ふじょ☆ゆり

第一章 少女の秘密

1-1 

 高級マンションの立ち並ぶ住宅街で、あしほはバスを降りた。

 分けても真新しい設備の建物にその足を向ける。

 エントランスは指紋認証だ。

 開放的に天空へ突き抜ける吹き抜け。

 まるでホテルのようなロビー。受付にはコンシェルジュがいて少女に会釈する。

 あしほは丁寧にお辞儀して、中央へ向かう。

 中央のエレベーターホールを用いるのは彼女だけだ。

 最高階へ直通のエレベーターのボタンを押した。

 少女の面持ちはどこか緊張を帯びる。

 秘密の包みが目立たないよう鞄に重ねて持ち直した。

 間を置かずに昇降機がやってくる。少女を載せて上昇する。

 到着を知らせるベルが鳴る。

 ドアが開くと宮殿のような一室が彼女を迎えた。

 ワンフロアを贅沢に使い切ったあしほのためだけの空間だ。

 天井の照明も床材も豪奢な設備。外国製のテーブルをソファが四辺に囲む。

 キッチンもバスルームも全てがオーダーメイドの特別な細工だ。

 寝室には天蓋付きのベッドがある。

 そして、エレベーターの脇ではあしほを迎える者がいた。

 仕立てのいいスーツ姿だ。セミロングの髪を清楚に結い上げている。

 切れ長の目に眼鏡がよく似合う妙齢の美人。

「お帰りなさいませ、あしほ様。何事もありませんでしたか?」

「ただいま、有子ありこ

 いかにも畏まった口調からは少女への敬意が感じ取れる。

 あしほの家からつかわされた者だ。名を斎賀有子さいがありこと云う。

「お預かりしましょう」

 あしほの荷物を引き取ろうとする。

 少女は慌ててそれを制した。

「こ、これはいいの。大丈夫。ありがとう」

「…さようですか?」

 有子はキッチンへと戻っていた。彼女はあしほの世話人であり、姉の仕事の補佐も勤める。つまりは豊田の家全体の諸所の仕事をこなす侍女だ。

 あしほは寝室へ入ると慎重な仕草で荷物を置いた。勉強部屋は同じ建物内のほかの階にある。本日の収穫は読了後、そちらへと密やかに収められることになる。それまで有子に見つかる心配はない。寝室まで彼女が干渉することはないからだ。

 部屋着に着替えていると有子の声が告げた。

「今日は凪様に時間ができたそうです。試験を仰せつかってます」

「本当?」

 あしほの顔はたちまち輝いた。すぐに着替えを終えて扉を開く。

「食事の後になさいますか?」

「今すぐ。でも、あなたのお茶が冷めてしまうかしら」

 有能な侍女は艶然と笑みを浮かべた。

「蒸らし時間の長い茶葉を用意してあります。ご遠慮なく。テストの準備もあち

らに」

 居間のテーブルの上にはA4サイズの紙と筆記用具が準備されていた。

「ありがとう。カウントをお願い」

 あしほは玉座のような長椅子の中央に着席する。有子がその後ろに控える。腕

時計を見ながら合図した。

「では…いいですか? 開始してください」

 伏せられていた紙を裏返すと、あしほは一心不乱にその紙の上の問題をといて

いく。本日の題目は物理だ。あしほは懸命にその空白を埋めていく。

「終了です」

 声と共に鉛筆を置いた。あしほが差し出した紙を受け取ると、有子はその場で

採点する。それを終えると、報告した。

「素晴らしいです。これなら本日は五分間話せます」

「そんなに? よかった!」

 それは試験だ。あしほが親との面会時間を得るための試験。テスト点数に応じ

時間が伸縮される規律だ。

 家族間との交流におけるこうした規定が異常だという認識はあしほにもあるのだ。しかし、受けないわけにいかない。受けなければ面会すらかなわない。

 それほどに多忙な親だ。

 丁度あしほの正面の壁際に掲げられた大型スクリーン。その脇のパソコンを有

子が操作する。最新式のオンラインシステムだ。呼び出し音が室内に響く。映像がすぐに表示される。

「家訓」

 通話がつながるとともに、室内のスピーカーから父の声が響く。

 彼の背後には誰もいない会議室が映っている。オフィスの設備を利用しての通

話だ。前髪は撫で付けられ、襟元はタイで締め付けられている。柔和な表情で画面に向き合っている。あしほの父、豊田なぎだ。

 あしほが応じた。

「浄財に感謝してすごすこと」

 家訓のひとつを読み上げると、彼は満足そうに微笑んだ。

「うん。よろしい」

「こんばんは、お父様。今日は五分お願いいたします」

 少女は笑みを浮かべ、深く頭を下げた。

「ああ。いいだろう。変わりはないか」

「ええ、毎日元気。大丈夫です」

 まさかボーイズラブな趣味がクラスメイトにばれて脅迫を受けました、とは言

えない。

「そうか。うん。おまえはしのぶとは違うからな…」

 またか。苦い思いが生じた。しのぶとは、豊田しのぶのこと。あしほの姉の名だ。また姉の話か。そう思いはしたが、表情に出さずにおいた。

 しのぶは怪物だ。少なくとも、あしほにとっては化け物のような存在だ。彼女

とは恒常的に比べられて生きてきた。

 姉は成人すると同時に会社経営を始めた。一定額の資産を築いた。数ヶ月のうちに、瞬く間に、だ。しかしその儲けを全て育ての親である叔母と、実の父に明け渡すと自分の身を買い取ると言い放った。

 それから暫くほとんど家出状態で身を隠してしまった。だがあしほが高校に進学すると、ふらっと戻ってきた。そのまま豊泉の教師として赴任してきたのだ。

 住居は本家に教えずじまいだ。

 即ち姉は『家業』を放擲した。つまりはあしほがそれを負うことになる。姉と違うと言われながら、姉が家を放擲したことにより期待を寄せられている。

 それは、あしほが望んだものだった。

 しかし、こんな形で背負いたかったわけでもない。

「ところで、あしほ。小遣いの月額一万円を近頃は何に使っている?」

 節約家の父が言う。

「あ、えと、はい…あの、お金は…参考書に…勉強の参考書に使ってます」

 一体何の参考書だというのか。

「ふむ…近頃使途不明金が増えていると報告を受けているぞ。きちんと領収書を書いてもらうようにしなさい。まさか忘れているのか?」

「あ、あの…あ、あ、いえ。そのっ…す、すみません。以後気をつけます」

 少女は冷や汗をかいた。

 しばし沈黙が四辺を支配する。しかし、少女の父親はふっと息を吐いた。

「まったく、そんなことでは困る。どんなに多忙でも身の周りの所有物には感謝して常々気を払うように。消しゴムひとつとっても、浄財、財産だからな」

「申し訳ありません。肝に銘じます」

 あしほは頭を下げた。

「ん? 時間を超過したか」

 画面越しに、あしほの傍に控えている侍女に、父親が目を向けた。

「ええ、そろそろ時間です。凪様」

「あしほを甘やかすことはしないように」

「かしこまりました。贔屓するような真似はいたしません」

 有子はあくまで恬淡と微笑する。

「まあいいだろう…あしほ。また話そう」

 父はあしほに向き直った。

「はい、お父様。お時間ありがとうございました」

 通話が切れる。礼だけを告げる。

 部屋には静けさが訪れた。



 ☆


 その珈琲店は車道沿いの商店街の並びにある。

 丸みを帯びた看板には「喫茶エターナル」とある。

 しつらえは白木作りをメインとした素朴な造りだ。

 蘭は正面からその店に入った。

 リン、と明るく軽い音のベルが客の入店を知らせる。

 ウエイトレスが振り向いた。

「いらっしゃいま…あ、お姉ちゃん」

 濡れたように見える長い睫。どんぐりのように丸みを帯びた瞳。

 ぽったりとしているが品のある唇。

 くるくるの巻き髪をツインテールにしている。ミニスカートからすらりと伸びた足にはフリルとリボンのあしらわれたオーバーニーソックス。フリルブラウスは純白だ。ウエイトレスの名は御剣なこという。蘭の妹だ。

「ただいまっ」

「もう。お客さんと間違えるから裏口から入ってって言ってるのに」

 なこはぼやいた。

「えへへ。こっちのが早いもん」

 裏口から入ると居間をまわりこまなければ二階に上がれない。だが、店を抜けて中へ続くドアを開くと、階段はすぐ目の前だ。蘭は横着して正面から帰宅することが多い。

「お帰りなさい、蘭お姉さま」

 カウンターの向こうから声がかかる。落ち着いたアルトだ。

「何かいいことあったの? お姉さま」

 なことは正反対のクラシカルな制服姿がそこにあった。

 こちらは落ち着いたロングスカートだ。エプロンが腰周りに沿って結ばれていて、その素朴な雰囲気のうちにもスタイルの良さが際立つ。長い髪をゆるく編み上げ、ヘアタイで締めている。目元の黒子と黒目がちの目が麗しい。

 御剣みか。蘭のもう一人の妹だ。

 みかの視線がこちらに向く。

「そのカードは?」

 蘭は手にしていた名刺を背後に隠した。

「うひ、ちょっとね」

 みかは肩をすくめる。

「特典ですか? いい単行本でも見つかりましたか?」

 そもそも蘭が書店へ向かった理由はBL本を探すためだ。

 妹たちは蘭の趣味を承知している。

「そんなところー」

 逃げるような足取りで蘭は二階へ上がる。

 みかが応じる。

「今日も作業がんばってくださいね。あとで珈琲持って参ります」

 なこが下から呼びかけてきた。

「お姉ちゃん、ファイトー!」

 見下ろすと、ぐっと両の拳を胸元で握りしめている。

 蘭はにっと笑って頷いた。階段を昇りきる。

 ようやく、彼女は手にしたままだった名刺を掲げた。

 その紙を見つめ頬を緩ませる。天井に近い窓から降り注ぐ日の光に翳してみる。

「危ない危ない。にしても、高級印刷用紙『きらめき』とは渋い名刺だにゃー」

 階下を見下ろして、軽く眉を寄せる。

「ごめん、二人とも…」

 そう呟いた。

 三人姉妹の共同部屋に入る。

 手早くジャージに着替え、髪を二つ縛りにする。

 隣の部屋へ移る。

 雑然とした空間だ。

 壁沿いには本棚が並ぶ。ぎっしりと書籍が並んでいる。

 本の要塞の中央には向かい合わせに仕事机が設置されている。

 窓際には机とデスクトップパソコンが一式。

 床にも写真集や画集が相当に積まれ塔のようだ。

 完全に作業専用の部屋だった。そこが蘭の居室だ。

 机の上で彼女を向かえたのは――純白の紙だ。

 蘭は一旦その紙を脇に移動させた。

 代わりに、あしほから受け取った名刺を置いた。

 粛々とその椅子に腰掛ける。

 真摯な顔つきだ。

 彼女は手近なカッティングシートを引き寄せて名刺の下に敷く。

「このままじゃ、蘭、いやだから…」

 トーンカッターを取り上げた。

 カッターの軸には綺麗な細工が施されている。

 紋章のようにも見える模様だ。

 カッターを回転させる。

 そのまま刃先を振り落とした。

 その名刺の紙面。少女の名の記された表面へ刃を差し入れた。

 すると、その手元からかすかな淡い光が生じる。

 蘭の面を照らし出す。

 その明るい光が銀色にうつりかわるのを蘭は見つめていた。

 祈るような、それでいて無欲な瞳で。


 ☆


「ごちそうさま。おいしかった」

「よろしゅうございました。では…そろそろ失礼致します」

 あしほが夕食を終えると同時に、有子は一礼した。

 世話役としての本日のつとめはこれで終わりだ。

 皿洗いも洗濯も有子は厭わず面倒をみてくれる。

 だがあしほは夜の間は自由にしてくれるよう頼んである。その代わり、できることは自分でやるという条件で。

 別の階には有子の居室も用意されてある。

 だが大抵彼女は夜になると豊田の本家に戻るのだ。

 第一が彼女の本業は別にある。

 エレベーターに乗ろうとする有子をあしほは呼び止めた。

「ねえ。有子…あ、あの…たいしたことじゃないの。あの…中学校のとき、私の同級生だった御剣さんについて何か覚えてる?」

 平静を装うつもりだったが、顔があげられない。

 無意識に少女は部屋着の裾をもじもじと握りしめる。

 冷静な侍女は顔色ひとつ変えずにデータをはじき出した。

「今のクラスメイトでもある御剣さまですね。出席番号二十四。家族は妹が二人、入試試験の総合得点二百八十六点。さしあたりご案内できるのはそれくらいですが?」

「……あっ、もういいわ…」

「ご用命でしたら更に詳らかなデータを開示いたしますが」

「いえ、結構よ…何て言うのかしら。詳しすぎて怖い…」

「怖い?  怖いとは?」

「いえ…だって…うん…怖い…」

「二度も?  言葉を探した末に二回も同じことを?」

 有子はあしほの周辺事情に本人以上に詳しい。

 それが役目といえ、こうまで把握されていると最早ストーカーの域だ。

 彼女の知識の集積はそのまま豊田の家のあしほに対する監視の威力をあらわす。それを知っているからこそ、あしほは侍女の所有する情報を私的に引き出すことにはいつでも慎重だ。

 けれどそうも言っていられなかったのだ。特に今日は。

「一体その女生徒がどうなさったんです」

「ど…どどどどうということのほどではないわ」

 あしほは完全にどうかなさった口調で目をそらす。

 有能な侍女は追及せずに主の関心を満たすことに心を砕いた。

「同じ中学校でしたがあしほ様に接点はなかったはずですが…派手な格好の反面オタク趣味で学内では文科系の女子と連れ立っていることが多くあったあの生徒ですね。成績はいつも中の上でした。家の経済状況は厳しく確か妹たちと家計を支えているとか。性格は明るく、一方で短慮とも言えますでしょう」

「も、もういい…気持ち悪い」

「はっきり言いましたね? いえ、さすがに御剣さまが現在もあしほさまのクラスメイトだからこそ、ですが…更に詳しい情報が必要でしょうか?」

「や、やめて! あの…調査なんかしないでね? それと、私が聞いたことは…誰にも報告しないで」

「承知しました。あしほ様。口外しません」

「ありがとう、有子。助かるけれど怖い…」

「そろそろ傷つきますよ? では、これで…」

 エレベーターに乗る前、侍女は実に穏やかな笑顔でこう尋ねた。

「本日、いい本には巡り合えましたか?」

「えっ?」

 あしほは目をぱちぱちさせた。

 凍り付いて動けない。呼吸が早まる。

「な、何のこと?」

「参考書のことです。では、失礼いたします」

「お、おやすみなさい! また明日!」

 押し込むように侍女をエレベーターの向こうに追いやる。

 扉が閉ざされるが、侍女の唇は笑みをかたどっていた。

 落ち着かない気持ちでそれを見送ると、あしほはソファに倒れこむ。

 クッションを抱きしめる。

 気付かれている?

 その可能性を示すやり取りだった。反芻してあしほはひとしきり悶える。

「うー…」

 幼い頃から付き添ってくれていた有子。

 何に気付かれているのか考えるだに恐ろしい。

 それでも…口外するとは思えない。

 彼女はいつでも自分の味方だ。

 自分と、姉の。

 年の離れた姉と自分の間で、いつも味方でいてくれる。

 少々仕事熱心すぎるきらいはあるが、信頼している。

 蘭について得られた情報を思い返す。

「短慮、か…」

 有子はそう言っていた。確かにそうかもしれない。

 自分を脅迫する、取引するなんてことはめったな生徒なら考えもしない。

 いや。交流すらも…

 あしほの眼差しに暗いものが生じた。

 この天空の部屋は綺麗で快適。しかし、これは檻そのものだ。

 そして、更なる堅牢な檻に明日も向かわなければならない。どうして自由を感

じられよう?

 ただ、好きなものにふれているときだけが自在な時間。ただ、それだけが…

 少女はソファに横たわったきり、まぶたを閉ざした。



 ☆


 あれは中学二年生の頃。

 予備校の夏期講習の帰り道。遭遇したのはあの耕文堂書店だった。

 当初は参考書を買うつもりで足を踏み入れた。

 しかし、異様な光景がそこに広がっていた。

 そう。華麗なその本の詰まれているさまは少女にとって異質なものだった。

 運命によって与えられた、その一冊…『胡蝶刑事こちょうけいじの優雅な事件ファイル』。

 吸い寄せられるように近づき、少女はそれを手に取った。

 麗しい表紙に不思議と魅了されたのだ。

 カウンターへ持参した。代金を払い、包装されるのを待ち、鞄に入れて自転車の籠に詰め込んだ。帰宅するとベッドに横たわりそれを開封して、いつしか夢中で読んでいた。

 純然たる親の道具だったあしほの意識をその作品が歪めた。

 洗脳に亀裂が入った。

 面白い。面白いのだ。

 それが『胡蝶刑事』シリーズをインターネットで調べようとしたきっかけだ。

 主人公の胡蝶朝彦は一介の刑事。無類の植物好きで事件を独特の弁舌で解説するのが特徴だ。機能美と呼べそうなほどに張り巡らされた伏線が一気に収束される物語世界は圧巻の一言に尽きる。

 もっと、とあしほは思った。もっとこの小説が読みたい。

 あっという間に少女は既出の作品群を読み終えた。

 それだけでは満たされず、作品について妄想する時間が増えた。

 その妄想は――何故なのだろう。

 原作のうちでは分かちがたい信頼で結ばれている探偵と刑事が寄り添いあって生活している、ただそれだけの暮らしを思い描くようなものだった。まるで彼らが淡い恋をしているかのような。

 自らのうちに芽生えたものにあしほは敏感だ。もしかして、これが。

 これが――BL妄想と呼ばれるものなのか?

 彼女は震える指でインターネットを検索した。

 すぐにある場所にたどり着いた。そこはある意味で少女の終着点。感性の楽園。イラスト専用のソーシャルネットワーキングサービス。少女は、そこで生まれて初めて『ファンアート』に接触することになる。

 ファンアートとは二次創作作品のこと。既存の公的作品をモチーフとし、原作者でない描き手が独自のテイストを加えて描き出すイラストや漫画の類を示す。

『胡蝶』のタグを発見し、恐る恐るイラスト群を抽出した。ブラウザ上で無数に展開されるイラスト群――それを見た瞬間に、少女の理性は凍りついた。

 あろうことか、そこでは…作中の登場人物らが、主に男性同士でひたすらいちゃついたり、いちゃついたり、そしていちゃついたりしていた。これだ、とあしほは思った。確かにそれらの光景は衝撃だ。しかし、求めていたものだと瞬時に理解した。

 何よりも許しがたいのはこのような甘美な世界のあることを知らずに生きてきた自分の存在。それが何よりも悔やまれた。自分が求めていたものはこれだ。少女の内なる萌芽はその書籍そのものによって促進されたのではない。妄想だ。

 妄想によって、あしほの洗脳は氷解した。

 しかし同時に苦悩した。

 こうした世界があることをあしほも知らなかったわけではない。

 教室で、書店で、インターネットでもこのようにBLを愛好する人々が存在することは知っていた。けれどもあしほにとってそれは理解の範疇を超えていた。薄い膜ではあるけれども隔絶された向こう側の出来事だと、そう感じていた。

 けれど知ってしまった。認識して共感して理解して、愛してしまった。その瞬間からあしほには秘密ができた。

 それを、知られてしまった。

 蘭は知らない。

 知らないのだ。

 あしほにとって、秘密の露呈がどれほどに恐ろしいものか。

 せっかくの記念日に目の前は真っ暗だ。

 あしほはそれでも手に入れた書籍を開いた。

 こんなことで収穫物を貪る気持ちは失われていない。

 いや。

 こんなことがあったからこそ、没入したい気分だった。


 ☆


 豊泉寺女子高等学院。

 地下鉄を降りて、勾配の急な坂をのぼると、その総合学園の門が見えてくる。

 かつてそのあたりは寺領を囲む農村地帯だったが、現在では核家族向けのマンションや総合商業施設の立ち並ぶ都会的な街並みだ。

 幼稚園・小学校・中等部・短期大学が併設され、総合学園の立場を確かなものとしている。宗教教育を押しつけず、智恵と豊かな感受性を育むことを理念とする。通う生徒の家柄も成績も平均的で、ある特徴を除けば極めて自由な校風と言えるだろう。何しろ、金色の髪を揺らして通学する蘭のような生徒に注意する者もいない。

 校門をくぐる蘭の格好は本日も校則違反の塊だ。だが、行きあったクラスメイトに挨拶する姿は極めておとなしい。教員も特にうるさく注意を発したりはしない。つまり大概の生徒は概ね自由で平和に過ごしている。

 蘭ほどに派手でなくても、制服を着崩している生徒も多い。

 本日、蘭の機嫌は上々だ。何しろ下僕ができたのだから。

「おっはおー」

「おはよう、蘭」

 敷地内で行き会ったクラスメイトに挨拶する。

 宿題や先生の噂に朝から花が咲く。漫画やアニメの話題に移っていく。

 どこにでも見られる朝の登校風景だ。だが、坂のふもとから黒塗りの車が直進してくると空気がざわついた。

 その車体は磨き抜かれて陽光にきらきらと誇らしげに輝いている。門前で静止する。路肩に停められることもなしに、正面に、堂々と。その威光をふりまくようにして。

「生徒会長だ」

 当然のように、生徒らは道を開いた。豊泉女子高等学院はけして堅苦しい進学校ではない。しかし、豊田一族により運営されている旨は特筆を免れない。

 いっそ、その一言に尽きる。

 一族経営という運営方針。同系列の小中学校や短大に比べ、この高等学院においてはその点が際立っていた。

 まず学院の生徒会には民主的な選挙がない。生徒会の面子は学園長である豊田凪が指名をする。生徒たちは信任か不信任を投票するのみだ。

 不信任の場合は別の生徒が指名されるが豊田の血筋に遠い立場の生徒がそれを受けることはない。

 現生徒会長のあしほは信任を得ている。

 しかし、生徒たちからそれで信頼されているとか、親愛の情を得ているとは言い難かった。あしほは車通学だ。こんな大げさな車でなくてもいいのに、とあしほは何度も有子に訴えるが却下されてしまうのだ。その頑固な侍女が先に降りると、あしほの脇の扉を恭しく開いて声をかける。

「どうぞ足元にお気をつけて」

 恥ずかしそうにあしほは車から降りた。

「いつかは電車に乗るんだから。目立ってしまうから、いいと言ってるのに…」

「まあ。電車通学なんて許されません、あしほ様。痴漢にでも遭遇したらどうするんです? いけませんわそんな清純なお嬢様の体に忍び寄る魔の手が無数に伸びて今公共の密室で彼女をさいなむ快楽の悶絶地獄…なんてことになったら、

私…わたくし…わたくし…!」

 心配を通り越してただの具体的な妄想となっている。

「あなたのが不謹慎な気がする」

 自分を心配する侍女が心配で仕方ないお嬢様だ。

「失礼しました。今日もご壮健であられますようお祈り申し上げます」

「ありがとう…行ってきます」

 電波な侍女に対する不安をいまいち拭いきれないままに、あしほはその場を離れる。今日も一日がはじまる。目を伏せて、学校の門をくぐる。

 実質の権利を握っているのは自分ではない。父だ。

 そう。わかっている。

 生徒会長なんて名目、お飾りだ。

 陰では妖精と呼ばれている本当の理由も知っている。

 それでもあしほは校舎に向かう。

「おはようございます、会長」

 行き過ぎる生徒たちが遠慮がちに声をかける。

 あしほは笑顔で律儀に応じる。

「おはようっ。い、いい天気ね、今日も、一日…あっ……」

 しかし生徒はすぐに踵を返して去ってしまった。

 そんなに急ぐことはないのに、とあしほは思う。

 けれど声にすることはない。自明の理だ。

「はあ。疲れないかねえ、あのお姫様も。最初は羨ましいと思ったけど毎日あん

な堅苦しい見送りじゃさ。それに友達、いないし」

 一部始終を遠巻きに見守っていた生徒が、ひっそりとそんなふうに呟いた。

「疲れると思う」

「え?」

「疲れると思う」

 声の発信源は、傍らで自分と同様にあしほを眺めていた不良少女だ。

 妙に会長に同情的な蘭を、訝しげに同級生は見る。

「…まあ、そうかもしんないけどさ。あたしらには関係ないよね、結局」

「んー…」

 蘭はにかっと笑った。

「そうでもないかもしれないよ?」

 そう言うと意気揚々と校舎に向かう。取り残された生徒は、いかにも奇妙なも

のを見たように肩をすくめた。軽口を叩いたつもりが、あの生徒会長にあのよう

に真摯な関心を寄せるなんて理解できない。

 豊田あしほは、学園の権力体制を代表する存在だ。近づきすぎても、遠ざかっ

てもいけない。そう。まるで空気のように接するのが一番だと、誰もが知っている。

 一方、あしほ自身もそれを知っていた。あしほは生徒たちに律儀に挨拶を返す。けれど、それとなく目を背けられてしまう。どの生徒からも。

 そのうちに俯いて校舎に向かうようになる。そうするしか、なくなる。

 わかっている。

 わかってはいるけれども。

 このようにして生徒会長の一日は始まる。

 不気味なほど、穏やかに。


 ☆


 予鈴が鳴る。一限目は数学だ。指名されたあしほは黒板の前に出て数式を解いていく。チョークの音は静かな教室に響き、その間は教員すらも沈黙している。回答に辿りつくと、若い女性の教員は拍手を叩きだしそうな表情でこう告げる。

「よくできました、豊田さん」

 不自然な確率であしほは指名される。彼女の優秀なことをまわりに示すためにはうってつけの確率。まるで教員の間で不文律が成立しているかのようだ。しかし、あしほは何も言わない。

 教室に朝から蘭の姿はなかった。エスケイプだ。登校していながら何故か授業をサボる。その間どこで何をしているのかは誰も知らない。

 今まで気に留めたこともなかったあしほだ。だが、今は違う。昨日の記憶が蘇る。


『忘れたらだめ。会長は蘭の下僕っ!』


「豊田さん…豊田さん?」

 数学教師の声で気が付いた。

「あの、何か…あ、いえ、具合でも悪いの?」

 教員の顔は真っ青だ。伺いを立てるような、いかにも怯えたような。

 それはそうであろう。この学校の財源そのものの機嫌を損ねれば…雇われの身ではどうなるか。だからこそあしほは完璧であらねばならなかった。自分を支える生徒や学校を運営する人々、自分が支える大衆のために、不安をかきたてる表情を出すことは許されない。

「先生、大丈夫です。何でもありません」

「そ、そう」

 数学の教師は明らかに安堵した。記憶に相違がなければ、彼女はまだ着任して三年目。先日、学生時代からの恋人と結婚したばかりだ。これからという時期に

職を失いたくはないだろう。あしほは着席した。あたりの視線が彼女と自分との

間を漂っているのがわかる。

 休憩時間になっても、誰も生徒会長に親しくは話しかけない。

 あしほは妖精と呼ばれている。その理由は外見容姿のためだけではない。

 それを見ることは誰でもできる。けれど、それの存在を認識してしまえば、厄介ごとを招きかねない。

 だから。

 妖精と呼ばれている。

 早く。

 今日も早く無事に一日が終ればいい。

 今や彼女はそれのみを日々願っている。


 ☆


 放課後は生徒会の定例会だ。

 灰色の教室。つつがなく終えられる会議。

 そこには熱情も混沌もなく、予め定められた冷静さだけが支配していた。

 会議は終った。だが、あしほの手元にはいくつか片付けるべき書類が残っていた。

 居残りして事務作業をしようとしたあしほに、声をかける者がいた。

「手伝いますよ、会長」

 気遣わしそうな笑顔がそこにあった。

「いいの」

 あしほは笑みを浮かべる。

「そうですか?」

「大丈夫。早めに終らせるわ」

 茜さす夕暮れの教室。

「では、お気をつけて」

 誰ひとり、残したい友もいない。

 少女の声は小さいがよく通る。

 支配する者の声。命令に慣れた者の。

 手伝いを申し出た生徒は一礼した。社交辞令だったのは承知だ。その生徒には塾があるはずだ。知っていた。だから断った。彼女は自分が遠慮することを予め

知っていて声をかけたはずだ。

 塾とはどんなところだろう。他校の生徒もいるという。

 きっと彼女は勉強と共に、もっと大切なものを学んでいく。

 普段は気にかからないそんなことが、何故だか今日は気にかかる。

 淡々と、あしほは事務作業をこなしていく。

 気が付くと日が暮れていた。

 帰ろう。

 外を出ればまた付き従ってくるだろう侍従の影。

 下校時点では離れるように命じたのは自分だ。

 けれど、無用な気遣いかもしれない。

 誰もが無関心のままに認識し、受け入れ、そして、見ないふりをするだろう。

 そこに月があるのを見ていながら、当たり前すぎて空気のようにみなされる。

 付いてくる月のような威光。

 逃れられない月光ーー


「か、い、ちょ!」


 不意に、下から顔を覗き込まれた。

 あしほは、そこに人がいることを予感していなかった。それほどまでに感覚を遮断していた。

 瞬きする。

 こんなにまで短い期間で、何度も間近に人の顔を見るのは、初めての体験だ。

いいかげんにしてほしいと思う。

 驚いてしまうので。

「みつるぎ、さ…」

「もー、だめじゃん会長、だめだめだめだめ」

「ひひひたいいいいいい!」

 いきなりだめを連呼されながら両の頬をつねられて、あしほは涙目になった。

「何するのっ!」

 その手を払うと、蘭はにへへと笑った。

「蘭ねえ、何度も電話に呼び出しかけたんだよ?」

「あ、え? 電話? ごめんなさい」

 慌ててあしほは鞄をさぐった。眼鏡をかけてスマートフォンの画面を確かめる。

 確かに、蘭により登録されたアドレス帳からの引用表示がある。『御剣蘭』からのメールが入っていた。

「そ。気付かなかった? 命令するって言ったじゃん」

「ごめんなさい…その…普段は何日かに一回くらいしか…見ないから」

「じゃあこれからは毎日チェックしてね。命令!」

「う。あ、は、はい」

 思わず頷いてしまうあしほだ。

 生徒会室にずけずけと入り込むと、珍しそうに蘭はあたりを見回す。

 紫檀で誂えられた会議机や、最新式のパソコン機器が揃っている。その様は学

生用の一室というより、商社の会議室のようだ。

「それで、あの、な、何の用?」

 灰色と白だけで纏められた無機質な一室に、蘭の髪はあまりに眩く見える。その一室には不似合いな、コンクリートビルに野良猫の紛れたような心地がした。

 野良猫は少女を振り向くと、にいっと笑みを浮かべた。

「ふふっ。会長、今まで生徒から応募された施策案は取ってある?」

「え?」

「もっと言うなら蘭が提出した案」

 豊泉寺女子高等学院生徒会では生徒の意見が広く募集されている。生徒会のホームページからも、生徒会室の前に設置された『ご意見ボックス』からも、それは寄せられる。

 しかし、施策案と蘭は言った。

 それは学校の校風や生活を向上させるための具体的な提案であることを示す。

 そんな言い方にふさわしい案が提出されたとは聞いていない。

 自分のもとに届く前に潰された案だろうか。

「あなたの提出した、案…?」

 蘭が生徒会にどんな案を提出していたというのか。あしほは、パソコンに向かう。過去の議事録や意見のバックアップを検出し、提示されたそのタイトルに眩暈を覚えた。

「何? これ…」

 額を押さえてそうぼやいた。

「私に届く前に否決された提案だわ」

「つまり中身は見てないってこと?」

 蘭は、鼻息も荒く腰に手をあてる。天井からスクリーンを降ろした。あしほのそばに寄ると、手元のキーボードとマウスを操作する。室内の照明が落ちて、備え付けのプロジェクタが起動した。

 ファイルを開く。

 スクリーンに大写しにされたデータのタイトルを見て呆れる。


『生徒会特別計画 学校革命プロジェクト』

 

 熟考されなかったことが明らかな、色色混ざったタイトルだ。蘭の手書きをそのままスキャンしてPDF化したファイルで、タイトル周りには、きらきらしたイラストが描かれている。『計画』をあらわす単語が二回用いられている。

「革命なんて案をどうして施政者側の生徒会が用いるのよ…」

「大真面目!」

 常識的なツッコミをするあしほに対し、何故か蘭は胸をそらした。立て続けにこう告げる。

「命令!」

「うっ…」

 その言葉に、あしほは硬直する。

「この提案の実行を命令するお!」

「なっ…なっ…何言ってるの! こんなもやっとしたタイトル、何を起こそうというのかファイル開くのも今から怖い!」

 さすがにあしほは机を叩いた。

「一生徒の要求を、会議も先生の目通しも全体承認も通さずに可決するわけない!」

「ふむう」

 蘭は腕組みして、会長を睨み据える。にわかに自分のスマートフォンとパソコンを操作すると、正面のスクリーンにある画像を映し出した。

「この画像をばらまかれて困るのは会長でそ?」

「ひっ…あああ!」

 それは蘭の通信機から転送されてきた、あしほの決定的瞬間…例の書籍を抱えているお恥ずかしい画像だ。

「だ、だめよ! 映さないでえ!」

 スクリーンの前に立って、その画像を隠すようにあしほは手をばたつかせる。プロジェクタかパソコンの電源をオフにすれば済むことだが、そんなことにも思い至らない。

「まあまあ、会長。こっちきて座る」

「う、ううう…何てことなの…悪魔…」

 半泣きのあしほの肩に両手を置き、蘭はスクリーンの正面の席に座らせる。

 鞄から伊達眼鏡を取り出すと装着する。ファイルの再生をオートモードにすると、蘭は手近にあった指示棒を手にして器用に回した。

「まずは蘭のプレゼンを始めるよう」

「強制を前提とした説明はプレゼンって言わない…」

「いいからいいから」

 タイトルののちに記されるのは、計画のねらいだ。大写しにされた手書き文字のまわりには花だの星だのが描かれていた。


『計画のねらい:学校を楽しくする』

『計画の概要:生徒会と生徒の距離感を解消する』

『提案:生徒全員で趣味や特技をシェアして楽しく暮らそう!』


 最初の二点はともかくとして、三点目の項目を目にしたあしほは呟いた。

「SNS運営会社でも起業したらどうなの…」

「失礼だお!」

「失礼はそっちでしょ! 何なのこのあやふやな何をしたいのかわからない目標! ここは学校なの! だいたい距離感ってどういうこと、距離感って! プロジェクトだプレゼンだっていうからどんな堅苦しい目的があるのかと思ったら、ひ、人が気にしていることを完全にからかっているだけじゃないの! 第一、生徒全員でつながろうみたいなサービス会社みたいなことなんてできるわけないじゃない! ざっくりしすぎて意味がわからない!」

「やっぱり気にしてるんでそ? 距離感」

「っ……!」

 あしほは、ツッコミどころ満載の計画に然るべき指摘を為しただけだ。しかし、蘭は彼女の本音を聞き逃さなかった。小憎らしい笑みで凝視されて赤面する。

「わ、私個人のことはともかく…せ、生徒会の人間としては…」

 反論を述べようとすると正面の画面が切り替わった。

 例の証拠画像が再び生徒会長の眼前に立ち現れる。

「会長のこんな恥ずかしい姿見られたらどうなるかにゃ?」

「だ、だめっ! 映さないで!」

「うっふふ」

「どうしてあなたがこんなっ…学校全体に関わるような提案をして…何が狙いなのっ」

「ん? そこに書いてあるお? 学校を楽しくするため!」

「へ?」

 虚を突かれた。

「会長は楽しい? 少なくとも蘭にはそう見えない」

「……!」

「会長、第一釦まできっちり閉じちゃってえ」

 蘭が顔を近寄せた。

 ぷつ、とあしほの首元を締め付けている釦の、一番目を外した。

「きちんとお行儀良くしてえ、みんなのお手本でえ…好きな漫画もこそこそ買ってえ。部屋のすみっこで読む。そんなの楽しい青春って言わないお? だからあ。学校の常識を替えちゃえばいい。まずは学校をゆるーい雰囲気にしてうわーっとみんなの趣味を浸透させて会長と生徒の距離を縮める。そうすれば会長が漫画読んでもいいかな? て雰囲気になる!」

「とってもリアリティのない発言をどうも…それにしたって文化面を強調しすぎるのは…運動部も委員会からも反感を買うだけよ。第一! この学校はっ…」

「わかってる。お姫様の城砦、でそ?」

「わかっている?」

 そう、ここは要塞。あしほを中央に据えた一族経営の城。

 けれどその中央にある者には何の力もない。

 わかっていると、蘭は言った。

 幼い子供のように、あしほは頭を振る。

「わかっている、ですって…」

 あしほは静かに蘭を向こうへと押しのけた。

 わかっている?

 何を?

 自分こそ望んでいたことをも知らないで、何を?

「学校をより良く楽しくみんなのために、なんて…! あなたより私が考えてきたことだわ!」

 そんなこと、いつだって考えていた。誰よりも考えてきた。

 生徒たちと必要以上に親しくしてこなかったのは、そのためだ。

 立場を自覚しているからこそ、せめて生徒が楽しめるように配慮してきた。自分が彼女たちの生活にまかり出てはいけない。

 完璧に振舞ってきた。威光なんて示さないようにして。

 そのことで生徒たちの生活を風通しよくしようと。

 それこそが一番正しく楽しい道筋ではないか?

 それを、わかっていると?

「何をわかっているっていうの! こんな破綻した提案で!」

 あしほは抗議する。

「私がそれくらいのこと考えていないとでも言うの?」

「うん。ぜーんぜんっ。楽しくない!」

「なっ…」

 ついにあしほは絶句する。

「こんな学校、闇色の真っ黒くろすけだおっ」

「い、言ってくれるわね…!」

 あしほの嘆きは怒りへと転化される。これまでに溜め込んでいた不満が堰を切って溢れ出す。感じていた苛立ちがあらわになる。言ってはいけない。そうわかっていながら、口にせずにいられない。

「あなたとは違うの! 私は!」

「蘭と会長の違いって、何?」

 蘭は動じない。

「違いって、どこ? そーんなに変わらないおっ。同じ人間でえ、同じ女の子だおっ。しかも趣味も同じっ」

 蘭の顔が間近にあった。あしほは瞬きする。

 全てが異なる。そう言えるはずだ。

 服装が異なる。出自が異なる。性格が異なる。立場が異なる。そして、自由度が異なる。けれど、違わない部分を知っていた。それは、何よりも大きな共通点。同じものを愛する。そこが重なるのなら、何も違わないとすら言い切れるほどの共通点。それほどの一致。

 けれど、否定しなければならなかった。

「何もかも!」

 乱暴な口調になった。こんな粗暴な纏め方が反論とは言えない。あしほにもわかっていた。けれど、蘭は一歩身を引いた。

 ひどく寂しそうに。

 その表情に、説明のつかない痛みが生じる。見なかったふりをして、あしほは目をそらす。

「あ、あなたには、わからない…」

 こんな論旨は完全に弱者の意見だ。

 わかっていながら、そんな具合にしか言えない。しかし、寂寞の空気を微塵も感じさせない笑顔がそこにあった。

「何も会長の名前出さなくてもいいじゃあん。生徒会の総意にすれば? で、会長の顔を出さないために…こ・れ・着・る・お☆」

「それ…何???」

 蘭が差し出したものが何なのか、あしほは知らなかったわけではない。

 どういう目的でこの場に持ち出されたのか、それを理解したくがないために、あしほは問いを発したのだ。抵抗を込めて。

 それは、フリルのあしらわれた魔法少女の衣装。

 見間違いようのないほどに歴然とした、コスプレ衣装だった。

「何を…させようというの?」

「もう、わかってるくせにい」

「豊泉寺女子高等学院校則生活に関する規則第二条! 服装は制服を着用。私服を着用するときは行事を除き、禁ず。もし必要な場合は…!」

「異装届を提出せよ…でそ?」 

 衣服の脇に突き出された書類一式を見て、あしほは目をまわした。

「もう提出してある」

 届出の空欄はすべて埋められており、その署名はしっかり豊田あしほとされている。提出内容は認可され、あろうことか、担当教員、校長の認可を示す押印まで為されていた。

「わ、私の名前で、勝手に…!」

 しかし、蘭はこう励ますばかりだ。

「頑張ってね。会長」

「ふ、う、うううううう! 何ってことするの、このばかああああ!」

 憤怒と悲嘆に悶え、会長はその場に膝を折って頭を抱えた。


 ☆


 翌朝。

 朝礼のために集まった生徒たちの衆目の前に、一人の魔法少女が現れた。

 桜色の衣装に身を包んだ魔法少女の名は『はぁと☆すいーつ天使☆めるるん』と云う。

 ある日突然、自宅の地下室から聞こえる声に呼び出され、マジカルで幻な『めるめるカード』を世界に拡散させてしまった美少女めるるん。逃げ出したカードを回収するには危険な悪魔の闊歩する非日常空間に身を投じ戦わなければならない。アクションあり友情ありの魔法少女アニメだ。

 日曜日の朝から全国放映されているため認知度が高い。

 しかしあくまでもキッズ向けのアニメの衣装に身を包む実存の勇者はこう呼ばれる。

 コスプレイヤーと。

 かくして壇上に躍り出たコスプレ少女は、実際には生徒会長である。

 その事実は一目瞭然と言えた。

 講堂内は、俳聖芭蕉が一句詠みそうなばかりに静まり返った。

 誰の目にもそれは豊田あしほの乱心に見えた。

 魔法少女はあたりの反応を見るとその沈黙に負けないほどの圧倒的な沈思黙考に陥った。震える手で教員や生徒の代表のために置かれている演説用の机の上のマイクをオンにする。

「め、めめっ…めるめるめるるん…めるめるるん…」

 涙目でそう呟きはじめると、生徒らは一層どよめいた。

「めるめるめるるんっ…め、める…るんっ…」

 羞恥心であしほの心は真っ赤に染まっていて最早憤怒の形相に近い。

 魔法少女はこう叫んだ。

「はぁと☆すいーつっ…て、てんしっ…める、るん、こうりーーーん!」

 閑けさの支配するホールに染み入る声はめるるんの魔法の呪文だ。

「み、みんなの友達、めるるんです! こ、こここんにちは!」

 幼児番組のお姉さん風味に呼びかける。噛みすぎである。

「今日は、生徒会の総意を伝えるため遊びにきました! みんな元気かな?」

 こんな会長は知らない。誰もがそう思った。

「え、ええとっ…本日、この場で…はぁと☆すいーつ天使から…お、お願いがっ…あります…今日から、この学校は…」

 恥ずかしさを募らせる一方だったあしほが、ふと我に返る瞬間だった。

 自分は今何をしているのだろう?

 いや、最早この恥ずかしい格好で大衆の眼差しに晒されること自体もおかし

い。けれど、今から伝えることは。

 これは。

 お願いという建前の指示だ。

 事実自分が伝えることは絶対の力を有している。

 それを。

 …それを、蘭に利用されているのだ、今。

「この学校は、本日より学校革命プロジェクトを採用します!」

 案の定、ただ訝しげだった生徒らの表情が変わった。

 真実味を帯びたこの宣誓に誰もが声を失う。

 いけない。

 これは。

 これは長らく自らに禁じていた独裁だ。

 それなのに蘭はそれを覆せと云う。

 そう云ったも同じなのだ。

「あっ…あっ…び、びっくりしたよね! そうだよね」

 あしほはまた泣きそうになる。泣いてはいけない。

 誰が知っているというのか、自分がBLを愛するということを。

 弱みを握られたからといって、何なのだ。

 例え蘭の操り人形と化している今が、何だというのだ。

 そうだ。どうせ自分は元々操られているようなものだ。

 この学園に、豊田の家に。

 そして自分の力に逆らう者はいないからこそ誇示しないようにしてきた。

 けれど、それで何が変わっただろう?

 何か…変わっただろうか?

 それならば。

 どうせなら…

「ど、どういう制度かというと…み、みんなが仲良くなるために、趣味や特技でつながろうという計画です。あ、安心してください。ただ、その…少し規則を緩めるだけです。こ、こ、これからは私物の持込を一切許可します。全面的に文化面での才能を育む方針を採用します。こ、この学校は学び舎ですが…今日からは、と、と、特に、アニメーション、ライトノベル、漫画、イラスト、こうしたすべてのポップカルチャーを許容する学校に生まれ変わります…!」

 これが蘭の打ち出した計画の具体案だ。

 その提示をすることが今朝のあしほの命題であった。

 しかし、生徒会長の彼女がその案を提案すればそれはただの強制となる。

 だからこそ、このコスプレ…身分を偽る行為はその宣誓を緩和するパフォーマンスと言えた。

 突然の提案にざわつく生徒たちの反応は混乱そのものだ。

 半ば自棄になってあしほは叫んだ。

「め、めるるんからのお願いでした! 明日を信じてついてきて!」

 魔法少女の決め台詞を発する。

 ついていくわけにはいかないだろう…と言いたげに講堂内は沈黙する。

「じゃ、あ、めるるんはっ…し、し、失礼しますっ!」

 瞳に怒涛の涙がせりあがってくる。

 魔法少女は一礼すると急いで撤退する。

 舞台袖で拍手と笑顔を以って迎えた蘭を脱力した状態であしほは見据えた。

「う、ううううう…」

「すごかったおー、会長!」

「これで…満足?」

 精一杯の皮肉だった。

「こんなことして…こんなことしたら一大事なのに…あなたはわかってない…」

「ちなみに今の姿は動画で収めたお?」

 満たされたように笑顔の蘭がスマートフォンを掲げた。

「いやああ! 何してるのおお!」

 あしほはしゃがみこむ。実感した。

 蘭は何もわかっていない!

「あ、あのねえ!」

 何度も発した忠告をあしほは蒸し返した。

「あなたは本当にはわかっていない! この私立高校がどんなに、どれほど、ただの内輪の存在で…! 本当に私にどれだけ力がないか…!」

 蘭はそのそばに同じようにしゃがんで、その頭を撫でた。

「よくできたお、会長」

「えっ…」

 宥めるために撫でているのだ。屈辱だ。

 けれども蘭がひどく幸福そうにこちらの泣き顔を見やるので、声が出ない。

「恥ずかしかった?」

 優しく問われた。

「だ、誰のせいだと…」

「偉い偉い」

 撫でるだけでなく、蘭はあしほの頭を胸に埋めた。赤ん坊を扱うように。

 息ができないほどの豊かな胸だ。あしほは耳まで真っ赤になる。

 どうしていいか、わからない。

 あなたのせいなのに! 

 反感を覚えるのに、何なのだこの堂々たる胸は!

「何であなたに励まされないとならないのっ」

 あしほは無理やりそこから頭を引き剥がしてようやく抗議する。

「こんなことして…あなたは…」

「大丈夫だお」

 蘭は笑った。

「明日を信じてついてきて」

 満面の笑みの蘭を殴らない自分は偉い。

 生徒会長は心底そう思った。

「あ、あの…会長…」

 生徒会の一人が、おずおずと前に出て呼びかけた。

 あしほは毅然として振り向いた。それから虚無感に満ちた芝居を続ける。

「か、か、会長? だ、だだ誰のことかにゃっ? わわわ…私ははぁと☆すいーつ天使だよ!」

 語尾に星のマークまで煌かせながら取り繕う。

 しかし、昨日まで会長に憧れていた生徒会役員からそれを指摘する余裕は既に失われている。つい数分前まで彼女を尊敬していた生徒会の一員は怯える一方だ。それから残酷な用件を告げた。

「そ、そう…ですか…ええと…はぁと☆すいーつ天使めるるんさん…会長代理とのことでしたら会長に伝えて頂きたいのですが…先生がお呼びです」

 その言葉に、あしほは凍りついた。

「な…何と云う先生?」

 演技を忘れて確認する。

「豊田先生です」

「う」

「そのままの扮装…あ、いえ、そのままの姿で来てほしいとのことです」

 生徒を通じて伝えられた指示は、あしほを奈落の底に突き落とした。

 豊田先生と言えば、この学校では一人しかいない。

 美術担当の豊田しのぶ教員。

 あしほの、姉だ。


 ☆



 美術準備室の前で魔法少女の扮装のあしほはごくりと生唾を飲み込んだ。

「失礼します」

 思い切って扉を開く。

 そこには、姉がいた。

 才気溢れる理知的な目をしている。きりっとしたボブヘアだ。

 しかしどこか幼いような女がそこにいた。

 更に詳らかにすれば、ハイレグで胸のあたりが露出された黒い水着のような格好。頭には悪魔を想起させる角。臀部に尻尾が生えている。派手な扇子を手にした変質者だ。仁王立ちで立っていた。

 これらの扮装の記号からあしほには思い出されるものがあった。

 だからこそ、いやだった。避けたかった。忌まわしい。

「失礼しました」

 あしほは静かに扉を閉ざそうとする。

「待て待て待て。待ちなさい、それはめるるんの反応としては正しくないぞ我が妹よ。叱られたくないのはわかるが待て」

「いえ、叱られたくないとかではないんです」

「大変だったぞ。朝礼の異変の知らせを受けたときから、すぐそこの量販店で慌てて衣装を揃えるまで頑張ったんだぞ」

 学校公認の変質者は実に嬉しそうだ。

 ぐいぐい迫ってきた。近い。

 あしほは嫌悪を顔に浮かべる。

 姉の扮装がどう見ても『めるるん』の宿敵――『せくしぃ☆ぼでぃ悪魔くいーん』でなければここまで嫌悪感はなかっただろう。

『はぁと☆すいーと天使めるるん』には魔法少女を苦しめる敵対者として地下組織が登場する。それを締める親玉が『くいーん』であり、その扮装をわざわざ姉は揃えて待ち構えていたというわけだ。

「姉さん…三十路近いというのに…」

「黙りおれ」

 びしっと扇子の先を向ける。

「何故そんな格好をしている?」

「そっくりお言葉そのままお返しします」

「いや、こちらのはコスプレではない! 仮装だ、伝統を研究する文化人類学の学術的実践だ!」

「そこで差異化するのはやめて!」

 あなたから指導を受ける謂れはない。暗にあしほはそう言ったのだが、変質者には通じない。腕をあしほの腰にまわすと、室内へと押し入れる。

「さあさあ上がれ入れ何があったのか青春の悩みを打ち明けたまえ。今朝のあれはいじめか? 罰ゲームか? 何だか楽しそうだったじゃないかどういうことだ! 姉さんがおまえに合わせていることはわかるな! 三十路近くにして初めての経験でいっそはしゃいでるくらいだ!」

 満面の笑顔。一方のあしほは終始無表情だ。

「あれが楽しそうに見えたというなら姉さんはどうかしています…」

 ふと姉が真顔になった。

 いかんせん金色の際立つ奇妙な悪魔メイクのままだが。

「あのはしゃいだ格好には理由があったんだな?」

 姉の言う通りだ。だからといってその扮装は何の真似かとあしほは問いたい。

「珍しいじゃないか、おまえが見知らぬ少女に書類の偽装と代筆を頼んでまでしたいことが今朝の椿事だったというのなら…私は単に興味深いぞ」

「あ!」

 目前でひらりと紙片がふられる。

 蘭が偽装した異装届だ。

「そ、それは…」

「これは?」

「…うっ…」

 あしほは声を詰まらせる。豊田しのぶは眉間に皺を寄せる。

「弱みを顔に出すんじゃない」

 妹の頬を両手で挟んで自らの目に視線を向けさせる。

「私がほかの先生に指導を任せなかった本当の理由がわかるな?」

「……」

「親父と叔母さんには適当にごまかしておくから! 私が慌てているのはおまえのその何やらわからん計画について有子も知らされていなかったからだよ」

「あ、有子は関係ない!」

「知ってる。さっき確認したよ」

 そうだろうと思う。実際のところ、有子は自分を贔屓などしない。

 平生は彼女はこの姉の秘書を勤めているのだから。

 有子が贔屓するとすれば、この姉を、なのだ。

「…もうおまえも子供ではないから何を企てようと勝手だが、私には話しなさい。母さん亡き後、二人きりの家族なんだから」

「父さんは?」

「あんなのは知らない」

 この姉は父をひどく嫌っている。昔からそうだ。

 姉ほどに憎悪していないとしても、その理由をあしほは知っている。

「わかるな? 私には話せ」

「姉さん…その前にまず着替えて下さい」

「何が不満だというんだ」

 深々とソファに座る身体に付けているものが未だ『悪魔くいーん』ではかなわない。衆目の前でコスプレを強いられた上に、何が悲しくて姉の奇行を目の当たりにせねばならないのか。落ち着かないにも程がある。

 そう述べると、ぶつくさ言いながらもしのぶは着替えることを承諾した。

 あしほは渋々と事情をかいつまんで説明した。

 自分の弱点は伏せたままに、知られたくないことを知られた…という具合に置き換えて。秘密についてしのぶからの深い追及はなかった。

「それで…命令を承諾したのか?」

 しのぶは冷ややかといえるような反応で、けれども愉快そうに笑う。

 事実が豊田の家に知れたなら、脅迫されたなどという屈辱を許すはずがない。許されるはずがない。この場合、家から糾弾されるのが誰となるのか。それが蘭であるならまだいい。しかし、そうはならない。

 咎はあしほにあるとされる。

 理不尽であれ、そういう家だ。

 だから秘匿されねばならない。

「友達ができたというわけだな」

 あしほはその問いかけに一驚する。

 何をどう聞いたらそうなるのか。

「私の話のどこを聞いたらそうなるの? 脅迫されているのに!」

「おお、そうだった。脅迫、いやあ怖いな。魔法少女の格好までさせられて」

「わかったわ…自分で何とかする!」

 あしほはすくりと立ち上がった。まじめに聞いてくれるとは思っていなかった。ただ、確かにこの学校であのような奇行をした理由が自発的なものだとは思われたくない。その弁明はもう済んだ。

「家に知らせるならどうぞお好きに!」

 強気にそう言い放った。しのぶは腕組みする。

「報告すると思うのか。おまえはまだ自分を人質のようなものだと思っているな…少しは私を頼ったらどうだ」

「姉さんが放擲した立場は今は私のものなんです。姉さんは姉さんらしく会社のお仕事でも教員でもお好きになさったらいい」

「まだ、放擲したわけではないよ」

 あしほはそれには答えなかった。

 きっと家に知られれば生じた問題は片付けられる。けれどその分罰される。

 そういうしくみのある家で、この姉に責任を加担させることが何を意味するか。自分より熟知していよう姉が、どうしてそう言い切るのか不思議だった。

「今回の問題は私のものです」

「あしほ。まだ話は…あ、こら!」

 しのぶが追おうとする。しかし、その眼前で扉は閉ざされた。

 すげなくされた教員は肩を落とす。

 重責を一手に引き受けること、あの家を背負い立つこと。

 家に負担をかけたなら償いをせねばならない。贖いは全てあしほに求められる。被害者であっても、己の立場を弱きものにしたとして愚かな行為だと糾弾さ

れる。それが家の方針だ。

 自分は、今では自在だ。

 それは物理的な状態にすぎない。

 心は最初から今でも閉ざされている。

「けれど、あしほ…おまえは…」

 乾いた声でしのぶは小さく妹の名を呼んだ。

 おまえだけは。

 その想いは空虚に紡がれるばかりだ。呻いて長椅子から立ち上がる。

「御剣蘭、か…」

 確認する必要がありそうだ。

 教員用の生徒名簿を書棚から引っ張り出して、蘭の項目で手をとめた。

 顔写真を確認する。しのぶはぼやいた。

「一体、誰なんだ? これは」

 この学校の生徒のデータは全て余すところなく把握している自分だ。このように目立つ容姿なら尚更忘れるはずがない。だが、今日の今日まで認識されていない。素行に問題はなかった…それだけの理由ではない。

 遍く、自分の認識を免れる生徒がいるはずがない。

 いるとすれば、それ自体が、異常なのだ。



 


 ☆




あなたとの違いなんて、わからない。

あたしははっきりそう言ってやったの。

あたしの名前はラビリンス・ファン。

こう見えてれっきとしたラビリンス国の王女よ。

こう見えて、といってもあたしの容姿なんて伝わらないわね、つまりこう。

腰まで広がる長い金の髪。けれど無粋なくるくるパーマ。

それからぺちゃっとした鼻で顔は十人並み。

つまり王女といっても特別容姿に恵まれてるわけでもない。そりゃあ側仕えのお供がやれ流行のドレスだの、きれいな髪飾りだのあつらえてくれるの。

でも、それってあたしの十人並みをかえって引き立たせるばかりで。

いっそ普通のそのあたりの村の女の子だったら、なんて――

そうね。

あたしも生まれかわったら普通になりたかった。

髪型も村の女の子たちにあわせて、言葉遣いもそれらしく人気の歌唄いにあわせたりして。

どこにでもいる女の子として、そんな風に。






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