらしい。

「それで、カラ・バークリー」

 ルーミアは生首に尋ねる。

「なにに驚いたの?」

「私がいたんです」

 生首――カラ・バークリーは答えた。

「人込みのなかに、私がいたんです・・・・・・・私が・・

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