ヴぁんぷちゃんは、面食い。
「ふっふー」
ロッヅ・セルストは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
気分がよくて、気持ちがよかった。
あんなにたくさんあったビラの束はもう一枚も残っていない。
狛谷と二人で配っていたからか、配り終わるのはいつもより早かった。
最後のほうはこの時間を少しでものばすためにサボったりもしたけれど(怒られた)それでも、いつもよりも早めに終わった。
空はまだ完全にオレンジ色には染まっていない。
青色とオレンジ色が絵の具みたいに混じっている。
『また明日ね、ロッヅくん』
「また明日、かあ……」
帰り際に言われたことを思いだして、ロッヅはニマニマとだらしなく笑う。
また明日。
また明日。
日をまたげばまた会える。
それは、とてもとても嬉しいことだった。
「明日もビラ配りしないとな」
テント張りの方にあてがわれてしまっては、ずっとキャラバンにいる羽目になって彼女に会うことができなくなってしまう。
だからロッヅはいつもなら嫌がるビラ配りを率先してやっているわけだ。
てくてくと道を歩いて、キャラバンに戻ってきた。
テントはある程度完成していて、これならば数日もしないうちにフリークショーを開催することができるだろう。
ロッヅはキャラバンのドアノブを捻った。
鍵は壊れているから、鍵を入れる必要性はない。
「ただい……ま?」
ドアを開いてさっそく、ロッヅは眉をさげて、首を傾げた。
それは決して、キャラバンの中に団員が全員集まっていたから。ではない。
確かにそれは珍しいことではあったけれど――不思議なことではあったけれど、その程度のことに疑問を覚えるようなロッヅではない。
こんなこともあるものだな、不思議だなーとか、そんな風に考えるぐらいか。
ロッヅが首を傾げた理由。
それは、集まっていた全員の目が、ドアを開いたロッヅを注視していて、その口は好奇によってニマニマと笑っていたからだ。
もし、迷惑そうな顔で睨んできていたとしたならば、身に覚えがなくとも謝ったりするのだけれど――身に覚えがないだけで、大抵、怒られても仕方ないようななにかをしでかしているからだ――ニヤニヤされていると、どう反応したらいいのかさっぱり分からない。
思わず一つ目の団長の方をみたロッヅだったけれど、一つ目の団長はその大きな目を細めて笑っているだけで、なにも答えてはくれなかった。
あの――吹っ切れたとはいえ、まだまだロッヅ相手には仏頂面でいることが多い、エマ・サヘルすら笑っている。
不楽すら笑っている。
いや、まあ。
あれはきっと自分から笑っているのではなく、周りが笑っているから口を曲げてるだけの、中身のない笑みなのだろうけど。
それか、死後硬直的ななにかだ。
「……な、なあフラク」
「ん?」
ロッヅは周りからくる視線におっかなびっくりと体を震わせながら、不楽に話しかけた。
どうして不楽なのかといえば、他のメンバーと違ってごまかしたり煙に巻いたりができないタイプだからだ。
『嘘はつかない』
それが不楽の不楽たる
まあ。
『嘘はつかない。けど、必要であれば事実を隠す』タイプなのを、ロッヅはしっかり失念しているようだけど。
そう言えば。
『嘘がつけない。ついてもすぐバレる』タイプであるルーミアはどこにいったのだろうか。
いつもなら不楽の隣に、偉そうに立っているはずなのだが。
もう夜になるのだから、寝ているわけではないはずだが。
「ルーミアさんなら、興味ないっていって、外に出て行ったよ」
「興味ない……?」
「いやあ、あれはさ、むしろ興味津々だから出て行ったんじゃあないかな」
不楽の近くでいつも通り、自分の首を弄んでいたカラは言う。
弄ばれている首はやはり笑っている。
不楽は頭をカラのほうに向ける。
「どういうこと?」
「たまにいるんだよねー。恋愛に興味津々なのにさ、こと恋バナになると逃げだしてさ、でもどこかで隠れ聞いているような子。いわゆるムッツリ」
「興味があるなら、聞けばいいのに」
「色々あるのさ、その人にも。不楽みたいになにも気にせずに、気にすることができずに、あれこれ聞ける人なんてさ、そうそういないよ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
「ふうん」
不楽は、あいも変わらず分かっているのか分かっていないのか、よく分からない反応をする。
「……コイバナ?」
ただ、ロッヅはそれで自分の置かれている状況に気づいたようであった。
かしこいわんこである。
ロッヅはキャラバンの中を慌てて見回した。
その好奇の視線の意味を重々に理解したロッヅの顔は、さあっと青ざめる。
たらり、と冷や汗をたらす。
額からアゴに流れ、アゴから床に落ちる。
落ちたのを合図にしたように、ロッヅはキャラバンの入り口に向かって走りだした。
「逃がさん!!」
「~~ッッッ!!」
しかしドアの前にはクロクが待ち構えていて、弾丸スタートをしたロッヅを全身で受け止めた。
がっしりと両腕を背中にまわしてロックする。
ロッヅは捕まったまま、視線だけを動かして逃げ道を探すも、逃げ道はどこも塞がれていた。
窓さえも塞がれていた。
窓を割ってまで逃げだすかもしれない、とでも思われているのだろうか。
確かに、逃げれそうなら逃げたかも知れない。
八方塞がりである。
サバ折りにでもされてしまいそうな体勢のロッヅの顔色は、どんどん悪くなっていく。
後ろから両肩を掴まれた。
首だけ動かして、振り返る。
一つ目の団長が、大きな目を細めて笑っていた。
***
「ふうん、なるほどなあ。人生なにが起きるか分からないものだなあ、旭」
「ビラ配りをしていたら、それはもうかわいいかわいい女の子と仲良くなっちゃった。なんてねえ、偉」
旭と偉は、互いの片腕を組ませて目の前に座っているロッヅを見下ろしている。
ロッヅはというと、顔を俯かせて、プルプルと震えている。
顔は見えないが耳まで真っ赤になっているし、きっと顔は羞恥で真っ赤になっているのだろう。
「それで、その女の子を好きになってしまったわけか」
「ち、ちがっ……!!」
ロッヅはあわてて否定の声をあげた。
音のあっていない、上擦った声だ。
がばりと俯いていた顔をもちあげ、旭と偉の口を物理的に塞ごうと飛びかかろうとしたのだが、慌てていたせいか、両足が絡まってずっこけてしまった。
「~~ッ!!」
「どうやらこれは、本当みたいですね」
一つ目の団長は少し複雑そうに笑った。
好きな人ができた。という話に喜びを覚えると同時に、もうそんな歳なのかと、幾ばくかの侘しさを覚えているのかもしれない。
「なあロッヅ」
「な、なんだよぅ……」
ずっこけたまま、ロッヅは恥ずかしそうに頭を抱えている。
麦色の髪と同じ色の三角の耳はペタン、と頭に沿うように倒れていて、尻尾はしりの下に踏むように隠されている。
あまりの混乱のせいか、変化もうまくいっていないようだった。
そんなロッヅに、クロクは話しかける。
ロッヅは頭を抱えてうずくまったまま、答える。
「で、どうしてその女の子のことが好きになったんだ? 顔か? 顔か? 顔か?」
「そんなんじゃねえよ!!」
「そんなんって、じゃあ彼女の顔は好みじゃあなかったのか?」
「…………」
「やっぱり顔じゃあねえか」
「そんなのふせーじつだ!!」
「別に見た目が好みだったから好きになった。でも不誠実じゃあないよな、不楽」
「ん、そうだね」
「同意を求める相手間違えてない? わざとなのは分かるけど」
不楽は恥ずかしげもなく答える。
近くにいたエマが、くだらなそうにつっこんだ。
「いいか、ロッヅ。人はなによりも中身が大事なんて分かったような口をきくような奴がいるけどな、実際のところは見た目が大事なんだよ」
「うわ、最低」
「クズかよ」
「人としてどうかと思うぞその発言」
「子供に変なことを教えるなよな」
「これだからずっと彼女できないんだよ」
「前回のテーマどこにいった」
「シャラアアアアアプ!!」
周りから口々に言われる罵倒の言葉に、しかしクロク臆することなく言い返す。
「彼女はできないんじゃあない、つくらないだけだ!」
前言撤回。
若干、臆している。
「確かに中身も大事さ、けどよ、中身ってやつは残念なことに目に見えない。ぱっと見で分かるものじゃあない。しかし外見はぱっと見で良し悪しが分かってしまう。良し悪しが分かれば、良い方に引き寄せられるのは、なんらおかしなことではないだろ」
というかだ、とクロクは男子陣の方を向いた。
「見た目が好みの女の子と好みでない女の子。どちらも話したことがないとして、じゃあどっちと仲良くなりたいと思うよ」
『…………』
男子陣はさっと目をそらした。
「さいてー」
エマは体全体を覆いつくすように毛布を被りなおしながら、冷ややかに呟いた。
「エマ、お前だってアイドルとブサイク芸人。どっちと付き合いたい? って言われたら、アイドルの方を選ぶだろう?」
「……まあ、うん」
「ぶっちゃけ、人の第一印象は見た目なんだよ。小説とかのキャラクター紹介も、中身よりも先に見た目をやるだろう? ハロー効果なんてものも、あるぐらいだしな」
「ハロー効果?」
「ものすっごくざっくり言うと『イケメンがやる行動は全て綺麗なものに見えて、ブサイクがやる行動は全て汚く見える』効果のことだよ」
実際のところは、『字が綺麗な人は、きっと品行方正な人なのだろう』『あの不祥事をおこしたバンドの楽曲だから、きっとつまらない楽曲なのだろう』といった顕著な特徴に引きづられて、他の評価も歪んでしまう。という効果のことである。
しかし、一応見た目にも応用はできる効果ではある。
身だしなみが揃っている人間と揃っていない人間の印象の差。というか。
中身は見えない。
それゆえに脆く、不安定で。
だから、見える外見によって、あっさり書き換えられてしまうのだ。
「イケメンって正義だったんだな……」
「良いことが人の目につきやすくて好感度が高くなりやすいのは、当然のことだろ。むしろ、悪いところが人の目につくよりは断然いいことだろう」
偉が憎たらしそうに呟き、クロクが適当に返しながらロッヅの肩を叩いた。
「つまりだ、お前はイケメンじゃあないから頑張れってことだ」
丸っこい目。
小さな鼻。
童顔。
一言で言い表すなら『子犬のよう』な顔つきであるロッヅは、確かにイケメン、と呼ばれるような顔つきではなかった。
どちらかといえば、かわいい。の方。
「うわあああああああああああああああ!!」
ロッヅは奇声をあげながら、クロクを押しのけてキャラバンの外に飛びだしていった。
「……やっぱりあいつ、今自分がどういう状況にいるのか、気づいていないのか?」
クロクがぽつり、と呟くとキャラバンのドアが四回叩かれた。
ノック。ノック。ノック。ノック。
そんな他人行儀なことをするのは、クンストカメラのメンバーの中には一人とていない。
クロクは、ドアの方を向く。
「吸血鬼が許可なしに部屋に入れないのは、初回に限るんじゃあなかったのか?」
「癖になっているのよ」
キイ、と音をたててドアが開かれ、黒いドレスを着込んだ少女――ルーミアが姿をあらわした。
「この街に入るときに入るときに出くわした狼の群れが気になってね、調べてきたわ。それで帰ってきてみたら丁度、たまたま、ロッヅが出て行くところだったのだけど、なのかあったの?」
「言い訳しろとは言ってないぞ」
「事実よ」
ルーミアは澄ました顔で言い返しながら、手に持っていた黒色の日傘を畳んだ。
絶対ドアの近くで待機していたんだろうなあ、と全員が全員推測したりしていたのだけど、それを口にしたりはしなかった。
代わりに。
「それで、なにか情報はあったのか?」
と尋ねた。
ルーミアは。
「この街には少し特殊な信仰があるようね」
と答えた。
一応、本当に調べてはいたらしい。
「特殊な信仰?」
「狼を守り神、祟り神として祀っている」
向こうの山に祠があったわ。とルーミアは言う。
どうやらあの時、キャラバンを取り囲んだのは、守り神、または祟り神のようだった。
街の外からやってきた不審車を取り囲んでいたのだから、守り神の方だろう。
「伝承や言い伝えは送り犬、迎え犬に近いけど、どうやらこの土地に住んでいた過去の人は、それを神かなにかと勘違いしたようね」
送り犬。
迎え犬。
夜道に現れる奇っ怪なるもの。
びったりと後ろからついてくる。
送り犬は家までずっとついてきて、守ってくれる。
家まで無事についたらお礼を言ったり、お礼の品を外にだしておかないといけない。
迎え犬は一度でもこけてしまえば、たちまち襲ってくる。
こけていない。ことにすれば、襲われたりはしないらしい。
時に見張り。
時に襲う。
なるほど確かに、守り神や祟り神として扱われいたとしてもおかしくはない。
「てことはなんだ。俺たちは厄介者として扱われたってことか?」
「厄介者でしょう、実際」
偉が口を尖らせると、ルーミアは淡々と言って不楽のほうをちらりと見た。
不楽はその視線に気づいて、斜め下を見た。
その、なにも感じていなさそうな顔を見て、ルーミアはため息をつく。
外見か中身か。
中身のないこのゾンビを好きになっている自分は、つまり、消去法的に考えるとこの外見が好き――面食いということなるのだから。
面食い。
面食い。
それはなんだかイヤな響きで、ルーミアはがっくりと肩を落とした。
まあ、相方の不楽に至っては見えない中身を見るどころか、見えているはずの外見さえも、きっと見ていないのだろうけど。
彼の目には、風景は一体どういう風に見えているのだろう。
自分は、どういう風に見られているのだろう。
たまに不安になるその気持ちを、ルーミアは心の底に埋め込んだ。
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